ひや)” の例文
すると、軽く膝をいて、蒲団ふとんをずらして、すらりと向うへ、……ひらきの前。——此方こなたに劣らずさかずきは重ねたのに、きぬかおりひやりとした。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お豊はそう云いながら、角樽つのだるを取って、その口からひやのまま飲もうとした。深喜は近よってその手をとらえ、角樽を奪って脇へ置いた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ひやの牛乳を一合飮み、褞袍どてらの上にマントを羽織り、間借して居る森川町新坂上の煎餅屋せんべいやの屋根裏を出て、大學正門前から電車に乘つた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
まごまごしている雇婆をてて、ひやのままの酒を、ぐっと一息にあおると、歌麿の巨体は海鼠なまこのように夜具の中に縮まってしまった。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
たゞ大地震直後だいぢしんちよくごはそれがすこぶ頻々ひんぴんおこり、しかも間々まゝきもひやほどのものもるから、氣味惡きみわるくないとはいひにくいことであるけれども。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
以前フレデリツク・ルメエトルが演じた時其処そこの調子がひややかに低くて作者の𤍠烈な気持ちが出なかつたのをユウゴオは記憶して居て
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「結構な身分みぶんですね」とひやかした。三千代は自分の荒涼なむねうちを代助に訴へる様子もなかつた。だまつて、つぎつてつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
うしろに、ひやかす様な女の声がして、そこへ朝のおぜんが運ばれました。一向食慾などありませんでしたが、兎も角私はお膳につきました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なぞと翌日ひやかされる。殊に久作さんは難物だ。大叔父さんの家の小作人で、この夏お祖父さんが帰郷中鮎釣で懇意になったのだそうだ。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私と先輩の同窓生で久留米くるめ松下元芳まつしたげんぽうと云う医者と二人づれで、御霊ごりょうと云う宮地みやちに行て夜見世よみせの植木をひやかしてる中に、植木屋が
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
我火の中に入りしとき、その燃ゆることかぎりなく劇しければ、煮え立つ玻璃の中になりとも身を投入れてひやさんとおもへり 四九—五一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
なぜならば、およそ柴田家の近衆数多あまたなうちでも、毛受勝助家照ほど、日頃、主の勝家からひややかにあしらわれていた臣はない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
墓場の式場で青六が、えへん、えへんと咳拂ひを挾んで、鹿爪らしく弔文を讀んでゐる時、數乏介老人は、ひやかすやうな調子でかう言つた。
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
よるの風は盃のひやふちに似たり。半眼はんがんになりて、口なめずりて飮み干さむかな、石榴ざくろの汁を吸ふやうに滿天まんてんの星の凉しさを。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
さて又同く十月二十七日の暮方くれがた名主用右衞門方へ五六人の侍士來りしゆゑ用右衞門きもひやして出むかひける所さきに立し者此御このお侍士を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そばまどをあけて上氣じやうきしたかほひやしながらくらいそとをてゐると、一けんばかりの路次ろじへだててすぐとなりうちおなじ二かいまどから
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
Y中尉は手紙を持ったまま、だんだん軽蔑けいべつの色を浮べ出した。それから無愛想ぶあいそうにA中尉の顔を見、ひやかすように話しかけた。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
中島は水田をやっているうちに、北海道じゃ水がひやっこいから、実のりが遅くって霜にいためられるとそこに気がついたのだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お鳥はひやっこい台所の板敷きに、ふくはぎのだぶだぶした脚を投げ出して、また浅草で関係していた情人おとこのことを言いだした。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そこで父子おやこ久しいあひだ反目はんもく形勢けいせいとなツた。母夫人はまた、父子の間を調停てうていして、ひやツこい家庭をあたゝめやうとするだけ家庭主義の人では無かツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
チョコレートのは牛乳一合を沸立たせてコルンスタッチか葛を大匙二杯入れて削ったチョコレートを四半斤しはんぎん砂糖を二杯位混ぜて煮てひやすのです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
あわせでは少しひやつくので、羅紗らしゃ道行みちゆきを引かけて、出て見る。門外の路には水溜みずたまりが出来、れた麦はうつむき、くぬぎならはまだ緑のしずくらして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
当てもなく卓子テーブルの上を払うと、何か円味まるみのものがひやりとふるえる手先に触れた。彼はそのまま握りしめたが、それは毎晩そばへおくピストルだった。
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「いや、そんな事はありません。左利きの書生は、先刻テニスをやって居た小村という方で、死んだ大川は、平常ふだん小村の左利きをひやかして居ました」
