たい)” の例文
旧字:
鳥居の台石へ腰をかけた竜之助、たいを横にして、やや折敷おりしきの形にすると、鳥居わきを流れて石畳の上へのめって起き上れなかった男。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「凡そ事物の久遠くをんに垂るる者は、(中略)切実のたいあるを要す」(芥舟学画編かいしうがくぐわへん)とは、文芸の上にも確論だと思ふ。(十月六日)
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ヴァイオリンを温かに右の腋下えきかまもりたる演奏者は、ぐるりと戸側とぎわたいめぐらして、薄紅葉うすもみじを点じたる裾模様すそもようを台上に動かして来る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おうッ」とすぐに抜きあわしたが、無論、自分のたい退いているので、その払いは虚にして空、キリキリ舞いをやったにすぎない。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これらの命名は客観的にその人々の特徴とくちょうを言い現したものだといえば、名はたいをあらわすといわれる、いわゆる名詮自性みょうせんじしょうとやらである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
どうして、ズッパリと、何故娘を殺した! と正面からぶつかって行かないのだろう! 何故たいあたりに抗議しないのであろう!
刻々 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
トタンにがらがらと腕車くるまが一台、目の前へあらわれて、人通ひとどおりの中をいて通る時、地響じひびきがして土間ぐるみ五助のたいはぶるぶると胴震どうぶるい
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
振りかざした自慢の十手、ひゅうっ! と風を切って喬之助の肩へ——落ちんとして、横にすべった。喬之助がたいをかわしたのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
下品げひんの縮の事は姑舎しばらくおいろんぜず。中品ちゆうひん以上に用ふるをうむにはうむところをさだめおき、たいを正しくなし呼吸こきふにつれてはたらかせて為作わざをなす。
平等のたいから言えば、人々、同じ人間であり、同じく本能を持ち、同じく生命を養い生活を享受し子孫を遺そうとしております。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかも今度こんどわたくし修行場しゅぎょうばは、やま修行場しゅぎょうばよりも一だんかくたか浄地じょうちで、そこにはたいそうお立派りっぱな一たい竜神様りゅうじんさましずまってられたのでした。
彼をかつせしいかりに任せて、なかば起したりしたいを投倒せば、腰部ようぶ創所きずしよを強くてて、得堪えたへずうめき苦むを、不意なりければ満枝はことまどひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私達わたしたちはその日一にち歩きまはつた。夕方ゆふがたには、自分達じぶんたちの歩いてゐる所は一たいどこなのだらうと思ふほどもう三半器官はんきくわんつかれてゐた。
美しい家 (新字旧仮名) / 横光利一(著)
日本本来の伝統に認識も持たないばかりか、その欧米の猿真似に至ってはたいをなさず、美の片鱗へんりんをとどめず、全然インチキそのものである。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
と少しもたいを崩さぬよう身構えて居りました。文治は其の夜二居ヶみねの谷々までこん限り尋ねましたが、少しも足が付きませぬ。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
たい、己のように実世間じっせけんからかけ離れた空想に生きて居る者が、物質に対する旺盛な慾望を感ずるのは、いかにも道理に合わないようである。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いざとあらば直ちに逃げのびられるたいがまえで、世にもしつこく凝視し、観察し、研究し、批評しているのを発見するのだ。
なんでも神様から夢のお告げがあったなどともったいをつけて、うまく説き伏せ、寄附者の筆頭として三千円でしたか納めさせてしまったのです。
盗難 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
けれども、ママはお仕事しごとの手をめようともしないで——一たいあんなにのべつ縫物ぬいものばかりして何が面白おもしろいんだろう!——不足ふそくそうな声でいった。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
およそ呼吸十五ばかり、二人はにらみあったまま機を計っていたが、突然、両者の口から叫び声があがり、幹太郎がたいを沈め、侍が突きを入れた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「どうもこのようすでは、博士は爆発とともにガスたいとなり、屋根をぬけて空中へふきあげられちまったんじゃないかね」
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
抽斎の好んで読んだ小説は、赤本あかほん菎蒻本こんにゃくぼん黄表紙きびょうしるいであった。おもうにその自ら作った『呂后千夫りょこうせんふ』は黄表紙のたいならったものであっただろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
わたし去年きよねんふゆつまむかへたばかりで、一たい双方さうはうとも内気うちきはうだから、こゝろそこから打釈うちとけるとほどれてはゐない。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
お姉さまは、末起の悩みを身にたいさなくてはならぬと思います。茨を踏んで、痛みと血をまた夢にかよわせましょう。
