ひま)” の例文
(たがひに爭ふひまに、下の方より路通は再び出で來り、門口よりうかゞひゐる。お妙は一生懸命に父の手より刃物を奪ひとりて泣く。)
俳諧師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
誠にさなり、彼は病客なるべきをと心釈こころとけては、はや目も遣らずなりけるひまに、男はゆあみ果てて、貸浴衣かしゆかた引絡ひきまとひつつ出で行きけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
願くは神先づ余に一日のひまを与へて二十四時のあいだ自由に身を動かしたらふく食をむさぼらしめよ。而して後におもむろに永遠の幸福を考へ見んか。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
木立わづかにひまある方の明るさをたよりて、御陵みさゝぎ尋ねまゐらする心のせわしく、荊棘いばらを厭はでかつ進むに、そも/\これをば
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
さのみひまをとるべき用にもあらざりければ、家内不審ふしんにおもひせがれ家僕かぼくをつれて其家にいたりちゝが事をたづねしに、こゝへはきたらずといふ。
この叔母上は妾が妊娠の当時より非常の心配をかけたるにその恩義に報ゆるのひまもなくて早くも世を去り給えるは、今に遺憾かたもなし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
こけむしたる古井のもとに立ちて見入るに、唐紙からかみすこし明けたるひまより、一三〇火影ほかげ吹きあふちて、一三一黒棚のきらめきたるもゆかしく覚ゆ。
云送らんと艷書ふみに認め懷中しつゝ好機よきをりもあらばお浪に渡さんものと來るたびごとうかゞひ居けれ共其ひまのあらざればむなしく光陰つきひ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
うろうろ四辺あたりを見廻すひまに、時彦は土間に立ちたるまま、粛然として帯の間より、懐中時計を取出とりいだし、丁寧に打視うちながめて、少年を仰ぎ見んともせず
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
治「ヘヽ僕はひまさえ有れば、ちこう御座いますから、来たくなるとスイと参ったり、別に用もない時は大概来て居ります」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さうしてひまさへあれば棚の上に抛り上げたままになつてゐた自分の持物の埃を拂つたり中の物を整理したりしてゐた。
実際、あの人がこちらへ引移つて来てから、まだ半年にしかならないのだから、そんな僅かのひまに人柄を知るつてことは出来るものぢやないからね。
前に話した松の根で老人がほんを見ているひまに、僕と愛子は丘のいただきの岩に腰をかけて夕日を見送った事も幾度だろう。
初恋 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
花びらかきわけつつ転瞬のひまに下りたつを見れば、こはやがて香玉なりき。『風に雨にしのびて君を待ちぬ。いかなればかくは来ますことの遅かりし』
『聊斎志異』より (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
他のところにいて悲しみの休むひまもないのである、その娘もまたどうなることかと不安だったがそれは安産した。
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ゆふべとけさのこのひまも。うれひの種となりしかや。待ちやれと言つたはあやまち。とく/\消してたまはれや。
北村透谷詩集 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
恋ぢやの人情ぢやのと腐つた女郎の言草は止めて了つて、平凡へぼ小説を捻くるひまちつと政治運動をやつて見い。
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
幸にして医師の診断によればわが病はかかる恐しきものにてはなかりしかど、昼夜ちゅうやたゆひまなく蒟蒻こんにゃくにて腹をあたためよ。肉汁ソップとおも湯のほかは何物もくらふべからず。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
いよいよ死ぬときが参りました。もうこの遺書を書きつづけるひまも、たくさんはあるまいと存ぜられます。
正雪の遺書 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やがて太き麻縄あさなわもて、犇々ひしひしいましめられぬ。そのひまに彼の聴水は、危き命助かりて、行衛ゆくえも知らずなりけるに。黄金丸は、無念に堪へかね、切歯はぎしりしてえ立つれば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
吉野よしぬの 耳我みみがみねに 時なくぞ 雪は降りける ひまなくぞ 雨は降りける その雪の 時なきがごと その雨の ひまなきがごと くまもおちず 思ひつつぞ来し その山道を
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
此集はつい昨年の暮『改訂本』にして、小さい物にしたいと云ふので、原画を写真版にして入れたいと云うてゐたが、ひまがなかつたので、表紙は和田さんの先の意匠を取つた。
いなとよ時頼、あしたの露よりも猶ほあだなる人の身の、何時いつ消えんも測り難し。我れ斯くてだに在らんにはと思ふひまさへ中々に定かならざるに、いかで年月の後の事を思ひはからんや。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
チッバルトは其儘そのまゝたん逃去にげさりましたが、やがてまたってかへすを、いま復讐ふくしうねん滿ちたるロミオがるよりも、電光でんくわうごとってかゝり、引分ひきわけまするひまさへもござらぬうちに
例えば猟夫ひまに乗じその子供を取りて馬を替えて極力せ去るも、父虎もとより一向子の世話を焼かず。母虎巣に帰って変を覚ると直ちににおいいで跡を尋ね箭のごとく走り追う。
