たち)” の例文
三人かくはたちならびしが、いまだものいわむとする心も出でず。呆れて茫然と其方そなたを見たる、楓の枝ゆらゆらと動きて、大男の姿あり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
苦労の中にもたすくる神の結びたまいし縁なれや嬉しきなさけたねを宿して帯の祝い芽出度めでたくびし眉間みけんたちましわなみたちて騒がしき鳥羽とば伏見ふしみの戦争。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
愛之助は電燈の直射に会って、どぎもを抜かれてたちすくんだ。すぐ目の前のドアが開いて、電燈を背にして、例の怪物が立はだかっていた。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
向ひの家の二階のはづれをわづかにもれいづる影したはしく、大路にたちて心ぼそくうちあふぐに、秋風たかく吹きて空にはいさゝかの雲もなし。
あきあはせ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
源右衛門(刀を提げたちはだかったまま)『本願寺浄土真宗、本寺のものだ。山科より使いに来たと、和尚さんへ取次いで下せえ』
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
柴のいおいに立ちかえり、本尊仏にむかい奉るといえども、観念のゆかには妄想のたちそい、称名のおん声だに、煩悩ぼんのうの息とのみ聞えたもう。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかして英雄のいずるは概ね国家擾乱の際、数百載の下にたちて之を想見す。目眩し胸轟く英雄の人物あにそれ知り易しとせんや。
史論の流行 (新字旧仮名) / 津田左右吉(著)
博物館の門はたちばうの指先で押したベルつてあけられ、僕は中庭へはひつたが、番人の妻は縦覧時間が過ぎたと云つて謝絶した。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
最近某大学の卒業論文口頭試問の席へたち会つて、英文学専攻の卒業生がそれぞれ皆立派な研究を発表してゐるのに感服した。
趣味としての読書 (新字旧仮名) / 平田禿木(著)
芸人、人力車夫、チョボクレ、たちん坊などは更に甚しいものだった。貧民窟に住んでいるのはこの連中で、そこは犯罪と伝染病の巣でもあった。
ぬすみ出して連てにげたに相違なし元はたゞとつて來たものだ不殘みんな渡しても損にはならねへサア/\渡せ/\とたちかゝる故此方こなたは侍士一人なれども女房を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
私は良人が帰ったらお返事をしようと幾分いくぶんか腹もたちましたからケンモホロロに追返しましたけれどもその時の心持と申すものは今に忘れませんよ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
手足しゅそくを労するを得ず故に世に為すことなしと言うや、汝高壇にたちて説教し得ず故に福音を他に伝うるを得ずと言うや
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
そんなこととはしらぬ猫間犬丸は、穴の底からたちあがると、どこともなく、まっくらなところをあるいておりました。
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
かねが涙ながら來し頃は早暮て、七間間口に並びしてふちんもん並の附合つきあひも廣く、此處一町はやみの夜ならず金屏きんびやうの松盛ふる色を示前に支配人のたちつ居つ
うづみ火 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
友人は気のない顔で「あっても乞食かたちぼうだよ。教育のある人にはないようだ」と答えたら、主人は「そうかなあ、日本とは少し違うね」と云った。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夕闇は川面にはらばい、霧が蘆そよぐ岸辺にほのぼのとたちのぼった。ねぐらにおくれたからすが三つ四つと帰りを急ぐ。
しづの身なればいろには出さぬ、ただこころのうちにこがるる〽たちよりむすぶ山の井のあかれずあかぬうちはな
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
まどそとたちたるをみれば猿のやうにてかほ赤からず、かしらの毛長くたれて人よりは大なるがさしのぞきけり。
けぶつてえのつたらひど晴々せい/\してへえつてるやうぢやなくなつた。莫迦ばかつちやつたえ」かね博勞ばくらうはがぶりと風呂ふろおとをさせてたちながらいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
誰でも変に感じられるが四五年以前ある僧が此処ここで腹をへらし前へも出られず、後へも戻れず、たちすくみになって、非常によわっていると、参詣の老人がそれを認めて
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
身は戸の口にたちまゝなるもまなこ室中しつじゅう馳廻はせまわれり、今まで絵入の雑誌などにて人殺ひとごろしの場所を写したる図などは見し事ありいずれにも其辺そのあたり取散とりちらしたる景色見えしに
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
草のむしろのまらうどゐはなく、虫こそあるじなれとて、露けきかたにうち向ひて、ねもころにぬかづきてたちぬ、これなん三百六十のひとつなかまのいやなりけらし
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「この頃緑町では、御大家ごたいけのお嬢様がお砂糖屋をおはじめになって、ことほか御繁昌だと申すことでございます。時節柄結構なお思いたちで、たれもそうありたい事と存じます」
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
天下ことあればほことりたち、事なければ田畝でんぽに帰耕す、要は只時代の要求に応ずることである。
