しん)” の例文
乳牛はすこしがたがた四を動かしたが、飼い葉をえて一しんいはじめる。花前は、いささか戒心かいしん態度たいどをとってしぼりはじめた。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
もの優しく肩が動くと、その蝋の火が、件の絵襖の穴をのぞく……その火が、洋燈ランプしんの中へ、𤏋ぱっと入って、一つになったようだった。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分すら忘れきつた彼の人の出来あがらない心に、骨に沁み、干からびた髄のしんまでも、唯りつけられるやうになつて残つてゐる。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
こう云う代助は無論臆病おくびょうである。又臆病でずかしいという気はしんから起らない。ある場合には臆病をもって自任したくなる位である。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眠たくはないが、疲労と不愉快とで、頭のしんが痛む。とにかく横にだけはなりたい。そこではかまを脱いで、括り枕の上にそれを巻いた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
へやのまんなかにつったランプは、しんが出過ぎてホヤがなかば黒くなっていた。室には陰深いんしんの気が充ちわたって、あたりがしんとした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
大學者だいがくしやさまがつむりうへから大聲おほごゑ異見いけんをしてくださるとはちがふて、しんからそこからすほどのなみだがこぼれて、いかに強情がうじやうまんのわたしでも
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ほんとうにもうしんから底から、オイオイ泣きたくなってしまった。いや、涙こそこぼさないが、顔中、大泣きに泣いていたろう、今松。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
長いことしんぞうに耳を当てたりしたあげく、とど遺骸と見極めたのだから、よもやそこらに抜かりはあるまい、常吉はこう言い張った。
死様にも不思議はなく、持病のしんの病と医者も見立てたんですが、困ったことに——吉田屋のお内儀の死んだのは変死に違いない。
いわゆる“福草履”なるもので、鼻緒はわらしんにして、厚い紙で巻いたのであるから、ごつごつしてすこぶ穿きにくいものであった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あれはしんから底から亭主を好いておりましたが、男はカルタ賭博とばくを始めて裁判にまでひっかかり、そんな有様で死んじまったとか。
それは貴君あなたが下宿屋でなさる事も出来ます。先ず林檎の皮をいて小さく切ってしんって鍋へ入れますが水は少しもりません。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
不取敢そのしんを捻上げると、パツと火光が発して、やみに慣れた眼の眩しさ。天井の低い、薄汚い室の中の乱雑だらしなさが一時に目に見える。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
余りしんから笑うので、私は彼のようにその洒落はわかりはしなかったけれども、また彼と一緒になって笑い興ぜずにはいられなかった。
女の方では、そんなこととは知らないから、久しく逢いに来てくれなかった恨みを言うことも忘れて、しんから嬉しそうにしながら
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
しばらくしてあをけむり滿ちたいへうちにはしんらぬランプがるされて、いたには一どうぞろつと胡坐あぐらいてまるかたちづくられた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
翁はもと/\我利がりから広大の牧場地を願下げたと思わるゝをしんから嫌って、目下場内の農家がまだ三四戸に過ぎぬのをいたく慙じ
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
色のまっ黒な、眼の大きい、やわらか口髭くちひげのあるミスラ君は、テエブルの上にある石油ランプのしんねじりながら、元気よく私に挨拶あいさつしました。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、かのぢよはのろけまじりに昔の所天をつとのことや近頃會ふ人々のことを語り、義雄の燒き持ちしんを挑發しようとする。そして
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
太い、逞ましい喬木でも、しんが朽ちているから、うっかりつかまると枝が折れて、コイワカガミや、ミヤマカタバミの草のしとねのめったりする。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
事件が大袈裟おおげさになることは、もとより覚悟の上であったろうが、絶縁状の字句が、何やらん書生流で、ほんとに、しんから底から
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかし今では女も男に負けぬ程ずるくなつた。大隈伯が願を掛けたら、屹度きつと義足を奉納する。貞奴さだやつこだつたら桃介たうすけさんのしんざうでも納めよう。
突然、私は鉛筆のしんを折った。他の鉛筆もみんな心が折れたり先きがなくなっているので、私は小刀でその鉛筆をけずり出した。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
浅香 私もあのかたはしんから好きです。あなたが、いやな、卑しい人と何するのなら、私お手紙のお取り次ぎなんかまっぴらだけれどね。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
高い帯揚のしんは減らせ、色はもっと質素なものをえらべ、金の指輪も二つは過ぎたものだ、何でも身のまわりを飾る物はしまって置けという風で
