あきな)” の例文
「隣りに住んでをります。夫の伊三郎が親から讓られた家で、そこから本所深川のお屋敷を廻つて、背負ひ小間物をあきなつてをります」
凡そ、村で人気のあるらしく見えるのは、此家と鍛冶屋と、南端近い役場と、雑貨やら酒石油などをあきなふ村長の家の四軒に過ぎない。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
あとのふたりは夫婦者で、孟州は十字の峠茶店で、凄いあきないをやっていた菜園子さいえんしの張青と、その女房、母夜叉ぼやしゃ孫二娘そんじじょうなのである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日本橋、通旅籠町とおりはたごちょうの家持ちで、茶と茶道具一切いっさいあきなっている河内屋十兵衛の店へ、本郷森川宿じゅくの旗本稲川伯耆ほうきの屋敷から使が来た。
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この四、五日ほとんどあきないという商いがなく、従って食事をとるお金もなくなっていたので、私はもう空腹でぺしゃんこになっていた。
おとうさんが十六七歳になりなさつた頃、おとうさんの母親はある都の或る街に住みついて其処そこで小間物をあきなつてられました。
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
手傳てつだひなどするにぞ夫婦は大によろこ餠類もちるゐは毎日々々賣切うりきれて歸れば今はみせにて賣より寶澤がそとにてあきなふ方が多き程になり夫婦は宜者よきもの
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そうしてなかなか商売は繁昌はんじょうして居る。かえってダージリンよりもあきない高は多い。従って上等の物は売れないけれども安物やすものは沢山売れる。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
宝石商ほうせきしょうは、今日きょうはここのみなと明日あすは、かしこのまちというふうにあるきまわって、そのまちいしや、かいや、金属きんぞくなどをあきなっているみせっては
宝石商 (新字新仮名) / 小川未明(著)
すると相応さうおうあきなひもあるから、あきなだかうちよりめて置いて、これを多助なすけあづけたのが段々だん/\つもつて、二百りやうばかりになつた。
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
吉田の弟の店のあるところはその間でも比較的早くからできていた通り筋で両側はそんな町らしい、いろんなものをあきなう店が立ち並んでいた。
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
御覧のとおり、花を売りますものでござんす。二日置き、三日おきに参って、お山の花を頂いては、里へ持って出てあきないます、ちょう唯今ただいま種々いろいろ花盛はなざかり
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また或る人のいへらく右馬の頭らしき人の道のべに立ち、をかしき物ならべあきなひをしつるを見受けしが、夏去るころ見えずなりけるとのみなり。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この乗杉はもともと静岡市きってのしにせの主人で、眼鏡をあきなって地味な家業をつづけていたが、呉服町ごふくちょうの乗杉といえば誰知らぬものもなかった。
その頃、村の尽頭はづれに老婆と一緒に駄菓子の見世みせを出して、子供等を相手に、亀の子焼などをあきなつて、辛うじて其日の生活を立てて行く女があつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
力をあきないにする相撲すもうが、四つに組んで、かっきり合った時、土俵の真中に立つ彼等の姿は、存外静かに落ちついている。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「広海屋さん、この長崎屋は、今、手一ぱいであきないをしていますのだが、それは、よう知っていなさると思うので——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
天稟てんぴんにうけえた一種の福を持つ人であるから、あきないをするときいただけでも不用なことだと思うに、相場の勝負を争うことなどはさえぎってお止めする。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
技を心得た工人の数は多く、あきなう店も栄えております。ただ近頃の品は昔ほどの手堅い性質がなくなってきました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
近くの在所のつじあきなに、五六人の者が寄合って夜話よばなしをしている最中、からりとくぐり戸を開けて酒を買いにきた女が、よく見るとあの娘であった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
其外そのほかの百姓家しやうやとてもかぞえるばかり、ものあきないへじゆんじて幾軒いくけんもない寂寞せきばくたる溪間たにま! この溪間たにま雨雲あまぐもとざされてものこと/″\ひかりうしなふたとき光景くわうけい想像さう/″\たまへ。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
品物しなものあきなひにべつにしてもらないといつてはあさからごろりところがつてることもあるので平均へいきんしてると一にちいくらにもらないのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ほんとうの讃岐さぬき造麻呂みやつこまろといふのでしたが、毎日まいにちのように野山のやま竹藪たけやぶにはひつて、たけつて、いろ/\のものつくり、それをあきなふことにしてゐましたので
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
「ふざけちゃアいけない、何が『様』だ。がまあまあそれはどうでもいい。何をあきなっているんだい?」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あきなっておりましたのですけれど、それが当節じゃヴァーシチカが毎とし材木の買い出しにモギリョフ県まで参らなければなりませんの。その運賃がまた大変でしてねえ!