方子と末起 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「婦人と云へば、篠田君」と行徳はたいを転じて「僕はネ、君が永阪教会を放逐されたと聞いて、ホツと安心したのだ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
たまたいもそのままかすみのうちにけ去りてすくうも手にはたまらざるべきお豊も恋に自己おのれを自覚しめてより、にわかに苦労というものも解しめぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
いけおもてにうかんでいるこいでさえも、じぶんがきしつと、がばッとたいをひるがえしてしずんでいくのでありました。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
ただ醜面しこづらの一匹が、真赤に火のついた、燃えさしの木切れを取りあげて、まともに祖父の眉間へ突きつけたので、もし彼がたいをかはさなかつたものなら
是非なくに紛れて我家わがやに帰れば、こはまた不思議や、死人の両手は自然に解けてたいは地にち、見る見る灼々しゃくしゃくたる光輝を発して無垢むくの黄金像となりけり。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ははゝゝそれはね 天たいを見るには機械きかいにばかりたよらないで『見るのに合ひのいい調子てうし』にしておくことだよ
たいな笑ひ方だな。」と広海氏は少しむつとした。「二百七十円と言つたが、そんなに可笑をかしいんですか。」
そして彼は人形を抱きかゝえると、静かに床に腰を降した——人形のたいが、すると、なよ/\として彼の腕の中に魚のやうに物やはらかく凭れかゝつてゐた。
夜の奇蹟 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
やむを得ずボートにおり、本船を離れ敵弾のもとを退却せる際、一巨弾中佐の頭部をうち、中佐のたいは一片の肉塊を艇内に残して海中に墜落したるものなり——
号外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
王子入城の時に二重橋の上で潔身みそぎはらいをして内に入れたことがある、と云うのは夷狄いてきの奴は不浄の者であるからおはらいをしてたいを清めて入れるとう意味でしょう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
匂い袋なんぞを持っているけに、たわいもない柔弱者かと思うと、油断のないたいの構え、足の配り……ことに彼の胆玉きもたまと弁舌が、年頃と釣合わぬところが奇妙じゃ。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
時計師のみがことごとく時計の構造を知る、神のみがことごとく汝のたいを知るなり、ことにこの診断麁陋そろうの時代にあたって我らは容易に失望すべきにあらざるなり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
市郎が驚いて叫ぶ間もありや無しや、お杉の兇器は頸筋くびすじへ閃いて来た。が、咄嗟とっさあいだに少しくたいかわしたので、鋭い切尖きっさきわずかの肩先をかすったのみであった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
神アヱオイナ、アイヌ・ラクグル(アイヌの臭ひある人)の後、かんながら蘩蔞はこべかしら、土のたい、柳の背骨、シネ・シツキ・プイコロクル(眼窩の人)神々の髪の毛の人。
(新字旧仮名) / 北原白秋(著)
われわれの仕事は、確認という形式を踏まなければたいをなさないのだから、どうしようもないのだ。
肌色の月 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
だい貴方あなた自身じしんなんもとづいて、こんなことを主張しゅちょうなさるのか、貴方あなたは一たい哲人ワイゼですか、哲学者てつがくしゃですか?
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
和漢雑用は古来すでに用うるところ、おおいにその用に適すといえども、天下これを読む者幾何人いくばくにん、はた字書ありというと云えども、草行そうぎょうたいに至りては、また如何いかんせん。
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
『理ハ寂然じゃくねん不動、すなわチ心ノたい、気ハ感ジテついニ通ズ、即チ心ノ用』……あの世界だ。あのおやじ様は道理にも明るく経綸けいりんもあるよい人だ。ただ惜しいかな名利がてられぬ。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
そのたいは人にして其頭は犬なりと云ふは、即ち是れ宿因の絶頂に登りたるを指すにやあらむ。
旦那だんな、おおかみというやつは、ひつじを食うのでなく、ただおどかしてかみ殺しては喜ぶのです。一たい、羊は、千頭から三千頭までを一群にして一人ひとり二人ふたりの番人をつけておくのです。
「それぢや、わたくしおたのみしたいんですけど、いしは一たいどれほどかゝるものでせうか。」
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
もっともフーベルマンはやや旧時代の演奏家で、その演奏には、多分のロマンティックな幽霊が付き纏っているが、フォイアマンに至っては、そんなたいなものは微塵もない。
切先きっさきへ飛びこんだ上は、今さらたいをかわそうたって駄目だよ。何処も何ともないと貴方が明言したではないか。僕は何ともないのだ。今度は僕が無条件で貴方の言葉を承認しよう。
誤診 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
造化は今のたいの弱みに乗じたるものならんか、いわゆる富士山頂の特有とも称すべき、浮腫ふしゅおかされ、全身次第にふくれて殆んど別人を見るが如き形相となりたり、この浮腫ふしゅということは
楞厳経りょうごんきょう』に曰く、「一切衆生しゅじょう、無始よりこのかた、生死相続することは、みな常住の真心しんしん性浄明しょうじょうみょうたいを知らざるにより、もろもろの妄想をって、この想は真ならず、ゆえに輪転あり」
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
おれはこのとおりうまくたいをかわして、また勝手な太平楽を並べている。