麻生のかたからざあと降り出した白雨ゆうだち横さまに湖の面を走って、漕ぎぬけようとあせる釣舟の二はい三ばい瞬くひまに引包むかと見るが内に、驚き騒ぐ家鴨の一群ひとむれを声諸共もろともに掻き消して
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
この入りつる格子はまださねば、ひま見ゆるによりて西ざまに見通し給へば、このきはにたてたる屏風も、端のかたおし畳まれたるに、まぎるべき几帳きちやうなども、暑ければにや打掛けて
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
千吉君が碁や絵をやるひまに大根畑を買って置けば家が建っていると思ったのである。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
苦しみは払い落す蜘蛛くもの巣と消えてあますはうれしき人のなさけばかりである。「かくてあらば」と女は危うきひまに際どくり込む石火の楽みを、とこしえにづけかしと念じて両頬にえみしたたらす。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
子、やまいはなはだし。子路(葬るに大夫の礼を備えんと欲し)門人を臣たらしむ。病ひまあるとき、曰く、久しいかな、由のいつわりを行なえる。臣なきに臣有るまねしてわれ誰をか欺かん。天を欺かんか。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
好事魔こうじまおほしとはよくひとところで、わたくしその理屈りくつらぬではないが、人間にんげん一生いつせう此樣こん旅行りよかうは、二度にど三度さんどもあることでない、其上そのうへ大佐たいさ約束やくそく五日目いつかめまでは、三日みつかひまがある、そこで
時刻ときにはひまあり、まうで来し人も多くは牧師館に赴きて、広き会堂電燈いたづらに寂しき光を放つのみなるに、不思議やへなる洋琴オルガン調しらべ、美しき讃歌の声、固くとざせる玻璃窓はりまどをかすかにれて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「もう一遍」と、西宮は繰り返し、「もう、そんなひまはないんだよ」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
あし分船わけぶねのさはりおほなればこそおやにゆるされにゆるされかれねがこれひよしや魔神ましんのうかゞへばとてぬばたまかみ一筋ひとすぢさしはさむべきひまえぬをもし此縁このゑにしむすばれずとせばそは天災てんさい地變ちへんか。
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「病によつて、ひまが得られるのも、悪くはないものだ。」
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
私はこれから帰って、またひまを見て一度伺います。
阿英 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
うづら啼く粟穂がひまほそり道三日みかの月夜に誰ぞ行き細る
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
みぐしのひまのこゝかしこ、面映おもはゆげにものぞくらむ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
そんなことを考えるひまがなかった。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
またたひまには、山をおおい
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
我書く文字のひまから
初夏(一九二二年) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ひまがかかるか」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
いしひまあをみづ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
屋敷へはいってからも、林之助は用のひまをみてお絹にたびたび逢いに来た。東両国の観世物みせもの小屋の楽屋へも時どき遊びに来た。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
徳望もとよりさかんにして、一時の倚重きちょうするところとなり、政治より学問に及ぶまで、帝の咨詢しじゅんくることほとんひま無く、翌二年文学博士となる。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
此後もひまがあったらこういうように考えて見たいと思う。〔『ホトトギス』第二巻第二号 明治31・11・10〕
句合の月 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
やがてはたと地に落ちて、土蜘蛛つちぐもすくむごとく、円くなりてうずくまりしが、またたくひまに立つよとせし、矢のごとく駈けいだして、曲り角にて見えずなりぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たてに受ると見えしが無慘むざんや女は一聲きやつとさけびしまゝに切下げれば虚空こくうつかんでのたうつひまに雲助又もぼう追取おつとり上臺がひざを横さまにはらへば俯伏うつふしに倒るゝ所を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それで寺田さんにもお頼みしたのですが、あなたもひまな時にはチトどこかに引張り出してくれませんか。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しばらく話の絶えけるひまに荒尾は何をか打案ずるていにて、その目をむなしく見据ゑつつ漫語そぞろごとのやうに言出いひいでたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)