ごん)” の例文
寺にゐた間は平八郎がほとんどごんも物を言はなかつた。さて寺を出離れると、平八郎が突然云つた。「さあ、これから大阪に帰るのだ。」
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その悪魔も、この人形たちに刺戟を求めきれなくなり、あの大井瑠美子を恋して一ごんのもとに退けられ、遂に殺してしまったのだ。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「…………」万吉は、一ごんもなかった。俺はまったく、お綱の心を買いすぎている、と自分でもはっきり気づいている彼であった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今こそ答えまいらすべし、ただ一ごん。弁解の言葉連ねたもうな、二郎とてもわれとても貴嬢きみが弁解の言葉ききて何の用にかせん。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「だけどお前は怒りつぽいよ、それはお前も一ごんもなからう。子供部屋へお歸り——いゝ子だから——そして、そこでしばらくお休み。」
花前はいろも動きはしない。もとより一ごんものをいうのでない。主人しゅじん細君さいくんとはなんらの交渉こうしょうもないふうで、つぎの黒白まだらの牛にかかった。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
椋島技師は、緊張にこまかくふるえながら、普段から真白い顔色を、一層蒼白あおじろくさせて、大臣の一ごんに聞き入っていた。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし今までのよしみに一ごんいって置くが、人の耳目は早いものだ、君は目をつけられているぞ、軍人の体面に関するような事をしたもうな。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
何人なんぴとが訊問されるか? どんな一ごんが発せられるか? 犯人は女であるというのに、中島せい子以外に何人も連れられて来てらぬではないか。
謎の咬傷 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
チッバ おれ附着くッついてう、彼奴等きゃつらだんじてくれう。……(ベンヺーリオーらに)諸氏かた/″\機嫌きげんよう。一ごんまうしたうござる。
みこと日頃ひごろの、あの雄々おおしい御気性ごきしょうとて「んのおろかなこと!」とただ一ごんしてしまわれましたが、ただいかにしてもないのは
みづませてろ」かれあわてるといふことをらぬものゝごとく一ごんいつた。おつぎはすぐ柄杓ひしやくみづんだ。與吉よきちいくらでもすがつてんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
兄はそれっきり、一ごんも云わず、長榻ながいすに体をうずめたままじっと考えに沈みました。私も同じ長榻へ黙って腰を掛けながら、兄の様子を見守りました。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
奥さんを貰うというような話は今まで一ごんも聞かなかったのである。しかしながらどうもこれはそう判断するより外に考えのつけようがなかった。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「仏性のごんをきゝて学者おほく先尼外道せんにげどうの我のごとく邪計じゃけせり。それ人にあはず、自己にあはず、師を見ざるゆゑなり」
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
……私のご挨拶はこれで終りますが、この席を利用して、ちょっと一ごん申し述べさせていただきたい事がございます。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ただ一ごん申しますることは、どうぞよくよくお目止められ、お耳止められ、お手拍子てびょうしごかっさいのご用意をねがっておくことだけでございます。はじまり
ごんはずにかれはニキタのしめした寐臺ねだいうつり、ニキタがつてつてゐるので、ぐにてゐたふくをすツぽりとて、病院服びやうゐんふく着換きかへてしまつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
大臣は彼に神経病があるのを罪無きものに思い、彼の地位に動揺を来さないから、彼は一ごんも言い出さないのだ。
端午節 (新字新仮名) / 魯迅(著)
兄きがその一ごんで、何をわたくしに申したのだといふことが、わたくしには直ぐに分かつたからでございます。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
僕のここに言わんとすることは、悪口の目的物となり、すなわち悪口を受けるものの態度について一ごんしたい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
拙者は、神尾うじが大好きなのじゃ——こう答えたらナ、近江のやつ、二ごんもなく、あのドングリまなこをパチクリさせてだまりおった。いや、見せたかったよ。貴殿
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いずれも編笠あみがさふかかおかくしたまま、をしばたたくのみで、たがいに一ごんはっしなかったが、きゅうなにおもいだしたのであろう。羽左衛門うざえもんは、さびしくまゆをひそめた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
三四郎は忽然として、あとを云ふ勇気がなくなつた。無ごんの儘二三歩うごした。女はすがる様にいてた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「また、おにかかります。」と、一ごんのこして、からすとは、反対はんたい方向ほうこうんでいってしまいました。
紅すずめ (新字新仮名) / 小川未明(著)
