)” の例文
八歳か九歳くさいの時か、とにかくどちらかの秋である。陸軍大将の川島かわしま回向院えこういんぼとけ石壇いしだんの前にたたずみながら、かたの軍隊を検閲けんえつした。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
柳と同じやはらを持つた、夜目には見きの附かない大木が岸の並木になつて居る。あちこちに捨石すていしがいくつも置かれてあつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
拇指おやゆびから起って小指に終る繊細な五本の指の整い方、絵の島の海辺で獲れるうすべに色の貝にも劣らぬ爪の色合い、珠のようなきびすのまる
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「上加減や、こりゃうまい、お霜さん、わしは酒加減はようるぞな、一時亀山でや、わしがおらんと倉が持ていでのう。」
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
これが牡丹餅ぼたもちを作るとか白酒を作るとかいうのに比べて見ると、その冷めたい酸っぱのする酢を作るという所に、どうしても秋の心持がある。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
彼女のやさのない額にも、平凡な顏付にも、殺人を企てた女の顏に見られる筈の、蒼ざめた色や絶望は何一つなかつた。
ば先下に置き懷中くわいちうより一枚の紙取出し如何も少々の買物かひものにて氣の毒ながら此方の店は藥種やくしゆが能きゆゑ態々わざ/\遠方ゑんぱうよりして參りたれば此の十一
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
(あの犯人はその後捕縛されてはいないのだから、これはあり得ることだ)で、最初は、あるいは死体ののうそをとるのが目的だったかも知れない。
百面相役者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのころにはまだあたたの通っている死人の腹部も、だんだん冷えて来た。家を出るとき、声をかけて来た手伝いの人たちもそれぞれ集まって来た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
落ちついて、はっきりして、寂しい中に暖かがあって、あたたかい中に寂し味があって、十二月は本当に好い月である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
茶屋ちやゝうらゆく土手下どてした細道ほそみちおちかゝるやうな三あほいでけば、仲之町藝者なかのてうげいしやえたるうでに、きみなさけ假寐かりねとこにとなにならぬ一ふしあわれもふか
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それがどれだけの悲劇ひげきなのか。爺さんはんだが自分は生きてゐる。それがどれだけの重量を持つた意なのか。
坂道 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
向うのうちでは六十ばかりの爺さんが、軒下に蹲踞うずくまりながら、だまって貝をむいている。かちゃりと、小刀があたるたびに、赤いざるのなかに隠れる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
リードではシューベルトの『魔王』(J五五〇三)のしっかりを採る。ただしこの曲は二通り入っているが、私がここに挙げたのはピアノ伴奏の方だ。
弁慶格子べんけいごうしの広袖に丸絎まるぐけの帯を前に結び、五十貫もある鉄棒を軽々とげたその姿は可笑おかもあれば凄くもある。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それで、色がくっきりと白く、一妖婦バンパイア味がただよっていた。折梅おりうめの染小紋の着物を、すそを引いて着ていた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ことにきゃくかねばらいがわるくなってからは、よけいにホールが、おかみさんにしつこくいやをいいはじめた。
「山吹や蛙飛び込む水の音。其角、ものかは。なんにも知らない。われと来て遊べや親の無い雀。すこし近い。でも、あけすけでいや。古池や、無類なり。」
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
忠「えらいものだね、真珠に麝香に真砂しんしゃに竜脳の四細末さいまつにして、これを蜂蜜で練って付ける時は眼病全快する、成程、宜しい、これを持ってきましょう」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一平 だから今じゃむしろ一般の女性の外形上の言語や服装等の上には皮相ひそうあたらは非常にあるけど
新時代女性問答 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
間もなくR瓦斯は、十五台の自動車に積んだタンクから濛々もうもうと放出された。いろを帯びたこの重い瓦斯は、草地をなめるようにして静かにひろがって行った。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
秀吉ひでよしさまのお気に入り者となりまして、てんおか寺領じりょうと、南蛮寺なんばんじ拝領はいりょういたし、裾野すそのいらいの一丹羽昌仙にわしょうせん蚕婆かいこばばあ燕作えんさくなど、みなそこに住居すまいをいたしております
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは大人でも子供でも同じことじゃ、ここらが数字のありがた、とでもいうかナ、はッははは、こんなことからもわしには数学的な電気が性に合うらしいのじゃ。
白金神経の少女 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
だから極楽に生まれ、浄土へ行っても、自分独りが蓮華はすうてな安座あんざして、迦陵頻伽かりょうびんがたえなる声をききつつ、百飲食おんじきに舌鼓を打って遊んでいるのでは決してありません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
