かし)” の例文
亭主は小さな「ボコ」を抱いて、囲炉裡で飯をかしぐ。おかみさんは汁を造るべく里芋を洗う。そして皮つきのまま鍋の中に投げ込む。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
「兵卒どもが、飯をかしぐ間に、あやまって火を出したのだろう。帷幕いばくであわてなどすると、すぐ全軍に影響する。さわぐに及ばん」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大窪の泉と云つて、杉の根から湧く清水を大きい据桶に湛へて、雨水を防ぐ爲に屋根を葺いた。町の半數の家々ではこの水で飯をかしぐ。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
麹町三番町の屋敷まちには、かしぎのけむりが鬱蒼うっそうたる樹立ちにからんで、しいんと心耳しんじに冴えわたるしずけさがこめていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
宗助はこの若い僧が、今朝夜明がたにすでに参禅を済まして、それから帰って来て、飯をかしいでいるのだという事を知った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それらはわらと割り竹で編んだ囲いに、板で屋根を掛けただけの、乞食小屋そのままというひどいもので、朝靄の中にただよっているかしぎの煙がなければ
若き日の摂津守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
終日勧工場の方で働いて、夕方家の方へ帰つてからも、矢張り今迄のやうに水を汲んだり米をかしいだりせねばならなかつた。併し私は此の生活を喜んだ。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
わたくしは日々手籠てかごをさげて、殊に風の吹荒れた翌日などには松の茂った畠の畦道あぜみちを歩み、枯枝や松毬まつかさを拾い集め、持ち帰って飯をかしたきぎの代りにしている。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
天幕を組み立てた糸がスルスルと手繰たぐられて、雫のポタポタする重い油紙が、ひざまずくように岩盤の上に折り重なる、飯をかしいだあとの煙が、赤樺の梢を絡んで
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
彼女はあらかじめ数石すうこくの米をかしいで、それに蜜をかけて穴の口に供えて置くと、蛇はその匂いをかぎ付けて大きいかしらを出した。その眼は二尺の鏡の如くであった。
そして私たちは、御飯がたべたければ小さな土鍋どなべで米をかしぎ、別におひつへ移すまでもなくテーブルの上へ持って来て、罐詰か何かを突ッつきながら食事をします。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
月娥父の方へ帰ってその由を話すと、伯父が感心して三十両を工面して月娥に渡し、月娥夫の家に帰って房中でその銀を数え、厨内に収め、さて飯をかしぎに掛った。
船の中でかしいだ飯を持って来てくれたのであるが、瞋恚しんいの火に心をこがしていた俊寛は、その久しぶりの珍味にも目もくれないで、水夫かこの手から、それを地上に叩き落とした。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かしぎの煙りが幾筋か上がり、鶏犬の啼き声が長閑のどかに聞こえ、さも平和に見渡されたが、しかし人影が全く見えず、いつもは聞こえる人の声が、今日に限って聞こえないのは
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
朝夕さんかしぐ米、よしや一年を流し元に捨てたればとて、それ眼立つべき内証にもあらず。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
須原峠を小屋こやいたり泊す、温泉塲をんせんば一ヶ所あり、其宿の主人は夫婦共にたま/\他業たぎやうしてらず、唯浴客数人あるのみ、浴客一行の為めにこめかししる且つ寝衣をも貸与たいよ
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
またはその中へ正月の三方折敷さんぼうおしきの米を、かならずくわえてかしぐという風習ものこっている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
梁柱うつばりはいふもさらなり、籘の一條ひとすぢだにうるしの如く光らざるものなし。の中央に、長さ二三尺、幅これに半ばしたる甎爐せんろあり。かしぐも煖むるも、皆こゝに火焚きてなすなるべし。
棟のあたりに青い煙を棚曳たなびかしていた。人が棲みついてかしいでいることを語っているのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
埋火うづみびをかき起して炉辺ろへん再びにぎはしく、少婦は我と車夫との為に新飯をかしぎ、老婆は寝衣しんいのまゝに我が傍にありて、一枚の渋団扇しぶうちはに清風をあほりつゝ、我が七年の浮沈を問へり。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
すると枕もとには依然として、道士どうし呂翁ろおうが坐っている。主人のかしいでいたきびも、いまだに熟さないらしい。盧生は青磁の枕から頭をあげると、眼をこすりながら大きな欠伸あくびをした。
黄粱夢 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
洗ったりかしいだり縫ったりよりは種類のちがう人間の面で、しかも私に与えられたプラスのものの力による独特のことですが——私はここの家族の間に追々一つの人間的影響をもち
老人は黙って一仕事してから道に出て来、子路を伴って己が家に導いた。既に日が暮れかかっていたのである。老人は雞をつぶしきびかしいで、もてなし、二人の子にも子路を引合せた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
くみ米をかしぎ村方大半呼寄よびよせての大饗應おほふるまひ故村の鎭守ちんじゆ諏訪すは大明神の神主かんぬし高原備前たかはらびぜん并びに醫師玄伯等げんぱくらを上座に居て料理の種々くさ/″\興津鯛おきつだひ吸物すひものいわし相良布さがらめ奴茹ぬたの大鮃濱燒ひらめはまやきどぜう鼈煑すつぽんになどにて酒宴さかもり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
婢は新に田舎より来て、「めし」を「御膳」と呼ぶことを教へられてゐた。それゆゑ「をみなごぜん」と云つた。上原の妻は偶山梔子くちなしの飯をかしいでゐたので、それを重箱に盛つて持たせて帰した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
