ともしび)” の例文
新字:
さて母屋の方は、葉越に映るともしびにも景気づいて、小さいのがもてあそぶ花火の音、松のこずえに富士より高く流星も上ったが、今はしずかになった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兩手を上げて後頭部をさゝへた脇の下から兩乳りやうちゝのふくらみが、ともしびの光を正面まともに受けて、柔い線をば浮立つばかり鮮かにさせて居る。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
引かるゝまゝに、いぶせきこうぢを縫ひ行きて、遂にとある敗屋あばらやの前に出でしとき、僕は星根裏の小き窓にともしびの影の微かなるを指ざしたり。
我また彼の如くなりき、而してベアトリーチェも、また先にわがために處を變へしかの聖なるともしびも、わが彼の如くなりしを知りき 四—六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
その日の食堂をあなたも御覽になつてゐらつしやればねえ——まあどんなに立派に飾つて、まばゆいほどともしびともつてゐましたでせう。
見ると尼君は非常に悲しいふうをしてすわっていた。ともしびを近くへ寄せさせて夫人は手紙を読んでみると、自身からもとどめがたい涙が流れた。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
寝室の中にはともしびの光がきらきらと輝いて、細君はまだ寝ずに何人なんぴとかとくどくどと話していた。周は窓をめてのぞいてみた。
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
そこで僕は今夜こよいのような晩にひとり夜ふけてともしびに向かっているとこの生の孤立を感じてえ難いほどの哀情を催して来る。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
銀の鈴を鳴らして行く橇に跳飛はねとばされて、足に怪我をしながらも、なお娘の前途を祝福して、寂しい家のともしびもとに泣いている妻を慰めに帰って行く。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
これより片岡家には、深夜もともしび燃えて、医は間断なく出入りし、月末より避暑におもむくべかりし子爵夫人もさすがにしばしその行を見合わしつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
この観燈と漢時代に一の神を祭るに火をつらねて祭ったと云う遺風から、そのは家ごとにともしびを掲げたので、それをようとする人が雑沓ざっとうした。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
されども夕に、ともしびの紅なるもの波にくだけて、かれは片島(加部島の一端)、これは殿の浦、呼子とあひ対して、絃歌の興は舟人の酔をたすけたり。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
そして正月十五日の夜は、毎歳まいとし、上元の佳節として、洛中の全戸は、紅い燈籠や青いともしびを張りつらね、老人も童児も遊び楽しむのが例になっている。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これが文三の近来最も傷心な事、半夜夢覚めてともしびひややかなる時、おもうてこの事に到れば、つね悵然ちょうぜんとして太息たいそくせられる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
思へば風前ふうぜんともしびに似たる平家の運命かな。一門上下しやうかはなひ、月にきやうじ、明日あすにもめなんず榮華の夢に、萬代よろづよかけて行末祝ふ、武運の程ぞ淺ましや。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
靜かな光とは密室の中のともしびの光の如くなるものである。動く光とは風吹く野邊の焚火の光の如くなるものである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
竜之助がグッと一口飲む、ともしびの光で青白いかおほてる、今夜来たらば……叩き切ってしまうというものと見えます。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たちま一閃いつせんの光ありて焼跡を貫く道のほとりを照しけるが、そのともしび此方こなたに向ひてちかづくは、巡査の見尤みとがめて寄来よりくるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
氏は薄暗いともしびの下で、そのなかから、海外旅行券や正金銀行の為替券や、早稲田の学校から牛津オツクスフオード大学へ宛てた紹介状のやうなものまで取出して見せてくれた。
併し明るいともしびの下でつく/″\見てゐると、どうも顔に疲労の痕が現れてゐるやうに思はれた。庭を余り久しく散歩した為めか、それとも外に原因があるのか。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
「もうよかろう」と心でいって、四辺あたりひそかに見廻した時には、追分宿は山に隠れ、ともしび一つ見えなかった。おおかた二里は離れたであろう。左は茫々たる芒原すすきはら
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
天台山にも異ならず。但し有待うたい依身いしんなれば、ざればかぜにしみ、くはざればいのちちがたし。ともしびに油をつがず、火に薪を加へざるが如し。命いかでかつぐべきやらん。
ともしびのかげすこくらきをいだもとにゆるは殿との、よし慝名かくしななりとも此眼このめかんじはかはるまじ、今日迄けふまでふうじをかざりしはれながら心強こゝろづよしとほこりたるあさはかさよ
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
我家のともしびが消えたと云つて愁歎しうたんしてらしたのですよ、紀念かたみの梅子を男の手で立派に養育して、雪子の恩に酬ゆるなんて吹聴ふいちやうして在らつしやいましたがネ、其れが貴郎あなた
