“差(さし)” の例文
呆気(あっけ)に取られて目も放さないで目詰(みつ)めて居ると、雪にも紛(まが)ふ頸(うなじ)を差(さし)つけ、くツきりした髷(まげ)の根を見せると、白粉(おしろい)の薫(かおり)、櫛(くし)の歯も透通(すきとお)つて
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
『僕も酔(よひ)が醒(さ)めかゝつて寒くなつて来た。静(しづ)ちやんさへ差(さし)つかへ無けれア彼(あ)の角(かど)の西洋料理へ上がつてゆつくり話しませう。』
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
差(さし)て送らせける其後種々(しゆ/″\)樣々(さま/″\)吟味有けるに先の申立(たて)と相違も無きこと故是(これ)より大惡の本人(ほんにん)たる重四郎の段右衞門と愈々(いよ/\)突合(つきあは)せ吟味とこそは極(きはま)りけれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
両人は此の体(てい)を見てハッとばかりに恟(びっく)り致しましたが、逃げることもならず、唯うろ/\して居る所へ、平左衞門は雪洞(ぼんぼり)をズッと差(さし)つけ、声を怒(いか)らし。
後から差(さし)のぞく空善の眼に映ったのは、白々と晒(さらさ)れた骸骨——しかもボロボロの着物を着け、刀を抱えて悠然と何やらに凭(もた)れて居るではありませんか。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
手桶(ておけ)を右の手に提(さ)げているので、足の抜(ぬ)き差(さし)に都合が悪い。際(きわ)どく踏(ふ)み応(こた)える時には、腰から上で調子を取るために、手に持ったものを放(ほう)り出(だ)したくなる。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
片っぽの土蔵のほんの差(さし)かけが、露路口にあって、縄を収(しま)う納屋にでもなっていると、その、たった畳(たたみ)一畳もない場所を借りうけようと猛烈な運動をする。
「祖父江さん、いつもあなたといっしょにいられる、あの立派なご老人はどういうかたなのですか。お差(さし)つかえなかったら、われわれにもご紹介ねがいたいですね」
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
戻(もど)れば太郎(たらう)の母(はゝ)と言(い)はれて何時(いつ)/\までも原田(はらだ)の奧樣(おくさま)、御兩親(ごりようしん)に奏任(そうにん)の聟(むこ)がある身(み)と自慢(じまん)させ、私(わたし)さへ身(み)を節儉(つめ)れば時(とき)たまはお口(くち)に合(あ)ふ物(もの)お小遣(こづか)ひも差(さし)あげられるに
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
程なく列車が轟(ぐわう)と音を立てて松川の鉄橋に差(さし)かかると、窓外(そと)を眺めて黙つてゐた吉野は
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と、その人の所へ幾度も差(さし)つけたので、この者大いに弱ったと云う話がある。武蔵の詳伝はいつか書きたいが、この人の武芸の何処辺まで到っていたかと云うに就て面白い話がある。
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ナポリ、ポンペイ等の記事も同様である。其(それ)等の郵便を予自身に郵便局へ赴(おもむ)いて差(さし)立てなかつたのが過失であつた。人気(にんき)の悪(わ)るいナポリの宿の下部(ギヤルソン)に托した為(た)めに故意に紛失(ふんじつ)されたのであつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
ガッシリとしてきた手を差(さし)のべることなく
父母達の家 (新字新仮名) / 今野大力(著)
弟は、本を差(さし)あげて楽隊の真似をした。
眠い一日 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
お誓は榎の根に、今度は吻(ほっ)として憩った、それと差(さし)むかいに、小県は、より低い処に腰を置いて、片足を前に、くつろぐ状(さま)して
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
拝見(はいけん)だけ仰(おほ)せ付(つ)けられて下(くだ)さいましと云(い)つて、先(まづ)頭(かしら)から先(さき)へ眼(め)を附(つ)け、それから縁(ふち)を見て、目貫(めぬき)から何(ど)うも誠にお差(さし)ごろに、定(さだ)めし御中身(おなかみ)は結構(けつこう)な事でございませう
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
見しが慥(たしか)に三五郎奴成らんと三人等(ひと)しく此方の土手(どて)へ駈(かけ)よりて見れば二三町隔(へだて)て西の村を差(さし)て迯行(にげゆく)者あり掃部は彌々彼奴(あいつ)に相違無し是々(これ/\)藤兵衞飛脚(ひきやく)を立て家(うち)へ此ことを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
