なべ)” の例文
もなく、おんなのマリちゃんが、いまちょうど、台所だいどころで、まえって、沸立にえたったなべをかきまわしているおかあさんのそばへました。
焼跡の穴から掘り出した食料やおなべなどを、みんなでそのお家に運んだ。私は笑いながら、ズボンのポケットから懐中時計を出して
薄明 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ひとり苦笑くせうする。のうちに、何故なぜか、バスケツトをけて、なべして、まどらしてたくてならない。ゆびさきがむづがゆい。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「それが、あわてているものだから、糊を作ろうと思って、なべを火にかけてはこがし、かけてはこがし、とうとう三べんやり直した」
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
病気で熱の出た時、牛肉を食わなかったから、もう生涯しょうがいロースのなべはしを着けちゃならんぞと云う命令はどんな御大名だって無理だ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
石のかまどに備えつけのなべで持って来たほしいいをもどし、干味噌をまぜた雑炊を作ってべた。そしてひと休みするとすぐにまた出発した。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
七輪や、なべ土瓶どびんのやうなものが、薄暗い部屋の一方にごちやごちや置いてあり、何か為体えたいの知れない悪臭で、鼻持ちがならなかつた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
憎まれている家では飯時めしどきにやたらにこの綱をゆるかされてなべ薬罐やかんも掛けておくことができなかった、というような話も残っている。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かて味噌みそなべとをしょって、もう銀いろのを出したすすきの野原をすこしびっこをひきながら、ゆっくりゆっくり歩いて行ったのです。
鹿踊りのはじまり (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
帳場のぼんぼん時計が、前触まえぶれなべに物の焦げ附くような音をさせて、大業おおぎょうに打ち出した。留所とめどもなく打っている。十二時である。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
細い流で近所の鳴らすなべの音が町裏らしく聞えて来るところだ。激しく男女の労働する火山のすその地方に、高瀬は自分と妻とを見出みいだした。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あの人はなべ庖丁ほうちょうも敷蒲団も置いて行ってしまった。一番なつかしく、一番厭な思い出の残った本郷の酒屋の二階を私は思い出していた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
兵庫ひょうごへ行ったんで。試験休みのとき、うちの船で荷物といっしょに親子五人つんでいったん。ふとんと、あとはなべかまやばっかりの荷物。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
『オヤ、其處そこれの大事だいじはなあるいてつてよ』通常なみ/\ならぬおほきな肉汁スープなべそばんでて、まさにそれをつてつてしまつたのです。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
質屋は彼の特産植物誌の銅版を、十三カ月預っていた後売り払ってしまった。ある鋳物師がそれでなべをこしらえたそうである。
不味い下宿屋の飯を喰っていても牛肉屋のなべつッつくようなさもしい所為まねは紳士の体面上すまじきもののような顔をしていた。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
だから羊皮紙に湯をかけて丁寧に洗い、それからすずなべのなかへ頭蓋骨の絵を下に向けて入れ、その鍋を炭火のかまどにかけた。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
なべから鍋へとったり来たりして、味をみ、意見を述べ、確信ある調子で料理の法を説明していた。普通なみの料理女はそれをかしこまって聞いていた。
よそいきの着物を着て、腰に手拭てぬぐいをさげたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐず煮えていました。
ごん狐 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
女中に、少ししたら女の声で電話がかかってくるかも知れぬからと頼んでおいて、私はひとり暖かいなべの物を食べながら
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
だれのわんだれのはしという差別もない。大きい子は小さい子の世話をする。なべに近いひつに近い者が、汁を盛り飯を盛る。自然で自由だともいえる。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
炊いていたんでしょう。そのおなべの中にはおみおつけも煮えているし、その網の上にはお魚も焼けているじゃありませんか
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
媼は、留学生から学んだ経験でその鑑別の法を知つてゐた。それから、瓦斯火ガスびなべで焚くのであるが、決してままめしにするやうなことはなかつた。
日本媼 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
帰る時にはもう猿は米をといでしまって、それをなべに移してたき火で煮ていました。そして若者の方へ、真面目まじめくさった顔付かおつきでお辞儀じぎをしました。
キンショキショキ (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
炉のそばにレーニは例のごとく白いエプロン姿で立ち、アルコールランプの上にかかっているなべに卵を流しこんでいた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
