よご)” の例文
ある者は手車に荷物を積んでその上に老人をのせている。そのすべてが、煙をくぐりぬけたためか、着物も皮膚も薄黒くよごれている。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
つちうへらばつてゐる書類しよるゐ一纏ひとまとめにして、文庫ぶんこなかれて、しもどろよごれたまゝ宗助そうすけ勝手口かつてぐちまでつてた。腰障子こししやうじけて、きよ
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
女等をんならみな少時しばし休憩時間きうけいじかんにもあせぬぐふにはかさをとつて地上ちじやうく。ひとつにはひもよごれるのをいとうて屹度きつとさかさにしてうらせるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
またあるときは、はえのよごれたあしからだをきたなくされることをいといました。しかし、それをどうすることもできなかったのです。
くもと草 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ほこりよごれた硝子がらす窓には日が当たって、ところどころ生徒の並んでいるさまや、黒板やテーブルや洋服姿などがかすかにすかして見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
いつ見てもきたないといわれ、それが大々的にお化粧けしょうをした時でさえそうなのだから、彼は一番よごれたところだけけばいいのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
石原は太股ふとももを半分泥によごしただけで、岸に着いた。獲ものは思い掛けぬ大さの雁であった。石原はざっと足を洗って、着物を着た。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
商売している以上、体はどうも仕方がない、よごれた体にも純潔な精神的貞操が宿り、金の力でもそれをうばうことはできないのだと。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
牧師は死ぬる時は天国にまで持つてく積りで、この世では成るべくよごすまいとして、いつも小腋に抱へ込んで歩いてゐたものだ。
浩一は山高帽と、よごれたモーニングの広い肩を見ながら歩いていた。すると、サンドイッチ・マンが、大きなガラスの前で立ち止まった。
女妖:01 前篇 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
子供のように、泣きながらどろの上を引きずられて来たよごれた手で、足の裏を時々ガリガリやりながら思い出したようにシャックリをする。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
昨日からのかなりの疲れのなかにも、清々すが/\しく樂しかつた氣分が、たちまちよごれて行き、元氣まで失はれて行くやうな氣がした。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
着物は雪との対照であくまできたなくよごれて見えるようなのを着て、寒そうに何か小さい物に火を入れてそでの中で持ちながらついて来た。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
僧徒らの衣形は、誤ち求めて山に入りたる若僧を除き、ことごとく蓬髪ほうはつ裸足はだしにして僧衣よごれ黒みたれど、醜汚の観を与うるに遠きを分とす。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
熊かと疑うばかりに顔中鬚茫々ひげぼうぼうで、その両眼は炯々けいけいとして野獣のように輝いているという怪人物、身にはよごれきった洋服を着
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
庭に行って見ると、よごれた雪の上に降りそそぐ音がする。屋外そとへ出て見ると、残った雪が雨のために溶けて、暗い色の土があらわれている。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そんな事をすれば三甚の顔をよごすようになるという訳を、かれは繰り返して説明すると、お力もこの上に押し返して云うすべもなかったらしく
半七捕物帳:64 廻り灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あはれ果敢はかなき塵塚ちりづかうちに運命を持てりとも、きたなきよごれはかふむらじと思へる身の、なほ何所いづこにか悪魔のひそみて、あやなき物をも思はするよ。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それが私の性分でございます。よごれたものは、少しの間でも、ヂツとして着てはゐられません。それに血のついたものなどを
いつも両側のよごれた瓦屋根かはらやね四方あたり眺望てうばうさへぎられた地面の低い場末ばすゑ横町よこちやうから、いま突然とつぜん、橋の上に出て見た四月の隅田川すみだがは
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ねえ、汚點しみよごれもない追憶といふものは素晴すばらしい寶玉ですね——んでも盡きない清らかな元氣囘復のみなもとですね。さうぢやありませんか。
といって、はちかつぎをつかまえて、むりに着物きものをぬがせて、よごれたひとえものを一まいせたまま、してしまいました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
屋根の上のなめらかな白い雪の蒲団と、地面の上のややよごれた雪とに対照して、家の正面は可なり黒く、窓は一層黒く見えた。
かばんよごれたのが伊達だてなんですとさ。——だからあたらしいのを。うぞ精々せい/″\いためてくださいな。」う一つ落着おちついたのは
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
男は、ほっとしたようにつぶやき、むぎわらや空籠あきかご空箱あきばこで、すっかり部屋へやよごれてしまったのも、気かつかぬようだった。
炊事によごれたエプロン姿で男——犯人——と他人の家の軒下で性行為を行ない、そのまま殺されていた一事でもわかる。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
むすめの花子さんは十五さいでしたか、豊頬黒瞳ほうきょうこくとう、まめまめしく、ぼく達のよごれ物の洗濯せんたくなどしてくれる、可愛かわいらしさでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
彼らは、これらの器物をよごさないように、気にしながら、たちまちのうちに第一のさらをあけて、第二番目が注文された。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
親から貰った身体をよごしてしまって今更取り返しのつく話ではないが、時世の変ったこの頃では気恥かしくてうかうかとは裸にもなれない始末です。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
徳市は十円の紙幣を下渡さげわたされて拘留所を出た。よごれた紳士姿のままボンヤリと当てもなくうなだれて歩き出した。長い事歩いてのち静かな通りへ来た。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
もし内裏だいりなら、今ごろは、藤の花の匂う弘徽殿こきでん渡殿わたどのにこの黒髪もさやかであろうと思うにつけ、妃たちは、ねばよごれ髪にさわってみては、女同士で
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひめ身内みうちよごしたおそろしい殺人者ひとごろしおもうてはゐやらぬか? 何處どこにぢゃ? なんとしてぢゃ? わしの内密妻ないしょづまやぶれたたがひの誓文せいもんなんうてぢゃ?
