ゑみ)” の例文
拜借はいしやく仕つり度是迄推參すいさん候といふに強慾がうよく無道ぶだうの天忠和尚滿面まんめんゑみふくみ夫は重疊ちようでふの事なりさてわけは如何にと尋ぬるに大膳はひざすゝめ聲を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そしてその眼は子供によって仕方がなく湧き出たゑみこらへながら、子供をさゝへて、その小さな赤い口に僅の食物を入れてやった。
晩餐 (新字新仮名) / 素木しづ(著)
かくても始末は善しと謂ふかと、をぢ打蹙うちひそむべきをひてへたるやうのゑみもらせば、満枝はその言了いひをはせしを喜べるやうに笑ひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
汝の名と汝等の状態ありさまとを告げてわが心をたらはせよ、さらば我悦ばむ。是においてか彼ためらはず、かつ目にゑみをたゝへつゝ 四〇—四二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
男はハツと顏赤らめて、『すぐれて舞の上手じやうずなれば』。答ふる言葉聞きも了らで、老女はホヽと意味ありげなるゑみを殘して門内に走り入りぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「併しその幻がなかつたらどうでせう。貴方は生きてゐられると思ひますか。」青年は確信のほゝゑみを浮べ乍ら云つた。
平たきおもてに半白の疎髯そぜんヒネリつゝ傲然がうぜんとして乗り入るうしろより、だ十七八の盛装せる島田髷しまだまげの少女、肥満ふとつちようなる体をゆすぶりつゝゑみかたむけて従へり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
フアビアニ公子とフランチエスカ夫人とは、わが好き妻を得しを喜び、かの腹黒きハツバス・ダアダアさへ皺ある面にゑみたゝへて、我新婚を祝したり。
病人は、まだ自分が生きて居たかといふ風に、頭をもちあげて部屋の内を見廻した。かすかなヒステリイ風のゑみが暗い頬に上つた頃は、全くの正気にかへつて居た。
死の床 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
老夫らうふむしろはしに坐し酒をゑみをふくみつゞけて三ばいきつ舌鼓したうちして大によろこび、さらば話説はなし申さん、我廿歳はたちのとし二月のはじめたきゞをとらんとて雪車そりひきて山に入りしに
源太はゑみを含みながら、さあ十兵衞此所へ来て呉れ、関ふことは無い大胡坐おほあぐらで楽に居て呉れ、とおづ/\し居るを無理に坐にゑ、やがて膳部も具備そなはりし後
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
(あゝ、う、)と会心くわいしんゑみらして婦人をんな蘆毛あしげはうた、およたまらなく可笑をかしいといつたはしたない風采とりなりで。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
とて手に載せて出したものを見て、老母は始めは驚いた様子でしたが、やがて私がやらうといふのを気づいたと見えて、ニツト、ほんの義理にホヽゑみ真似まねをして
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
其の夜、左内が枕上まくらがみに人の来たる音しけるに、目さめて見れば、二五灯台とうだいもとに、ちひさげなる翁のゑみをふくみてれり。左内枕をあげて、ここに来るはそ。
流石さすがは若い頃江戸に出て苦労したといふ程あつて、その人をそらさぬ話し振、その莞爾にこ/\と満面にゑみを含んだ顔色かほつきなど、一見して自分はその尋常ならざる性質を知つた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
悟空の後姿を彫像のやうに動かず凝視して居た王の白蝋の顔には、この時初めて薄いゑみが刻まれた。
闘戦勝仏 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「なに百円寄越す。」大杉氏はにやりと氷のやうな冷たいゑみもらした。何処へ往つても刑事が附きまとふといふ事なら、百円貰つて他所ほか引越ひきこしても悪い事はなかつた。
女房にようばうだまつてくちあたりひやゝかなゑみふくんでひざをそつとうごかしてぐつすりねむりこけた自分じぶんた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
折々、ひどい荒天あれの日など、妹たちは彼を引き止めようとすることもあつた。その時、彼は一種特別なゑみを浮かべながら、快活といふよりも、寧ろ嚴肅にかう云つた——
外山は満面にゑみたゝへて云つて居た。瑞木が鏡子の前へ乗つた。花木も乗りたさうな顔をして居たのであつたがうしろの叔母の車に居た。瑞木を膝に乗せた車が麹町へあがつてく。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
他人の事と思はれず、我身わがみほまれ打忘うちわすれられてうれしくひとりゑみする心のうちには、此群集このぐんしふの人々にイヤ御苦労さまなど一々いち/\挨拶あいさつもしたかりし、これによりて推想おしおもふも大尉たいゐ一族いちぞく近親きんしん方々かた/″\はいかに
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
あとは僅かに二人三人、それを冷たいゑみにあしらつて、岩根半藏ズイと外へ出ます。廣いところへ出さへすれば働きは自由自在、こんな捕物陣位は、一瞬にして踏み潰せると思つたのでせう。
「あんたもいて呉れはるか。」と、道臣は醉つた顏にゑみを浮べて答へた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
彼はこの恍惚くわうこつたる悲しい喜びの中に、菩提樹ぼだいじゆの念珠をつまぐりながら、周囲にすすりなく門弟たちも、眼底を払つて去つた如く、唇頭しんとうにかすかなゑみを浮べて、恭々うやうやしく、臨終の芭蕉に礼拝した。——
