一方ひとかた)” の例文
一喝いっかつして首筋をつかみたる様子にて、じょうの内外一方ひとかたならず騒擾そうじょうし、表門警護の看守巡査は、いずれも抜剣ばっけんにて非常をいましめしほどなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
そのたびごとに宿役人どもはじめ御伝馬役、小前のものの末に至るまで一方ひとかたならぬつらき勤めは筆紙に尽くしがたいことも言ってある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ついでと申しては、恐れ入りますが、以来、御無沙汰いたしております。常々兄の真雄さねおが又、一方ひとかたならぬ御庇護ごひごに預かっております由で』
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なんの恐ろしいことがござりましょう。このわたしにとりまして、恐ろしくも尊くも思われますお方は、お一方ひとかたのほかにはござりませぬ」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
唯潔癖な彼女は周囲の不潔に一方ひとかたならずなやまされた。一番近いとなりが墓地に雑木林ぞうきばやし、生きた人間の隣は近い所で小一丁も離れて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
通人はしきりに新参者しんざんものを求めたりしに、あにはからんや新参者は数多あまたの列座中にあったので、それが分った時の通人の驚きは一方ひとかたならなかった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
それもひとつだが、當時たうじは、いま大錢たいせんあつかひのかたはよく御存ごぞんじ、諸國しよこく小貨こまかいのがもつてのほか拂底ふつていで、かひものに難澁なんじふ一方ひとかたならず。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
これが負けず嫌いのお角を喜ばせたこと一方ひとかたでなく、相手をいいこめて、自分の主張が通ったものでもあるように意気込んで
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これにつきましては、当町長さまはじめ、警察けいさつの方々さま、当町有志ゆうしの皆々さまから一方ひとかたならぬご後援こうえんをいただき、一同感謝かんしゃにたえない次第しだい
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
八宗兼学の大智識というにしては、少し人間味がありすぎますが、柔かい次低音バリトンには一方ひとかたでない魅力のあることは事実です。
今のこのひどい中で二人の口が減ることだけさえ一方ひとかたならないことだのに、その上いくらかは入っても来ようというものだ。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
只管ひたすら走りて大通りに出でこゝにて又馬車に飛乗りゼルサレム街にる警察本署をしていそがせたり目科は馬車の中にても心一方ひとかたならず騒ぐと見え
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
村方むらかたの家々にてはあわてゝ戸を閉じ子供は泣く、老人はつえを棄てゝにげるという始末で、いやもう一方ひとかたならぬ騒ぎでございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
とは思わず口頭くちさきはしった質問で、もちろん細君が一方ひとかたならず同情を主人の身の上に寄せたからである。しかし主人はその質問には答えなかった。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
子飼こがいの時より一方ひとかたならぬ大恩を受けながらそのような身の程知らずの不料簡ふりょうけんは起しませぬ思いも寄らぬぎぬでござりますと今度は春琴に口を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一方ひとかたも残らず御存じの事として演出致しますので、従ってその遭難の実情に関する説明は、勝手ながら略さして頂きます。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その夏始めて両国りょうごく水練場すいれんばへ通いだしたので、今度は繁華の下町したまち大川筋おおかわすじとの光景に一方ひとかたならぬきょうを催すこととなった。
昨夜は杉原警察署の留置室で一方ひとかたならぬ歓待を受け候上、結構なる自動車にて送られ只今ただいま自動車は四条通を疾走中に候。
祭の夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
彼は一方ひとかたならず心配して、彼女の容体を聞きに人をやった。やがてまもなく、彼女の病気は危険なものでないとしれた。
殊に自分のために一方ひとかたならぬ骨を折ってくれたツァ・ルンバ及びセラ大学における教師、保証人らが縲絏るいせつの苦を受けて居るということを聞いては
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それも一方ひとかたならず彼の脳髄を刺激した。平岡は明日の朝九時頃あんまり暑くならないうちに来るという伝言であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
本能寺の変が報ぜられたのは、同月四日の夜に入ってからであるが、陣中の周章は一方ひとかたでなく、戦半ばにして、勝家は越前に、盛政は富山に引き退いた。
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
また先生のおしえしたがいて赤十字社病院にいりたる後も、先生来問らいもんありてるところの医官いかんに談じ特に予が事をたくせられたるを以て、一方ひとかたならず便宜べんぎを得たり。
彼女は一方ひとかたならずセエラを嫉んでいました。セエラが来るまでは、彼女こそこの学校の首領だと思っていました。
使います。お相手がお一方ひとかたでありませんから、ついチグハグになってしまって、兎角行き届き兼ねます。その辺は何うぞ悪からず御諒察をお願い申上げます
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その頃十八、九歳の田舎青年であった余は、この衣食問題を提供されて実は一方ひとかたならず驚愕きょうがくしたのであった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
