一足ひとあし)” の例文
と低い四目垣よつめがき一足ひとあし寄ると、ゆっくりと腰をのして、背後うしろへよいとこさとるように伸びた。親仁おやじとの間は、隔てる草も別になかった。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その折、一足ひとあしおくれて着いた俥から矢張り私ぐらいの青年が下りた。服装も私と同じように和服の袴穿はかまばきで、腰に手拭をぶらさげていた。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
最初の一足ひとあしで十マイル、それですねの半分どころの深さでした。二足ふたあし目も十マイル、その時には、水がちょうど彼の膝の上まで来ました。
だが、その典医たちがくるよりも、鐘巻一火かねまきいっか門下もんか壮士そうしたいをしたがえてそこへ飛んできたほうが一足ひとあしばかり早かったのである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
来年らいねんはるまではいてやるぞ。だが、今夜こんやこの野原のはらでふたりがこごにをしてしまえば、それまでだ。おれは、もう、もう一足ひとあしあるけない。
百姓の夢 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、女は鳥居の方へ一足ひとあし折れながらり返った。細面ほそおもての女の顔には大きな長い舌がだらりと垂れていた。政雄はわっと叫んで逃げ出した。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何ぞ火急のしらせでもあると見えて、キイキイと書院の廊下の鶯張りを鳴らせ乍ら一足ひとあしが近づいて来ると、はばかり顔に声がのぞいて言った。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
常子は最後の勇気を振い、必死に夫へ追いすがろうとした。が、まだ一足ひとあしも出さぬうちに彼女の耳にはいったのは戞々かつかつひづめの鳴る音である。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
三人兄弟が、三筋の道に別れた時は、たった一足ひとあしの違いでありました。それがおしまいには、こんなひどい違いになりました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「小林君、ちょっとこの方とホテルへよることにしたからね、きみは荷物をタクシーにのせて、一足ひとあし先に帰ってくれたまえ。」
怪人二十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「狭いんで驚いちゃ、シキへは一足ひとあしだってめっこはねえ。おかのように地面はねえとこだくらいは、どんな頓珍漢とんちんかんだって知ってるはずだ」
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
市郎は洋杖すてっき把直とりなおして、物音のするかたへ飛び込んで見ると、もう遅かった。わずか一足ひとあし違いで、トムは既に樹根きのねに倒れていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
成経 (康頼に)わしは苦しい立場ではあるが思いきって一足ひとあし先にみやこへ帰ります。あなたはとどまって俊寛殿をなぐさめて時機を待ってください。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
家内と乳呑児ちのみごとを置いて一足ひとあし先に妻籠の方へ帰って行った。そのあとには一層半蔵やお民のそばへ近く来るお粂が残った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
兼太郎は狭い路地口ろじぐちから一足ひとあし外へ踏み出すと、別にこれと見処もないこの通をばいつもながらいかにもあかるく広々した処のように感じるのであった。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それゆゑに重荷おもになど持たるは、たとへ武家たりとも一足ひとあし踏退ふみのきて(ふみのくべきあとはあり)道をゆづるが雪国のならひ也。
それで町は緑におおわれているが、一足ひとあし町をはなれると景色はすっかり変って、荒涼たる半沙漠地帯になってしまう。
ネバダ通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それから一時間ばかり、さらに談じかつ飲み、中倉翁は一足ひとあしお先に、「加と男」閣下はグウグウ卓にもたれて寝てしまったので、自分はホールを出た。
号外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そしてそのまままた少しお歩きになりましたが、まもなくひどくつかれておしまいになったので、とうとうつえにすがって一足ひとあし一足ひとあしお進みになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
だがたいていけりがついたから、おれは少しばかり手回りの荷物だけ持って一足ひとあし先にここに越して来たのだ。……もうこれでええや。気がすっぱりしたわ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そこを出ると、和泉屋は不恰好ぶかっこうな長い二重廻しのそでをヒラヒラさせて、一足ひとあし先にお作の仲間と一緒に帰った。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
伯母は臺所に何か働いて居つたので、自分が『何處の女客ぞ』と怪しみ乍ら取次に出ると、『腹が減つて腹が減つて一足ひとあしあるかれなエハンテ、何卒どうかなにか……』
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
繼棹つぎざをだと思つてもいい。ともかく、その棹のさきへきたらば、またそのさきへ一足ひとあしでも進んでゆくことだ。
吾が愛誦句 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
咸臨丸かんりんまるは、万延まんえんがん(一八六〇)ねんがつ十九にち使節しせつたちをのせたふねよりも一足ひとあしさきに浦賀うらが船出ふなでしました。
亮太郎 一足ひとあしだよ。そこに見えてるぢやないか。あれの一時間は優に汽車の五時間草臥れる。大丈夫か。
村で一番の栗の木(五場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
一足ひとあしもりはひればはげしくたゝ太鼓たいこおとが、そのいそいでとほくへひゞるのを周圍しうゐからさへぎめようとして錯雜さくざつしてしげつてみき小枝こえだ打當ぶツつかつて紛糾こぐらかつてるやうに
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