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ぢておはししかなやおももちのなにか湛へて匂へるゑみ
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
智謀に富めるオヂュシュウスゑみを含みて彼に曰ふ、 400
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
春の夜や歌に更かせし小人せうじんの口元可愛かはゆきゑみをしぞ思ふ
短歌 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
めうに真鍮しんちゆうの光沢かなんぞのやうなゑみたたへて彼奴あいつ
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
にらまへたちぬ、ゑみの勝、——
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
いとやきゑみたゝへて
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
やがて此方こなたを向きたる貫一は、尋常ただならず激して血の色を失へる面上おもてに、多からんとすれどもあたはずと見ゆる微少わづかゑみを漏して
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
少しく離れゐたりしベアトリーチェは、ゑみを含み、さながらふみに殘るかのジネーヴラの最初のとがを見てしはぶきし女の如く見えき 一三—一五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
お加女はホヽとゑみ傾け「あら、わたしとしたことが、御挨拶ごあいさつも致しませんで——どうも旧年中は一方ならぬ御世話様に預りまして、何卒相変りませず」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
頼んで片付んとひとり思案の其折から入來る兩人は別人べつじんならず日頃入魂じゆこんの後家のお定に彼の早乘はやのりの三次成れば長庵忽地たちまちゑみ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
やがて一間ひとまを出で立ち給ふ小松殿、身には山藍色やまあゐいろ形木かたぎを摺りたる白布の服を纏ひ、手には水晶の珠數を掛け、ありしにも似ず窶れ給ひし御顏にゑみを含み
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
で、たゞもんめ連出つれだ算段さんだん。あゝ、紳士しんし客人きやくじんには、あるまじき不料簡ふれうけんを、うまれながらにして喜多八きたはちしやうをうけたしがなさに、かたじけねえと、安敵やすがたきのやうなゑみらした。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
われは思慮を費すにいとまあらずして、近きあづまやの内に濳みしに、男はおもてゑみを湛へて閾上よくぢやうに立ち留まりぬ。
三一てきすべからねば、おそらくはうけがひ給はじ。媒氏なかだちの翁ゑみをつくりて、大人うしくだり給ふ事甚し。
何遍夢に見たか知れないその時子の顔がゑみを含んで此方こちらを見てゐるのをBははつきりと見た。
時子 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
丁度そこへ弁護士、肥大な体躯からだゆすり乍ら、満面にゑみを含んで馳け付けて、挨拶する間も無く蓮太郎夫婦と一緒にらちの内へと急いだ。丑松も、入場切符を握つて、随いて入つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
とふと口のうちに独言を云ひながら、どうにも仕方がない程可愛いといふやうな様子で、『坊や、』と強く云ったけれども、ゑみが顔からあふれて了って、彼女は助をかりるやうに男の顔を見た。
晩餐 (新字新仮名) / 素木しづ(著)
かれ故郷こきやう幾年目いくねんめかでついでもあるし、さいは勘次かんじのことは村落むらうちつてたから相談さうだんをしててやらうといつた。卯平うへい近頃ちかごろ滅切めつきりくぼんだ茶色ちやいろしかめるやうにしながらかすかなゑみうかべた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
千島ちしま事抔ことなどうはさしあへるを耳にしては、それあれかうと話してきかせたく鼻はうごめきぬ、洋杖ステツキにて足をかれし其人そのひとにまで、此方こなたよりゑみを作りて会釈ゑしやくしたり、何処いづくとさしてあゆみたるにあらず
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
口紅に新春少女十六のゑみうつくしき梅の園生や
短歌 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
先きの言句を打消してゑみを含みて彼に曰ふ——
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
早や飽きぬ、火炎の正眼まさめ、肉のゑみ、蜜の接吻くちづけ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
公家は死顔に寂しさうなゑみを洩らした。
いとやきゑみたたへて
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
人魚のゑみはえしれざる
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
若しわがゑみ原因もとと思へるもの他にあらば、まことならずとしてこれを棄て、彼が事をいへる汝のことばまこと原因もととおもふべし。 一二七—一二九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)