これが妾(めかけ)手(て)かけに出(だ)したのではなし正當(しようたう)にも正當(しようとう)にも百(ひやく)まんだら頼(たの)みによこして貰(もら)つて行(い)つた嫁(よめ)の親(おや)、大威張(おほゐばり)に出這入(ではいり)しても差(さし)つかへは無(な)けれど、彼方(あちら)が立派(りつぱ)にやつて居(ゐ)るに
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかし、其(そ)の當時(たうじ)、風(かぜ)は荒(あら)かつたが、眞南(まみなみ)から吹(ふ)いたので、聊(いさゝ)か身(み)がつてのやうではあるけれども、町内(ちやうない)は風上(かざかみ)だ。差(さし)あたり、火(ひ)に襲(おそ)はるゝ懼(おそれ)はない。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
前(ぜん)申し上げます通り阿古屋(あこや)の琴責(ことぜめ)の様な姿で簪(かんざし)を後光の様に差(さし)かざして居(い)るから年を取って居ても若く見えます。ずいと出まして、御奉行の方を斜(はす)に向いて坐って居ります。
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
紙に包みて差(さし)出しければ長庵は押戻(おしもど)し否々(いや/\)夫(それ)は思ひも寄ぬ事なり豫(かね)て我が言たる通り工面(くめん)さへ出來る事なれば何であの孝行(かうかう)な娘の身を浮川竹(うきかはたけ)に沈むる周旋(せわ)を我しやう他人がましき事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
稚兒(おさなご)が母(はゝ)よぶ樣(やう)に差(さし)まねぎつ、坐敷(ざしき)にも入(い)らではるかに待(ま)てば、松野(まつの)は徐(おもか)ろに歩(あゆ)みを進(すゝ)めて、早(はや)く竹椽(ちくえん)のもとに一揖(いつしふ)するを、糸子(いとこ)かるく受(う)けて莞爾(にこやか)に、花莚(はなむしろ)の半(なかば)を分(わ)けつゝ團扇(うちわ)を取(と)つて風(かぜ)を送(おく)れば
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
差(さし)のばしたまう白く細き手の、その姉上の姿ながら、室(へや)の片隅の暗きあたり鮮麗(あざやか)にフト在るを、見返せば、月の影窓より漏れて、青き一条の光、畳の上に映(さ)したるなり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
龜藏は逆筋斗(さかとんぼう)を打って溝(どぶ)の縁へ投げ付けられるを、左の方(ほう)から時藏相助が打ってかゝるを、孝助はヒラリと体(からだ)を引外(ひきはず)し、腰に差(さし)たる真鍮巻の木刀で相助の尻の辺(あたり)をドンと打(ぶ)つ。
お目(め)に懸(かゝ)らでは戻(もど)らるゝことかはさるにても此病人(このびやうにん)のうへに此(この)お生計(くらし)右(みぎ)も左(ひだり)もお身(み)一(ひと)つに降(ふ)りかゝる芳(よし)さまが御心配(ごしんぱい)は嘸(さぞ)なるべし尋常(つねなみ)ならば御兩親(ごりやうしん)の見取(みと)り看護(かんご)もすべき身(み)が餘所(よそ)に見聞(みき)く苦(くる)しさよと沸(わ)き返(かへ)る涙(なみだ)胸(むね)に呑(の)みて差(さし)のぞかんとする二枚戸(にまいど)を
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その茶の室(ま)の長火鉢を挟(はさ)んで、差(さし)むかいに年寄りが二人いた。ああ、まだ達者だと見える。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私のようなお多福でも亭主(ていし)が有りますもの、お前さんのような粋なお侍と差(さし)でお酒なんかを飲むと、親指(これ)が嫉妬(やきもち)を焼いて腹を立ちますよ、お前さんがもっと男が悪ければ宜(い)いけれども
台所に踞(しゃが)んだまま、女房の、藍微塵(あいみじん)の太織紬(ふとおりつむぎ)、ちと古びたが黒繻子(くろじゅす)の襟のかかったこざっぱりした半纏(はんてん)の下から、秋日和で紙の明るい上框の障子、今閉めたのを、及腰(およびごし)で差(さし)のぞき
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
着物はなし六百文の銭は差(さし)が切れ、彼処此処(あちらこちら)へ散乱致して居りますのを拾い集めて漸く四百幾文(いくら)、五百に足りない銭を、これでも命の綱と思い、ずぶ濡れになって前橋の手前まで来ると
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と独語(ひとりごと)を云いながら、腰を掛(かけ)るものがないから、河岸(かし)に並んで居ります、蔵の差(さし)かけの下で、横鼻緒をたって居りますと、ぴゅーと吹掛けて来る雪風(ゆきかぜ)に、肌が裂(き)れるばかり、慄(ふる)いあがる折(おり)から
と座蒲団(ざぶとん)差(さし)よせたれば、高津とならびて、しおしおと座につきぬ。
誓之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こう、按摩さん、舞台の差(さし)は堪忍(かに)してくんな。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)