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
東西南北より、池のしんさして出でたる竿は、幾百といふ数を知らず、継竿、丸竿、蜻蛉とんぼ釣りの竿其のまゝ、たこの糸付けしも少からず見えし。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
「みなし子はよう寝とる」と老婆が言った、「痩せこけて、骨と皮ばかりだ。生みの母親がなけりゃ、しんから世話をする者もないからの。」
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
粥二碗、汁二椀、芋二皿、鮭の乾肉ことごとく喰ひつくして膳の上また一物なし。クレオソート三袋。自ら梨一個をいで喰ふ。しんみ皮を吸ふ。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
第一に鉛筆しんが山のようにあります。これは心だけで鞘がない。それからブッキラ棒な竹の杖が一本、これは頭の金具が剥取ってあります。
お嬢さんは生娘でオボコのあんな可愛い人だ、大方ご自分がお前さんにしんから惚れているということに自分でも気がつかずにいるだろうよ。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
戸板のすぎの赤みが鰹節かつおぶししんのように半透明にまっに光っているので、日が高いのも天気が美しく晴れているのも察せられた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
まちは、まへに、すべての景色けしきえでもするかのやうに、一しんになつてなみだぐみながらふのであつた。すると、末男すゑをも、おなじやうに
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
時刻はすでに朝の九時で、太陽はようやく高かろうとしているが、ここゴルゴタの丘の一角にはしんの底まで冷たい暗黙の気が立ちこめている。
その火影は寒さにって、穂尖ほさきが細く、しんが赤くなって、折々自然にゆらゆらとひらめくのが、翁の姿を朧気おぼろげに照していた。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
(『義楚六帖ぎそろくじょう』にいわく、「『倶舎くしゃ』に曰く、『漸死ぜんしにはそくさいしんとに、最後に意識滅す。下と人と天は不生なり。断末摩は水等なり』」と)
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
またそのなかりさうなおくはらけやうとしてあたまつてるところました——それからまたしんなにいてるやうにもえました
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
そのしんになるものは通例、顕微鏡でも見えないほどの、非常に細かいちりのようなものです、空気中にはそれが自然にたくさん浮遊しているのです。
茶わんの湯 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あるひはラブがなかつたせいかもれぬ。つましんからわたしれてるほど、夫婦ふうふ愛情あいじやうあぶらつてないせいかもれぬ。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
これは私の親たちの肝煎きもいりで私の師匠東雲師へ弟子入りをさせたのですから、私のしんからの弟子ではなく、おとと弟子でありますが、不幸なことには
「それに、もつと困ることは、あなたは、しんしんまで都会のお坊ちやんなの。おわかりになる? あたしは、これで、なんだとお思ひになつて?」
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
好い松の樹の樹も兎角に何かの縁でしんが折られたり止められたりして、そして十二分の発達をせずに異様なものになって終うのが世の常である。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あのねえ、私、あなたかテムプル先生か、それとも誰か、私がしんから愛する人の眞實の愛を得る爲めになら、自分の腕の骨さへ喜んで折らせるわ。
まだ子供とはいえ素性の不確かな、しかも驚く程悧巧りこうな人間を直ぐに信用して、その境遇にしんから同情して窃盗の助手を甘んじて引き受けている。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこまでは、一しん不乱ふらんになって統一とういつをやればどうやらわたくしどもにも接近せっきんされぬでもありませぬが、それからおくはとてもわたくしどもの力量ちからにはおよびませぬ。
どことなくしんのある様な身のこなしを仕ながらお久美さんに許りは変らない上機嫌の顔を見せて居る蕙子が腹立たしくて腹立たしくてならなかった。
お久美さんと其の周囲 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「此頃は新橋ださうですね。若くつて綺麗ですから御無理もありませんけれどねえ。」お糸さんはこんなことを云つてしんから珍らしさうに欵待くわんたいした。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
女の人は、立って押入から竹洋灯ランプを取りだして、油を振ってみて、袂から紙を出してしんを摘む。下へ置いた笠に何か書いた紙切れが喰っついている。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
その風采ふうさい餘程よほどちがつてるが相變あひかはらず洒々落々しや/\らく/\おとこ『ヤァ、柳川君やながはくんか、これはめづらしい、めづらしい。』としたにもかぬ待遇もてなしわたくししんからうれしかつたよ。
しん不亂ふらんいのりしに今日ははや源内の罪きはまり御仕置と聞し故娘の豐は其日ちゝの引れゆきし御仕置場へ行て見るに終にあだつゆ消果きえはてしゆゑ泣々なく/\も其所を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)