たいこの規則きそくでさせること規則きそく其物そのものそんしてゐるあひだすなは規則きそくにはまつてあひだはよろしいが、他日たじつ境遇きやうぐうはると、一方ひとかたならぬ差支さしつかへしやうずることがありませう。
女教邇言 (旧字旧仮名) / 津田梅子(著)
『それはせま遁路にげみちだつたのよ!』と云つてあいちやんは、きふ變化かはりかたには一方ひとかたならずおどろかされましたが、それでもうして其處そこつたことを大層たいそうよろこんで
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
幼かりし日の事を語りて、地下の石窟いはむろに入りて路を失ひし話よりジエンツアノの花祭に老侯の馬車の我母を轢殺ひきころせし話に至りしときは、姫の驚一方ひとかたならざりき。
否、四谷の大通には夜などよく散歩に出懸でかくる事がある身の、塩町附近の光景には一方ひとかたならず熟して居る。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
一緒に室内に入られし方、松平宮相、湯浅内大臣、鈴木侍従武官長、侍従一方ひとかた、武官一方、五人の由。
雪今昔物語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「今日帰りに」その意味を悟った時、うぶな少女は一方ひとかたならず胸騒ぎを覚えたに相違ありません。だが、あのとりすました平気らしい様子はどうしたことでしょう。
算盤が恋を語る話 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
けれど、こう静まッているは表相うわべのみで、乞の胸臆きょうおくうちへ立入ッてみれば、実に一方ひとかたならぬ変動。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ひさし御目おんめもじ致さず候中さふらふうちに、別の人のやうにすべ御変おんかは被成なされ候も、わたくしにはなにとやら悲く、又ことに御顔のやつれ、御血色の悪さも一方ひとかたならず被為居候ゐらせられさふらふは、如何いかなる御疾おんわづらひに候や
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
宇宙の秘密、殊に火星の事情などは、蟻田博士以外に誰も知る者がないと思っていたのに、とつぜん新田先生にあばかれてしまって、博士のおどろきは、一方ひとかたでなかった。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「このたびは一方ひとかたならぬ御厄介に相成りまして、なんともお礼の申し上げようもございません」
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「退治すると仰有おっしゃっても、大蛇は只今申し上げた通り、一方ひとかたならない神でございますから——」
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あちらではお一方ひとかたきりなのですから心細そうになさいまして、風の音なども若い子のように恐ろしがっていられますからお気の毒に存じまして、またあちらへ参ろうと思います
源氏物語:28 野分 (新字新仮名) / 紫式部(著)
実はわたし何某なにがしの娘で御座ございますが、今宵こよい折入って、御願おねがいに上った次第というのは、元来わたしはあの家の一粒種の娘であって、生前に於ても両親の寵愛も一方ひとかたでは御座ございませんでした
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
たとえば、丸橋忠弥の堀ばたとか、立廻りの見得とか、せまい台所でほんものの雨傘をひろげるのだから、じきに破いてしまうが、一方ひとかたならない高島屋びいきは、小言どころではない。
はじめ日向ひゅうがにおいでになりますときに、阿比良媛あひらひめという方をおきさきして、多芸志耳命たぎしみみのみことと、もう一方ひとかた男のお子をおもうけになっていましたが、お位におつきになってから、改めて
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
女は一方ひとかたならぬ胸騒むなさわぎが、つつみきれないようすで、顔は耳まであかくなってるのが、自分にはいじらしくしてたまらなかった。自分もらちもなく興奮こうふんして、じょうだん口一つきけない。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
この最中に私が普請ふしんを始めた処が、大工や左官のよろこびと云うものは一方ひとかたならぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
汝等なんぢらにんよし爭論あらそひもととなって、同胞どうばう鬪諍とうぢょうすで三度みたびおよび、市内しない騷擾さうぜう一方ひとかたならぬによって、たうヹローナの故老共こらうども其身そのみにふさはしき老實らうじつかざり脱棄ぬぎすて、なんねんもちひざりしため
いつもながら、若井さんの仕打ちには私も一方ひとかたならず感激していますから
かれはハヾトフが昨日きのふことおくびにもさず、にもけてゐぬやうな樣子やうすて、心中しんちゆう一方ひとかたならず感謝かんしやした。這麼非文明的こんなひぶんめいてき人間にんげんから、かゝ思遣おもひやりをけやうとは、まつた意外いぐわいつたので。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一方ひとかたではない、如何どういうわけか跳起はねおきる気力も出ないで、違う違うと、ただ手を振りながら寝ていたが、やがてまた廊下に草履ぞうりの音が聞えてガラリと障子がくと、此度こんどは自分の敵娼あいかたの顔が出た
一つ枕 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
あまつさえ、二日以来足の痛みは、今朝宿を出た時から常ではないので、この急峻な山道では一方ひとかたならぬ苦痛を覚えた。途中の用意にもと、宿から持って来た「サイダー」を一口二口飲みながら上る。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
具足奉行ぐそくぶぎやう上田五兵衛は具足を分配する。鉄砲奉行石渡彦太夫いしわたひこだいふ鉄砲玉薬てつぱうたまくすりを分配する。鍋釜なべかま這入はひつてゐた鎧櫃よろひびつもあつた位で、兵器装具には用立たぬものが多く、城内は一方ひとかたならぬ混雑であつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
たとへ偶然ぐうぜんとはいへ、このはなじま漂着へうちやくして、大佐たいさいへみ、大佐たいさをはじめ武村兵曹たけむらへいそう其他そのほか水兵等すいへいら一方ひとかたならず世話せわになつては、彼等かれら毎日まいにち/\その職務しよくむのために心身しんしんくだいてるのを