たがい)” の例文
山稜を成す大尾根が北と南からたがいに擦れ違うようにして、其間に抱え込んだ窪地は、四方を偃松に取り捲かれた絶好のノタであった。
鹿の印象 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
たがいに何だか訳の分らない気持がしているところへ、今日は少し生暖なまあたたかい海の夕風が東から吹いて来ました。が、吉はたちまち強がって
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
というわたしをこの人はまだこどものように見てなにかと覚束ながる。たがいに眼を瞠目みはって、よくぞこのうき世の荒浪あらなみうるよと思う。
愛よ愛 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「さあ、皆さん、おたがいさまです。仰向きになって寝ないで、身体を横にして寝て下さい。一人でも余計に寝てもらいたいですから」
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
取残された兼太郎は呆気あっけに取られて、寒月の光に若い男女がたがいに手を取り肩を摺れあわして行くその後姿うしろすがたと地にくその影とを見送った。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
初恋にう少年少女のたわいのない睦言むつごとりに過ぎないけれども、たがいに人目をしのんでは首尾していたらしい様子合いも見え
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
玉子焼鍋へ油を敷いておいて今の物を少しずつ中間あいだを離して入れます。あんまり密着くっつけて入れると膨らむ時中でたがいに着いてしまいます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
かれこれとかたっているうちにも、おたがいこころ次第しだい次第しだいって、さながらあの思出おもいでおお三浦みうらやかたで、主人あるじび、つまばれて
是よりいたして雨の降るも風の夜も、首尾を合図におわかの計らい、通える数も積りつゝ、今はたがいに棄てかねて、其のなかうるしにかわの如くなり。
職業に就くにも御たがいに争ってやる、学校にいる時でもお互に点を余計に取ろうと思って競争する。競争には違いない。戦争には違いない。
今世風の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ところがこのとき、さっきの喧嘩をした二疋の子供のふくろうがもう説教を聴くのはきておたがいにらめくらをはじめていました。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「静かにしてくれ給え。おたがいは気心を知り合った友達だからいいけれど、警察の連中にこんな所を見られては、少し具合が悪いのだから」
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すこしもながく、おせんをめておきたい人情にんじょうが、たがいくち益々ますますかるくして、まるくかこんだ人垣ひとがきは、容易よういけそうにもなかった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
井伊と吉田、五十年前にはたがい倶不戴天ぐふたいてんの仇敵で、安政の大獄たいごくに井伊が吉田の首を斬れば、桜田の雪を紅に染めて、井伊が浪士に殺される。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
彼等女匪は、城隍じょうこうの前で誓いを立て十姉妹しまつと自称し、年に由って老大ろうだいとか老二とかの称号をつけ、たがいに連絡を取って活動する。
遠因はあるであろうが、むしろ模様の類似よりは仕事の性質に、たがいに近似したものが見出せるというまでではないだろうか。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ぶっきいのそばには必ず高いところに信号係が立っていて、手を振り、肘を叩き、頬をつまみしておたがいに聯絡を保っている。
そうして自分の志を述べ、人の志をみ取り、たがいに憂い、互に喜んで居るのである。そういう俳句の世界というものがある。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
従って経済現象はたがいに原因結果の関係によって結び付いているのではなく、相互依存の関係に織り込まれているのである。
先生の親友しんゆう高橋順益たかはしじゅんえきという医師いしあり。いたっ莫逆ばくげきにして管鮑かんぽうただならず。いつも二人あいともないて予が家に来り、たがいあい調謔ちょうぎゃくして旁人ぼうじんを笑わしめたり。
カマチこわされた問題の扉は、厚さ二寸もあるカシの木で、縦に長く、巾三寸位の山形の彫んだ刻みが、一行ずつ、ちがたがいの切り込み模様がついていた。
(新字新仮名) / 楠田匡介(著)
同棲どうせいしていた当時は、おたがいにその事には、一言もふれなかったが、後で考え合わせると、そうらしいというのである。
女強盗 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
人跡ひとあと絶えた山道には、人力車の通うすべもなかったので、二人の若い男女は、たがいに助け合いながら、蔦葛つたかずらう細道を、幾時間いくじかんとなくさまよい歩いた。
「もう、そんな堅くるしいことは、おたがいによしましょう、私はこうした一人者のお婆さんですから、おいやでなけりゃこれからお朋友ともだちになりましょう」
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
世界中せかいじゅう人々ひとびとがみなおたがいあいしあい、そして力強ちからづよきてゆくこと、それがかれ理想りそうであり、そしてかれはいつも平和へいわ自由じゆう民衆みんしゅうとの味方みかたであります。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
それを両方から使って居るのですから向う側に席を占めて居る人とは、ツイ話も弾み、テーブルの下の足も触り、おたがいに息も通うので、同僚達がやっかんで