ちょっと米法山水べいほうさんすい懐素かいそくさい草書そうしょしろぶすまをよごせる位の器用さを持ったのを資本もとでに、旅から旅を先生顔で渡りあるく人物に教えられたからである。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
関翁を先頭せんとうにどや/\入ると、かたばかりのゆか荒莚あらむしろを敷いて、よごれた莫大小めりやすのシャツ一つた二十四五の毬栗頭いがぐりあたまの坊さんが、ちょこなんとすわって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
へい/\。主「足がよごれてるな……これ/\徳次郎とくじらう/\。徳「はい。主「此処こゝての、此乞食このこじきの足を洗つてれ。徳「乞食こじきあしイ……ンー/\/\。 ...
折柄警部は次のにて食事中なりしかば其終りて出来いできたるを待ち突如だしぬけに「長官大変です」荻沢は半拭はんけちにて髭のよごれを
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
しゆあはれめよ、しゆあはれめよ、しゆあはれめよ!』と、敬虔けいけんなるセルゲイ、セルゲヰチはひながら。ピカ/\と磨上みがきあげたくつよごすまいと、には水溜みづたまりけ/\溜息ためいきをする。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
下駄ヲ穿コウトシテ縁側カラ下リル時、一遍ニスラ/\ト下駄ガ穿ケタコトハナイ。必ズヨロケテ沓脱石ニ足ヲ落シ、時ニハ地ベタヲ蹈ミ、足ノ裏ヲよごス。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
雪岡が買った奴だと思ったらいやな気がしたが、ちぇッ! 此奴こいつ姦通するつもりで遊んでやれと思ってよごす積りで呼んでやった。はゝゝゝゝ。君とお宮とを
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
好い著物はよごすといけないからつて、お富どんがみんな鞄の中へしまつてしまつたんでせう。あたし宿屋の貸浴衣の長いのをずるずる引き摺つて逃げ出したの。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
一面にむずかしい文句の書いてある黒板を一度きれいにぬぐい去って、新規にこれをよごそうと試みるのである。
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
白粉花おしろいばな夜中よなかに表をたゝくから、雨戸あまどを明けてふと見れば、墓場の上の狐火きつねびか、暗闇くらがりのなかにおまへの眼が光る。噫、おしろい、おしろい、よごれたよる白粉花おしろいばな
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ほっとしたとたんに、正九郎はあらい立てのズボンをすっかりよごしてしまったことに気がついたのである。
空気ポンプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そのよごれた下着類のにおいは私をむかつかせた。私が眠ると、そのにおいは私の夢の中にまで入ってきて、まだ現実では私の見知らない感覚を、その夢に与えた。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
この二人はよごれたテーブルの片隅かたすみで学校の宿題をしながら、舌を出したり、または、自分たちにまったく無関係なその会話の断片を、小耳にはさんだりしていた。
別に画にみるようなトゲトゲはないが短かい角はある。髪はザン切りにしていた。それがひどくよごれた印袢天しるしばんてん風のものを着て、汚れたひもを帯の代りに締めている。
ばけものばなし (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
娘去る。主人は両手にて顔を覆いいる。娘の去るや否や、一人の男すぐに代りて入来いりきたる。年齢はおよそ主人と同じ位なり。旅路にてよごれたりと覚しき衣服を纏いいる。
かくのごとき淫蕩によごれた心と汚れたる手をもって、クリストの身に触れることは出来ませんでした。
さま/″\の繪馬の古いの新らしいのが、塵埃ほこりよごれたり、雀の糞をかけられたりして並んでゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
これのみは御憎悪おんにくしみの中にもすこし不愍ふびん思召おぼしめし被下度くだされたく、かやうにしたた候内さふらふうちにも、涙こぼれ候て致方無いたしかたなく、覚えず麁相そそういたし候て、かやうに紙をよごし申候。御容おんゆる被下度候くだされたくさふらふ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)