まった)” の例文
彼は自分がまったく死にうせてしまわないようにと、自分の思想しそう一片いっぺんを自分の名もつけずに残しておくだけで、満足まんぞくしていたのである。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
そののち何回なんかいうした儀式ぎしきのぞんだかれませぬが、いつもいつもおな状態じょうたいになるのでございまして、それはまった不思議ふしぎでございます。
麦畑むぎばたけ牧場ぼくじょうとはおおきなもりかこまれ、そのなかふか水溜みずだまりになっています。まったく、こういう田舎いなか散歩さんぽするのは愉快ゆかいことでした。
カムパネルラは、その紙切れが何だったかちかねたというようにいそいでのぞきこみました。ジョバンニもまったく早く見たかったのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
否、多少の不安の念は、旅行者に与うるに、旅行に必要な設備の具まったからざるものとは異るところの一種の快感をもってするものである。
人は頼むべからず、頼むべきは父なる神と子なるキリストのみである。人に頼らず神を友とし、キリストを友として初めてまったいのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
あなやと思うと更に、もとの顔も、胸も、乳も、手足もまったき姿となって、浮いつ沈みつ、ぱッと刻まれ、あッと見る間にまたあらわれる。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、敵の朝比奈軍を突きやぶり、松平元康をほうむれば、駿河するが殿の前衛はまったからず、義元の本陣へまでも、長駆ちょうく、迫り得るかと存じまする
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは銀色の丸いもので、丁度満月が密雲を破って現れる様に、赤い垂絹の間から、徐々にまったき円形を作りながら現われているのであった。
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
露西亜は形に於て破れたけれども魂に於てまったからんとする概がある。汝の手悪を為さば切って捨つ可しと云う意気込である。
第四階級の文学 (新字新仮名) / 中野秀人(著)
当人はもちろん丁坊を眼の中に入れても痛くないというほど可愛かわいがっているお母さんにも、まったくわかっていなかったろう。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして話をしているのはまったく叔父で、それに応答うけこたえをしているのは平生ふだん叔父の手下になっては挊ぐ甲助こうすけという村の者だった。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「ああ! どうぞ勘弁かんべんしてください!」とおとここたえた。「このんでいたしたわけではございません。まったくせっぱつまって余儀よぎなくいたしましたのです。 ...
まったい宝玉のように輝やくお后と見られたのである。それに帝の御寵愛ちょうあいもたいしたものであったから、満廷の官人がこの后に奉仕することを喜んだ。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
一つフロックコートで患者かんじゃけ、食事しょくじもし、きゃくにもく。しかしそれはかれ吝嗇りんしょくなるのではなく、扮装なりなどにはまった無頓着むとんじゃくなのにるのである。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「京都にも三輪君のような人がいて、『安全地帯』を『帯地おびじまったやすし』と読んだそうだが、此処で田鶴子にそんな読み方をされるとことだからね」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
主人の元気づいていることはその高い笑声で知れた。まったく、田辺の姉さんが長い病床から身を起したというは捨吉にも一つの不思議のように思えた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
第八条 男尊女卑は野蛮の陋習ろうしゅうなり。文明の男女は同等同位、互にあい敬愛けいあいしておのおのその独立自尊をまったからしむし。
修身要領 (新字旧仮名) / 福沢諭吉慶應義塾(著)
忠「屋敷奉公をすりゃア斯ういう場合にはお供をするが当然あたりまえさ、お前さんには済まないが忠義と孝行と両方は出来ません、忠孝まったからずというは此の事さ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
遂々とうとう猪が飛出しました。猪はまったいさましいけだものでした。猪はほんとうにやっていって火をつけてしまいました。
赤い蝋燭 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
すると、やが慄然ぞっとしてねむたいやうな氣持きもち血管中けっくわんぢゅう行渡ゆきわたり、脈搏みゃくはくいつものやうではなうて、まったみ、きてをるとはおもはれぬほど呼吸こきふとまり、體温ぬくみする。
弁慶の小助が引合せてくれたのは、二十五六の頑丈がんじょうな男で、色も黒く、眼鼻立めはなだちも大きく、その上横肥りで、武骨ぶこつで、まったく女子供に好かれるたちの男ではありません。
その経験は一のまったき経験でありますから、この経験に対する注意の向け方、すなわち態度一つで、こう両面に分解はできますようなものの、この両極端の態度を取って
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
希臘ギリシャ印度の古い哲学より欧洲近世の科学に到るまで、総て要するに男子が自らまったかろうとする努力の表現である。女子はほとんどこれらの文明にあずかっていなかったといってよい。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
殊に南畆の墓碑はこの兆域ちょういきにても形大なるものなれば、倒れ砕けはせざりしやと心にかかりてゐたりしが、この日行きて見るにその位置少しく変りしのみにて石はまったかりき。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
まったく、それからのちは、ポピイは一度だって、勝手に走りまわったことはありませんでした。しかし、それは、ポピイが、もう、モーティをさがすことをあきらめたからなのです。
やんちゃオートバイ (新字新仮名) / 木内高音(著)
しかし当局者もまったく無霊魂を信じきれぬと見える、彼らも幽霊が恐いと見える、死後の干渉を見ればわかる。恐いはずである。幸徳らは死ぬるどころか活溌溌地に生きている。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
