たゝず)” の例文
うちよりけておもていだすは見違みちがへねどもむかしのこらぬ芳之助よしのすけはゝ姿すがたなりひとならでたぬひとおもひもらずたゝずむかげにおどろかされてもの
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
箪笥の前に小柄な女がたゝずんでいた。年の頃は二十七、八で、男勝りを思わせるような顔は蒼醒めて、眼は訴えるように潤んでいた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
夜の更けかゝつた風が、泣きたい思ひの私の両脇りやうわきを吹いて通つた。私は外套のそでき合せ乍ら、これからどうしようかと思つてたゝずんだ。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
今しも彼がたゝずんでゐる波止場の石段の下には近海通ひの曳船ひきふねが着いたところだつた。田舎風ゐなかふうの男女の客が二十人ばかり上つた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
手を伸べて燈をき消せば、今までは松の軒にたゝずみ居たる小鬼大鬼共哄々と笑ひ興じて、わが広間をうづむる迄に入り来れり。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
小池はさうやつて、三つ四つ五つのもみつぶしてから、稻の穗をくる/\と振り𢌞はしつゝ、路傍みちばたたゝずんで、おくれたお光の近づくのを待つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ふね下流かりうちると、暮雲ぼうんきしめて水天一色すゐてんいつしよく江波かうは渺茫べうばうとほあしなびけば、戀々れん/\としてさぎたゝずみ、ちかなみうごけば、アヽすゞきか? をどつた。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
悪い奴は悪い奴で、おやまのうちの軒下へたゝずんで様子を聞くと、おやま山之助は、何かこそ/\話をしている様子でございます。とん/\/\/\。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
をんな研桶とぎをけうたとの二つのこゑ錯綜さくそうしつゝあるあひだにも木陰こかげたゝずをとこのけはひをさとほどみゝ神經しんけい興奮こうふんしてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
廓の門を守れる兵士に敬禮せられて、我は始めてこゝは猶太街の入口ぞとさとりぬ。その時門の内を見入りたるに、黒目がちなる猶太の少女あまた群をなしてたゝずみたり。
狹い路地に入ると一寸たゝずんで、蝦蟇口がまぐちの緩んだ口金を齒で締め合せた。心まちにしてゐた三宿みしゆくのZ・K氏の口述になる小説『狂醉者の遺言』の筆記料を私は貰つたのだ。
足相撲 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
夫 (それにかまはず)「が、そこにたゝずむものとてはほかにないから、男ごころをときめかす香りも、伊太郎以外には、たゞいたづらに暗きにたゞよひ、吹き消されるばかり」
世帯休業 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
更にきてはたけの中にたゝずむ。月はいま彼方かなた大竹薮おほだけやぶを離れて、清光せいくわう溶々やう/\として上天じやうてん下地かちを浸し、身は水中に立つのおもひあり。星の光何ぞうすき。氷川ひかわの森も淡くしてけぶりふめり。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
さまことなる人の丈いと高く痩せ衰へて凄まじく骨立ちたるが、此方に向ひて蕭然せうぜんたゝずめり。
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
つつましやかな氣持で甲板かんぱん一隅ひとすみにぢつとたゝずみながら、今まで心の中に持つてゐた、人間的なあらゆるみにくさ、にごり、曇り、いやしさ、暗さを跡方あとかたもなくふきぬぐはれてしまつたやうな
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
平次は飛んで出ると、宵闇の中に、襤褸切ぼろきれのやうにたゝずむ中老人を引入れました。
余は彼の燈火ともしびの海を渡り来て、この狭く薄暗きこうぢに入り、楼上の木欄おばしまに干したる敷布、襦袢はだぎなどまだ取入れぬ人家、頬髭長き猶太ユダヤ教徒のおきな戸前こぜんたゝずみたる居酒屋、一つのはしごは直ちにたかどのに達し
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
柔かい青葉に充ちた外の色に対してたゝずむと、何だかその青い色が、人の感情を吸ひ集めでもするやうに、すが/\しい中にも何となく物の哀れになつかしいやうな心持がけむつて、なんでもない
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
宗助そうすけ二人ふたりもんまへたゝずんでゐるとき彼等かれらかげまがつて、半分はんぶんばかり土塀どべいうつつたのを記憶きおくしてゐた。御米およねかげ蝙蝠傘かうもりがささへぎられて、あたまかはりに不規則ふきそくかさかたちかべちたのを記憶きおくしてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
