おそ)” の例文
旧字:
「帰つたかて、おまはん、寝られへんやおへんか。浪華亭はんはな、おそまで起きてはるよつてな。十二時迄、店しまははらへんえ。」
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
後から追いつかれると何だかずっと追いぬかれたような気がするものである。久野の艇は何だかいつもより船脚がおそいようであった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
「お母さん、」と彼は言った、「少し出かけてみたいんです。ブイルの方を一回りしてきます。帰りは少しおそくなるかもしれません。」
平岡は三千代の云つた通りには中々なか/\帰らなかつた。何時いつでも斯んなにおそいのかと尋ねたら、笑ひながら、まあんな所でせうと答へた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ドアがスイと開いて矢口が今朝の新聞と、盆の上に一葉の名刺を載せて入ってきた。私はとる手もおそしとその名刺をつまみあげた。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すると、母親ははおやは、たいへんに長吉ちょうきちかえりがおそいので心配しんぱいして門口かどぐちゆきうえってっていました。そしてかおると
残された日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「今日」と、お宮はうれしさを包みきれぬように微笑わらい徴笑い「これから? おそかなくって?」行きとうもあるし、躊躇ためらうようにもいった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「それじゃきょうじゅうに東京へいけばえい。二、三せき勝負しょうぶしてからでかけてもおそくはない。うまくいってげようたってそうはいかない」
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
蕭照は、この人を知ることのおそかったのを悔いた。彼は初めからこの老画師に害意はもたなかったものの、また好意の片鱗へんりんも持たなかった。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかほど機会を待つても昼中ひるなかはどうしても不便である事をわづかにさとり得たのであるが、すると、今度はもう学校へはおそくなつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「今日は光ちゃん一日暇やねんわなあ? 帰りおそなってもかめへんやろ?」「かめへんとも。」「あてもそのつもりで行くさかい」いうて
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もうあの人が通ったから、あなたお役所がおそくなりますなどと春眠いぎたなき主人を揺り起こす軍人の細君もあるくらいだ。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
当の真佐子は別にじくじく一つ事を考えているらしくもなくて、それでいて外界の刺戟に対して、極めておそい反応を示した。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ちょうど袖子そでこはある高等女学校こうとうじょがっこうへの受験じゅけん準備じゅんびにいそがしいころで、おそくなっていままでの学校がっこうからかえってときに、その光子みつこさんのこえいた。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのおそきとは三月にはじめて梅の花を見、五月のうり茄子なす初物はつものとす。山中にいたりては山桜のさかり四月のすゑ五月にいたる所もあるなり。
お辰とちがって、柳吉は蝶子の帰りがおそいと散々叱言こごとを言う始末で、これではまだ死ぬだけの人間になっていなかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
「おおそうござんした事。お待たされなすったんでしょう。……さ、おはいりなさいまし。そんなもの足ででもどけてちょうだい、散らかしちまって」
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
前の汽車と停車場で交換こうかんしたのでしょうか、こんどは南の方へごとごと走る音がしました。何だか車のひびきが大へんおそく貨物列車らしかったのです。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
と俺は叫んで、小便を無理にとめようとしたが、時すでにおそく、きたないその液体はコップから溢れて床に流れた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
(もういい時分じゃ、またわしあんまおそうなっては道が困るで、そろそろ青を引出して支度したくしておこうと思うてよ。)
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一年ひととせと二月はあだに過ぎざりき、ただ貴嬢きみにはあまり早く来たり、われにはおそく来たれり、貴嬢きみ永久とこしえに来たらざるをこいねがい、われは一日も早かれとまちぬ
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
この間じゅう、民さんは怠けて朝はおそく、どうかすると迎えにやっても、昼ごろにならなければ出て来なかった。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
こちらへおいでになるのがおおそくなるのですものね、いつも皆奥様などもやすんでおしまいになっていますわね。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この権衡つりあひうしなはれたる時においむなづくしを取るもおそからずとは、これも当世たうせう奥様気質也おくさまかたぎなりとらまきの一節也せつなり
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