………恋とは夢だ。……「夢」とはまったき放心だ。その正しい極限では一切が虚無となる。一切が存在しなくなる。それは未来永劫えいごうを一瞬に定着する詩人の凝視を形成する場所だ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
特に封建制馭せいぎょの道いままったからず、各大名の野心あるもの、あるいは宗教を利用し、もしくは利用せられ、あるいは外邦と結托けったくし、あるいは結托せられ、不測ふそくへんしょうずるもいまだ知るべからず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
一平 近代の青年はまったく暗い影のない、何というかツルツルすべった、そして危いほどヒラヒラしたとりとめのない程その場その場で動いて行く。それに丁度適応する近代的女性があるだろうか。
新時代女性問答 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これを欠くようではまったき生活はついに来ることがないでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
家の修覆しゅうふくさえまったければ、主人の病もまた退き易い。現にカテキスタのフヮビアンなどはそのために十字架じゅうじかを拝するようになった。この女をここへつかわされたのもあるいはそう云う神意かも知れない。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これあるがために、夜蔭を犯し、風浪を衝いて、どこまでも出釣りするといふ気持になるのだ。「釣りは最後の道楽だ」と謂ふ。まったくだ。この法悦境に年齢はなく、又心理的区別がありやうがない。
日本の釣技 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
国に居た頃でも、私が外から帰って来る、母やかないは無愛想でしても、女児やつ阿爺とうさん、阿爺と歓迎して、帽子ぼうしをしまったり、れはよくするのです。私もまったく女児を亡くしてがっかりしてしまいました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ただ修養のまったからんことを欲するには、考証をくことは出来ぬと信じている。何故なにゆえというに、修養には六経りくけいを窮めなくてはならない。これを窮むるには必ず考証につことがあるというのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
心の深さと表現の自由ということは相俟あいまってまったきを得る。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
枕木の向こうに青白くしょんぼり立って、赤い火をかかげている軽便鉄道けいべんてつどうのシグナル、すなわちシグナレスとてもまったくそのとおりでした。
シグナルとシグナレス (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
わたくしやま修行場しゅぎょうじょうりながら、うやら竜宮界りゅうぐうかい模様もようすこしづつわかりかけたのも、まったくこの難有ありがた神社じんじゃ参拝さんぱいたまものでございました。
ひと眼みるのもけがらわしいと思っている僕が(いやまったく其の頃は真剣にそう信じていたのである)一時間にわたって女ばかりを数えたり分類を
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
伯父の世話で大きくなったのですが、その伯父もひとものなんです。伯母は早くなくなったのです。この伯父とぼくは、まったく気が合わないのです。
女妖:01 前篇 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
げんえば、貴方あなた生活せいかつうものをないのです、それをまったらんのです。そうして実際じっさいうことをただ理論りろんうえからばかりしている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼はこの世の中を非常によくして逝った人であります。今まで知られない天体をまったく描いて逝った人であります。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
寛大な心になってくだすって変わらぬ恋を続けてくださることで前生ぜんしょうの因縁をまったくしたいと私は願っている
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それは実際じっさいずいぶんたけたかくて、その一番いちばんたかいのなどは、した子供こどもがそっくりかくれること出来できるくらいでした。人気ひとけがまるでくて、まったふかはやしなかみたいです。
お祖父さんも以前まえは大小を差して、戸田家にて仮令たとえ少禄でも御扶持ごふぢを戴いたものだ、其の孫だからお前も武士さむらい血統ちすじを引いて居るではないか、忠孝まったからずと云うて
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
埃及の御代しろし召す人の最後ぞ、かくありてこそと云う最後の一句は、むる錬香ねりこうの尽きなんとしてかすかなる尾を虚冥きょめいくごとく、まったページが淡くかすんで見える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はるかなる向の坂をいまうねり蜿りのぼり候首尾しゅびまったきを、いかにも蜈蚣むかでと見受候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
というのは午後十一時過ぎのようにまったく遊び専門の人種になり切っていなかった。いくらか足並あしなみに余裕を見せている男達も月賦げっぷ衣裳いしょう屋の飾窓かざりまど吸付すいついている退刻ひけ女売子ミジネットの背中へまわって行った。
売春婦リゼット (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それをくと、とうさんは半信半疑はんしんはんぎのままで、むすめそばはなれた。日頃ひごろかあさんのやくまでねて着物きもの世話せわからなにから一切いっさいけているとうさんでも、そのばかりはまったとうさんのはたけにないことであった。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これはまったく、自害であるべき筈はありません。
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)