さか)” の例文
かれは、女のことばが、いちいち、村上賛之丞のかわりになって、棘々とげとげしく、自分に、責め、さからって来るように思われてならない。
野槌の百 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かたつかんで、ぐいとった。そので、かおさかさにでた八五ろうは、もう一おびって、藤吉とうきち枝折戸しおりどうちきずりんだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
さかしまに天国を辞して奈落の暗きに落つるセータンの耳を切る地獄の風はプライド! プライド! と叫ぶ。——藤尾は俯向うつむきながら下唇をんだ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あんまりあの男の意志にさからうと、心臓が昂進こうしんして悪いのですが、お差支さしつかえなかったら、あの男を一応帰らしたらと思うんですが——。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それをお皿の上にさかさにして笠の裏を出して砂糖を少し振りかけておくと蠅がその匂いをぎつけて沢山あつまって来てそのつゆめます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
五百はまだ里方さとかたにいた時、或日兄栄次郎が鮓久すしきゅうに奇な事を言うのを聞いた。「人間はよるさかさになっている」云々といったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
昔ある学者は、光の速度よりもはやい速度で地球から駆け出せば宇宙の歴史をさかさまにして見られるというような寝言を言った。
映画の世界像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「世の中には外道げどうさか恨みと云って、自分の悪いのを棚にあげて、人を恨む者もありますからね。何かそんな心あたりでもありますかえ」
友之助はツベコベ言つて、さかねぢでも喰はせたことだらう、我慢のなりかねた主水は傍にあつた友之助の脇差を取つて一ト思ひに突いた。
ひるすぎに、ちょっとさしかけた薄陽は、また雨雲にとざされ、墨色の荒天の下に、冬の海が白い浪の穂を散らしてさか巻いている。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
父は見下だすように彼を見やりながら、おもむろに眼鏡をはずすと、両手で顔をさかなでになで上げた。彼は憤激ではち切れそうになった。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ハテ、めうことをんなだとわたくしまゆひそめたが、よくると、老女らうぢよは、何事なにごとにかいたこゝろなやまして樣子やうすなので、わたくしさからはない
これがむくい一一三虎狼こらうの心に障化しやうげして、信頼のぶより隠謀いんぼうにかたらはせしかば、一一四地祇くにつがみさかふ罪、さとからぬ清盛きよもりたる。
兄の申すことには私もさからうことが出来ず、大阪に足をめまして、緒方おがた先生の塾に入門したのは安政二年卯歳うどしの三月でした。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
お源は負けぬ気性だから、これにはむっとしたが、大庭家にけるお徳の勢力を知っているから、さからっては損と虫をおさえて
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ここはもう初秋しょしゅうにはいっています。僕はけさ目をました時、僕の部屋の障子しょうじの上に小さいY山や松林のさかさまに映っているのを見つけました。
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かれ黄の百合をおほやけの旗にさからはしむればこれ一黨派の爲にこれを己がものとなす、いづれか最も非なるを知らず 一〇〇—一〇二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
彼はそれにさからわなかった。二人はしばらく耳をかたむけていると、風と電線との音が実際怪しくきこえるのであった。
私の持前の気弱さからどうしてもさからってはいけないような気持になりながら、暗黒の中で両腕を握られたまま、固くなって俛首うなだれておりました。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼等は久くこの細語ささめごとめずして、その間一たびも高くことばいださざりしは、互にそのこころさかふところ無かりしなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
やあ、あんな高いところで、よくあんな芸当ができるものだなあ。あんな綺麗なかおをした娘がさかさになって、足でたらいを組み上げて、その上で三味線を
家つき娘だから、代々村一番だった堀尾家の旗色が少しでも悪いと、狂人きちがいのようになる。正晴君は決してさからわない。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
と云いながら八右衞門の手をさかねじって其処そこへ投げ付け、草鞋穿きの儘でドッサリと店先へ上り、胡坐あぐらをかきまして
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
波打際のベンチにはロシヤ人の疲れた春婦たちが並んでいた。彼女らの黙々とした瞳の前で、潮にさからった舢舨サンパンの青いランプがはてしなく廻っている。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
皆天には霧の球、地には火山の弾子だんし、五合目にして一天の霧やうやれ、下によどめるもの、風なきにさかしまにがり、故郷を望んで帰りなむを私語さゞめく。
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
それから蜥蜴の腹をさかさに撫でるに滑らかなれど、蛇の腹を逆撫ですると鱗の下端が指にかかる。また無脚蜥蜴は蛇の速やかに走るに似ず行歩甚だ鈍い。
