だけ)” の例文
私はたゞめそ/\悲しむだけです。私は自分自身を制御するだけの力さへ与へられてゐません。私は長く生存すべき体ぢやないのです。
遺書の一部より (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
だけならいいのだが、若き母のヴァイオリンの伴奏が伴った。それが赤ちゃん蘭子にとって、如何に恐怖すべき音響であったことか。
江川蘭子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして二人の若い異国人が之から何事を為すのか、少しばかりの興味に繋がれつゝ、眼だけを台の上へ表して、待ちかまえるのだった。
ラ氏の笛 (新字新仮名) / 松永延造(著)
かたがたわたくしとしてはわざとさしひかえてかげから見守みまもってだけにとどめました。結局けっきょくそうしたほうがあなたのめになったのです……。
亡くなつた良人をつとが辞書などを著した学者であつただけに婆さんも中中なか/\文学ずきで、僕の為にいろんな古い田舎ゐなかの俗謡などを聞かせてくれる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
聴かないばかりでなく李如松は怒って之を斬ろうとさえしたが、参謀が惟敬をして行長を偽り油断させる策を説いたので命だけは助かった。
碧蹄館の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
所は奈良で、物寂ものさびた春の宿にの音が聞えると云う光景が眼前に浮んでまでこれにふけり得るだけの趣味を持って居ないと面白くない。
高浜虚子著『鶏頭』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
主人しゆじん挨拶あいさつかく明日あすのことにするからといつただけだといふ返辭へんじである。勘次かんじはげつそりとしてうちかへると蒲團ふとんかぶつてしまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
一目見ただけで平地とは全く異なった別世界に来たことが分る。それに平地では勿論低い山では到底見ることの出来ない幾多の特色がある。
山の魅力 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その次に参考品の所で、浅井黙語あさゐもくご先生の画を拝見した。これは非売品だから、値段におどされないだけでも、甚だ安全なものである。
俳画展覧会を観て (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
去年だつて、余所の人は皆あの鉢巻の狭いのを被つてゐるのに、あなただけ鉢巻の幅の馬鹿に広いのを被つてゐて可笑しかつたわ。
田楽豆腐 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「いや、ただそういう古い樹には古いと云う事だけが人間に何かしら陰気な考えを持たせる丈なんだ。その外には何んでもない。」
天狗 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
同君の論旨が質朴謙遜に述べられてあるだけ、小生も亦其保守的傾向ある所謂いはゆる私徳に対して仰々しく倫理的評価など下すまじく候。
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
こちらから望んだだけでは地圖の示す通りの海拔四千四五百尺の普通の山であるが、サテ實際に登りかけて見ると今言つた通り
内気な、正直な彼にはこれ等の八人の子供の父であると云ふだけでも、単純な意味で自分の為めの生活なんて事は思ひもよらないのであつた。
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
ひとうへつものはだけ苦勞くらうおほく、里方さとかた此樣このやう身柄みがらでは猶更なほさらのことひとあなどられぬやうの心懸こゝろがけもしなければるまじ
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
先ず第一にその人物は、受動的の心の所有者もちぬしであらねばならぬ。何となれば、本人の心が吸収するだけしか、何事も注入し得ないからである。
それからK君が訪ねて行き、S君が行き、次第に彼女が自分等の周囲の人と近づいたことが、ところ/″\開いて見ただけでも、想像された。”
一葉の日記 (新字旧仮名) / 久保田万太郎(著)
これが最も忠一を驚かしたのであったが、冬子は単に気を失っただけのことで、身には別に負傷の痕も無かったので、手当てあてのちに息を吹返ふきかえした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
宗教的所属といつただけでは、日本の政治家の前では一向通じないかも知れない。物は試しだ。先日中こなひだうち大阪に来てゐた尾崎愕堂氏をつかまへて
されば今日だけ厄介やっかいになりましょうとしり炬燵こたつすえて、退屈を輪に吹く煙草たばこのけぶり、ぼんやりとして其辺そこら見回せば端なくにつく柘植つげのさしぐし
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
申せしかば彦兵衞は彌々いよ/\こまはて當人が出ぬ時は新町へ立替たてかへねばならず依ては氣の毒ながらみぎ代物しろものだけしな才覺さいかくあるべしと申を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
竿は七、八尺から二間くらいまで、釣り場の幅の広さによって異なったものを選ぶ。仕掛けの全長は竿だけが扱いいい。
細流の興趣 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
それから様子を見る為に、私だけなかへ這入りました。院長へ面会を求めたのです。と直ぐ応接間へ通されましたが
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
姉さんが御婚礼するのに弟がパンとバターだけで朝飯を食うなんて法はあるまい。乃公は長テーブルの据えてあるへやへ行って、色々御馳走を喰べてやった。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
此處こゝなりれます。』と老爺ぢいさんぼくそばこしおろして煙草たばこひだした。けれど一人ひとり竿さをだけ場處ばしよだからボズさんはたゞ見物けんぶつをしてた。
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
しかし前日の母の教へを記臆きおくして居りましたから、まんざら吾儘わがまま慾張よくばつた様なことだけ其中そのうちありませんかつた。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
... までうか仕ようと云うのでしょう」目科は今までに余が見し事なきほど厳そかなる調子にて「裁判所は決して貴女の敵では有ません唯問糺といたゞだけの事です、 ...