なべとはよくをつけたと、おいらァつくづくあいつの、親父おやじ智恵ちえ感心かんしんしてるんだが、それとちがっておせんさんは、弁天様べんてんさま跣足はだしおんなッぷり。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
かまどにはちひさななべかゝつてる。しるふたたゞよはすやうにしてぐら/\と煮立にたつてる。そともいつかとつぷりくらくなつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
何かと思えば、冬季の陣中、食物に困ったとき、かぶと鉢金はちがねなべとして、猪肉ししや山鳥をっては食ったという話などに、ひどく傾聴けいちょうしているのだった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鳥冠とりかぶとの根はかねて庭から掘つて用意して居た筈だ。下女のお大がお勝手をあけると、お前はそれをなべはふり込み、自分が一番先に死ぬ氣で二杯も重ねた。
なべ提げて』という上五字があるとしてその下に十二字をくっつけてごらん。どうでもいいから、冬の季でも春の季でもかまわん。まあ作ってごらん。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
大きな、底の浅いなべの御飯を、椰子の実のおわんにとりわけ、右手を上手に使って、手づかみで食べているのだった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そして私の身辺には、かまなべ、茶碗、はし、皿、それに味噌みそつぼだのタワシだのと汚らしいものまで住みはじめた。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
魔法つかひは腰に大きなかぎのたばをぶら下げて、火にかけたまつ黒ななべの中に、何やらグチヤ/\煮え立つてゐるものを、しきりにかきまはしてゐました。
虹猫の大女退治 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
なべで豆をえるように、余った人間はドシドシ土地からハネ飛ばされて、市に流れて出てきた。彼等はみんな「金を残して」内地くにに帰ることを考えている。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
寿陵余子じゆりようよし雑誌「人間にんげん」の為に、骨董羹こつとうかんを書く事既に三回。東西古今ここんの雑書を引いて、衒学げんがくの気焔を挙ぐる事、あたかもマクベス曲中の妖婆えうばなべに類せんとす。
彼は、おもての人たちが食べるように、大きなみそ汁なべと、おはちとを、コックから抱いて来て、柱に添うてつり下げた、テーブルの上へそれを載せた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
おのなべなどが、そうだった。いずれも島生活には、なくてはならぬ品なので、みんな、じつにがっかりした。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
古金買いの中でも、なべかま薬缶やかんなどの古金を買うものと、金銀、地金じがねを買うものとある。あとの方のがいわば高等下金屋である。これに百観音は買われました。
へば平常つねだてにるべきねがひとてうたがひもなく運平うんぺい點頭うなづきてらばきてくかへれ病人びやうにんところ長居ながゐはせぬものともにはなべなりとれてきなされと
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
勝手元かってもとには七輪しちりんあおぐ音折々に騒がしく、女主あるじが手づからなべ茶碗むし位はなるも道理ことわり、表にかかげし看板を見れば仔細しさいらしく御料理とぞしたためける。云云。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
おかみさんはひと声さけぶと、手にしていたなべをほうりだし、台所だいどころからよこっとびにとびだしていった。
その品物の内十徳(俗に蝦夷錦えぞにしきという、満州の官服なり)、青玉(俗に虫の巣という、満州の産)その外あり。日本よりつかわす物はなべおよび鉄類、海山獣の皮類なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
しからん親友もあればあるものです。私が肥っているのを見て煮て喰いとうなって保険のなべに這入れとすすめに来る奴です。彼奴等あいつらの無学文盲にも呆れました」
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
唐金からかねなべしろみを掛けるようなもので、鋳掛屋いかけやの仕事であるが、塩酸亜鉛があれば鉄にも錫が着くと云うので、同塾生と相談してその塩酸亜鉛を作ろうとした所が
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私の聞いたところでは、純良な砂糖に少量の水を加えてなべの中で溶かしてどろどろした液体とする。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
なべのお白粉しろいを施けたとこは全然まるで炭団たどんへ霜が降ッたようで御座います』ッて……あんまりじゃア有りませんか、ネー貴君、なんぼ私が不器量だッて余りじゃアありませんか
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
左膳があきらめて引きわたした壺の木箱を、高大之進の一団、おっとりかこんで、その場であけてみると! 思いきや、ころがりでたのは、黒々くろぐろなべが一つ!
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
グレイス・プウルは火の上に屈んで、たしかに何かソオスなべに入れて料理してゐるところだつた。その部屋の向うの端の暗がりには一つの姿が前へ後へと駈けてゐた。
土瓶敷どびんしき代りにもたびたび使つた。なべや土瓶のしりしみが表紙や裏に残月形に重つて染みついてゐた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
皿ではあるが同時になべであって、火にかけ料理をつくり、そのまま食卓の上に置いて用いたのである。この類の皿を見ればいずれも黒くいぶって日々働いた歴史が読める。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)