半襟はんえり)” の例文
「全く大箆棒さ、こちとらなら、その三千兩で八方の借を拂つて、あの娘に半襟はんえりの一と掛も買つてやつて、大福餅の暴れ喰ひをやる」
と節子は祖母さんの部屋の方から熱い茶なぞを運んで来るついでに、自分の掛けている半襟はんえり一寸ちょっと岸本に見せるようにすることも有った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼女は今半襟はんえりを一面に拡げた大卓の前で、多くの婦人達に混って品の選択を始めて居た。彼は既製洋服を吊した蔭に立って覗き始めた。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
お政は鼠微塵ねずみみじんの糸織の一ツ小袖に黒の唐繻子とうじゅすの丸帯、襦袢じゅばん半襟はんえりも黒縮緬ちりめんに金糸でパラリと縫のッた奴か何かで、まず気の利いた服飾こしらえ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ゑり治は、ゑりえんと共に私の姉などのよく親しんだ店の一つで東都の半襟はんえりの大頭の一つである。長寿庵というそば屋も古い。
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
又その次にはきらきら光る繻子しゅすの羽織に繻子の着物、幅の狭い帯を胸高に締め、リボンの半襟はんえりを着けた様子が現れて来る。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
女はにも云わずに眼を横に向けた。こぼれ梅を一枚の半襟はんえりおもてに掃き集めた真中まんなかに、明星みょうじょうと見まがうほどの留針とめばり的皪てきれき耀かがやいて、男の眼を射る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぼく今日けふまでをんなよろこばすべく半襟はんえりはなかつたが、むすめ此等これらしなやつたら如何どんなよろこぶだらうとおもふと、ぼくもうれしくつてたまらなかつた。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
書生「娘ならば先ず半襟はんえり位かな」大原「半襟を買って持って行こうか」書生「そうなさい、それが一番です」大原
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
このひとが、大学出の子息が二人もあって、一人は出征もしていられるときくと、うそのような気のするほど、古代紫の半襟はんえりと、やや赤みの底にある唐繻子とうじゅすの帯と
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
仕事を頼むの何がどうしたのと小五月蠅こうるさく這入込はいりこんでは前だれの半襟はんえりの帯つかはのと附届つけとどけをして御機嫌を取つてはいるけれど、遂ひしか喜んだ挨拶あいさつをした事が無い
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いととほしたはりがまだ半襟はんえりからかれないであつたとて、それでんだとて、それでいゝのだ! いつわたしがこのからされたつて、あのひかりすこしもかはりなくる。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
正雄がある朝十時ごろに、いちを訪ねて行くと、お庄は半襟はんえりのかかった双子ふたこの薄綿入れなどを着込んで、縁側へ幾個いくつ真鍮しんちゅうの火鉢を持ち出して灰をふるっていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
メレンスの半襟はんえり一かけ、足袋の一足、そっひとの女中のたもとにしのばせて、来年のえさにする家もある。其等の出代りも済んで、やれ一安心と息をつけば、最早彼岸だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
幾度かいけあらいをしたという半襟はんえりをかけて。小前がみのあとのすこしはげたるを。松民しょうみん蒔絵まきえをした朱入りのくしで。毛をよせてぐっと丸わげの下へさし込んでいる。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
向って左のかた真暗まっくらに茂れる深き古杉の樹立こだちの中より、青味の勝ちたるしま小袖こそで浅葱あさぎ半襟はんえり黒繻子くろじゅす丸帯まるおび、髪は丸髷まるまげびんやや乱れ、うつくしきおもかげやつれの色見ゆ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
例の寝台のあしの処に、二十二三の櫛巻くしまきの女が、半襟はんえりの掛かった銘撰めいせん半纏はんてんを着て、絹のはでな前掛を胸高むなだかに締めて、右の手を畳にいて、体を斜にして据わっていた。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
女の方は白粉おしろい頬紅ほおべにで化粧をこらし、髪はその頃流行の耳かくしにい、飛模様とびもようの着物に錦襴きんらんのようなでこでこな刺繍ししゅう半襟はんえりをかけ甲高かんだかな調子で笑ったりしているそば
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
半襟はんえり一つでも余裕を見出した時の嬉しさ、もつと大きな買物をするときの輝かしい喜び、選択する間の希望にみちた心、そして買つて来て、幾度か箪笥の抽斗ひきだししまつたり
買ひものをする女 (新字旧仮名) / 三宅やす子(著)
「いえ、芝居に限らずさ、かんざしだとか半襟はんえりだとか、お前にやあ欲しいものだらけでもね、……」
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その夜もまたおのぶのために、縫取りのある半襟はんえりを買い、栄二に預かってもらっていったのだが、すみよしの店の、いつもの小座敷へあがると、栄二は包みをさぶに返した。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
歩いてゐた……それからデパートメントストアに入つた……そこで彼女はショオルか半襟はんえりかを
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
人形はびんつけで髪をっていた。半襟はんえりに梅の模様があるのは、野崎村の久松ひさまつの家に梅の木のあるのをたよりにしたのだからと云うことだった。手は踊りのように自由に動く。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
襟円えりえん半襟はんえり阿波屋あわやの下駄、「さるや」の楊子ようじ榛原はいばらの和紙、永徳斎えいとくさいの人形、「なごや」の金物、平安堂の筆墨、こういう店々は東京の人たちには親しまれている名であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
金剛石ダイアモンドと光を争ひし目は惜気をしげも無くみはりて時計のセコンドを刻むを打目戍うちまもれり。火にかざせる彼の手を見よ、玉の如くなり。さらば友禅模様ある紫縮緬むらさきちりめん半襟はんえりつつまれたる彼の胸を想へ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
