あふ)” の例文
日頃にもない巧名心こうみやうしんあふられて、誰彼れの差別なく捉まへては、お常とお紋をめぐる男の關係など、精一杯に聽き込んでゐたのです。
前刻さつきせ、とつてめたけれども、それでも女中ぢよちゆうべてつた、となり寐床ねどこの、掻巻かいまきそでうごいて、あふるやうにして揺起ゆりおこす。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かういふ行懸ゆきがゝりり、興世王や玄明のやうなかういふ手下、とう/\火事は大きな風にあふられて大きな燃えくさにはなはだしいほのほげるに至つた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「おつぎさんたつけな」れつはなれた踊子をどりこあせむねすこひらいて、たもとしきりにあふぎながらもみそばつていひけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ゑを覚えた時に、かれは始めて立つて、七輪の下をあふいだ。また、世話人の持つて来て置いて行つて呉れた四角の小櫃こびつの中の米をさがした。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
良平はすぐに飛び乗つた。トロツコは三人が乗り移ると同時に、蜜柑畑の匂をあふりながら、ひたすべりに線路を走り出した。
トロツコ (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
『僕は今度、亞米利加から船中で團扇うちはで客をあふぐ商賣をやつて來た。これはその金の殘りだ。これで一杯飮まうよ。』
樹木とその葉:03 島三題 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
髪を洗はせて瓦斯ガスの火力であふられて乾かし、そしてぐ髪を結はせる人もある。自分は此頃このごろマガザンで毛網を買つて来て独りで結ふ事が多くなつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
その強烈な香りが梯子段とつつきの三疊の圭一郎の室へ、次の間の編輯室から風に送られて漂うて來ると、彼はこらへ難いさもしい嗜慾にあふり立てられた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
勝手元には七輪をあふぐ音折々に騷がしく、女主あるじが手づから寄せ鍋茶碗むし位はなるも道理ことわり、表にかゝげし看板を見れば子細らしく御料理とぞしたゝめける
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
だが実をいふと、火もまた凉しかつたのに無理はない、その折ふすまの蔭から、小僧の一人が皆に隠れて、両手に大団扇おほうちはをもつて、禅師をあふいでゐたのだから。
家の中はすつかりした。涼しい風が吹き通して納戸の蚊帳の裾をあふつた。畳にすれる音がサラ/\とした。蚊帳の中にはお桐が居るとも思はれぬ程静かであつた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
其夏、毎晩夜遅くなると、健のうち——或る百姓家を半分しきつて借りてゐた——では障子を開放あけはなして、居たたまらぬ位杉の葉をいぶしては、中でしきりに団扇であふいでゐた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
かへしラランのんだが、その返事へんじがないばかりか、つめたいきりのながれがあたりいちめん渦巻うづまいてゐるらしく、そのために自分じぶんのからだはひどくあふられはじめた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
洲をはさんで一つに合した水の流れは大きく強くなつて、あふるやうな勢で、こつち岸へ叩きつけてよこしたのだ。事態は赤蛙にとつて、悲惨なことになつてしまつてゐた。
赤蛙 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
北風にあふられて避病院のあたりはすさまじい焔が燃え上つてゐた。……次から次へ觸れ廻つて村中の者は皆濱の方へ飛び出して若い者達は爭つて漁船に乘つて島の方へ漕いだ。
避病院 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
雨戸あまどをさすもなく、いままでとほくのはやしなかきこえてゐたかぜおとは、巨人きよじんの一あふりのやうにわれにもないはやさでかけて、そのいきほひのなかやまゆきを一んでしまつた。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
白んだ戸の隙間から吹き込む風で蚊帳がすさまじい程あふられて居る。次の室から起きて来た二人の女の児が戸の間から庭を覗いてコスモスもダアリヤも折れて仕舞つたと言つて居る。
台風 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
一瞬間のハズミに目醒しい突風にあふられて五体諸共奈辺にか飛び去り、吻ツと白々しい峯の頂きに休んだ、かと思ふと忽ち断崖から脚を滑らせる思ひにゾツとして慌てゝ我に返ると
毒気 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
そのとき一人の皇子がどうしたものでしたか、おそばの者と別れて、独りで逃げ迷つていらつしやいました。風にあふられた火は大蛇だいじやの舌のやうにペロリ/\とお軒先をめてまゐります。
拾うた冠 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
中に二三の人からすず子にあてた極めて簡単な手紙が、すず子の心熱をあふるらしかつた。時にはそれを亨一にもかくすことすらあつた。重大な予報が何であるか、亨一には略推測がついた。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
あまりの事と學生は振返ツた……其のはなつらへ、風をあふツて、ドアーがパタンとしまる……響は高く其處らへ響渡ツた。學生は唇を噛みこぶしを握ツて口惜しがツたが爲方しかたが無い。悄々しを/\と仲間の後を追ツた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
おん身が籘を焚く火をあふぎ、栗のやくるを待つときは、我はおん身が目の中に神の使の面影を見ることを得るなり。かく果敢なき物にて、かく大なる樂をなすことは、おん身忘れ給ふならん。
