こと)” の例文
ことにも今年は、当主と次女と老母と、三人の厄歳やくどしが重なっているので、吉田家では二日も前から歳祝いの用意をしているのであった。
手品 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
何も下品に育つたからとて良人の持てぬ事はあるまい、ことにお前のやうな別品べつぴんさむではあり、一そくとびにたま輿こしにも乗れさうなもの
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
これは「武鑑」、こと寛文かんぶん頃より古い類書は、諸侯の事をするに誤謬ごびゅうが多くて、信じがたいので、いて顧みないのかも知れない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さりながら古今調を以て詠まんとならば大不賛成に候。ことに『古今集』を目して千態万状を詠みある者かの如くいはるるは心得ず候。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
近年、私は阪神沿線へ居を移してからというものは、ことほか、地面の色の真白さと、常に降りそそぐ陽光の明るさに驚かされている。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
草がからだをげて、パチパチったり、さらさら鳴ったりしました。霧がことしげくなって、着物きものはすっかりしめってしまいました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
るかと云うに、いやなまこそことにうましなぞと口より出まかせに饒舌しゃべりちらせば、亭主、さらば一升まいらせむ、食いたまえと云う。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ことに、例の脅迫状の文句は、日が経つにつれて、反って益々私の脳裏にその鮮明の度を増して行くのだった。二十二年前を想起せよ。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
歴史を問うことがことにむつかしい、ところが他の一方にはなお色々の方言で、どうして出来たかを想像し得られるものが残っている。
一此度中納言様御薨去ごこうきょ。大に歎息の至り御同愁に奉存候。故中納言様御事ことに御賢明に渡らせられ御学問好ませられ御会読等有之候。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大「いえ/\何う致しまして、再度お礼ではかえって恐入ります、こと御親子ごしんしお揃いで斯様な処へおいでは何とも痛入いたみいりましてござる」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この学士の記念の絵葉書が、沢山飯山の寺にのこっていたが、熱帯地方の旅の苦みを書きつけてあったのなぞはことに、私の心を引いた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
縁談どころか、瑠璃さんには、何時いつまでも、ここにいて貰いたいのだ。ことに、光一があゝなってしまえば、お父様の子はお前だけなのだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
こと浮沈室ふちんしつ機關室きくわんしつとはこのていもつと主要しゆえうなる部分ぶゞんではあるが、此事このこといては殘念ざんねんながらわたくしちかひたいして一言いちごん明言めいげんすること出來できぬ。
油煙ゆえんがぼうつとあがるカンテラのひかりがさういふすべてをすゞしくせてる。ことつた西瓜すゐくわあかきれちひさなみせだい一のかざりである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
こと紫竹しちくとか申した祖父は大通だいつうの一人にもなつて居りましたから、雛もわたしのではございますが、中々見事に出来て居りました。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
当時の大学は草創時代で、今の中学卒業程度のものを収容した。ことに鴎外は早熟で、年齢を早めて入学したからマダ全くの少年だった。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
しかしまさか母死すなんて事が冗談にえるもんじゃない、ことると何か変事でも起ったのかも知れない、——かく行ってみよう」
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ことに尾花がようやく開いて、朝風の前になびき、夕月の下にみだれている姿は、あらゆる草花のうちで他にたぐいなき眺めである。
我家の園芸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
◯人は何故なにゆえ艱難かんなんに会するか、ことに義者が何故艱難に会するか、これヨブ記の提出する問題である。これ実に人生最大問題の一である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ところがチントレットになってやや天人は地上的でなくなり、グレコになると、一層この世ばなれという事がことに考案されてある。
ばけものばなし (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
それがうまくゆけば、いまのように創作に創作を続けてゆくことから、ことにも気に染まぬ原稿執筆から自分を護ることが出来ます。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
自ら不良少女と名乘なのることによつてわずかになぐさんでゐる心のそこに、良心りやうしん貞操ていさうとを大切にいたわつているのを、人々は(こと男子だんしおいて)
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
こと大切たいせつ御病人ごびょうにんいのちたすけようとしておいでのとき、ほかの人間にんげんいのちるというのは、ほとけさまのおぼしめしにもかなわないでしょう。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
この人のなまりことに著しく、この地方特有の、「たい」を「てゃあ」、「はい」を「ひゃあ」と云う風に発音するのが可笑おかしくてたまらず