隅に、短冊たんざくを散らしりにした屏風びょうぶが置いてある。ふと見ると、それが、何時の間にかさかさ屏風になっているのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「猪之が植えたんですよ」と藤吉は勝手口のほうを気にしながら云った、「よく見て下さい、みんなさかさまです」
ところがこの頃退引のっぴきならない事情があって沼南に相談すると、君の事情には同情するが金があればいいがネ、とたもとから蟇口がまぐちを出してさかさに振って見せて
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
わたししや地球ちきうつらぬいて一直線ちよくせんちてくのぢやないかしら!さかさになつてあるいてる人間にんげんなかつたらどんなに可笑をかしいでせう!オー可厭いやなこと
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
あるものは足を吊られて、さかさまに噴気孔に下げられている。それは一幅いっぷく凄惨せいさんな地獄絵図でなくて何であろう。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
「……それに、そんなあきらめ方をしてはいけません! 私はいやよ。私はどうあってもさからうわ。あなたがいつかは幸福になることを、私望んでるのよ。」
また赤倉の谷から水を導いて村の耕地に灌漑かんがいしたのも、同じ大人の力であったと称して、その驚くべき難土木の跡について、さかさ水の伝説を語っている。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
究竟くっきょう捕虜とりこがしはせぬ! 引っ捕えてさか磔刑はりつけ、その覚悟あって参ったか? 返答致せ、えい、どうじゃ⁉
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
勿論これは成り立たない弱者のさかうらみです。しかし現実の生活の中にこれはどの位あるでしょう。本当に、どの位微妙な程度と変化においてあるでしょう。
ひとこころさからわぬような優しい語気ではあるが、微塵みじんいつわは無い調子で、しみじみと心のうちを語った。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
騒々しい人声のなかで、牡山羊は、後脚をぽんとはねてさかだちしたり、首につながれている綱をいっぱいに張って、幹の周囲をぐるぐる駈けまわったりする。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
翌日あくるひまず、民子たみここゝろこゝろならねど、神佛かみほとけともおもはるゝおいことばさからはず、二日ふつか三日みつか宿やどかさねた。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その結婚がまた親にさからった自由結婚だったので、今までは幾らかずつの補助を受けていた親からも全く構ってもらうことが出来なくなり、私は自分の腕一本で
をとこのそれくらゐはありうちと他處よそゆきには衣類めしものにもをつけてさからはぬやうこゝろがけてりまするに、たゞもうわたしこととては一から十まで面白おもしろくなくおぼしめし
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
憂ひの波はよろこびの巨浪きよらうの下に捲かれてしまふのであつた。私は時々さかまく波の彼方にブラウ(バアニアンの『天路歴程』)の丘のやうな美しい岸邊を見たと思つた。
そう申しては口幅っとうございますが、先ずこう申す五郎助七三郎が筆頭で、それから夜泣よなきの半次はんじさかずり金蔵きんぞうけむり与兵衛よへえ節穴ふしあな長四郎ちょうしろう。それだけでございます
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そのあたりの国じゅうで生きたけものの皮をいだり、獣をさかはぎにしたものをはじめとして、田のくろをこわしたもの、みぞをうめたもの、きたないものをひりちらしたもの
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
秋空は高く澄み渡り、強い風にさからうように、とびが一羽ピンと翼を張って悠々ゆうゆうえがいていた。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
かれはしかしわたしを助けようとしたはずみに足をふみはずしたか、足の下の石炭がくずれたか、つるり、傾斜けいしゃの上をすべって、まっさかさまに暗い水の中に落ちこんだ。
ところが、にんじんは、ずるいことをやる。誰にもさからうまいとして、軽く腰をかがめるのである。これで、心もち高低のあるところへ、ちょっぴり、差が加わるのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
友人は余を信ずるを以てあえて余の彼がことばに従わざるを忿いからずといえども、余を愛せざる兄弟姉妹(?)の眼よりは余は聖典の教訓にさからいしもの、基督より後戻あともどりせしもの
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
さかさまに眺めている始末で、結局いかんとも我々の手には負えぬことがわかったのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
寝台には、掛蒲団がなく、マトラスだけになつてゐるところ、テーブルの上に椅子が一脚、さかさまに載せてあるところ、この部屋が、今誰にも使はれてゐないことを示してゐる。
モノロオグ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
然れども吾人詩学的のがんつて之をるときは、キリストと雖も明白なる罪過あるなり。彼はユダヤ人の気風習慣にさかひ、時俗に投ぜざる、時人の信服を買ふ能はざる説を吐けり。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)