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
新聞しんぶんながらあきなひするのとおもふてもたれど、はからぬひとゑんさだまりて、親々おや/\ことなればなん異存いぞんいれられやう、烟草たばこやろくさんにはとおもへどれはほんの子供こどもごゝろ
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それはいまから四十年くらいまえ、村の一文あきないやが、坂谷さかだにまで油菓子の仕入れにいった帰り、ろっかん山のきつねにばかされて、まいごになったという事件でありました。
和太郎さんと牛 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
錫蘭セイロンルビイ、錫蘭セイロンダイヤ、エメラルド、見切りて安くあきなはんと云ひつつ客を追ひ歩きさふら商人あきびとは、客室サロンの中にまで満ち申し、ところもあらぬまゝ一隅いちぐうちさく腰掛けれるに
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「初め香料品をあきなっていたユシュルーじいさんの昔の資本もとでだ。」するとボシュエは言った。
男色をあきなうやからに似ていると言われたついでに、男性が男性を侮辱するも一興だろう、とこんな謀叛心むほんしんで——ここへやって来たものだから、なにも特別に執着を感じてはいない。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
喘息病ぜんそくやみの父親と二人の小さな妹、それらの生活が母親だけにかかっていた。仕事といわれるかどうか知らないが、母親は早朝からのふき豆売り、そして夕方はうどんの玉をあきなった。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
我が国の縮商人ちゞみあきびとなどがかぢやの玉の㕝をきゝつたへてあきなひ口をいひしもはかられず。
海陸飛脚の往来櫛歯くしのはくよりもいそがわしく、江戸の大都繁華のちまたにわか修羅しゅらちまたに変じ、万の武器、調度を持運び、市中古着あきなう家には陣羽織じんばおり小袴こばかま裁付たっつけ簑笠みのかさ等をかけならべ
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
路ばたにあきなふ夏蜜柑やバナナ。敷石の日ざしに火照ほてるけはひ。町一ぱいに飛ぶつばめ
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
心ならずもあきないをしまい夕方帰かえって留守中の容子ようすを聞くと、いつつくように泣児なくこが、一日一回もなかぬといわれ、不審ながらもよろこんで、それからもその通りにして毎日、あきないに出向でむくなにとても
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
新吉は小僧と一緒に、打って変った愛想のよい顔をして元気よくあきないをした。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
人柄というものはおかしなもので、こんななんでもない挨拶にも実意がこもっている。ついぞ相客のあったためしはないが、結構あきないはあるのだろう。お婆さんが僕に世間話をしかけることもない。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
共同風呂を設けた処は、酒や雑貨をあきなうかたわら、旅籠はたごを兼ねている家であった。そこは裏の小川から水車で水を汲みあげるので、共同風呂の中には平生いつも木の葉や芥虫ごみむしの死骸などが浮いていた。
風呂供養の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
京橋に南方相手の大きな貿易商、園部そのべ洋行を経営していた園部家の本宅で、英夫の家とも親しくしていたが、あきないに失敗してから、主人公も亡くなり、今は東北の田舎に住んでいるはずだった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「さあ、御見受申したところ……袋物でも御あきないに成りましょうか」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
妹の方はうちで母親と共にお好み焼をあきない、姉の方はその頃年はもう二十二、三。芸名を栄子といって、毎日父の飾りつける道具の前で、幾年間大勢おおぜいと一緒に揃って踊っていた踊子の中の一人であった。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わが心いまだ落ちゐぬにくれなゐの胡頽子ぐみあきなふ夏さりにけり
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
それともダイヤをあきなつたのか?
お父さんは、どうしてもひでは実業家にする。そのためには、今からあきないを覚えていなければいけないって、それでこれを始めたんですよ。
お由良の死骸は、水道橋の橋詰に三文菓子をあきなつてゐるお關の家に擔ぎ込み、そこで檢屍を受けてから飯田町の家へ運ぶことになりました。
で、ここへはツァーラン地方の人もその近所の人も沢山あきないに来て居るです。けれどもそういうことは私はよく知らなかった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
なす治助なるか御意ぎよいに御座りますと答るにコレ此請取に覺えあるかと尋ねければ治助は是を見て此請取は昨日さくじつ廣小路ひろこうぢの店にてあきなひを致し手付てつけ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
エヘヽヽおもてとほ女子達をなごたちみな立留たちどまくらゐのもんで、ういふ珠揃たまぞろひのお方々かた/″\世辞せじあきなひしてらつしやるところかひましたのは手前共てまいども仕合しあはせ
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「このしろおおきいのは、小笠原島おがさわらじまからきたのですよ。みんな、とおみなみほうからきたものばかりです。」と、やどかりをあきなうおばさんは、いいました。
ある夜の姉と弟 (新字新仮名) / 小川未明(著)
旅人 東京でつまらないあきないをしていましたが、それももうめてしまって……。(我をあざけるように。)まあ、与太者よたものかルンペンだと思ってください。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)