資本もとでとして是より見世の者へ云付代物しろものに色を付景物けいぶつ手拭てぬぐひ等を添てあきなひ或は金一分以上の買人かひてには袖口そでくち半襟はんえりなどをまけうりければ是より人の思ひ付よく追々おひ/\繁昌はんじやうなすに隨ひ見世を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
省作は無頓着むとんちゃくで白メレンスの兵児帯へこおびが少し新しいくらいだが、おはまは上着は中古ちゅうぶるでも半襟はんえりと帯とは、仕立ておろしと思うようなメレンス友禅のひんの悪くないのに卵色のたすきを掛けてる。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
いつか見たショーウィンドウの高い方のショールや、あの子の好きな臙脂色えんじいろ半襟はんえりや、ヘヤピンや、それから帯だって、着物だって、倹約をすれば一通りは買い揃えることが出来るのだ。
木馬は廻る (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もの言うたびに、黒髪の蔭で金の蝶簪ちょうかんざしがキラキラする。気をつけてみると、半襟はんえりや帯、袖口からのぞかれる襦袢じゅばんといえども、それは、山屋敷に住む者の娘などとは思われない贅沢ずくめ。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
緋の山繭やままゆ胴抜どうぬきの上に藤色の紋附のすそ模様の部屋紫繻子むらさきじゅす半襟はんえりを重ねまして、燃えるような長襦袢ながじゅばんあらわに出して、若いしゅに手を引かれて向うへきます姿を、又市はと目見ますと
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「いやねえ。あたし、この半襟はんえりかけてお店に出ると、きっと雨が降るのよ。」
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
冬など蒼白いほど白い顔の色が一層さびしく沈んで、いつも銀杏いちょうがえしに結った房々とした鬢の毛が細おもての両頬りょうほおをおおうて、長く取ったたぼつるのような頸筋くびすじから半襟はんえりおおいかぶさっていた。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「金銀にて蝶々ちょうちょうひし野暮なる半襟はんえりをかけ」と『春告鳥』にもある。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
半襟はんえりを十枚ばかり入れたのが一函ひとはこ昆布こんぶ乾物かんぶつ類が一函、小間物こまものが一函、さまざまの乾菓子ひがしを取りまぜて一函といった工合に積み重ねた高い一聯いちれんの重ね箱に、なお、下駄げたや昆布や乾物等をも加えて
白い半襟はんえりの上で、実枝の言葉をかりると唐きび色に光っていた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
一銭二銭の金も使いしみ、半襟はんえりあかじみた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
母さんの年に一度の半襟はんえりの香を
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
それは節子が日頃大切にして彼女の肌身はだみにつけていた半襟はんえりだ。岸本は枝折しおり代りに書籍の中にはさんで置いたその女らしい贈物をも納ってしまった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
伊達巻だてまきや、足袋たびまでも盗まれたいうのんで、「そんなら半襟はんえりは?」いいましたら、「襦袢じゅばんは助かってん」いうのんです。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
色の浅黒い眉毛まみえの濃い大柄おおがらな女で、髪を銀杏返いちょうがえしにって、黒繻子くろじゅす半襟はんえりのかかった素袷すあわせで、立膝たてひざのまま、さつ勘定かんじょうをしている。札は十円札らしい。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十四あさぼく支度したく匆々そこ/\宿やどした。銀座ぎんざ半襟はんえりかんざし其他そのたむすめよろこびさうなしなとゝのへて汽車きしやつた。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
今のは半襟はんえりの間違いだろう。——なに、人形の首だッさ。——ちげえねえ。またしても口をそろえて高笑い。——あんまりだから、いい! とお勢は膨れる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
仕事しごとたのむのなにうしたとかうるさく這入込はいりこんではまへだれの半襟はんえりおびかはのと附屆つけとゞけをして御機嫌ごきげんつてはるけれど、つひしかよろこんだ挨拶あいさつをしたこと
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
或る時木山が夜おそく帰つて来ると、何か薄いかくいものを、黙つて長火鉢の側にゐる晴代の前におくので、彼女は包装紙によつて、仲屋の半襟はんえりか何かだらうと思つた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
祖母としよりほどけた結目むすびめを、そのままゆわえて、ちょいとえりを引合わせた。細い半襟はんえり半纏はんてんそでの下にかかえて、店のはずれを板の間から、土間へ下りようとして、暗いところ
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紙包の中から出て來たのは、眞新らしい天郡上てんぐんじやうで包んだ紅皿が一つ、赤い半襟はんえりが一と掛けです。
お登和さん昨日は誠に御馳走さま。僕は昨日のお礼にお登和さんへ差上げたいと思って半襟はんえり
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
田舎の女には珍らしくみづ/\して其のお納戸色なんどいろの型附半襟はんえりうちから柔らかな白い首筋の線がのび/\と弧を描いて耳柔みゝたぶの裏の生際はえぎはの奥に静かに消え上つてゐるのなどを彼は見た。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
表梯子おもてばしごの方から蝶子ちょうこという三十越したでっぷりした大年増おおどしま拾円じゅうえん紙幣を手にして、「お会計を願います。」と帳場の前へ立ち、壁の鏡にうつる自分の姿を見て半襟はんえりを合せ直しながら
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
黒縮緬くろちりめんの羽織に夢想裏むそううら光琳風こうりんふうの春の野を色入いろいりに染めて、納戸縞なんどじまの御召の下に濃小豆こいあづき更紗縮緬さらさちりめん紫根七糸しこんしちん楽器尽がつきつくしの昼夜帯して、半襟はんえりは色糸のぬひある肉色なるが、えりの白きをにほはすやうにて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)