頽然ぐたりとなると、足の運びも自然とおそくなり、そろりそろりと草履を引摺ひきずりながら、目的あてもなく小迷さまよって行く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ほんの少し、つつみの上が明るんでいるなかで、茄子色なすいろの水の風だけは冷たかった。千穂子ちほこかまの下をきつけて、おそ与平よへいむかえかたがた、河辺まで行ってみた。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
おそマキナガラ返上ニ及ビマシタノデ、仰セノ通リアノ時分ノコトヲオモイマスト、何ダカオカシクナリマス
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
二郎次は、こんなに夜おそくお殿様はどこへ行くのだろうかと疑いながらも、黙って付いて行きました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
五万の群集は熱狂ねっきょう的な声援せいえんを送ったが、時すでおそく、一艇身半をへだてて伊太利は決勝線にんだ。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
こちらの世界せかいではおそあるくも、はやあるくも、すべて自分じぶん勝手かってで、そこはまことに便利べんりでございます。
持ち行きて商主にわかれると、何故おそく来たか、荷物は皆ってしまった、気は心というから、何か上げたいものと考えた末、かの新たに生まれた駒こそ災難の本なれ
そういう時、妻はわざわざ私の所へやって来て、『おそくなりますから、お先へ休ませていただきます』と言う、丁寧ていねいに三つ指をついてお辞儀をし、それから自分の寝床ねどこへ入る。
彼らは部屋を隣り合わせているというだけで、別に話をするでもなく、暮した。太田は朝早く家を出、おそくなって帰る日が多いのでしみじみ話をする機会もなかったわけである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
「そんならべつに、一ときやそこいらおそくなったとて、あんずることもなかろうじゃないか」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
これを聞くとかの急ぎあしで遣って来た男の児はたちまち歩みをおそくしてしまって、声のした方を見ながら、ぶらりぶらりと歩くと、女の児の方では何かに打興うちきょうじて笑い声をらしたが
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
やよ、黄金丸、今日はなにとてかくはおそかりし。待たるる身より待つわが身の、気遣きづかはしさをすいしてよ。いぬる日の事など思ひ出でて、安き心はなきものを」ト、喞言かことがましく聞ゆれば
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
きみはあれから奥州あうしう塩竈しほがままでつたか、相変あひかはらず心にけられて書面しよめんおくられて誠にかたじけない、丁度ちやうど宴会えんくわいをりきみ書状しよじやうとゞいたから、ひらおそしと開封かいふうして読上よみあげた所が、みんな感服かんぷくをしたよ
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
二人がそこを出たのは、もう大分おそかった。街には全く人通りが絶えていた。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
これは江戸の昔から祖父や父の住んでいた古家をこわした時のことである。僕は数え年の四つの秋、新しい家に住むようになった。したがって古家を毀したのはおそくもその年の春だったであろう。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「新しきたるよりとおもひて、おそうなりぬ。許したまへ」とことわりて、前なる杯飲みほしたりし人々にわたすを、少女、「ここへ、ここへ」と呼びちかづけて、まだ杯持たぬ巨勢が前にも置かす。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それ外日いつぞや友人いうじんところで、或冬あるふゆさけみながらおそくまで話込はなしこんでゐたときこと恋愛談れんあいだんから女学生ぢよがくせい風評うはさはじまつて、其時そのとき細君さいくん一人ひとり同窓の友クラスメートに、散々さん/″\或学生あるがくせい苦労くらうをした揚句あげく熱湯にえゆのまされて
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
あとけば、なんでも太平洋汽船会社たいへいやうきせんぐわいしや税関ぜいくわんだか桟橋会社さんばしぐわいしやだかとのあひだに、前々まへ/\からひどい確執かくしつがあつて、これためふねくのもおそくなれば、灯光あかりひとつない桟橋さんばしなかひとたせるにもいたつたのだといふ。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
かの六〇八雲たつ国は六一ぎたはてにありて、ここには百里をへだつると聞けば、けふとも定めがたきに、其のしを見ても六二物すともおそからじ。左門云ふ。赤穴はまことある武士もののべなれば必ずちぎりあやまらじ。
すず鳴らす路加ルカ病院のおそざくら春もいましかをはりなるらむ
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
考える間もとしおそしで、老武士は近道を突っ走った。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あゆみおそむることもなく、急ぎもせずに、悠然と
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
おそく成つた、遅く成つた。かう。』
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
お前さんの来るのがあんまりおそいので
幸福が遅く来たなら (新字旧仮名) / 生田春月(著)
「どうしてそんなにおそくなったか。」
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
花にゆく老の歩みのおそくとも
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)