行暮ゆきくれて一夜ひとよ宿やどうれしさや、あはかしさへたまて、天井てんじやうすゝりうごとく、破衾やれぶすま鳳凰ほうわうつばさなるべし。ゆめめて絳欄碧軒かうらんへきけんなし。芭蕉ばせをほねいはほごとく、朝霜あさしもけるいけおもに、鴛鴦ゑんあうねむりこまやかなるのみ。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
町の家の峯をかけ、岡の中腹を横に白布をのしたようにかしぎの煙が、わざとらしくたなびいている。岡の東端ひときわ木立こだちの深いあたりに、朱塗しゅぬりの不動堂がほんのりその木立の上に浮きだしている。
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
かげに来て米かし泥舟どろぶねはち撫子なでしこ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
いひかしぐ 事も忘れて
日本の美 (新字新仮名) / 中井正一(著)
大窪の泉と云つて、杉の根から湧く清水を大きい据桶に湛へて、雨水を防ぐ為に屋根をいた。町の半数の家々ではこの水でめしかしぐ。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と思ったが、女房はさしたる顔もなく、きぬたを片づけたり、朝のかしぎの仕掛をしたり、台所のほうでガチャガチャ水仕事にせわしない。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宗助そうすけこのわかそうが、今朝けさ夜明よあけがたにすで參禪さんぜんまして、それからかへつてて、めしかしいでゐるのだといふことつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
隙間だらけで、乾割ひわれた雨戸が閉ったままだし、夕餉ゆうげどきだというのにかしぎの煙も見えず、人の声もしなかった。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
降り飽きた雨はとっくに晴れて、銀色になごむ品川の海がまるで絵に画いたよう——。櫓音ものどかにすぐ眼の下を忍ぶ小舟の深川通い、沖の霞むは出船のかしぎか。
マーバールでは肉と煮米にこめかしいで食すから、馬が皆絶える、またいかない馬をち来るも産まるる子は詰まらぬものばかり、さてこの地本来馬を産せず、アラビヤ辺の商人
すなわち一かたけ、一人一度の食料であって、ひえでもあわでも引割麦ひきわりむぎでも、かねて米と混淆して洗ってかしぐばかりにしてあるのを、その日働いている人の数だけはかり出すのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
嶮崖けんがいくだり渓流をもとめてはくせんとす、れてつゐに渓流にいたるを得ず、水声ちかく足下にあれども峻嶮しゆんけん一歩もせせむを得ず、嵯乎ああ日のるるを二十分ばかりはやかりし為め、つゐに飯をかしぐの水を得ず
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
其時刻になると、近所の主婦達も米かしぎに来て居た。時には二三人も一緒に落ち合つた。そんな時には私はそれらの人達が帰つて行くまで待つやうにした。さすがにきまりが悪かつたのである。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
五合ばかりの玄米くろごめを、徳利の中へ無造作に入れてかしの棒でコツコツくのであって搗き上がるとそれをふるいにかけその後で飯にかしぐのであった。彼は徳利搗きをやりながらも眼では本を読んでいた。
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人攫ひとさらいの話などのうちに耕作し、紡ぎ、織り、かしぎして生活した。
私たちの建設 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
饘は塩を入れてかしいである。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
もちろん、かしぎのことも、朝夕ちょうせきの掃除も、まったく一人でするのであって、まだかけひが引いてないので飲水のみみずは白河へ出て汲んでくる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
部落のあたりはまだうす暗く、青白いかしぎの煙が、上からなにかで押えられでもするように、五段のすじをなして横にたなびき、たなびいたまま動かずにいた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
沙翁シェクスピアは女を評してもろきは汝が名なりと云った。脆きが中に我を通すあがれる恋は、かしぎたる飯の柔らかきに御影みかげの砂を振り敷いて、心を許す奥歯をがりがりと寒からしむ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この地方では狗賓餅をするには、まった慣習があった。まず村中に沙汰さたをして老若男女山中に集まり、飯を普通よりはこわくかしぎ、それを握って串に刺し、よく焼いてから味噌をつける。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
つなおろして岩角を攀登はんとし、千辛万苦つゐに井戸沢山脈の頂上てうじやういたる、頂上に一小窪あり、涓滴けんてきの水あつまりてながれをなす、衆はじめて蘇生そせいの想をなし、めしかしぐを得たり、はからざりき雲霧漸次にきた
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
いてかしぐ、云々
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何しろ狭い町に岐阜から来た三万人の将士が宿泊して、戸ごとに馬をつなぎ、糧食をかしぎ、酒も飲みするので、町中はくような騒ぎである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたりはもう濃い黄昏たそがれに包まれており、長屋のそこ此処ここかしぎの火が見え、煙が巻いている中を、子供たちがやかましく騒ぎながら、どぶ板を鳴らして走りまわっていた。
十人は十人の因果いんがを持つ。あつものりてなますを吹くは、しゅを守って兎を待つと、等しく一様の大律たいりつに支配せらる。白日天にちゅうして万戸に午砲のいいかしぐとき、蹠下しょかの民は褥裏じょくり夜半やはん太平のはかりごと熟す。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)