しま)” の例文
るとぞつとする。こけのある鉛色なまりいろ生物いきもののやうに、まへにそれがうごいてゐる。あゝつてしまひたい。此手このてさはつたところいまはしい。
大抵は無愛想なような、人の善さそうな爺さん連で、若い顔はまれであるが、彼等は日が暮れると、各自の箱に錠を卸して帰ってしまう。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
どうやら支離滅裂になつてしまひさうで、どうも申分が多いが、外に之に代るべきものもないから、一時は相応に研究する者もあつた
エスペラントの話 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
「まあお待ちなさい。あなたは一体つゝしみをしらない。私がまだ話してしまはないうちに何を云ふのです、私はあなたの先生ですぞ」
一時間近く経って後、彼は再び人混ひとごみの中を分けて煙草の煙と共に漂って居た。露店が尽きて橋へ来た。彼は惰性で橋を渡ってしまった。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
此の婚礼に就いて在所の者が、先住のためしを引いて不吉ふきつな噂を立てるので、豪気がうき新住しんじう境内けいだいの暗い竹籔たけやぶ切払きりはらつて桑畑にしまつた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
「坊樣暗う御座いますよ」と言つたぎり、女と共に登つてしまつたから僕も爲方しかたなしに其後にいて暗い、狹い、急な梯子段を登つた。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
幸ひ子供心にも、にほひを嫌つて食べなかつたから助かつたものの、さうでもなければ、一たまりもなくやられてしまつたところでせう。
『向うにいる中はダメでしたけども、此方に来てから水が性に合ったと見えて、たちまちここでおばァさんになってしまったんですね』
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そんな素直すなおかんがえもこころのどこかにささやかないでもなかったのですが、ぎの瞬間しゅんかんにはれいけぎらいがわたくし全身ぜんしんつつんでしまうのでした。
其時長次郎は下の方に少し傾斜の緩い平地らしい所が見えたので、杖を投げ下ろしたが一溜りもなく下の谷底まで滑り落ちてしまった。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
むろん此等これらの人達は、すでに地上とはきれいに絶縁してしまい、彼等の墓石の上に、哀悼の涙をそそぐものなどは、最早もはやただの一人もない。
その話はね、誰れでも五月蠅く聞くんだ、その癖皆んな途中で莫迦ばからしいと笑ってしまうんだ。それで僕もあまり話したくないんだ。
息を止める男 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それすこぎて、ポカ/\するかぜが、髯面ひげつらころとなると、もうおもく、あたまがボーツとして、ひた気焔きえんあがらなくなつてしまふ。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
何故かというに僕の肉体には本能的な生の衝動がきわめて微弱になってしまったからである。永遠に堕ちて行くのは無為の陥穽かんせいである。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
母親なんか、その為に死んでしまったかも知れない。あるいはそうなるまでにおれ達兄弟のたれかが、親父を殺して了ったかも知れない。
疑惑 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
六区と吉原を鼻先に控えてちょいと横丁を一つ曲った所に、さびしい、すたれたような区域を作っているのが非常に私の気に入ってしまった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
相変らず宗匠、駄弁をろうしている間に、酔が好い心持に廻ったと見えて、コクリコクリ。のちには胴の間へ行って到頭横になってしまった。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
駄賃が少し余計にはいったりなんかすると、すぐ酒をひっかけて来る。そんなときは何時いつもの無口屋が、とてものおしゃべりになってしまう。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
自分はもと洛中を騒がした鬼だが、余り悪戯いたづらが過ぎるとあつて貴方あなたの御先祖安倍晴明殿のために、この橋の下にふうぜられてしまつた。
たゞ沙漠のすなけてゐるやうに、頭がほてツてゐるばかりだ。そして何時颶風はやてが起ツて、此の體も魂もうづめられてしまうか知れないんだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
李陵りりょう自身が希望のない生活を自らの手で断ち切りえないのは、いつのまにかこの地に根をおろしてしまった数々の恩愛や義理のためであり
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
よいに乗じて種々いろいろ捫着もんちゃく惹起ひきおこしているうちに、折悪おりあしくも其処そこへ冬子が来合わせたので、更にこんな面倒な事件を演出しいだす事となってしまった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
路端みちばた飯屋めしやは昼前の大繁昌おほはんじやうで、ビスケットを袋に詰める者もあれば、土産みやげにウォットカを買ふ者もあり、又は其場で飲んでしまふ者もある。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
衆と共に仕事をされる場合には小酒井さんは身をもつってひきいました。ですから自然と衆人が小酒井さんを頭目の位置に据えてしまいました。
小酒井さんのことども (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
藁きれをひつぱつてゆく蟻でも、屋根の上でチウ/\鳴いてゐる雀でも、ジユウルの注意を引きつけてすつかり夢中にさせてしまふのです。
