一言ひとこと)” の例文
まえとは長年ながねんいっしょにくらしてたが、おまえはただの一言ひとこともわたしの言葉ことばそむかなかった。わたしたちはしあわせであったとおもう。
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それが俄かに気が変ったのは、船がいよいよ沈むという時に、お妾のお早がただ一言ひとこと『信』と云って、怖い眼をして睨んだそうです。
乗る客、下りる客の雑踏の間をわれら大股おおまたに歩みて立ち去り、停車場より波止場まで、波止場より南洋丸まで二人一言ひとことも交えざりき。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ここで、一言ひとこと筆者が申したいのは現今、どなたの稲舟いなぶね研究にも、十九で死んだことになっているが、わたしは二十三歳と信じていた。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
是公はもとよりゼントルメンのあとを何とかつけなければならない。ところがゼントルメン以外の英語があいにく一言ひとことも出て来なかった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今こそお通に向って、たった一言ひとことでも、真実をいいたい。またそれがこのひとに対してむくゆる最大な良心でもあるし——と武蔵は思う。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それからは、一言ひとことも話さなかったような気がします。ふたりは、まもなくその広間を出て行きました。夕暮ゆうぐれ薄明うすあかりが消えせました。
しかもつえをついたなり、わたしの言葉を待つように、一言ひとことも口をかないのです。わたしは実際恐る恐る、甚内の前に手をつきました。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
若旦那わかだんなも、あきれてつこと半時はんときばかり。こゑ一言ひとこともまだないうちに、かすみいろづくごとくにして、少女せうぢよたちま美少年びせうねんかはつたのである。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一人の天人がそれをとめて羽衣を着せようとすると、姫は、「ちょっと待って。それを着ると気持ちが変わる、まだ一言ひとこと言い残したい」
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
幾許いくら急いで出掛けたつて、何とか一言ひとことぐらゐ言遺いひおいてきさうなものぢやないか。一寸ちよつと其処そこへ行つたのぢやなし、四五日でも旅だ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
儘ならぬ世の義理に心ならずとは言ひながら、斯かる誠ある人に、只〻一言ひとこと返事かへりごとだにせざりし我こそ今更にくやしくも亦罪深けれ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
多少に落つるところはあったけれども、袖切坂の上でお角が言った異様な一言ひとことは、どうも米友には解くことができませんでした。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
みんなもじっとかわを見ていました。だれ一言ひとことものう人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「それではこちらの名まえもあかそう。わたしは悪いことにもただ一言ひとこと、いいことにも一言だけお告げをくだす、葛城山かつらぎやま一言主神ひとことぬしのかみだ」
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
それから、ちょっと一言ひとことだけ付け加えておきたいんだがね、アッタスン。きっと君はそれを悪くはとらないだろうと思うんだが。
だが、徳蔵とくぞうさんの熱心ねっしんは、その一言ひとことひるがえされるものではありません。戦死せんししたともとのちかいをげたので、ついに部隊長ぶたいちょうゆるしたのでした。
とびよ鳴け (新字新仮名) / 小川未明(著)
先生は一わたり三つの実験を眺め渡して、一言ひとこと二言ふたことちょっと示唆的しさてきな注意を与えられる。それで指導の方はもうおしまいである。
若しこの穴蔵に主人があって、わしが監禁されているのであったら、その一言ひとことで、たちまち自由の身となることが出来るものを。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
たッた一をでも宣言おほせられたならば、小生それがし滿足まんぞくいたす。たゞ嗚呼あゝ」とだけさけばっしゃい、たッた一言ひとことラヴとか、ダヴとか宣言おほせられい。
はなしませう』とつて海龜うみがめふと銅鑼聲どらごゑで、『おすわりな、二人ふたりとも、それでわたしはなをへるまで、一言ひとことでも饒舌しやべつてはならない』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
殊にほかもん媒妁なこうどをするのと違って、此の名主が媒妁をするのだから、礼の一言ひとことも言わしなければならねえのに、何ういう訳でわりゃア拒むな
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おめえがここでたった一言ひとこと。おなつかしゅうござんす、とかなんとかいってくれさえすりァ、おいらのたのみァいてもらえようッてんだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
愛子は無愛想ぶあいそなほど無表情に一言ひとことそう答えた。二人ふたりの間にはむずかしい沈黙が続いた。葉子はすわれとさえいってやらなかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
自分は唯だ一言ひとこと、老父を殘して外國に去つてもよいと云ふ承諾を得たいのである。然し父の話は一向に自分の思ふやうな壺にはまつて來ない。
新帰朝者日記 拾遺 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
失敬しつけいな!』と、一言ひとことさけぶなりドクトルはまどはう退け。『全體ぜんたい貴方々あなたがた這麼失敬こんなしつけいことつてゐて、自分じぶんではかんのですか。』