けれどなにしろくたびれきって一足ひとあしあるけない上に、おなかがすききっているものですから、もうおにでもものでもかまわない、とにかくやすませてもらおうとおもって
人馬 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
一足ひとあし踏込んで切下きりおろすのを、ちゃり/\と二三度合せたが、一足さがって相上段あいじょうだんに成りました。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いよ/\といふた。荷物にもつといふ荷物にもつは、すつかりおくられた。まづをとこ一足ひとあしきに出發しゆつぱつして先方せんぱう都合つがふとゝのへ、それから電報でんぱうつて彼女かのぢよ子供こどもぶといふ手筈てはずであつた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
丁度ちょうど上方辺かみがたへん大地震おおじしんのとき、私は先生家の息子に漢書の素読そどくをしてやった跡で、表の井戸端で水をんで、大きな荷桶にないかついで一足ひとあし跡出ふみだすその途端にガタ/″\と動揺ゆれて足がすべ
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あらしはますますつのる一方いっぽうで、子家鴨こあひるにはもう一足ひとあしけそうもなくなりました。
霽際あがりぎわほそい雨が、白い絹糸をひらめかす。一足ひとあし縁へ出て見ると、東南の空は今真闇である。最早夕立の先手が東京に攻め寄せた頃である。二百万の人の子のあわてふためくさまが見える様だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
足下あしもとには、広いしろ玩具おもちゃのように小さくなって、一足ひとあしまたげそうでした。にわもり城壁じょうへきほりなどが、一目ひとめに見て取れて、練兵場れんぺいじょう兵士へいしたちが、あり行列ぎょうれつくらいにしか思われませんでした。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
通抜とほりぬけ無用の札を路次口ろじぐちつて置くのは、通抜とほりぬけらるゝ事を表示へうしするやうなものだと言つた人があるが僕も先刻せんこく余儀よぎなき用事で或抜裏あるぬけうら一足ひとあし這入はいるとすぐにめうなる二つの声を聞いた亭主ていしいわ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
時はもう明末にかかり、万事不束ふつつかで、人も満足なものもなかったので、一厨役いちちゅうやくの少し麁鹵そろなものにその鼎を蔵した管龠かんやくを扱わせたので、その男があやまってその贋鼎の一足ひとあしを折ってしまった。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あの様子では一足ひとあしだつて歩けたものぢやない。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
そこへ、一足ひとあしおくれてきた龍太郎と小文治はもう人の散ってゆくのに失望して、そのまま、叡山えいざんの道をグングン登っていった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「代助はまだかへるんぢやなからうな」とちゝが云つた。代助はみんなから一足ひとあしおくれて、鴨居かもゐうへに両手がとゞく様なのびを一つした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
『わしは一足ひとあしが十マイルか十五マイルだ。だから君の肩が痛くなり出さないうちに、あの庭へ行って、また帰って来るよ。』
神山進一君は、みんなより一足ひとあしさきに家へ帰りました。進一君は家の中で、あのあやしい人形を見はっている役目です。
魔法人形 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、都まではよほど遠いと見え、日の暮れかかる頃に、ようやく都の町はずれに着きました。もう足が草臥くたびれて、一足ひとあしも歩けないほどに疲れていました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
れたら、どうなるのだろうとおもうと、もう一足ひとあしあるになれなかったけれど、みちがわからないのですこともできなかったのであります。
子供の時分の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「四五日前の夕方よ。あなたはお気づきになりませんでしたけれど、電車が二つ続いて、私は後のに乗っていましたの。あなたの方が一足ひとあしお先でした」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ふのは、おいと長唄ながうた稽古けいこ帰りに毎朝まいあさ用もないのに屹度きつと立寄たちよつて見る、れをば長吉ちやうきちは必ず待つてゐる様子やうすの時間ごろには一足ひとあしだつて窓のそばを去らない。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
須田町すだちょうに出た時、愛子の車は日本橋の通りをまっすぐに一足ひとあし先に病院に行かして、葉子は外濠そとぼりに沿うた道を日本銀行からしばらく行く釘店くぎだな横丁よこちょうに曲がらせた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かど一足ひとあし出て、外の風にあたると、一町も千里もおんなじだと氣が輕くなつてしまふのにと、いふと、おつくうがるしやうなのを知つてゐるものは手を叩いて笑つた。
あるとき (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
菊江はその路に一足ひとあしやってから後の方を揮返った。こっちの側の高圧線の電柱と街路照明の草色のペンキで塗った四角な電柱の並んだ傍に人影のような者があった。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かれ一足ひとあし先なるかた悠々ゆうゆうづくろひす。憎しと思ふ心をめてみまもりたれば、虫は動かずなりたり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
伝吉は思わず一足ひとあしすさった。いつか彼の構えた刀はぶるぶる切先きっさきふるわしていた。浄観はその容子ようすを見やったなり、歯の抜けた口をあからさまにもう一度こうつけ加えた。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ずいぶん一生懸命いっしょうけんめいけたのですけれど、山姥やまうばあしちいさな女の子がかなうはずはありませんから、ずんずんいつかれて、もう一足ひとあし山姥やまうばかたをつかまれそうになりました。
山姥の話 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)