教育の最大目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
其方そのかたさしてあゆむ人はみな大尉たいゐかうを送るの人なるべし、両国橋りやうごくばしにさしかゝりしは午前七時三十分、や橋の北側きたがは人垣ひとがきたちつどひ、川上かはかみはるかに見やりて、みどりかすむ筑波つくばの山も
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
見おくりの人だちのたちこんだ中に交って、防人に行くのは誰ですか、どなたの御亭主ですか、などと、何の心配もなく、たずねたりする人を見るとうらやましいのです、というので
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
馬がいばりをする時だけ彼れは不性無性ふしょうぶしょうたちどまった。妻はその暇にようやく追いついてせなかの荷をゆすり上げながら溜息をついた。馬が溺りをすますと二人はまた黙って歩き出した。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
また今の旧下士族が旧上士族に向い、旧時の門閥もんばつ虚威きょいとがめてその停滞ていたいを今日にらさんとするは、空屋あきやの門にたちて案内をうがごとく、へび脱殻ぬけがらを見てとらえんとする者のごとし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あわれむべし文三はついに世にもおそろしい悪棍わるものと成り切ッた所へ、お勢は手に一部の女学雑誌を把持ち、たちながら読み読み坐舗ざしきへ這入て来て、チョイト昇に一礼したのみで嫣然にっこりともせず
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
際立きわだって育って行きましたから、ちょうど赤子を産んだ親が「始めて笑う」とか「始めて口をきく」とか云う風に、その子供のたちのさまを書き留めて置くのと同じような心持で
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
左程さほど腕力わんりよくつよ日本人につぽんじんなら、一ばん拳鬪けんとうたち合ひをせぬか。』と申込まうしこんでた。
ある時両国橋りょうごくばしの上で彼女は四十あまりの如何にも汚ない風をしたたちぼうに会うた。つく/″\其顔を見て居た彼女は、立ン坊に向い、好い仕事があるかと聞いた。立ン坊は無いと答えた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
たちしぶる宿の内儀かみさんを引立てゝ、一行は海浜旅館へ自動車を疾走はしらせた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
ほとほとに西日けうとくなりにけり霙がちなるがまたち (一二九頁)
文庫版『雀の卵』覚書 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
けい なんですかたちはだかって。お話をするならそこへお坐りなさい。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
露國ロコク政治上せいぢぜうたち世界せかい雄視ゆうしすといへどもその版圖はんと彊大きようだいにして軍備ぐんび充實じゆうじつせるだけに、民人みんじん幸福こうふくゆたかならず、貴族きぞく小民せうみんとのあいだ鐵柵てつさくもうけらるゝありて、おのづからに平等びようどう苦叫くけうする平民へいみんこゑおこ
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
その厳めしさと美しさとを取り帰して、我々の前におたちになった
敦圉いきまきあらくたちかかるを、文角は霎時しばしと押しとど
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
してはじめて靈夢れいむかうふり、その拂曉あかつき水際みぎはたち
鬼桃太郎 (旧字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
やりたちすがりたる花のくれ 去来
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
飯事ままごとに唖の子つくねんとしてたち
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
しろよそほひのたちすがた
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
机にせばめられた通路の一方に男がたちはだかっている為、窓の方へ逃げるほかはなく、彼女はじりじりとその窓枠へおしつけられて行った。
ちごを静かに寝床にうつして、女子をなごはやをらたちあがりぬ。ざしさだまりて口元かたく結びたるまゝ、畳の破れに足も取られず、心ざすは何物ぞ。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おともだちの上﨟じょうろうたちが、ふと一人見着けると、にわかに天楽のとどめて、はらはらとたちかかって、上へ桂を繰り上げる。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たち寄つて碑面を読むと「わが死なば墓には植ゑよ、ひともとのしだれ柳を。わが為にそのふ影の、軽やかに優しからまし」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
うつのみなりかゝる處へ引續いて南町奉行大岡越前守殿出馬あり今此車坂下の四ツ辻をとほかゝられし處流石さすがに町奉行の威權ゐけんあれば町方の者先へたち往來わうらい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
話しているうちに、僕は彼の思いたちが及落の成績に関係のない別方面の動機からきざしているという事を発見した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まどそとたちたるをみれば猿のやうにてかほ赤からず、かしらの毛長くたれて人よりは大なるがさしのぞきけり。