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「旦那、お気をつけなさいよ。ゝゝさんはうす気味のわるい人ねえ。一言ひとこと云つちや旦那の御機嫌をとつて居るんですもの。」
瘢痕 (新字旧仮名) / 平出修(著)
此時このとき如何いかうれしく、また、如何いかなる談話だんわのあつたかはたゞ諸君しよくん想像さうぞうまかせるが、こゝ一言ひとことしるしてかねばならぬのは、この大輕氣球だいけいききゆうことである。
わたしは一言ひとこと差出口さしでぐちをすると、小作人と大アニキはじろりとわたしを見た。その目付がきのう逢った人達の目付に寸分違いのないことを今知った。
狂人日記 (新字新仮名) / 魯迅(著)
かず子のお部屋へはいって来て、かず子の机に手をついてそのまま崩れるようにお坐りになり、そう一言ひとことおっしゃった。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ふところにいだき入んとするにしうとめかたはらよりよくのませていだきいれよ、みちにてはねんねがのみにくからんと一言ひとことことばにもまごあいするこゝろぞしられける。
妻は「全くのおしというわけで無いんですもの、どうして食べるかぐらい、ちょっと一言ひとこと教えて下さるといいのに……」
秋草の顆 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
けれど、それから二三日の間は、先生も奥様も黙りっきりで、一言ひとことも口をお利きなさらないものだから、私共までほんとにびくびくしていましたわ。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ごりょんさん、おもがな、今日来たのはな、あんたに一言ひとこと、いうて置きたいことがあったけんじゃ。おれも困ったよ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
萬世橋よろづよばしまゐりましたがおたく何方どちらかぢひかへてたゝず車夫しやふ車上しやじやうひとこゑひくゝ鍋町なべちやうまでとたゞ一言ひとこと車夫しやふきもへずちからめていま一勢いつせいいだしぬ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかし、せっかくきたのだから、一言ひとことでもソンキの家の人たちに見舞みまいをいおうと思い、なんとなくぐずぐずしていたが、だれも取りあってくれない。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
かくして私は、十何年ぶりかで逢った我が友、趙大煥を、——趙大煥としての一言ひとことをも交さないで、再び、大東京の人混みの中に見失って了ったのだ。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「おお、用事というのは、外でもない、わしは、これから自分の国へ帰ろうと思うのだ。君には世話になったから、一言ひとこと挨拶あいさつをしていきたかったのだ」
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
吐露ぬかすとんだ才六めだ錢を貸すかさぬはかくも汝の口から馬鹿八とは何のことだ今一言ひとことぬかしたら腮骨あごぼね蹴放けはなすぞ誰だと思ふ途方とはうもねへと云へば切首きりくびは眼を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
併しどういふわけか、物音が非常に強くなつてゐまして、一しよう懸命兄きの耳に口を寄せてどなつて見ても、一言ひとことも向うへは聞えないのでございます。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
「あんたは此處にゐる男の人たちを知らないかな? その中の誰とも一言ひとことかはしたことはないかな? この家のあるじのことも、あんたはさうお云ひかな?」
かれはおつぎがはき/\と一言ひとことでもいうてれるごとひがまうとするこゝろがどれほどやはらげられるかれないのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「もう一言ひとこと」——ウイレム夫人が言う——「黙っていなくっちゃいけないんですか。それとも、朗読の間、感じたことを申し上げてもようござんしょうか」
只、今の処は私ばかりが菊太の忠実な聞手である。菊太をつくづく見たいばっかり、知りたいばっかりに私は一言ひとことも口は利かないながら、わきに座って居る。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
なぜ一言ひとことの知らせもなく、東京へ来ているんだろうか? 東京へ来ていながら、知らせてくれもしないのか? もうそんなことは、考える余裕ゆとりもありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
いくらこちらがいきりたっていても、一言ひとことあのじんから優しい言葉を懸けられると、すぐにまたころりとまいって、やっぱりこの人の下に死にたいと思うからね。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
御機嫌ごきげんよろしゅうと言葉じり力なく送られし時、跡ふりむきて今一言ひとことかわしたかりしを邪見に唇囓切かみしめ女々めめしからぬふりたがためにかよそおい、急がでもよき足わざと早めながら
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「——何と、篠田さん、御詫おわび致していのか」と、はふり落つる涙を梅子はぬぐひつ「心乱れて我ながら言葉も御座いません——只だ一言ひとこと懺悔させて下ださいませうか」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
併し、私はその親切を喜ぶより、母には言はないといふ一言ひとことを千倍も萬倍も有難いと思ひました。
反古 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
猶予ゆうよもせずに立上り「なるほど、血の文字は此老人が書いたので無い」と言い怪む判事警察官が猶お一言ひとことも発せぬうち又せくゞみて死体しがいの手を取り其左のみ汚れしをげ示すに
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)