両腕をしつかり胸に組んで、たゝずんでゐるではございませんか。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
並木のかげたゝず
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
杖とたゝずむ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
まつかげに、のち時々とき/″\二人ふたりしてたゝずむやうに、民也たみやおもつた、が、はゝにはうしたをんなのつれはなかつたのである。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
萬世橋よろづよばしまゐりましたがおたく何方どちらかぢひかへてたゝず車夫しやふ車上しやじやうひとこゑひくゝ鍋町なべちやうまでとたゞ一言ひとこと車夫しやふきもへずちからめていま一勢いつせいいだしぬ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
手水場ちょうずば上草履うわぞうりいて庭へり、開戸ひらきを開け、折戸のもとたゝずんで様子を見ますと、本を読んでいる声が聞える。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
情婦はボックスの外にたゝずんでゐるので、細君はまんざら知らない間柄でもないその情婦に近づいて言葉をかけた。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
思い切ってその窓を離れた彼は、更に新橋の方へ歩みを進めて、今度は大きな時計店の前にたゝずんだ。彼は又金側時計が欲しいと思った。然し無論買うのではない。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
子供等こどもらあひだまじつて與吉よきちたがひ身體からだけるやうにしてんだ。村落むらものんでるうしろから木陰こかげたゝずんで乞食こじきがぞろ/\と曲物まげもの小鉢こばちして要求えうきうした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
暫し避けてたゝずむ程に、さきの車又かへり路に我を見て、再び「コンフエツチイ」を投げかけたり。
なんぢは空しき白日の呪ひに生きよ!——こんなふうの詩とも散文とも訳のわからない口述原稿を、馬糞ばふんの多い其処の郊外の路傍にたゝずんで読み返し、ふと気がつくと涙を呑んで
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
偖主人の鬼一殿は何処におはすぞと見てあれば、大玄関の真中に、大礼服のよそほひ美々しく、左手ゆんで剣𣠽けんぱを握り、右に胡麻塩ごましほ長髯ちようせんし、いかめしき顔して、眼鏡を光らしつゝたゝずみたまふが
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
庭木戸を押し開けて入ると、中は小大名の下屋敷ほどの豪勢さ、泉石のたゝずまひも尋常でなく、縁側のすみ、座敷のくまに、二人三人の男女が、額をあつめて何やらコソコソと話して居るのです。
仲間ちゅうげん仰向あおむけになって見ると驚きました。かたわらに一本揷ぽんさしの品格のい男がたゝずんで居るから少しおくれて居ました。
お秋さんは人に好かれるといふのは極つて居ることなのだ。自分は規則正しく植ゑられた櫻の木の青葉の蔭にたゝずんで待つて見たがどういふものかお秋さんは遂に來ない。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
をさなかりし程は、母上我に怪我せさせじとて、とある街の角にたゝずみて祭のさかりを見せ給ひしのみ。
下女のお徳は、平次に呼留められて、キヨとんと階子段はしごだんの下にたゝずみました。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
厚く礼を述べ白翁堂の家を立出たちいで、見え隠れに跡をつけ、馬喰町へまいり、下野屋の門辺かどべたゝずみ待ってるうちに、供の者が買ものに出てきましたから、孝助は宿屋にはい
恥しいのも寒いのも打忘れて極月ごくげつヒュー/\風の吹きまするのをもいとわず深更しんこうになる迄往来なかたゝずんで居て、人の袖にすがるというは誠に気の毒な事で、人も善い時には善い事ばかり有りますが
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
斯う庭のおも見詰みつめますと、生垣の外に頬被ほゝかぶりをした男がたゝずんでる様子、能々よく/\透かして見ますると、飽かぬ別れをいたしたる恋人、伊之助いのすけさんではないかと思ったから、高褄たかづまをとって庭下駄を履き
待てよ、先刻せんこくから表にたゝずんだまゝ近寄らぬ処を見れば、日頃女房に恋いこがれている我が心に附け入って、狐狸こりのたぐいが我をたぶらかすのではないか知らん、いや/\全く人かも知れぬ、兎も角も声を
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と思ってたゝずんで居りますと、うしろから女郎屋じょろや若衆わかいしゅ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)