所がこの、道子の自由な行動は、仮令たとい夫には無視されて居たにしろ、世間には遂に無視してはられぬ位のものになってしまったのでした。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
耳許へ口を押付けて叫んだが、老人は奇怪な言葉を最後に、絶命してしまった。——祐吉は老人の脈をたり、瞳孔をしらべたりしていたが
天狗岩の殺人魔 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、焼麩やきぶ小菜こなの汁でぜんが済むと、行燈あんどう片寄かたよせて、小女こおんなが、堅い、つめたい寝床を取つてしまつたので、これからの長夜ながよを、いとゞわびしい。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それは残念であったなどとおおいに笑った、とてもこれが半死の病人と思えようか、烈しく興味を感じてはほとんど病を忘れてしまうのである
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
『良いやうでも百姓はあきまへん。うちでも田地でんぢを少しつてますが、税が高うて引合はんよつて、賣つてしまはうか言ふてますのやがな。』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
くるしみかろんずるとか、なんにでも滿足まんぞくしてゐるとか、甚麼事どんなことにもおどろかんとふやうになるのには、あれです、那云あゝい状態ざまになつてしまはんければ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
才あるこれからの男は求めて埋もれてしまうに堪えられなかった。我が身が気の毒であった。今はあおざめた昂奮が噴きあげるようであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
向島むかうじま武蔵屋むさしや奥座敷おくざしき閑静しづかからう、丁度ちやうど桜花さくらも散つてしまうた四ぐわつ廿一にちごろと決したが、其披露文そのちらし書方かきかたが誠に面白おもしろい。
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
Kは斯う云って、口をつぐんでしまう。彼もこれ以上Kに追求されては、ほんとうは泣き出すほかないと云ったような顔附になる。
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
とにかく、幕府はすぐ瓦解してしまい、明治政府は成立間際まぎわの事なので、この戦争についても、戦記の正確なものが乏しいのは、遺憾である。
鳥羽伏見の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今までポンプを押していた職工の一人が、突飛とっぴもない声で叫んだ。矢島は、ガックリと顔を伏せてその場へ坐り込んでしまった。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
あのなみだいけおよいでからはなにかはつたやうで、硝子ガラス洋卓テーブルちひさなのあつた大廣間おほびろままつた何處どこへかせてしまひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
薔薇ばらにも豌豆えんどうにも数限りもなく虫が涌く。地は限りなく草をやす。四囲あたりの自然に攻め立てられて、万物ばんぶつ霊殿れいどのも小さくなってしまいそうだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
が、かうして、忘れよう/\と努力して、それを忘れてしまつたら、かへつてどうにも出来ない空虚が、おれの心に出来て了つた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
当家には公儀へ内密におびただしい金銀が隠してあるということを承わってその検分に来た、さあ隠さずそれを出してしまえば内済ないさいですましてやるが
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そういう非難と一緒に、防ごうにも防ぎきれぬ太い腕力がやって来て、なにもかもひと叩きに叩きつぶしてしまったのである。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
童子ははじめからおしまいまでにこにこわらっておられました。須利耶さまもお笑いになりみんなをゆるして童子をれて其処そこをはなれなさいました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
約十尺ばかりの大穴が船腹に開くと見るまに、傷附いた船は高いなみの中に沈んでしまつたのである。その時はまだ非常に寒い季節の中にあつた。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
直視するとこちらが石に化してしまふから、盾の鏡に映る像を目標として近づき、矢庭やにわに剣を抜いて切り附くるとメヂューサの首は宙に飛んだ。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
武内たけのうちつたのは、新著百種しんちよひやくしゆ挿絵さしゑたのみに行つたのがゑんで、ひど懇意こんいつてしまつたが、其始そのはじめより人物にれたので
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
鼻の恰好が即ちその人の人格の表現であるとイキナリ決定してしまうのは、あまりに早計でチト物騒ではあるまいかと考えられるようであります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それで何の事もなく済んでしまうのであることは恭三は百も承知して居たが、それを実行することがすこぶる困難の様であった。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
かれがそう言ったとき始めて、別のしゃりこうべは気がついて、嬉しそうにこんどは遠慮もなく菫をへし折ってしまった。
しゃりこうべ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それから両人は互に文通して、励まし合つてゐたが、いくばくも無くスタインホイザアが瑞西スイスのベルンで卒中そつちうたふれてしまつた。