かげ)” の例文
彼はその宿屋の門口に、朝から晩まで腰をすえ、日光を避けて、いつも大きな木のかげに入っているようにするほかには動かなかった。
自分のおすわった師匠がその電気を取りいで、自分に掛けてくれて、そのおかげで自分が生涯ぴりぴりと動いているように思っている。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かたがたわたくしとしてはわざとさしひかえてかげから見守みまもってだけにとどめました。結局けっきょくそうしたほうがあなたのめになったのです……。
「実は今夜突然、竹屋三位様が寮へお越しになりました。で明晩のことについて、お家様もかげながらひどくご心配いたしております」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうしてその刺戟は過敏にされた神経のおかげにほかならないと考えた。ではお延の行為が彼の神経をそれほど過敏にしたのだろうか。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
げに珍しからぬ人の身の上のみ、かかる翁を求めんには山のかげ、水のほとり、国々にはさわなるべし。されどわれいかでこの翁を忘れえんや。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その友だちの植えたひのきの木ももうかげをなしていたが、最近行った時には、周囲の垣がこわれて、他の墓との境界がなくなっていた。
『田舎教師』について (新字新仮名) / 田山花袋(著)
大部分は朽ちてしまったあとの少し残った透垣すいがきのからだが隠せるほどのかげへ源氏が寄って行くと、そこに以前から立っていた男がある。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
雪割草ゆきわりそうは、だれかとおもって、そのほうると、しゅろちくかげから、うすあかいほおをして、桜草さくらそうわらいながらいっているのでありました。
みつばちのきた日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かげから、すらりとむかうへ、くまなき白銀しろがねに、ゆきのやうなはしが、瑠璃色るりいろながれうへを、あたかつき投掛なげかけたなが玉章たまづさ風情ふぜいかゝる。
月夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
少し意地悪い人にったら、「西洋の旦那」という言葉のかげには、封建性が骨までみ込んだ一種の卑屈さがあるといわれるであろう。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼女のほおは、入日時いりひどきの山脈の様に、くっきりとかげ日向ひなたに別れて、その分れ目を、白髪しらがの様な長いむく毛が、銀色に縁取へりどっていた。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「さうですか。どうもありがたうございました。おかげさまでございます。」署長はまるで飛ぶやうにおもてに出てまた戻って来た。
税務署長の冒険 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
すると佐川二等兵は複雑なかげの見られる微笑を浮べながら、大丈夫ですよ、と簡単に答えた。その時は私もホッとした思いに置かれた。
この頃のこんな田舎暮しのおかげで、そう言った私の暗い半身は、もう一方の私の明るい半身に徐々じょじょに打負かされて行きつつあったのだ。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
中折帽の庇下ひさししたからチラチラ光っている無感動な冷たい眼や、鉄柱のかげで一人一人に薄笑いを浴びせている若いモダンボーイ風のや……。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
振乱す幽霊の毛のように打なびく柳のかげからまたしても怪し気なる女の姿が幾人いくたりと知れず彷徨さまよで、何ともいえぬ物哀ものあわれな泣声を立て
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「やあ! おかげさまで。」と、勝平は傲然ごうぜんと答えた。『ここにも俺の金の力で動いている男が一人いる。』と、心の中で思いながら。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
これが今日こんにちおほくの石器せつき發見はつけんされる理由りゆうひとつでありまして、おかげ私共わたしどもみなさんととも石器せつきさがしにつても、獲物えものがあるわけです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
かげ名誉めいよたすかった。もう出発しゅっぱつしましょう。こんな不徳義ふとくぎきわまところに一ぷんだってとどまっていられるものか。掏摸すりども墺探おうたんども
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しかし塗るのをその人たちにさとられてはいかないからお手水ちょうずに行くという都合にしてある岡のかげに隠れて油をすっかり塗って来たです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
おれは幽霊に百両の金を持って来ておくんなせえ、わっちども夫婦は萩原様のおかげうやらうやら暮しをつけて居ります者ですから
あなたは、かげではひそかに美味うまいものを食っていたンでしょう? アンナ・カレニナ、復活、ああどうにもやりきれぬおおきさ……。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
好運が急角度で自分の方にきかえり、時節が到来したように思われ、大島のついの不断着のままの銀子を料亭の庭の松のかげに立たせて
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お一層この娘を嫌う※ただしこれは普通の勝心しょうしんのさせるわざばかりではなく、この娘のかげで、おりおり高い鼻をこすられる事も有るからで。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
