矢張やはり)” の例文
暁方あけがた目を覚すと霧が間近の木から木へ鼠色の幕を張り渡していた。夜中に焚火の煙だと思ったのは矢張やはりこの霧であったかも知れない。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
是迄これまでだつて、私は貴方のことに就いて、なんにも世間の人に話した覚は無し、是から将来さきだつても矢張やはり其通り、何も話す必要は有ません。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
平中の腹の底には矢張やはりそう云う風な己惚うぬぼれがあるので、あれ程にされてもなおりず、まだほんとうにはあきらめていなかったのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
半次郎はんじらうが雨の怪談くわいだんに始めておいとの手を取つたのも矢張やはりかゝる家の一間ひとまであつたらう。長吉ちやうきちなんともへぬ恍惚くわうこつ悲哀ひあいとを感じた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
実に年はかないが、是は矢張やはり松山さんのおたねだけ有って、私ア聞いて居てぽろりと来ました、いやこれは誰でもポロときますよ
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その中でアマン・ジヤン氏の「地水火風」セカリエ・ベリユウス氏の「踊子」などが目を惹くのを思ふと矢張やはり群を抜いて居るのであらう。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「えゝ、れが矢張やはり手前てまへこゝろから仕方しかたがないのでござりまして、以前いぜん、おうちりました時分じぶんから、うもわるいので、」
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
夏の日にてらされて、墓地の土は白く乾いて、どんなかすかな風にもすぐちりが立ちさうである。わたしの記憶も矢張やはりこの白い土のやうに乾いてた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
私は心のびるのを感じた。同時に自説は曲げずにゐても、矢張やはり文献に証拠のないのが、今までは多少寂しかつたのを知つた。(二月三日)
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
たいした事は無いがこの家は全然そつくりお前に譲るのだ、お前は矢張やはり私の家督よ、なう。で、洋行も為せやうと思ふのだ。必ず悪く取つては困るよ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
次に今の文壇で長塚君を除いたら誰が書けるだろうと物色して見た。すると矢張やはり誰にも書けそうにないという結論に達した。
『マア、左様さうで御座いますか!』と一層驚いて、『わたしもアノ、其家そこへ参りますので……渡辺さんの妹様いもうとさんと、私と矢張やはり同じクラスで御座いまして。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
中國四國九州の探題の公用方なれば矢張やはり御直參ごぢきさん同樣どうやうに候と答へける戸村しからば御城代諸司代御老中と夫々の公用人何れも帶劔を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しからば矢張やはり失戀しつれんであらう! ぼくはおきぬ自分じぶんもの自分じぶんのみをあいすべきひとと、何時いつにか思込おもひこんでたのであらう。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
半時間毎はんじかんごとくらいかれ書物しょもつからはなさずに、ウォッカを一ぱいいでは呑乾のみほし、そうして矢張やはりずに胡瓜きゅうり手探てさぐりぐ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
老人のもとを問いしは藻西太郎にあらずして藻西に似たる別人なること明かなれば、老人を殺せしも矢張やはり其別人にして藻西の無罪は明白に分り来らん
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
夜の目も寝ずに五十両たらずかと思うても、矢張やはりまとまった金だ。持て帰って、古箪笥ふるだんすの奥にしまって茶一ぱい飲むと直ぐ畑に出なければならぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それゆゑ規則きそくでやつたこと何處どこへも通用つうようするといふわけにはまゐりません。矢張やはり本人ほんにん獨立心どくりつしんまかせなければなりません。
女教邇言 (旧字旧仮名) / 津田梅子(著)
古今の哲學者及審美學者が用ゐなれたる理想の語は矢張やはりその用ゐなれたる義に使はるゝこと止まざるべく、逍遙子は斷えずこれと戰はざること能はず。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
息子むすこ嗜好すき色々いろ/\もの御馳走ごちさうして「さて、せがれや、おまへ此頃このごろはどうしておいでだえ。矢張やはりわるしわざあらためませんのかえ。」となみだながらにいさめかけると
やたらに水を飲んだもので、とうとう翌日に下痢げりで苦しんだよ、それ故まあ、一時はおどかしてやったものの矢張やはり私の方が結句けっく負けたのかも知れないね。
狸問答 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
初め我がしかおもひしは、其髮の黒く、其瞳の暗きと其境界とのために惑はされしのみ。今思へば姫は矢張やはり基督教の民なり。終には樂土に生るべき人なり。
初めから大丈夫だねい大丈夫だねと云ってた、十二のが、矢張やはり安心し切れないと見え、そう云うのであった。
大雨の前日 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
私は其人の傍へ下りて行つて伯林で降りる事をもう一度交渉して見て下さいと頼んだ。紳士は直ぐ來て呉れてボオイにさう云つて呉れたが矢張やはり駄目だと云ふ。
巴里まで (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
その友達は矢張やはり西洋人で、しかも僕より二つ位としが上でしたから、身長せいは見上げるように大きい子でした。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
襖で立切つた三畳は矢張やはり薄暗い。そこに坐つて封筒を張つている弟の姿がボンヤリと見える。紙の音の断続。その側にヂツト正面を向いて坐つている阪井の姿。
疵だらけのお秋 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
