うるし)” の例文
かつらならではとゆるまでに結做ゆひなしたる圓髷まるまげうるしごときに、珊瑚さんご六分玉ろくぶだま後插あとざしてんじたれば、さら白襟しろえり冷豔れいえんものたとふべきく——
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
うるしのような引き眉に毒々しい頬紅口紅をつけ、青地か紫色の綿紗に黒手袋、白絹模様入りの靴下に白鞣しろなめしの靴のかかとを思い切り高くして
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
右岸に見られるのは、かえでうるしかばならたぐい。甲州街道はその蔭にあるのです。忍耐力に富んだ越後えちご商人は昔からここを通行しました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼の歩調もゆるんだ。丁度ちょうど二人が目的の部屋の前に来たからである。黒いうるしをぬった札の表には、白墨はくぼくで「病理室」と書いてあった。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
返辞をしないので佐兵衛は帳場から立って来て、けやきの角材が、うるしで塗ったように黒くなっている店先のかまちまで出て来て、呶鳴りつけた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うるしの話」として、富岡兼吾の名前が出てゐる。ゆき子は、何時か、おせいの部屋で、富岡から見せられた農業雑誌を思ひ出してゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
是よりいたして雨の降るも風の夜も、首尾を合図におわかの計らい、通える数も積りつゝ、今はたがいに棄てかねて、其のなかうるしにかわの如くなり。
吾輩は波斯産ペルシャさんの猫のごとく黄を含める淡灰色にうるしのごとき斑入ふいりの皮膚を有している。これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と思う。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
師走しわす二十九日、うるしのような闇の中に、その光が水を渡って走ると、どこからともなく河岸に集まった人数がざっと二十人ばかり。
僕はさっきから、このふたのうるしの上に指紋が残っていないかと調べて見たのですが、何もありません。綺麗きれいにふき取ってあります
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
直ぐにはふたを開けるのが惜しい気がして、なおよく見ると、普通にあるような皮籠かわごではなくて、金色のうるしの塗ってある立派な筥であった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
で、そこだけが窪んでいて、二つのたまめ込まれていて、その珠の中央に、うるしが点ぜられていた。それはそっくり眼であった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
玉藻もきょうは晴れやかに扮装いでたっていた。彼女はうるしのような髪をうしろに長くたれて、日にかがやく黄金こがね釵子さいしを平びたいにかざしていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
疲労も不平も洗い流してよみがえったようになって帰る暗闇阪はうるしのような闇である。阪の中程に街燈がただ一つ覚束ない光に辺りを照らしている。
やもり物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
罪の深い悪病のいたずらか、その髪の毛だけを天性のままに残しておいてうるしの垂れるように黒く、それを見事な高島田に結い上げてありました。
そんなはなし最中さいちうにサァーツとおとをたてゝうるしのやうにくらそらはうから、直逆まつさかさまにこれはまた一からすがパチパチえてる篝火かがりびなかちてきた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
昔より云傳いひつたへたりまた里人の茶話ちやばなしにもあしたに出る日ゆふべに入る日もかゞやき渡る山のは黄金千兩錢千ぐわんうるしたる朱砂しゆしやきんうづめありとは云へどたれありて其在處ありどころ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
建物の後は、にれやらならやら栗やら、中にうるしの樹も混ツた雜木林で、これまた何んのにほひも無ければ色彩も無い、まるで枯骨でも植駢うゑならべたやうな粗林だ。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「立花出雲は、添役じゃぞ。」吉良は、うるしのように黒く光る眼を、いそがしくまたたいた。「孫三、出雲から、何がまいったとやらいうたのう——。」
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
うるしを流したような雲で固くとざされた雲の中に、うるしよりも色濃くむらむらと立ち騒いでいるのは古いすぎ木立こだちだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
今日私はうるし細工の驚く可き性質——漆の種類の多さ、製出された効果、黄金、真珠等の蒔絵まきえ、選んだ主題に現われる繊美な趣味に特に気がついた。
いままをした古墳こふんみな圓塚まるづかでありまして、そのなかうるしつたかんうづめ、そのうへおほきな石塊いしころつゝんだものであります。これをいしづかといひます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
巴里パリーの舞踏場でイボンと踊ったうるし塗靴ぬりぐつは化物のように白い毛をふき、ブーロンユの公園の草の上にヘレーネとよこたわった夏外套なつがいとうも無惨な斑点しみを生じた。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かえでだのうるしだのが美しく紅葉している、その葉の色の美しさを示して、自然界の美に驚嘆するように児童の情操を涵養せよというような意味の説明がある。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
二つにはその光沢である。磨けば膚艶がうるしの如く光る。三つには強靱きょうじんさである。横にはけやすいが、縦にはとても強く、並々の力では裂くことが出来ぬ。
樺細工の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そのわきには焦茶こげちゃ色のあわ畑とみずみずしいきび畑がみえ、湖辺の稲田は煙るように光り、北の岡の雑木の緑に朱を織りまぜたうるしまでが手にとるようにみえる。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