白糠の宿に帰ると、秋の日が暮れて、ランプのかげ妻児さいじが淋しく待って居た。夕飯を食って、八時過ぎの終列車で釧路に引返えす。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
中には、娘さんや奥様の姿もあった。そうかと思うと、この町では全く見なれない人物が、塀のかげ横丁よこちょうの曲り角に立っていた。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ウドぐらき柳のかげに一軒の小屋あり、主は牧勇蔵と言う小農夫、この正月阿園おそのと呼べる隣村の少女をめとりて愛の夢に世を過ぎつつ
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
かげで聞いているとむしろ浮き浮きしている者のようにさえ感じられた、——これでいい、靱負はそう頷いてほっとしたのであった。
日本婦道記:二十三年 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「それ見ろ、馬鹿七の嘘吐うそつき! 何も出やしないぢやないか。」といつて智慧蔵が大声で呶鳴りました時、向ふの大きなくすの木のかげから
馬鹿七 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
「何がいったい出たのでござるな?」「白刃をさげたたくましい武辺者」「そうしてどこから出たのでござろう?」「あの桜の古木のかげから」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
でもあの人が通り合せたおかげで助かりはしたもののこわいことだったねえ、もうもう気をつけておくれでないとほんに困りますよ
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
僕に向かってはよい顔しながら、かげにまわると悪口する、はなはだいやしむべき人であると思って以来、丙を見てもロクに挨拶あいさつしなくなった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
バルタ 最前さいぜんこの水松いちゐかげ居眠ゐねむってゐますうちに、ゆめうつゝに、主人しゅじんとさるひととがたゝかうて、主人しゅじん其人そのひとをばころしたとました。
そうして子供たちとわかれて、私ひとり石段をゆっくりのぼって来ると、石段の上の、藤棚ふじだなかげにお母さまが立っていらして
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この家の主人らしい、頭に白髪しらがのまじったやさしそうな男の人が衝立のかげから出て来て、木之助と松次郎を見ると、にこにこと笑いながら
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
佐助は何という意気地なしぞ男のくせ些細ささいなことにこらしょうもなく声を立てて泣くゆえにさも仰山ぎょうさんらしく聞えおかげで私が叱られた
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのおかげのことを考えているような意見でも、職工たちの(殊に臨時工の)目先きだけの利益を巧みにつかんでいるのである。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
はたけ作主さくぬしその損失そんしつ以外いぐわいにそれををしこゝろからかげいきほはげしくおこらうともそれはかへりみるいとまたない。勘次かんじせた茄子畑なすばたけもさうしておそはれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
見合せ一せいさけんで肩先より乳の下まで一刀に切放せば茂助はウンとばかりに其儘そのまゝしゝたる處へ以前の曲者くせもの石塔せきたふかげよりあらはれ出るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
うす暗い電灯の中で見るせいか、ずっと前の席に向合って来た青年の顔半分がかげになって、だいぶ年寄りじみた印象に変る。
浴槽 (新字新仮名) / 大坪砂男(著)
男は窓のところに行って、そこのかげになっている処に立っている。蝋燭ろうそくの光は男の足の所にちら付いているだけである。しばらくして男が言い出した。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
このおかげによって山から迎えらるる我々の農神が、家ごとにちがった神であったことが、ほぼ明らかになってくるのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
世に売れている人たちの仕事場などに比べては見るかげもないほどの手狭てぜまな処、当り前ならば、こっちからことばを低くして訪問もすべきであるのを
一曲いつきよく舞ひ納む春鶯囀しゆんあうてん、細きは珊瑚を碎く一雨の曲、風に靡けるさゝがにの絲輕く、太きは瀧津瀬たきつせの鳴り渡る千萬の聲、落葉おちばかげ村雨むらさめひゞきおもし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
あなたのおかげで、わたし共の世界が元どほりに、まつすぐになりましたことは、誠に御礼の申さうやうもないことでございます。
夢の国 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
で、万事うまくいったと見ると、彼女は意気揚々として、こんなに無事におさまっているのは誰のおかげだと言わんばかりに、鼻声で歌い始める。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
その御婚礼の日に、ウイリイは、小さな灰色の馬のところへ行って、みんなお前のおかげだと言ってよろこびました。馬は
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
父は母の歿後ぼつご、後妻ももらわないで不自由をしのんで来たのであったが、かげでは田舎者と罵倒ばとうしている貝原からめかけに要求され
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこで、嫌疑を招くことになり、たった一人のばか者のおかげで、万事がらがらといってしまった! え、いったいこんな話ってあるもんですか?