一日あるひ)” の例文
一日あるひ榛軒は阿部侯正寧まさやすに侍してゐた。正寧は卒然昵近の少年を顧みて云つた。「良安は大ぶ髪が伸びてゐるやうだ。あれを剃つて遣れ」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
数うれば三年ぜん一日あるひ黄昏たそがれの暗紛れ、ひそかに下枝に密会しのびあい、様子を聞けば得三は、四十を越したる年にも恥じず、下枝をとらえて妻にせん。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれの故郷なる足利町は、その波濤はとうのように起伏したしわの多い山のふもとにあった。一日あるひ、かれはその故郷の山にすでに雪の白く来たのを見た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
かく思いつづけし武男は、一日あるひ横須賀におもむきしついでに逗子に下りて、かの別墅べっしょの方に迷い行けば、表の門は閉じたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
延喜十八年の晩春の一日あるひ。相馬の小次郎は、生国しょうごくの下総から、五十余日を費やして、やっと、京都のすぐてまえの、逢坂山おうさかやままで、たどりついた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時までも妃が付け置いた親臣のみ太子に附き添い、一日あるひ太子浴するとて脱ぎ捨てた腰巻を拾うて帰国を急ぎ、妃に奉ると、妃これをおさめた。
つひに彼はこのくるしみを両親に訴へしにやあらん、一日あるひ母と娘とはにはかに身支度して、忙々いそがはしく車に乗りて出でぬ。彼等はちひさからぬ一個ひとつ旅鞄たびかばんを携へたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
宮本武蔵の二刀流を伝えた細川家のさむらい都甲太兵衛とごうたへえと云う人がある。一日あるひ街を行くと人が集って騒いでいる。聞くと
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
江戸に下り余が家の(京橋南街第一衖)むかひの裏屋うらやに住しに、一日あるひ事のついでによりて余が家に来りしより常に出入でいりして家僕かぼくのやうに使つかひなどさせけるに
かかりしほどに、一日あるひ朝鮮変乱に引き続きて、日清の談判開始せられたりとの報、はしなくも妾の書窓しょそうを驚かしぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
一日あるひ角右衞門が多助に云うのに、おえいがまだ御城下を見たことはあんめえから、一緒に連れていって見せてう。沼田は土岐様の御領地でございます。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一日あるひ例によって孫を抱いて泣いていると祝がしょんぼり入ってきた。母はひどくおどろいて涙を押えて問うた。
水莽草 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すると一日あるひ一人ひとり老叟らうそう何所どこからともなくたづねて來て祕藏ひざうの石を見せてれろといふ、イヤその石は最早もう他人たにんられてしまつてひさしい以前から無いと謝絶ことわつた。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
一日あるひ左門同じ里の何某なにがしもととぶらひて、いにしへ今の物がたりして興ある時に、かべへだてて人の痛楚くるしむ声いともあはれに聞えければ、あるじに尋ぬるに、あるじ答ふ。
一昨々年さきおととしの九月、修禅寺の温泉に一週間ばかり遊んでいる間に、一日あるひ修禅寺に参詣さんけいして、宝物を見せてもらったところが、その中に頼家の仮面めんというものがある。
ソレは勿論ザラに人に見せられるものでない。ただ親友間の話の種にする位の事にして置たが、随分ずいぶん面白いものである。所が私はその書付かきつけ一日あるひ不意とやい仕舞しまった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その一日あるひ、私はいつもと違つて早く遊びを切り上げてうちへ帰つた。私にはどこへ行つても友達の二三はあつた。そして其友達たちの多くはまつて年上の子であつた。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
立派な屋敷で暮していたある老婦人が、ジャンを可愛い子と思ったので、一日あるひ、その身の代金しろきんを払って、自分の手もとに引き取った。なかなか利発な子だったので学校にあげた。
親ごころ (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
ところがその娘の父にばれて遊びに行った一日あるひの事だった、この盃で酒を出された。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すると一日あるひ天気てんきのいいのこと、漁夫りょうしおきあみろしますと、それに胡弓こきゅうが一つひっかかってきました。それが、あとになって、乞食こじきっていた胡弓こきゅうであることがわかりました。
黒い旗物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大人はお糸にくはされて、我に偽る恐れありと、長吉お駒を無二の探偵として、すこし心を休めゐしに、あひにくにも一日あるひの事、庄太郎の留守にお糸の里方より、車を以てのわざと使ひ
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
一日あるひ、瀧口は父なる左衞門に向ひ、『父上にことあらためて御願ひ致し度き一義あり』。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
一日あるひわれは尼寺に往きて、格子の奧にて尼達の讚美歌を歌ふを聽きしことあり。
前には出来なかった数学なども非常に出来る様になって、一日あるひ親睦会しんぼくかいの席上で誰は何科へ行くだろう誰は何科へ行くだろうと投票をした時に、僕は理科へ行く者として投票された位であった。
落第 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さりとて今更いまさらはんもうしろめたかるべしなんど、まよひには智惠ちゑかゞみくもりはてゝや、五夢中むちう彷徨さまよひしが、流石さすがさだむるところありけん、慈愛じあひ二となき母君はゝぎみに、一日あるひしか/″\と打明うちあけられぬ
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
