徳利とくり)” の例文
酒好きのお爺さんは、徳利とくりに上酒を一升ほど入れて来たが、子供に引くりかへされぬやうにと、それを茶箪笥の隅に押附けて置いた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
平次は最後にもう一度、婆やのお篠の死骸を見舞ひ、それから押入の中に首を突つ込んで、徳利とくりが一本隱してあるのを見付けました。
此の通り徳利とくりを提げて来た、一升ばかり分けてやろう別に下物さかなはないから、此銭これで何ぞすきな物を買って、夜蕎麦売よそばうりが来たら窓から買え
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
わたしは、まちへわらじをっていってかえりにさけおうとおもって、徳利とくりを、はしらにかけておいたのだ。」と、おじいさんはいいました。
こまどりと酒 (新字新仮名) / 小川未明(著)
顔馴染かほなじみの道具屋をのぞいて見る。正面の紅木こうぼくたなの上に虫明むしあけらしい徳利とくりが一本。あの徳利の口などは妙に猥褻わいせつに出来上つてゐる。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
タヌは番台ザンクの前で徳利とくりの酒を出したり入れたりし、コン吉は入口の踏み段に腰を掛け、伊太利小笛スウルドリイスを吹いて呼び込みをしていた。
モウ一盃、これでお仕舞しまいりきんでも、徳利とくりふって見て音がすれば我慢が出来ない。とう/\三合さんごうの酒を皆のん仕舞しまって、又翌日は五合飲む。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「この間評議会で君の徳利とくりが出たよ」と云ったそうである。これが音響に関するレーリーの研究の序幕となったのである。
レーリー卿(Lord Rayleigh) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこまで考えて行くうちに、鉄瓶てつびんの湯もちんちん音がして来た。その中に徳利とくりを差し入れて酒を暖めることもできるほどに沸き立って来た。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
隣りの老人は一本の徳利とくりを前に置いているが、これも深くは飲まないとみえて、退屈しのぎに猪口ちょこをなめている形である。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これやとはれてわか女房等にようばうらかまどまへつてうち女房にようばうとおつぎとにしてた。徳利とくりが三四ほんぜんまへはこばれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
もはや、彦太郎は、天魔てんま魅入みいられたごとく、邪念から逃れ去ることが出来なくなったのである。女は、あら、徳利とくりがないわ、と云って出て行った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
鎮守の社で雨の御礼の酒盛があった翌日の朝早く、徳兵衛は長者の言いつけで、さかなを入れたかごと大きな酒の徳利とくりとをさげて、鎮守ちんじゅ様にそなえに行きました。
ひでり狐 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
あの九州に夥しい数で現れた藍絵あいえ猪口ちょこ徳利とくりを、どうして明の染附と共に讃えないであろうか(挿絵第五図)。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
漬物屋へ徳利とくりをもって梅酢を買いに走ってゆく男や女。青年団は、倉庫を開いて、漂白粉をバケツに詰めては、エッサエッサと夜の町の井戸を探しにゆく。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、一本の徳利とくりを半分もあけた頃になると、ボツボツと元気が出て、さて、おきまりのお談義が始まるのだ。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
實物じつぶつぬから、勿論もちろん斷定だんてい出來できぬが、たる徳利とくりといふのは、加瀬かせ彌生式やよひしきのと同形どうけい同類どうるゐではなかつたらうか。
それに徳利とくりわんなどを入れた魚籃びくを掛け、一人は莚包むしろづつみを右の小脇こわきに抱え、左の小脇に焼明たいまつの束を抱えていた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
なかに徳利とくりをさげた観音の立像がある。僕は法隆寺の酒買ひ観音を思ひだした。ああ、あの百済くだら観音さ。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
これをたとえていえば、ここに数多あまたうつわがあるとする。これらのうつわ——仮りに徳利とくりとすればその仕事は水を入れるにある。そしていずれもその容積は異なっている。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
壁にも耳、徳利とくりにも口と、寸分すんぶん、間違いのないことを、法に照らして処断するのがつとめに御座りまする
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
国の庭に咲くようなのをと思って、探して見たが見当らないので、やむをえず花屋のあてがったのを、そのまま三本ほどわらくくって貰って、徳利とくりのような花瓶かびんけた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
で、髯旦ひげだんの、どぶりと徳利とくりいてるのを待兼まちかねた、みぎ職人しよくにん大跨おほまたにひよい、とはひると
銭湯 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
こう一言さけんだお政は、きゃくのこした徳利とくりを右手にとって、ちゃわんを左手に、二はい飲み三ばい飲み、なお四はいをついだ。お政の顔は皮膚ひふがひきつって目がすわった。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
踏分々々ふみわけ/\彼お三婆のかたいたりぬ今日はけしからぬ大雪にて戸口とぐちへも出られずさぞ寒からんと存じ師匠樣ししやうさまよりもらひし酒を寒凌さぶさしのぎにもと少しなれど持來もちきたりしとてくだん徳利とくり竹皮包かはづつみ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