畑尾は昨日きのふ彼方此方あちらこちらで聞いた鏡子の噂などを語るのであつたが、鏡子は此人が今に大阪なまりを忘れ得ないで居るのが、一層この人をなつかしのある人にするのであるやうに
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
柔脆じゅうぜいの肉つきではあるが、楽焼らくやきの陶器のような、粗朴な釉薬うわぐすりを、うッすりいたあかと、火力の衰えたあとのほてりを残して、内へ内へと熱を含むほど、外へ外へと迫って来る力が
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そして、印畫いんぐわ値やおもは、つひにそれ以上に出るものではないとわたしおもふ。
あのなかはからつぽの氣位が堪らないのだ。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
でも、わたし気がわるいわ
夜陰やいん跳梁ちょうりょうする群盗の一
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は受付へ行つて、チケットを買ふと、うや/\しく女達の前へいつた。そして踊りだした。それは何かエロの露骨な、インチキで荒つぽい踊りであつた。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
彼らの各自おのおのは各自に特有なあたた清々すがすがしさを、いつもの通り互いの上に、また僕の上に、心持よく加えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
甘い人情とが、渾然融和した傑作として、あらゆる探偵小説愛読者から、讃美された筈でございます。
探偵文壇鳥瞰 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
上首の一人 ——しゅくに十の利あり、はんには三てんじきくるもの、いやしくもこの理を忘るるなかれ。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いやを申し上げているのではありません。眼夢、かくのごとく、いまはつくづく無分別の出家遁世とんせいを後悔いたし、冬の吉野の庵室あんしつに寒さに震えてすわって居ります。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なかひろうなれば次第しだい御器量ごきりようましたまふ、今宵こよひ小梅こうめが三あはせて勸進帳くわんじんちやうの一くさり、悋氣りんきではけれどれほどの御修業ごしゆげうつみしもらで、何時いつむかしの貴郎あなたとおもひ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
みぎ大膳儀だいぜんぎ先年神奈川かながは旅籠屋はたごやとく右衞門方に於て旅人を殺害し金子を奪取うばひとり其後天一坊に一謀計ぼうけい虚言きよげんを以て百姓町人をあざむき金銀を掠取かすめとり衣食住に侈奢おごり身の程をもわきまへずかみ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それから——それからは未曾有みぞうの激戦である。硝煙しょうえんは見る見る山をなし、敵の砲弾は雨のように彼等のまわりへ爆発した。しかしかたは勇敢にじりじり敵陣へ肉薄にくはくした。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かじをとりながら、モレロは話をはじめた。顔のきずあとが、一だんとものすごを加えてきた。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その時おそし、呂宋兵衛一残党ざんとうごとごとの燈火ともしびをふき消して、やくそくどおりの自由行動、はちを突いたように、八方からやみにまぎれて、戸外おもてへ逃げだした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は、膝の下に起伏する、え太った腹部のやわらを、寧ろ快くさえ感じていました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
※ンチの作だらうと云ふ「基督キリスト」は一も二も無く※ンチに決めて仕舞しまひたい程い絵である。これも女らしい基督キリストで、顔にも髪にも緑色を用ひたのが其の悲しのある表情に適して居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
穗「羚羊角れいようかく人参にんじん細辛さいしんと此の七を丸薬にして、これを茶でませるのだ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私は自分の部屋の開け放した窓際まどぎはに坐つてゐた。かくはしい夜の空氣にれると私はなだめられるのです、星は見えず、たゞぼんやり光るあかによつて月の出てることがわかるばかりだつたが。
すごのあるどなり声が、あたりをふるわせてひびいた。
健三けんぞうが遠い所から帰って来て駒込こまごめの奥に世帯しょたいを持ったのは東京を出てから何年目になるだろう。彼は故郷の土を踏む珍らしさのうちに一種のさびさえ感じた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そんなこと言ふもんぢやないよ。」助七は当惑気に、両手を頭のうしろに組んで、「いやだぜ。さちよも、一生懸命に書いたんだらう? 逢つてやれよ。よろこぶぜ。」
火の鳥 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
「追いつぶせ、追いつぶせ、どこまでも追って、伊那丸一をみなごろしにしてしまえ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あゝあのこゑ旦那樣だんなさま、三せん小梅こうめさうな、いつののやうな意氣いき洒落しやれものにたまひし、由斷ゆだんのならぬとおもふとともに、心細こゝろほそことえがたうりて、しめつけられるやうなるしさは
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そういう作は云うまでも無いが、そういう作で無くても、ストリンドベルヒの作の大方は、他界的のに充たされている。「死の舞踏」「幽鬼の曲」「ダマスクスへ」等々いずれもうである。
他界の味其他 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)