-
トップ
>
-
奧樣
>
-
おくさま
昨日の
朝千葉が
私を
呼びまして、
奧樣が
此四五
日御すぐれ
無い
樣に
見上げられる、
何うぞ
遊してかと
如何にも
心配らしく
申ますので
けれど
賓人よ、
私はよく
存じて
居ります、
今夜の
弦月丸とかで
御出發になつては、
奧樣も、
日出雄樣も、
决して
御無事では
濟みませんよ。
さて
奧樣、
目當にいたして
參つたは
此の
小家、
忰は
武生に
勞働に
行つて
居り、
留守は
山の
主のやうな、
爺と
婆二人ぐらし、
此處にお
泊りとなさいまし、
戸を
叩いてあけさせませう。
勝手では
清が
物を
刻む
音がする。
湯か
水をざあと
流しへ
空ける
音がする。「
奧樣是は
何方へ
移します」と
云ふ
聲がする。「
姉さん、ランプの
心を
剪る
鋏はどこにあるんですか」と
云ふ
小六の
聲がする。
『
亞尼! お
前の
言ふ
事はよく
分つたよ、
其忠實なる
心をば
御主人樣も
奧樣もどんなにかお
悦びだらう、けれど——。』と
彼女の
顏を
眺め
千葉は
貴孃泣いて
居りますと
言上すれば、おゝ
可愛い
男と
奧樣御贔負の
増りて、お
心づけのほど
今までよりはいとゞしう
成りぬ。
言問の
曲角で、
天道是か
非か、
又一組、
之は
又念入な、
旦那樣は
洋服の
高帽子で、
而して
若樣をお
抱き
遊ばし、
奧樣は
深張の
蝙蝠傘澄して
押並ぶ
後から、はれやれお
乳の
人がついて
手ぶらなり。
千葉家を
負ふて
立つ
大黒柱に
異状が
有つては
立直しが
出來ぬ、さうでは
無いかと
奧樣身に
比べて
言へば、はッ、はッ、と
答へて
詞は
無かりき。
あゝ、
不吉の
上にも
不吉。
賓人よ、
私の
心の
千分の
一でもお
察しになつたら、どうか
奧樣と
日出雄樣を
助けると
思つて、
今夜の
御出帆をお
延べ
下さい。
奧樣私を
刺殺して、お
心懸のないやうに
願ひまする。
十
年ばかり
前にうせたる
先妻の
腹にぬひと
呼ばれて、
今の
奧樣には
繼なる
娘あり、
桂次がはじめて
見し
時は十四か三か、
唐人髷に
赤き
切れかけて
みんな
私の
恩人といふて
宜い、
今このやうに
好い
女中ばかり
集まつて、
此方の
奧樣ぐらゐ
人づかひの
宜い
方は
無いと
嘘にも
喜んだ
口をきかれるは
奧樣のお
出來なされた
處を
見たり、ぴつたりと
御出のとまつた
處を
見たり、まだ/\
一層かなしい
夢を
見て
枕紙がびつしよりに
成つた
事もござんす
默つて
居ては
際限もなく
募つて
夫れは
夫れは
癖に
成つて
仕舞ひます、
第一は
婢女どもの
手前奧樣の
威光が
削げて、
末には
御前の
言ふ
事を
聞く
者もなく
上杉といふ
苗字をば
宜いことにして
大名の
分家と
利かせる
見得ぼうの
上なし、
下女には
奧樣といはせ、
着物は
裾のながいを
引いて、
用をすれば
肩がはるといふ
夫れとも
其やうな
奧樣あつかひ
虫が
好かで
矢張り
傳法肌の三
尺帶が
氣に
入るかなと
問へば、どうで
其處らが
落でござりましよ、
此方で
思ふやうなは
先樣が
嫌なり
戻れば
太郎の
母と
言はれて
何時/\までも
原田の
奧樣、
御兩親に
奏任の
聟がある
身と
自慢させ、
私さへ
身を
節儉れば
時たまはお
口に
合ふ
物お
小遣ひも
差あげられるに
御同僚の
奧樣がたの
樣にお
花のお
茶の、
歌の
畫のと
習ひ
立てた
事もなければ
其御話しの
御相手は
出來ませぬけれど、
出來ずは
人知れず
習はせて
下さつても
濟むべき
筈
さりながらお
寫眞あらば一
枚形見に
頂きたし
此次出京する
頃には
最はや
立派の
奧樣かも
知れず、それでも
又逢つて
給はるかと
顏をのぞけば、
膝に
泣き
伏して
正体もなし
一日
お目にかゝらねば
戀しいほどなれど、
奧樣にと
言ふて
下されたら
何うでござんしよか、
持たれるは
嫌なり
他處ながらは
慕はしゝ、一ト
口に
言はれたら
浮氣者でござんせう
良人を
持たうと
奧樣お
出來なさらうと
此約束は
破るまいと
言ふて
置いたを、
誰れが
何のやうに
優しからうと、
有難い
事を
言ふて
呉れやうと、
私の
良人は
吉岡さんの
外には
無いものを
人の
奧樣に
成り
給ふ
身、
私しにはお
兄樣とお
前樣ばかりが
頼りなれど、
誰れよりも
私しはお
前樣が
好きにて、
何卒いつまでも
今の
通り
御一處に
居りたければ、
成長くなりてお
邸の
出來し
時