金をやることで肉體の内部にはげしいあふれを覺えたくらゐだ。
(旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
夕されば裏の葭簀よしずをはたはたとあふりし風もいつか落ちけり
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
私の好奇心をしづめる代りにあふり立てるやうな何かゞ。
其間に徳二郎は手酌で酒をグイグイあふつて居た。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
(おかんも澁團扇をとつて權三をあふいでやる。)
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
ほまれ」はつばさ音高おとだか埋火うづみびの「過去くわこあふぎぬれば
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
緋縮緬ひぢりめんの腰卷が一つ、その裾が風にあふられるのを小股に挾んで、兩手で乳を隱すと、丈なす黒髮が、襟から肩へサツとなびきます。
のぞみあふるために、福井ふくゐあたりからさけさへんだのでありますが、ひもしなければ、こゝろきまらないのでありました。
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
村落むら人々ひと/″\つたへて田圃たんぼはやしえて、あひだ各自かくじ體力たいりよく消耗せうまうしつゝけつけるまでにはおほきなむね熱火ねつくわを四はうあふつてちた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
一しきり焔をあふつて、恐しい風が吹き渡つたと見れば、「ろおれんぞ」の姿はまつしぐらに、早くも火の柱、火の壁、火のうつばりの中にはいつて居つた。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その上へ博士が長い丸太をひきずり出して載せられる。僕は蕪形かぶらなりの大きな鞴子ふいごそれあふいで居た。その内に夫人は石卓せきたくへ持参の料理を並べて夜食スウベの用意をする。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それにしても、犬武士風情のくせしてゐて、親王樣のお首を打ち落すなど、よく/\惡業の強い人間だと思へて私も亦、り焦りと新しい憎しみにあふられた。
滑川畔にて (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
又一人、又一人、遂にいまはしきやまひが全村に蔓延した。恐しい不安は、常でさへ巫女いたこを信じ狐を信ずる住民ひとびとの迷信をあふり立てた。御供水おそなへみづは酒屋の酒の様に需要が多くなつた。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
古い長火鉢の前に坐つた時にも、七輪の下をあふいでゐる時にも、暗い夜の闇の中に坐つてゐる時にも、をり/\飆風はやてのやうに襲つて来る過去の幻影の混乱した中にも……。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そのおとづれにすつかりさました地上ちじやうゆきは、あふられ/\てかぜなかにさら/\とあがり、くる/\とかれてはさあつとひといへ雨戸あまど屋根やねことまかしてゐる。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
亨一は著述に忙しいからでもあるが、すず子はまた成るべく社會の人の音信が聞きたかつたのである。中に二三の人からすず子にあてた極めて簡單な手紙が、すず子の心熱をあふるらしかつた。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
ほまれ」はつばさ音高おとだか埋火うづみびの「過去かこあふぎぬれば
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
こひ』は華厳けごん寂寞じやくまくに蒸し照る空気うちあふる。
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あるは、あふりのひまに
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
なほわが欲をあふらまし
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
兄杉之助の牽制けんせいも何んの甲斐もありません、激情にあふられたお鳥は、耻も外聞も振り捨てて、遂に言ふべきことを言つてしまつたのです。
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
『ヌ、』とばかりで、下唇したくちびるをぴりゝとんで、おもはず掴懸つかみかゝらうとすると、鷹揚おうやう破法衣やぶれごろもそでひらいて、つばさ目潰めつぶしくろあふつて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さらつもりつゝある大粒おほつぶゆききたからなゝめ空間くうかん掻亂かきみだしてんでる。おつぎは少時しばしすくんだ。大粒おほつぶゆきげつゝちる北風きたかぜがごつとさむさをあふつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
あふるやうに車台が動いたり、土工の袢纏はんてんの裾がひらついたり、細い線路がしなつたり——良平はそんなけしきを眺めながら、土工になりたいと思ふ事がある。
トロツコ (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
驚くのは巴里パリイの女は概してうなんであらうが、細君や例の下宿人の娘等がよく酒を飲む事である。シトロンでもあふる調子で食事ごとに葡萄酒や茴香酒アブサントを飲む。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
かれは寂然じやくねんとして唯ひとりそのへやにゐた。小さな机、古い硯箱すゞりばこ、二三冊の経文、それより他はかれの周囲に何物もなかつた。かれはうゑを感ずるのを時として、出て来ては七輪をあふいだ。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
麥をあふりわける時の匂もする。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)