たちまち)” の例文
皆大いなる大理石の壇に雑草の萋々せいせいと茂れるのみ。天壇の外の広場に出ずるに、たちまち一発の銃声あり。何ぞと問えば、死刑なりと言う。
北京日記抄 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼はいきながら怨靈をんりやうとなれり。その美しき面は毒を吐けり。その表情の力の大いなる、今まで共に嘆きし萬客をしてたちまち又共に怒らしむ。
一たびこれに触れると、たちまち縲紲るいせつはずかしめを受けねばならない。さわらぬ神にたたりなきことわざのある事を思えば、選挙権はこれを棄てるにくはない。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もしくわいたる者も同志之者も御差別なく厳刑に相成候へ、天下正義之者たちまち朝廷を憤怨ふんゑんし、人心瓦解し、収拾すべからざる御場合と奉存候。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかるにおうとのぞみは、ついえずたちまちにしてすべてかんがえ圧去あっしさって、こんどはおも存分ぞんぶん熱切ねっせつに、夢中むちゅう有様ありさまで、ことばほとばしる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
固より根がお茶ッぴいゆえ、その風には染り易いか、たちまちの中に見違えるほど容子ようすが変り、何時しか隣家の娘とは疎々うとうとしくなッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
雨風に悩まさるれば一度は地に伏しながらもたちまち起きあがりて咲くなど、菊つくりて誇る今の人ならぬいにしへの人のまことにでもすべきものなり。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
或は歴史地理の説明にも少し骨を折れば、この考えなどは、たちまち消え失せるものかも知れぬ。が、あまり原由近似なるが故に、試みに記しておく。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
つまが叫んだ。南西からざァっと吹かけて来て、縁はたちまち川になった。妻とおんなあわてゝ書院の雨戸をくる。主人は障子、廊下の硝子窓がらすまどをしめてまわる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
二三日するとニコリフスクの方面から一団の暴徒が来て、たちまちのうちに家を焼き人を殺し強暴のありだけを尽した。町の警察がその暴徒の本部となっていた。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と再び振り向く梅子を、力まかせに松島は引きゑつ、憤怒の色、眉宇びうに閃めきしがたちまちにしてしひおもてやはらげ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
たちまちにして世人の視線をあつめ、未だ読まざるものはもって恥となし、一度読みたるものは嘖々さくさくその美を嘆賞し、洛陽の紙価これがために貴しという盛況を呈した。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
正月七日の夜、某旧識きゅうしきの人の奴僕ぬぼく一人、たちまちに所在を失ひそうろう。二月二日には、御直参ごじきさんの人にて文筆とも当時の英材、某多年の旧識、これも所在を失し、二十八日に帰られ候。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
𤢖わろか。」と、の刹那に市郎はたちまちに悟ったが、敵が余りに近くせまっているので、火をける余裕が無い。彼は右の足を働かして強く蹴ると、敵は足下あしもとに倒れたらしい。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その中をどん/\滑る路を漸々よう/\と登りまして芝原へおやまを引据ひきすえて、三人で取巻く途端、秋の空の変りやすたちまちに雲は晴れ、を漏れる月影に三人の顔をにらみ詰め
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
少女は、たちまちきのう友だちと街を自由に楽しく歩きながら、今日からの夏休に対して、限りない歓楽の想像と、それについていろ/\な約束をしたこと等思出して悲しかった。
咲いてゆく花 (新字新仮名) / 素木しづ(著)
くも脚下あしもとおこるかとみれば、たちまちはれ日光ひのひかりる、身は天外に在が如し。この絶頂はめぐり一里といふ。莽々まう/\たる平蕪へいぶ高低たかひくの所を不見みず、山の名によぶ苗場なへばといふ所こゝかしこにあり。
けれ共たちまち、大きな、毛深い犬のやうなものが山を下りて来て、彼をずたずたに引裂いてしまつた。宝は翌朝、再深く土中に隠れて又と人目にかゝらないやうになつて仕舞つた。
それは外でもない、何となく家に這入はいりづらいと言う心持である。這入りづらい訣はないと思うても、どうしても這入りづらい。躊躇ちゅうちょする暇もない、たちまち門前近く来てしまった。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
よりて以て盟ひてのたまはく、若しちかひたがはば、たちまちに朕が身をうしなはむ。皇后の盟ひたまふことた天皇の如し。丙戌ひのえいぬ車駕すめらみこと宮にかへり給ふ。己丑つちのとうし、六皇子共に天皇を大殿おほとのの前に拝みたまふ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
万年草まんねんそう 御廟のほとりに生ずこけたぐひにして根蔓をなし長く地上にく処々に茎立て高さ一寸ばかり細葉多くむらがりしょうず採り来り貯へおき年を経といへども一度水に浸せばたちまち蒼然そうぜんとしてす此草漢名を
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
続飯を練ったあとの板は、たちまちにこびりついてかちかちにこわばってしまう。だからなるべく早く洗い落す必要がある。この句は「滝」という字を用いてはあるが、勿論本物の滝ではない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
するとたちまち林の奥から、女や男の騒がしい声が、はっきりと聞えて参りました。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