安永六年五月はじめの一日あるひ
蕗問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
送りけるが娘お幸は今年ことし十七歳となり尋常なみ/\の者さへ山茶も出端でばなの年頃なるにまして生質うまれつき色白いろしろにして眼鼻めはなだちよく愛敬あいきやうある女子をなごなれば兩親りやうしんは手のうちたまの如くにいつくしみ手跡しゆせき縫針ぬひばりは勿論淨瑠璃三味線も心安き方へ頼みならはせ樂みくらして居ける處に一日あるひ長八は淺草觀音へ參詣なし夫より上野の大師へ參らんと車坂くるまざか
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
一日あるひ京都より一枚の葉書と一封の書状とが来た。先づ葉書を読めば、並河なみかは総次郎さんがわたくしに黄檗の錦橋碑の事を報ずる文であつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
京都に於て、当時第一の名門であつた、比野大納言資治卿ひのだいなごんやすはるきょう(仮)の御館みたちの内に、一日あるひ人妖じんようひとしい奇怪なる事が起つた。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
山も酔い、波も歌い、馬や羊や家鴨あひるまでも踊り出しそうな“遊びの日”が、一日あるひここの泊内を世間知らずな楽天地にした。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一日あるひ、学校の帰りを一人さびしく歩いた。空は晴れて、夕暮れの空気のかげこまやかに、野にはすすきの白い穂が風になびいた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
江戸に下り余が家の(京橋南街第一衖)むかひの裏屋うらやに住しに、一日あるひ事のついでによりて余が家に来りしより常に出入でいりして家僕かぼくのやうに使つかひなどさせけるに
一日あるひ来りて知りもしないで画の事を種々しゃべくるをアがしずかに制して、今そこに色料を砕き居る小僧に笑わるるから知らぬ事を言いたもうなと言った。
一日あるひ夢然、三条の橋を過ぐる時、一五二あくぎやくづかの事思ひ出づるより、かの寺ながめられて、白昼ひるながら物すざましくありけると、みやこ人にかたりしを、そがままにしるしぬ。
ソレカラ一月ひとつき二月ふたつき三月みつき経って、此方こっちもチャント塾の勝手を心得て、人の名も知れば顔も知ると云うことになって当り前に勉強して居る。一日あるひその今の男を引捕ひっつかまえた。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
お話替って山口屋善右衞門のうちでは、多助が毎日種々いろ/\な物を拾って粗末にならぬように貯めて置きます。くて其の年も暮れて翌年になりますと、一日あるひの事で、番頭の和平が
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一日あるひ、雪降り凜〻たる寒気の中を例の如く太七の家の前を通るうち、プッツと切れた下駄の鼻緒に転ぶ途端、無作法に笑ひこける太七の家の職人共に、何が可笑しいと詰り寄るうち
名工出世譚 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
さるを一日あるひフアビアニ公子とフランチエスカ夫人との優しさ常に倍するを覺えければ、我は此二恩人に對して心中の祕密を守ること能はざりき。こは小尼公アベヂツサの來給ひしより二三日の後なりきと覺ゆ。
彼は一日あるひ、其のことを己の家に出入している老僧にはなしてみた。
長者 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
大阪なる安藤氏の宅に寓居ぐうきょすること数日すじつにして、しょうは八軒屋という船付ふなつきの宿屋にきょを移し、ひたすらに渡韓の日を待ちたりしに、一日あるひ磯山いそやまより葉石はいし来阪らいはんを報じきたり急ぎその旅寓に来れよとの事に
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
すると、一日あるひ、また、百しょうが、やってきました。
おじいさんとくわ (新字新仮名) / 小川未明(著)
まつとははず杉原すぎはらさまはお廿四とやおとしよりはけてたまふなり和女そなたなんおもふぞとて朧氣おぼろげなことふてこゝろ流石さすがつうじけんお八重やへ一日あるひ莞爾にこやかにじようさまおよろこあそばすことありてゝ御覽ごらんじろとひさりのたはふごとさりとはあまりにひろすぎてどころわからぬなりと微笑ほゝゑめらばはし
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一日あるひ晩方ばんがた極暑ごくしょのみぎりでありました。浜の散歩から返ってござって、(和尚おしょうさん、ちっと海へ行って御覧なさいませんか。綺麗きれいな人がいますよ。)
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一日あるひ志保は病んで治を伊沢氏に請うた。これが榛軒の志保を見た始であつた。そして榛軒は遂に志保を娶るに至つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
かれは一日あるひ、また利根川のほとりに生徒をつれて行ったが、その夜、次のような新体詩を作って日記に書いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
谷間たにあひゆゑ雪のきゆるも里よりはおそくたゞ日のたつをのみうれしくありしに、一日あるひあなの口の日のあたる所にしらみとりたりし時、熊あなよりいで袖をくはへて引しゆゑ
秋の一日あるひ、蕭照は退屈まぎれに、老画師の生活をうかがいに行ってみた。山門の下の狐狸こりめないような小堂をいつのまにかきれいにして、老画師は、茶をていた。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
の小紋の羽織が着たいとか、帯は献上博多を締めたいとか、雪駄せった穿いて見たいとか云い出して、一日あるひ同宿の笹屋さゝやという料理屋へあがり込み、一ぱいやっている側に酌取女しゃくとりおんなに出た別嬪べっぴん
一日あるひ父が宿にあらぬひまに、正太郎磯良を六一かたらひていふ。御許おもとまことあるみさをを見て、今はおのれが身の罪をくゆるばかりなり。かの女をも古郷ふるさとに送りてのち、父の六二おもてなごめ奉らん。
一日あるひ、祝は児夫婦を傍へ呼んだ。
水莽草 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)