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
『天長節』の歌が済む、来賓を代表した高柳の挨拶もあつたが、是はまた場慣れて居るだけに手に入つたもの。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
これも又似たることにていかなる境界きょうがいにありても平気にて、出来るだけの事は決して廃せず、一日は一日丈進み行くやう心掛くるときは、心もおだやかになり申者もうすものに候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
亜墨利加アメリカ船、薪水しんすい、食糧、石炭、欠乏の品を、日本人にて調ととのへ候だけは給し候為、渡来の儀差し許し候」
自身番のうしろの処が屹度きっと番太郎に成って居たもので、番太郎は拍子木を打って夜廻りを致すだけの事でスワ狼藉者だと云っても間に合う事はない、ふるえて逃げて仕舞い
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
また作文さくぶんにしても間違まちがつたところがあればしるしけてだけで、滅多めつた間違まちがひてん説明せつめいしてかさない。
女教邇言 (旧字旧仮名) / 津田梅子(著)
気取つた趣味などを挙げるであらうことを賢い延若だけは見越して、一本皮肉つたわけなのである。
貸した人があとでおかあさんを義理で縛つたじいさんよ。と云つても爺さんは決して悪人では無い。ただ昔武人だつただけに冒険へきがあつたが本性はむしろ善良だつた位だ。
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
予は今日更に開眼された、宜し、七を七十倍しただけ倒れよ、予は飽くまで起上るぞ。今日の大収獲。今は午前二時だ。眠れ三十六よ、新しい日があるだろう。(一、二九)
だけの事を云ひ盡すのに、何にも泣かずに云つてしまつたことが不思議のやうに思はれた。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
見ただけで、気持が悪くなるよ。すぐに、こつちへ来て、僕たちと一緒に暮し給へ。白井しらゐ大根
ゴボウ君と大根君 (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
正しいことをすればするだけ、言へば言ふ丈、その嫌疑けんぎを免かれる方便の如く思ひされた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
ここにおいて鯖江侯要撃ようげきの事も要諫ようかんとはいい替えたり。また京師往来諸友の姓名、連判諸氏の姓名等、成るべくだけは隠して具白せず。これ吾後人こうじんのためにする区々の婆心なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
今までは或る知識として、頭でだけ解っていた生活の内容が、多少なりとも体験された。
概念と心其もの (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
あの然やう、八犬伝は、父や母に聞いて筋だけは、大抵存じて居りましたし、弓張月、句伝実実記などをよんだ時、馬琴が大変ひいきだつた。処が、追々ねツつりが厭になつたんです。
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
現場を見て第一に感じたのは、あれだけの塔をスリ替えるのに窓からやると云うのは可怪おかしい。あの高い窓から塔を一つ運び出し一つは運び入れると云う事は、一寸不可能じゃないかね。
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
山一ッ下に小さく見えていた樵夫きこりに、あるだけの声を出しで途を聞いたが、矢張上って来た途をくだるのがいらしいので、樵夫は又、早く降りないと夜になるぞと励ますように言い足した。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
もう一度帰つてから麹町のとほりまでけばいいと諦めただけで帰るのだつたのです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
見ているだけでございます。私は日給三十銭の外に一銭だって貰やしません。
オホヽヽヽ養母おつかさん、逆上のぼせあがつてだけは取消にして、下ださい、外聞が悪いから——それや、狸々しやう/″\花吉と異名あだな取る程、酒をみますよ、俳優買やくしやかひでは毎々新聞屋の御厄介にもなりますよ、養母おつかさん
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
それで日本にほんける賣値うりねやすくなる道理だうりであるがしか事實じじつ爲替相場かはせさうば騰貴とうきするだけ輸出品ゆしゆつひん賣値うりね低落ていらくするものではないのである。昨年さくねんぐわつ金解禁準備きんかいきんじゆんび着手以來ちやくしゆいらい生糸貿易きいとぼうえき實況じつきやうると
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
同じ人種の男女にだけ、通じあふ、言葉や、生活の、馴々なれなれしさが、こゝに一人現はれた、幸田ゆき子によつて示されたかたちだつた。——加野は、今夜は仲々眠れないと、富岡は、ふつと微笑した。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
露國ロコク政治上せいぢぜうたち世界せかい雄視ゆうしすといへどもその版圖はんと彊大きようだいにして軍備ぐんび充實じゆうじつせるだけに、民人みんじん幸福こうふくゆたかならず、貴族きぞく小民せうみんとのあいだ鐵柵てつさくもうけらるゝありて、おのづからに平等びようどう苦叫くけうする平民へいみんこゑおこ
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)