又小形の御神酒徳利とくりたる土噐にて最もふくれたる部分にまろあな穿うがちたるもの有り。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
「何だか知らねえが、私は家のような気がしましねえ。」母親はすすいでいた徳利とくりをそこに置いたまま、何もかも都合のよく出来ている、田舎のがっしりした古家をなつかしく思った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お糸さんがやがておかんを直して持って来て、さ、旦那、お熱い所を、と徳利とくりの口を向けた時だった、私は到頭たまらなくなって、しかし何故だか節倹して、十円の半額金五円也を呈して
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
すぐに徳利とくりを取り上げると、手酌で盃へ酒をついだが、徳利を置くと盃を取った。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かたからちちへとながれるほうずきのふくらみをそのままのせんに、ことにあらわのなみたせて、からこしへの、白薩摩しろさつま徳利とくりかしたようなゆみなりには、さわればそのまま手先てさきすべちるかと
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
皿小鉢さらこばちが衣類や襦袢じゅばんと同居して、徳利とくりのそばには足袋たびがころがり、五郎八茶碗ぢゃわんに火吹き竹が載っかっているかと思うと、はいふきに渋団扇しぶうちわがささっている騒ぎ。おまけにほこりで真っ白だ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
徳利とくりと味噌漉を置いて行くは、此家ここ内儀かみさんにいいつけられたるなるべし。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
懐炉かいろだけでは心許こころもとなくて、熱湯を注ぎこんだ大きな徳利とくりを夜具の中へ入れて眠ることにしていたが、ある夜、徳利の利目ききめがなくって真夜中ごろにしばらく忘れていた激しい痛みを感じだした。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
手に持っていた小さい徳利とくりを下に置いて、のみのようなもので、しきりに杉の根方ねかたを突っついていました。いいかげんに突っついてみてから、その徳利を穴へあてがってみて、また突っつき直します。
はた古りし徳利とくりのやうに、つくねんと
霜夜 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
猪口や徳利とくりがガチャガチャ鳴った。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
おじいさんは、さけきでしたから、せっかくってきたものをとおもって、さっそく、徳利とくりってすぐにみはじめたのであります。
こまどりと酒 (新字新仮名) / 小川未明(著)
林「然うでござえますか、おめえさん此処こゝで飲まねえと折角しっかくの旦那のお心を無にするようなものだ、此の戸棚に何か有りやしょう、お膳や徳利とくりも……」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
爺やの卯八——その夜のお燗番かんばん——は、その頃は飛切り珍しかつたギヤーマンの徳利とくりを捧げてともから現はれました。
そのソップを製へる爲に生の牛肉を細かくさいに切つて、口の長い大きな徳利とくりへ入れる。是がまた一役で、氣の長いものでなければ勤まらなかつた。
夕方薄暗うすぐらくなると、大きなおぜんの上へごちそうを飾り立て、強い酒の徳利とくりをいくつも並べ、ろうそくを何本もともして、天狗が来るのを待ち受けました。
天狗の鼻 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
痲痺まひするちからたいする抵抗力ていかうりよくおとろへてるので徳利とくりが一ぽんづつたふされてつき徳利とくりかゝつたとおもころいたでは一どうのたしなみがみだれて威勢ゐせいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
製薬には兎角とかく徳利とくり入用にゅうようだから、丁度よろしい、塾の近所きんじょ丼池筋どぶいけすじ米藤こめとうと云う酒屋が塾の御出入おでいり、この酒屋から酒を取寄せて、酒はのん仕舞しまって徳利は留置とめお
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
のみならず、一度熟睡さえすれば、あとは身体からだに何の故障も認める事が出来なかった。かつて何かのはずみに、兄とり飲みをやって、三合入の徳利とくりを十三本倒した事がある。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ピストル強盗ばかりじゃない。閣下はあれから余興掛を呼んで、もう一幕臨時にやれと云われた。今度は赤垣源蔵あかがきげんぞうだったがね。何と云うのかな、あれは? 徳利とくりの別れか?」
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
六三郎は子供で、しかも下戸ですから一生懸命に固くなって頻りに辞退すると、それじゃあ味淋酒でもやれというので、子分が大きな徳利とくりを持ち出して来ました。味淋だって同じことです。
子供役者の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
地主ぢぬし主婦しゆふついいてると、徳利とくりのやうなものことつたといふ。
宛如さながらあき掛稻かけいねに、干菜ほしな大根だいこんけつらね、眞赤まつか蕃椒たうがらしたばまじへた、飄逸へういつにしてさびのある友禪いうぜん一面いちめんずらりと張立はりたてたやうでもあるし、しきりに一小間々々ひとこま/\に、徳利とくりにお猪口ちよく、おさかなあふぎ
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
酒屋の御用聞きが、配達の徳利とくりを二つ三つ地面にころがして、油を売っていると、野良犬がその徳利を、なんとかんちがいしてかしきりになめまわしているのも、江戸の町らしいひとつの情景。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
爺さんは徳利とくりげて、禿頭を日に光らせながら踏板を伝つて行つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)