戦争の後ですから惨忍な殺伐なものが流行り、人に喜ばれたので、芳年よしとしの絵にうるしにかわで血の色を出して、見るからネバネバしているような血だらけのがある。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
うるしの花だなも」で、たくみさおを操るともの船頭である。白のまんじゅう笠に黒色あざやかに秀山霊水と書いてある。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
すると書斎の鴨居かもいの上に鳶口とびぐち一梃いっちょうかかっていた。鳶口はを黒と朱とのうるしに巻き立ててあるものだった。
死後 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
悠々と歩いているのは頭に青い布を巻いたり、うるし塗りの麦稈むぎわらをかぶったりして、銀の房飾りを肩にかけた原住民族の玀々ロロ族と、乞食の様な貧乏人ばかりだった。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
硫黄泉を源とする酢川すかはの橋から石を投げたりなんぞして、しばらく歩くと、道端に五六本のうるしの木がある。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
あの古い堂のなかで、古い仏像を文字通りにいじくって、臭いうるしの香のうちに毎日を送っているS氏は、いかにも現代ばなれのした人のように感じられていた。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
外はうるしのごとくくらい。ふりかえってみると学校の窓々からこうこうとの光がほとばしっていた。千三は一種の侮辱を感じながら歩くともなく歩きつづけた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ひいさんがふしぎにおもっているうちに、おかあさんは、かまわずその上にまた、ひいさんのからだのかくれるほどの大きなうるしぬりの木鉢きばちを、すっぽりかぶせてしまいました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
従ってこの黒はうるしとか、墨とかいうような種類の色彩ではない、もう少し感じの側に属する黒である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
或は白木しらき指物細工さしものざいくうるしぬりてその品位を増す者あり、或は障子しょうじ等をつくって本職の大工だいく巧拙こうせつを争う者あり、しかのみならず、近年にいたりては手業てわざの外に商売を兼ね
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しるしかさをさしかざし高足駄たかあしだ爪皮つまかわ今朝けさよりとはしるきうるしいろ、きわ/″\しうえてほこらしなり。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
うるしなす濡れ羽色の前髪をちらちらとゆり動かして、すいすいと右と左へ体をかわしつつ、駈け違ったかと見えましたが、左の及び腰になっていたのっぽを先ずぱったり
そして、全体がうるしのような光を帯び、天井などは貫木たるきも板も、判らぬほどに煤けてしまっていて、どこをのぞいてみても、朽木の匂いがぷんぷん香ってくるのだった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
秋雨あきさめはしだいに冷やかに、うるしのあかく色づいたのが裏の林に見えて、前の銀杏いちょうの実は葉とともにしきりに落ちた。いても掃いても黄いろい銀杏の葉は散って積もる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
根笹ねささ青薄あおすすきまじってうるしの木などの生えた藪畳やぶだたみの中へ落ちていばらに手足を傷つけられるかであった。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
坂を下り尽すとまた渓川たにがはがあつた。川の縁には若樹のうるしが五六本立つてゐて、目も覚める程に熟しきつた色の葉の影が、黄金の牛でも沈んでゐるやうに水底みづそこに映つてゐた。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「こういう顔さ。肌は雪のように白く、うるしのような眼に、椿のはなびらよりも紅く可愛いい唇で……」
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
もものなかは空洞になつて、黒いうるしが塗つてあることを考へた。膝から上が桐の木で、膝から下がほほの木で作られて足の形を取る時に、かんなで削つたことを考へたのである。
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
と少しあまえて言う。男は年も三十一二、頭髪かみうるしのごとく真黒まっくろにて、いやらしく手を入れ油をつけなどしたるにはあらで、短めにりたるままなるが人にすぐれて見きなり。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
工場Bは、階下はラッカー工場で、罐にうるしを塗るところで、作業は秘密にされていた。階上は罐をつめる箱をつくるネーリング工場で、側板、妻板、仲仕切りを作っている。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
何週間かかかって国境まで這い戻ると、裸馬に乗せてはるばる甘粛新彊まで送って行き、カラコルムの峠を越えたツァイダムの沙漠の入口で、足のうらにうるしを塗って釈放する。
新西遊記 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
梁柱うつばりはいふもさらなり、籘の一條ひとすぢだにうるしの如く光らざるものなし。の中央に、長さ二三尺、幅これに半ばしたる甎爐せんろあり。かしぐも煖むるも、皆こゝに火焚きてなすなるべし。
皆顔はうるしのように黒くて、そのひとみざくろよりも大きかった。怪しい者は叟をつかんでいこうとした。汪は力を出して奪いかえした。怪しい者は舟をゆりだしたのでともづなが切れてしまった。
汪士秀 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
余は暫し茫然として立ちたりしが、ふと油燈ラムプの光に透して戸を見れば、エルンスト、ワイゲルトとうるしもて書き、下に仕立物師と注したり。これすぎぬといふ少女が父の名なるべし。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)