併し黙つて、魅せられたやうになつて音楽を聴いてゐる女の耳には、公爵の云ふ事は一ごんも聞えなかつた。その癖音楽家の目は、女に或る新しい理解を教へてゐる。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
そして、朝霧のかかった谷川の岸に出てそこでころもを脱いで行水ぎょうずいをやった。皆黙黙として何人だれも一ごんを発する者がない。彼も同じように冷たい氷のような行水をした。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
君が家庭の事情を幸いに、一ごん挨拶あいさつもなく、逃げる様に私の前から消去きえさった時、私は数日、飯も食わないで書斎に坐り通していた。そして、私は復讐を誓ったのだ。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
見合せたれあつて一ごん申出る者なく如何いかにももつともの事と思ふ氣色けしきなり此時御城代ごじやうだい相摸守殿申さるゝ樣は成程なるほど段々の御申立委細ゐさい承知しようちせり併し夫にはたしか御落胤おらくいんたるの御證據しようこ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「そうでもありましょうが、織部どのとのはたしあいについて、一ごんだけ聞いて頂きたいのです」
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
中村なかむらさんと唐突だしぬけ背中せなかたゝかれてオヤとへれば束髪そくはつの一むれなにてかおむつましいことゝ無遠慮ぶゑんりよの一ごんたれがはなくちびるをもれしことばあと同音どうおんわらごゑ夜風よかぜのこしてはしくを
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
お勢が顔を視ている……このままで阿容々々おめおめ退しりぞくは残念、何か云ッて遣りたい、何かコウ品のい悪口雑言、一ごんもとに昇を気死きしさせる程の事を云ッて、アノ鼻頭はなづらをヒッこすッて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
君の妹さんに何か購ってあげたいと言った私を、一ごんのもとに断った萩原は佐藤にはあよしよしと妹さんをよめにやったことは、何と言っても私へのあつかいは、あまりにどすぎていた。
和尚様、五百両と申しましたところで、当山におかせられましては何のお役にも立ちますまいが、私にとりましては聊か身分に過ぎた寄進かと存じまする。就きましては何か一ごんの御挨拶を
「なに、魔法使いくらいに負けるものか」と王は一ごん退しりぞけました。
夢の卵 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
明晩(すなわちその夜)のお招きにも出席しかねる、とけんもほろろに書き連ねて、追伸ついしんに、先日あなたから一ごんの紹介もなく訪問してきた素性すじょうの知れぬ青年の持参した金はいらないからお返しする。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
母「いやべんと云ったら二ごんとは申しません」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
然し松田からは一ごんの返事もない。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
「男子の一ごん金鉄きんてつのごとし」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「しゃごん
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
おれは今夜から当分の間、影を消すかも知れないが、それについて一ごん断っておくことは、あのばてれん口書でお前も承知の夜光の短刀だ。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
元來ぐわんらいりよ科擧くわきよおうずるために、經書けいしよんで、五ごんつくることをならつたばかりで、佛典ぶつてんんだこともなく、老子らうし研究けんきうしたこともない。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
「うむ、こまつたなあ」卯平うへいふかしわしがめていつた。さうしてあとは一ごんもいはない。おしな病状びやうじやう段々だん/\險惡けんあくおちいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
これは近藤といって岡本がこの部屋に入って来てのちも一ごんを発しないで、だウイスキーと首引くびっぴきをしていた背の高い、一癖あるべき顔構つらがまえをした男である。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ごんわずにかれはニキタのしめした寐台ねだいうつり、ニキタがってっているので、ぐにていたふくをすッぽりとて、病院服びょういんふく着換きかえてしまった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
と一ごんした。してみると、他人が彼の醜きをそしるのを気にしていたと思われるといた人の論を聞いた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
くもは、わがままかってに、わたし内側うちがわにも、また外側そとがわにもあみりました。もとよりわたしに、一ごんことわりもいたしません。それほど、みんなはわたしをばかにしたのです。
煙突と柳 (新字新仮名) / 小川未明(著)
最後に一ごん。あさ子の父丹七は、あさ子の葬式をすました翌日、飄然ひょうぜんとして出発したまま、その後帰って来ないので、人々は、今でもその生死を知らないのである。
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
わたしは親方が犬の口輪くちわを買うかと思っていたけれども、かれはまるでそんな様子はなかった。そのばんは巡査とけんかをしたことについては一ごんの話もなしにぎた。
二人とも何か考へ込んでゐたので、十五分間程一ごんも物を言はずにゐた。突然ドユパンが云つた。