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
頭の毛のなかにも蚤が居るやうな気がした。それをかうとすると、ひやりとしとつた生えるがままの毛髪は、堅くくしからんで、櫛は折れてしまつた。
南画を描くなどというと、段々年をとると、油絵よりも墨絵の方が良くなるそうだねなどとひやかされることもある。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そして心の底までひやっとするような気がすると、それと同時に楯井さんは、すぐ嫁さんのたましだと思込んでしまった。
惨事のあと (新字新仮名) / 素木しづ(著)
もっと濃い情愛をそそがれたかったはずなのに、それは存外ひややかで、時としてはお互いの心と心との間に鉄をはさんだような隔てが出て来るように感じ
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
母様の涙は少ししほつぽいが、忠朝の墓の水はひやつこい。どちらも妙に酒飲みの阿父おとつさんには効力きゝめがあるといふ事だ。
このごろ日脚ひあし西に入り易く、四時過ぎに学校をで、五時半に羽生に着けば日まったく暮る。夜、九時、湯に行く。秋の夜の御堂みどうに友のなみだひややかなり。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「しッ! そんなことを大きな声でいっちゃア不可いけない。どうもお前をつれて歩くと、口が悪いんでひやひやするよ」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
軍治は、自分が顔を蒔の手首に押しつけてゐた、それを幾が言つてゐるのだと思ひ、ひやりとしたが微笑してゐた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
「どれ位の間なの、ジエィン? 一寸の間、髮をなでつけて——いくらか亂れてゐるから——そしてほてつてゐるから、あなたのその顏をひやす間——?」
ビイルをひやせだ事のと、あの狭い内へ一個ひとりで幅をやがつて、なかなかいごきさうにも為ないんぢやありませんか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
恐怖におののいている囚人はみな一斉に象の前にひざまずくと、女は上からみおろしてひややかに笑った。その涼しい眼には一種の殺気を帯びて物凄かった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
抜けるような綺麗な頸足えりあしをして、ひやつくような素足をして、臆面もなく客へ見せて、「おや、近来ちかごろ見限みかぎりね」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
其麽そんな筈はないと自分で制しながらも、断々きれぎれに、信吾が此女を莫迦ばかに讃めてゐた事、自分がそれを兎や角ひやかした事を思出してゐたが、腰を掛けるを切懸きつかけ
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
日の光は形円きトベラノキに遮られて空気ひややかに風うすく匐ひくねれるサンザシに淡紅緑の芽は蕾み、そのもとに水仙の芽ぞ寸ばかり地をきてうちそよぐ。
春の暗示 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と云った時、むっ、ともしたし、ひやっともしたし——それに第一、三人の態度が気に入らなかったから
新訂雲母阪 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
女中さんは堀井戸からひやっこいのを、これも素足で、天びん棒をギチギチならして両桶にんでくる。
養子はトランプの手をやめてはひやかしていたが、澤は苦笑するばかりで、縁側の外におびただしく延び繁った台湾葦の風に吹かれて白い葉裏をかえすのを見ていた。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
幸ひ二三本酒壜の並んでゐるのを見たので、それを取つてひやのままちび/\飮んでゐると、二十はたち歳位ゐの色の小黒い、愛くるしい顏をした娘が下の溪から上つて來た。
比叡山 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
為めに頭をやさんとするもかなしいかな水なきを如何せん、鹽原君ぶる所の劔をきて其顔面にて、以て多少之をひやすをたり、朝にいたりてすこしく快方にむかひ来る。
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
体が総毛立ってひやりとする。明るみに出た時、急に寒くなったと思ったのはこの所為であったのだ。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
しんの出た二重廻ふたえまわりの帯をしめて暑くて照り付くから頭へ置手拭をして時々流れ川の冷たい水でひやして載せ、日除ひよけに手を出せば手が熱くなり、腕組みをすれば腕が熱し
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「オイ煙草を買って来て呉れ。それからシャンパンのさかずきをあげるから、ひやして用意しといて呉れ」
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ホンの五しゃくばかりひやのまま飲んで眠ったせいか、今朝けさになってみると特別に頭がフラフラして、シクンシクンと痛むような重苦しさを脳髄の中心に感じているのであった。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
召物めしものれますとふを、いゝさまづさせててくれとて氷嚢こほりぶくろくちひらいてみづしぼ手振てぶりの無器用ぶきようさ、ゆきすこしはおわかりか、兄樣にいさんつむりひやしてくださるのですよとて
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
まずひやし料理として山葵わさびクリームをかけた仔豚の蒸肉が出、それからあぶらっこい舌の焼けるような豚肉入りのキャベツ汁と、湯気が柱をなして立っている蕎麦粥が出た。
(新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そうじゃないかい? どうしてお前さんたちはるものを取りに行かないんだよ? 嗅塩かぎしおと、おひやと、おを速く持って来ないと、思い知らしてあげるよ。いいかね!