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その民族がことに音楽に対して敏鋭な愛情を持つ事を、私はしばしば耳にしている。貴方がたは私のこの企てを受けて下さるであろうか。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ことに彼と遠藤とは、昨今の交際で、恨みを含む様な間柄でないことは、周知の事実なのですから、彼に嫌疑のかかる道理がないのです。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
角閃石かくせんせきに多くの黒雲母こくうんぼまじえた、また構成の比較的脆弱ぜいじゃくなもので、こと凝灰ぎょうかい岩をもまじえているので、風化浸蝕作用は案外早く行われ
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
ことにわれながらといふのは、いかにも常識的じようしきてきで、自分じぶんつてゐて、わざとそんなことをいつたゞけだといふことをせてゐます。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
二十分程のうちにそのうしろの空に火の色の雲が出来た。最終のはことに大きく長く続いてセエヌ河もまた火の河になるかと思はれる程であつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
サア洋学者も怖くなって来た。ことに私などは同僚親友の手塚東条両人まで侵されたと云うのであるから、怖がらずには居られない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
腐敗くさり易き盛りと云いことに我国には仏国巴里府ぱりふルー、モルグにる如き死骸陳列所の設けも無きゆえ何時いつまでも此儘このまゝに捨置く可きに非ず
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
『思ひ出』の十首はことに単純で平淡である。何等の巧みもなく、少しも六つかしい意味もなく、ただすらすらと旅情の追懐を歌って居る。
歌の潤い (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それむかぎしいたとおもふと、四邊あたりまた濛々もう/\そらいろすこ赤味あかみびて、ことくろずんだ水面すゐめんに、五六にん氣勢けはひがする、さゝやくのがきこえた。
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ことに人々を驚かせたのは、稲田屋の近くの高い櫓の上に、ズブ濡れとなっていた北鳴四郎が何の被害も受けなかったことだった。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
ことに私は白髪しらがを掻き垂れて登場して来ようとするあなたの初恋の女のために、あなたと一緒に葬られやうとしたと思はれては厭ですから。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ことに本能的生活の要求を現実の生活にあてはめて私が申出た言葉に於てそうだ。社会生活はその総量に於て常に顧慮されなければならぬ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
チタではことに支那人が多く、満洲まんしゅう近い気もち十分じゅうぶんであった。バイカルから一路上って来た汽車は、チタから少し下りになった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ことに小さい耳が、日の光をとおしているかの如くデリケートに見えた。皮膚とは反対に、令嬢は黒い鳶色とびいろの大きな眼を有していた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ことに冬の寒い時に酒を飲むのは非常の害があるので一時は寒気をしのぐようでもそのあとが一層寒気を感じてこごえたり病気を起したりします。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
彼をかつせしいかりに任せて、なかば起したりしたいを投倒せば、腰部ようぶ創所きずしよを強くてて、得堪えたへずうめき苦むを、不意なりければ満枝はことまどひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
引連ひきつれ深川萬年町に賣家うりいへかひ中島なかじま立石りふせきと改名して醫業をいとなみとせしにことほか繁昌はんじやう致し下男下女を置き妻と娘一人を相手に暫時しばし無事に消光くらしけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ことに俳諧から発句ほっくというものが独立するようになってから、ほとんど専門的に景色を諷詠する文学が興って来るようになりました。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ことに近ごろ流行の、硝子がらす囲いに材料を山と盛り、お客さんいらっしゃいと待ちかまえているような大多数の店は、A級寿司屋とはいいがたい。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
有斐録ゆうひろくに『出羽帰り候て御前にで、云われ候は、ことの他御鬱おふさぎ遊ばされ、あれ程の事御心付き遊ばされずや、と申上げらる』
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ことすさまじいのは真夜中ごろの西のかたの火勢で、北は船岡山ふなおかやまから南は二条のあたりまで、一面の火の海となっておりました。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
ことに変わったのは梅子に対する挙動ふるまいで、時によると「馬鹿者! 死んでしまえ、貴様きさまるお蔭で乃公おれは死ぬことも出来んわ!」
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
こと浮世うきよ罪穢つみけがされていない小供こども例外れいがいなしにみなそうで、そのめこのなども、帰幽後きゆうごすぐにわし世話せわすることになったのじゃ。
僕はやっぱり君のその不思議な力がうらやましくてならぬ。ことに君の金力に至っては、羨ましいのを通り越してうらめしい。
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ことに夜道になると逢坂山おうさかやまを越えるのは一苦労だぜ。……でも、何だってよりによって夕方なぞにお発ちになろうなんてお考えになったのかな。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)