追手おっての人々もおなじ村境むらざかいまで走って来たが、折柄おりからの烈しい吹雪ふぶきへだてられて、たがいに離れ離れになってしまった。其中そのなかでも忠一は勇気をして直驀地まっしぐらに駈けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その月日と時刻とを記しておいて、のちになって、それをたがいあわしてみると、そのうちの十中の六までは、その相互の感情が、ひったり一致をしていたそうだ。
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
その眼光の鋭さ、らんらんと燃ゆるような四つの眼は、おたがいの胸の底まで見抜こうとする物凄いものであった。
もすそをずりおろすようにしてめた顔と、まだつかんだままのおおきな銀貨とをたがい見較みくらべ、二個ふたりともとぼんとする。時に朱盆しゅぼんの口を開いて、まなこかがやかすものは何。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それからは符牒ふちょうでしょう、何かたがいにいい合って、手間てまの取れることなどもありますが、まりが附いて皆がそこを離れるころには、また別の方で呼立てます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そのまま、しばらくにらみあいのままでいましたが、さて、線路せんろ一筋ひとすじなので、おたがいとおりぬけることができません。どちらかあとしざりをしなければなりません。
ばかな汽車 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
持ってるんですよ。僕もおよばずながら、同じ江戸っ子だから、なるべく長くご在校を願って、おたがいに力になろうと思って、これでも蔭ながら尽力じんりょくしているんですよ
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この年七月二十日に山崎美成やまざきよししげが歿した。抽斎は美成と甚だ親しかったのではあるまい。しかし二家にか書庫の蔵する所は、たがいだし借すことをおしまなかったらしい。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
是れではドウモ御老中方へ御覧に入れることが出来ないと、妙な事を云うその様子を見るに、経済書中に人間たがい相譲あいゆずるとか云うような文字が見たいのであろう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そうすると他の生徒は後からも前からも一時に囃し立て鼻緒の切れた草履ぞうりを投げ付けたり、たがいに前の者を押しやって清吉に突き当たり、白墨はくぼくきれを投げ付けたり
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
当時とうじ幕府の進歩派小栗上野介おぐりこうずけのすけはいのごときは仏蘭西フランスに結びその力をりて以て幕府統一のまつりごとをなさんとほっし、薩長さっちょうは英国にりてこれにこうたがい掎角きかくいきおいをなせり。
たがいの世界はちがっていても、謙遜けんそんしあうのが夫婦の道、だが絶縁状を見たうえは、何とか処置する。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それについてのこまかい話は省きますが、幾度か失望のふちに陥りながら、それでも夫妻でたがいに励まし合い、遂に一八九八年の夏になって最初の成功をかち得たのでした。
キュリー夫人 (新字新仮名) / 石原純(著)
三人の仲間同志でやってたんだそうですが、もともと玄人くろうと同志がやってたんではたがいそんですから、やがて素人しろうとを引入れ始めたんです……つまり、休憩で退廷した時なぞに
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
そして一生懸命にめんかきをして、ようやく水の上に顔だけ出すことが出来ました。その時私たち三人がたがいに見合せた眼といったら、顔といったらありません。顔は真青まっさおでした。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ゴチック風の表飾りのある旅館の湿気しけた寝台のうへには、滅びた恋の野辺の送りをするために、屍灰しかいさながらのあじわひをたがいの唇のうへになほも吸ひ合ふ恋人たちの横たはつてゐるのを。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
日常の事はさほどの事はないけれ共、少し重立った事になると生国の違いと云う感じが都の者ほどさっぱりとは行かず、とけがたいわだかまりになっておたがいの一致を欠くのであった。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
大きなデカおやじが、自分の頭程あたまほどもない先月生れの小犬ののみんでやったり、小犬が母の頸輪くびわくわえて引張ったり、犬と猫と仲悪なかわるたとえにもするにデカと猫のトラとはなつき合わしてたがいうたがいもせず
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
毎朝顔を合せる度におたがいの鼻のにおいを嗅ぎ合う、大の仲よしの黒なのです。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
可笑おかしいことには、この花屋の兄弟はとても仲が悪くて、夏場だけはおたがい仲好なかよさそうに口をき合いながら商売をしているが、さて夏場が過ぎてしまうと、すぐに性懲しょうこりもなく喧嘩けんかをし始め
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しかし一つの型に属する土器の曲線には、何となくたがいに似たところがあり、何か一定の法則がありそうに見える。この法則をうまく数学的に表現することが出来れば、目的は達せられるはずである。
相手あいて気持きもちをのみむのには、おたがいなかよくし合うことがなによりです。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
生涯たがいに独身主義を守って只一時限りの……又は売り物買い物の低級な性愛や性欲で満足を買って行くがよろしい……と云いたくなりますが、これは机上の空論で実際はなかなかそうは行きませぬ。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
巴里パリにいる日本人は皆おたがいから遠ざかる事を希望する。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)