かういふ考が矢張やはり私の心にあつた。私の足の下には堅い、確かな、それで温かい土がある。私のかかとをとほしてその土のもつ深い喜びと沈静とが私の脈搏に通ふ。
愛は、力は土より (新字旧仮名) / 中沢臨川(著)
小生なども道の事をば修行中なれば、矢張やはりおきみさん同様の迷もをりをり生じ候へども、決して其迷を増長せしめず候。迷といふもしき事といふにはあらず。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
私には如何どうしてもそれが冗談として打消うちけされない、矢張やはり何か一種の神秘作用としか思われないのである
頭上の響 (新字新仮名) / 北村四海(著)
これは矢張やはり自分のまよいであったかと思って、悠然と其処そこを出て、手を洗って手拭てぬぐいで手を拭きながら、一寸ちょっと庭を見ると彼はあっと驚いた、また立っていたのだ、同じ顔
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
そこで、その翌晩は二人がその室に寝たら、一人は矢張やはり前晩の通り見たが、一人は非常にうなされた。
取り交ぜて (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
やがてほっという息をいてみると、蘇生よみがえった様にからだが楽になって、女も何時いつしか、もう其処そこには居なかった、洋燈ランプ矢張やはりもとの如くいていて、本が枕許まくらもとにあるばかりだ。
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
回目くわいめには矢張やはり其人數そのにんずで、此方こちらシヨブルや、くわつてたが、如何どううまかぬものだから、三回目くわいめには汐干しほひときもちゐた熊手くまで小萬鍬せうまんくわ)が四五ほんつたのを持出もちだしたところ
お花を連出すときも、男女ふたりの遊び場所は矢張やはり同じお茶屋であったが、お島はお花と一緒に、浅草へ遊びにやって貰ったりした。お島はお花とくるまで上野の方から浅草へ出て往った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
殊にこの辺では、此ごろ大分、日本式の庭園や植物に興味をもって、ジャルディノ・ジャポネーゼなんて、名のりをあげてるのが少なくないが、矢張やはり日本に於ける洋式庭園と同じくで
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
しや事業熱はめても、失敗を取返へさう、損害をつくのはうといふ妄念まうねんさかんで、頭はほてる、血眼ちまなこになる。それでも逆上氣味のぼせぎみになツて、危い橋でも何んでもやたらと渡ツて見る………矢張やはり失敗だ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
此困難な為事しごとの全部を今の裁判官に任せてしまつてあるのが、そもそも誤判を生む原因である。陪審制度はそこの欠点を補はうとするのが目的だ。陪審官も人間であるから、矢張やはり神通力がない。
畜生道 (新字旧仮名) / 平出修(著)
だい五の怪動物くわいどうぶつは、人間にんげん想像さうざう捏造ねつざうしたもので、日本にほんぬえ希臘ぎりしやのキミーラおよびグリフインとうこれぞくする。りう麒麟等きりんとう此中このなかるものとおもふ。天狗てんぐ印度いんどではとりとしてあるから、矢張やはり此中このうちる。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
「それはわたくしにも判りませんよ。」と、半七は矢張やはり笑つてゐた。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
紙には矢張やはり粟田爺さんの手らしく
青年僧と叡山の老爺 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
... 説明した処で、けっきょく矢張やはり解らないでしょうよ」問「では解ったとして置いて、その『今日の思想』なるものは、大衆文芸のみならず、純文芸へも織り込む可きでしょう?」答「それは云うまでもありません。だが併し大衆文芸へは、特に織り込まなければならないのです」問「それはどうしたわけでしょう?」答
大衆文芸問答 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
後考に拠れば、三宝は矢張やはり三方から来たものらしく、梓山で甲武信岳を三方山と唱えていたことが、三度目の登山の時に判然した。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
目をあげて見れば、空とても矢張やはり地の上と同じやうに、音も無ければ声も無い。風は死に、鳥は隠れ、すゞしい星の姿ところ/″\。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
世の人は少年少女を目して日の社会の一員だと考へる様ですが、自分は彼等をもつ矢張やはり現在の社会の若き一員だと考へる所から
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
どうか承わりますれば新規お抱えに相成った權六と申す者と前々から知るお間柄ということを一寸屋敷で聞きましたが、御生国ごしょうこく矢張やはり美作で
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
氷嚢ひようなうや、注射ちうしやより、たゞかみつめたいのが、きつけにつて、幾度いくたびも、よみがへり、よみがへり、よみがへたびに、矢張やはりおなところに、ちやんとひざんでます。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
町には矢張やはり樺火かばびが盛んに燃えてゐた。彼は裏口から廻つて霎時しばしお利代と話した。そして石炭酸臭い一封の手紙を渡された。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかし其れにもかゝはらず東京市中の散歩に於て、今日こんにちなほ比較的興味あるものは矢張やはり水流れ船動き橋かゝる処の景色である。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それから二月経過たつと磯吉はお源と同年輩おなじとしごろの女を女房に持って、渋谷村に住んでいたが、矢張やはり豚小屋同然の住宅すまいであった。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
不断ふだん今頃いまごろもううちかへつてゐるんだらう。此間このあひだ僕がたづねた時は大分だいぶおそかつた様だが」と聞いた。すると、平岡は矢張やはり問題を回避くわいひする様な語気で
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)