看上みあぐるばかりの大熊手おほくまでかつぎて、れい革羽織かはばおり両国橋りやうごくばしの中央に差懸さしかゝ候処そろところ一葬儀いちさうぎ行列ぎやうれつ前方ぜんほうよりきたそろくるによしなくたちまちこれ河中かちう投棄なげすて、買直かいなほしだ/\と引返ひきかへそろ小生せうせい目撃致候もくげきいたしそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
かこかなしむさま如何いかにも不便ふびんと思ふよりたちまちくるふ心のこまやゝ引止ひきとめん樣もなく然樣さうなら今宵こよひはしりと彼の久八の異見いけんわすれ何れ返事はあうての上と言ば吉六しめたりと雀躍こをどりなして立歸りぬそれより千太郎はたな都合つがふ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
怪しくしづけかりしか夜明がたたちまちを霜の大いに到れり
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
熱した心がたちまちに爽かになります。
たちまちきく弾琴響だんきんのひびき垂楊すいよう惹恨うらみをひいてあらたなり
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さるにても妾が重々の極悪を思へば、この五体はたちまち『ぢやぼ』の爪にかかつて、寸々に裂かれようとも、中々怨む所はおぢやるまい。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
今もしこれらの図にして精密なる写生の画風を以てしたらんには特殊の時代と特殊の事相じそう及び感情はたちまち看客かんかくの空想を束縛し制限すべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たちまち認めて人と事とにおなじおもさをあたふるものとなし、(國會、人物と人事)忽又認めて事を從とし、人を主とするものとなしつるのみ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかるにはうとのぞみは、つひえずたちまちにしてすべてかんがへ壓去あつしさつて、此度こんどおも存分ぞんぶん熱切ねつせつに、夢中むちゆう有樣ありさまで、ことばほとばしる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
わがミラノにて覺えししき情、我を驅りてヱネチアへ來させし奇しき情はたちまち又起りて、その幻術に似たる力は一層の強さを加へ、我手足は震慄せり。
胸痛きまでの悲しさ我事わがことのように鼻詰らせながら亭主に礼いておのが部屋へやもどれば、たちまち気がつくは床の間に二タ箱買ったる花漬はなづけきぬ脱ぎかえてころりと横になり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
当麻語部たぎまのかたりべおむななども、都の上﨟じょうろうの、もの疑いせぬ清い心に、知る限りの事を語りかけようとした。だが、たちまち違った氏の語部なるが故に、追い退けられたのであった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
くも脚下あしもとおこるかとみれば、たちまちはれ日光ひのひかりる、身は天外に在が如し。この絶頂はめぐり一里といふ。莽々まう/\たる平蕪へいぶ高低たかひくの所を不見みず、山の名によぶ苗場なへばといふ所こゝかしこにあり。
忠五郎たくみも企んだ証文を書いて百両賭で遣ると、たちまちにパタリと紀伊國屋が取られました。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
たちまち世田ヶ谷村役場の十字路に来た。南に折れて、狭い路を田圃に下り、坂を上って世田ヶ谷街道に出るまで、荷車が来はせぬか、荷馬車が来はせぬか、と余はびく/\ものであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そして私は恐怖と共に一つの危惧が胸に湧き、たちまち、或事を直感した。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
怪しくしづけかりしか夜明がたたちまちを霜の大いに到れり
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
たちまちの中に非常な勢で諸国に弘まつた。
エスペラントの話 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
だから私は車屋さえ見れば、たちまち悪魔払いの呪文のように、不要不要を連発した。これが私の口から出た、記念すべき最初の支那語である。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一度誤つて近けばたちまち陥つてまた救ふべからざるに至るのおそれなからんか。厳に過ぐるの弊寛に流るるの弊に比して決して小なりといふを得んや。
猥褻独問答 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
御不審可被為在あらせらるべく候へ共、方今之時勢彼之者共かのものども厳科に被行候おこなはれさふらたちまち人心離叛つかまつり、他の変を激生仕事つかまつること鏡に掛て見る如くと奉存候。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
この時我は我胸をむ卑怯のうじの兩斷せらるゝを覺えしが、そは一瞬の間の事にて、蛆はたちまちよみがへりたり。われはたいかなる決斷をもなすこと能はざりき。
たちまち、二上山の山の端に溶け入るように消えて、まっくらな空ばかりの、たなびく夜に、なって居た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
剛勇ではあり、多勢ではあり、案内はく知っていたので、たちまちに淀の城を攻落せめおとし、与二は兄を一元寺いちげんじ詰腹つめばら切らせてしまった。その功で与二は兄の跡に代って守護代となった。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ちゝ存命中ぞんめいちゆうには、イワン、デミトリチは大學だいがく修業しうげふためにペテルブルグにんで、月々つき/″\六七十ゑんづゝも仕送しおくりされ、なに不自由ふじいうなくくらしてゐたものが、たちまちにして生活くらしは一ぺんし、あさからばんまで
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
と云いましたが、たちまち面色かおいろ真青まっさおになり、おど/″\口もきかれません様子。
九月十五日、御大葬ごたいそうの記事を見るべく新聞をひらくと、たちまち初号活字が眼を射た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)