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
くに正月十五日にさいの神のまつりといふは所謂いはゆる左義長さぎちやうなり。唐土もろこし爆竹ばくちくといふ唐人たうひと除夜ぢよやに、竹爆たけたふる千門のひゞきともしびもゆる万戸あきらかなりの句あれば、爆竹ばくちくは大晦日にする事なり。
アンデルセンが「月の物語」の初章に、深夜に谷川にくだってともしびを水に流し、思う男の安否をぼくせんとしたインドの少女が「きている」とよろこんで叫んだ光景がべてある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
波濤はとうがあの小家こいえを撃ち、庭の木々がきしめく時、沖を過ぎる舟の中の、心細い舟人は、エルリングが家の窓かられる、小さいともしびの光を慕わしく思って見て通ることであろう。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
燭台の蝋燭ろうそくは心が長く燃え出し、油煙が黒く上ッて、ともしびは暗し数行虞氏すうこうぐしなんだという風情だ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
かえってその計画に賛成して、色々と指導を与えておいた位だから、私の運命は風前のともしび——と申すような恐ろしい事実を申し聞かせ——のちとも云わず即刻、海外に逃れるよう
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ともしびのかげに耀かがよふうつせみのいもゑまひしおもかげに見ゆ 〔巻十一・二六四二〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
魚は水あればすなわちき、水るればすなわち死す。ともしびあぶらあればすなわちめいあぶら尽くればすなわちめっす。人は真精しんせいなり、これをたもてばすなわち寿じゅ、これをそこなえばすなわちようす。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
初代がうちに帰って母親と顔を合わすことを避けたがるので、会社がひけてから、長い時間、美しくともしびの入った大通りや、若葉のにおいのむせ返る公園などを、肩を並べて歩いたものである。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ボーイ長がそこへ寝始めてから、三時間目に初めて、彼の室はともしびで照らされた。彼が船へ持って来たものは、そのからだと、その切り捨てられた仕事着と、初期の禿頭病とくとうびょうとだけであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
サッとそこから風が吹き込んで聖像の両側にあるともしびの灯がゆらゆらとなった。
あなたは、私の暗夜を歩むに似た生涯に、一つのともしびとなって下さいました。長いこと暗の夜に、とじこめられていたものが、急に光りを認めたときの喜こびが私にあの第一信を書かせました。
仙人掌の花 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
彼は、ちやうど草や木や風や雲のやうに、それほど敏感に、自然の影響を身に感得して居ることを知るのが、一種の愉快で誇りかにさへ思はれた。この夜ごろのともしびは懐しいものの一つである。
午後七時には、もう舟の中が暗くなつたが、横腹に開いてゐる円い窓からは、魚の目のやうに光るともしびがさす。これはブリツジの下の小部屋で、これから聖ニコラウスを祭らうとしてゐるからである。
ともしびにひかる鏡のおもてにいきいきとわがさうまなこ燃ゆ。
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
庭のちらつくともしびは消えた。すべてが消えた……。
おとろへた歩哨ほせうかゝげたともしび
眞理のともしびますの下から出すのだ
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
看護の尼、いまともしびてんじて
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
信号柱シグナルのちさきともしび
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
雪洞ぼんぼりを取ってしずかに退座す。夫人長煙管ながぎせるを取って、はたく音に、図書板敷にて一度とどまり、直ちに階子はしごの口にて、ともしびを下に、壇に隠る。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たちまともしびの光の消えて行くようにあたりは全体に薄暗く灰色に変色して来て、満ち来る夕汐ゆうしおの上を滑って行く荷船にぶねの帆のみが真白く際立きわだった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
相向へる二列の家は、のきと簷と殆ど相觸れんとし、市店いちみせともしびを張ること多きが爲めに、火光は到らぬ隈もなく、士女の往來織るが如くなり。
からだは己のために己をともしびとなせるなり、彼等は二にて一、一にて二なりき、かゝる事のいかであるやはかく定むるもの知りたまふ 一二四—一二六
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
何を便たよりに尋ぬべき、ともしびの光をあてに、かずもなき在家ざいけ彼方あなた此方こなた彷徨さまよひて問ひけれども、絶えて知るものなきに、愈〻心惑ひて只〻茫然と野中のなかたゝずみける。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
其一人に導かれいし多くともしび暗き町を歩みて二階建の旅人宿はたごやに入り、妻女の田舎なまりを其儘、愛嬌も心かららしく迎へられた時は、余も思はず微笑したのである。
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
今日明日と医師のことに戒めしその今日は夕べとなりて、部屋へや部屋はともしびあまねくきたれど、声高こわだかにもの言う者もなければ、しんしんとして人ありとは思われず。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)