おほ)” の例文
是等が黄色な灯で照されて居るのを私は云ひ知れない不安と恐怖の目で見て居るのであつた。終ひには兩手で顏をおほうてしまつた。
巴里まで (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
續いて、もう一と打、二た打、すさまじい稻光りが走ると、はためく大雷鳴、耳をおほふ間もなく篠突しのつくやうな大夕立になりました。
は母のふところにあり、母の袖かしらおほひたればに雪をばふれざるゆゑにや凍死こゞえしなず、両親ふたおや死骸しがいの中にて又こゑをあげてなきけり。
斯く爲しつつ空中の鳥を目掛けてげる時は、あみを以て之をおほふと同樣、翼をおさへ体をけ鳥をして飛揚ひやうする事を得ざらしむ。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
今度はわたしが手を替へて、優しく下手したでに出た。すると娘はシク/\泣きだして半巾ハンカチで顔をおほつてばかりゐる。わたしは情けなくなつた。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
二人共平生へいぜいの通りの樣子をしようとつとめた。しかし彼等が戰はねばならぬ悲しみは完全に征服され、または隱しおほはれるものではなかつた。
紀朝臣清人きのあそみきよひとは、「天の下すでにおほひて降る雪の光を見れば貴くもあるか」(巻十七・三九二三)を作り、紀朝臣男梶おかじ
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
鼠色の服を着けさふらて、帽は黒のおほへるをして甲板かんぱんに立ちさふらふに、私を不思議さうのぞかぬはなく、はづかしくさふらひき。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
皆黒塗にして、その形狹く長く、波をりて走ることつるを離れしに似たり。せまりて視れば、中央なる船房にも黒き布をおほへり。水の上なるひつぎとやいふべき。
得意な雲は總てをおほひ包んで、草も、木も、石も、岩も、風までも、人までも、在ゆる生物を自己の翼の下におさめて、いつまでも其儘に續けて行きさうに見える。
山岳美観:02 山岳美観 (旧字旧仮名) / 吉江喬松(著)
好み天晴あつぱれ遣人つかひてなりしが或時らいおちて四方眞暗となりしに仁左衞門は事ともせず拔打ぬきうちおほひ下りし雲の中を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
離座敷の正面には格之助の死骸らしいものが倒れてゐて、それに衣類をおほひ、間内まうちの障子をはづして、死骸の上を越させて、雨戸に立て掛け、それに火を附けてあつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
袖もて口をおほひ、さなきだに繁き額の皺を集めて、ホヽと打笑ふ樣、見苦しき事言はん方なし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
あたかもおほへる水の乏しくなれる一のあわのごとくこのかたちおのづから碎けしとき 三一—三三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ゆきおほはれたそのくづしの斜面しやめんに、けもの足跡あしあとが、二筋ふたすぢについてゐるのは、いぬなにかゞりたのであらう、それとも、雪崩なだれになつてころりてかたまりのはしつたあとでもあらうかと
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
三に曰く、みことのりを承はりては必ず謹め、きみをば則ちあめとす。やつこらをば則ちつちとす。天おほひ地載せて、四時よつのときめぐり行き、万気よろづのしるし通ふことを得。地、天を覆はむとるときは、則ちやぶるることを致さむのみ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
とまおほうて、すゝきなびきつゝ、旅店りよてんしづかに、せみかない。
十和田の夏霧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その平生へいぜい怠無おこたりなかりし天は、又今日に何の変易へんえきもあらず、悠々ゆうゆうとしてあをく、昭々としてひろく、浩々こうこうとして静に、しかも確然としてそのおほふべきを覆ひ、終日ひねもす北の風をおろし、夕付ゆふづく日の影を耀かがやかして
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そのくらゐですからえだもおそろしくしげりひろがつてゐてあさ杵島岳きしまだけかくし、夕方ゆふがた阿蘇山あそさんおほつて、あたりはひるも、ほのぐらく、九州きゆうしゆう半分程はんぶんほど日蔭ひかげとなり、百姓ひやくしようこまいてゐたといひますが
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
一人してづるはそでのほどなきにおほふばかりのかげをしぞ待つ
源氏物語:14 澪標 (新字新仮名) / 紫式部(著)
蔦のひげがからんで、松の木がそれをおほうてゐる。
ジャム、君の家は (旧字旧仮名) / シャルル・ゲラン(著)
そこいらは一面におほひ冠せられたやうに成つた。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
さくら木はおほひかぶさりて花ちりそそげり。
佐藤春夫詩集 (旧字旧仮名) / 佐藤春夫(著)
人々そとより殆んど全くおほはれたり。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
平次と八五郎の姿を見ると、弟子達も近所の衆も、遠慮して縁側に立去り、凄慘な死の姿が、おほふところもなく二人の眼にさらされます。
だが同時に眩暈めまひを感じたと見えて、又もや手で額をおほひながら近寄る和作を待ち切れず、もたれかゝるやうに倒れて来た。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
雪につぶされざるため也。庭樹にはきは大小にしたがえだまぐべきはまげて縛束しばりつけ椙丸太すぎまるた又は竹をつゑとなしてえだつよからしむ。雪をれをいとへば也。冬草ふゆくさるゐ菰筵こもむしろを以おほつゝむ。
董花すみれのかほり高きほとりおほはざる柩の裏に、うづたか花瓣はなびらの紫に埋もれたるかばねこそあれ。たけなる黒髮をぬかわがねて、これにも一束の菫花を揷めり。是れ瞑目せるマリアなりき。
内大臣藤原卿(鎌足)が鏡王女に答え贈った歌であるが、王女が鎌足に「たまくしげおほふを安み明けて行かば君が名はあれど吾が名し惜しも」(巻二・九三)という歌を贈った。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
肩に引掛ひきかけ若き女は上に浴衣ゆかたおほひたれども下には博多縮緬はかたちりめんの小袖を二枚着し小柳こやなぎ縫模樣ぬひもやうある帶をしめ兩褄りやうづま取揚とりあげ蹴出けだしあらはし肉刺まめにても蹈出ふみだせしと見えて竹のつゑつきながら足を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
金澤氏の年々受け得た所の二樣の鑑札は、蒼夫さんの家のはこに滿ちてゐる。鑑札は白木の札に墨書して、烙印らくいんを押したものである。札はあな穿うがを貫き、おほふに革袋かはぶくろを以てしてある。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
テムプル先生の寢臺に近く、そのまつ白なカァテンに半ばおほはれて、小さな子供用の寢臺があつた。その掛布團かけぶとんの下には人の型の輪郭が見えるけれど、顏はカァテンの蔭にかくされてゐた。
と二ぎやうもうみながら、つひ、ぎんなべ片袖かたそでおほふてはいつた。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
はやその足をもてモロッコをおほふ。
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
月を浴び、玻璃はりおほはれ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
空冬雲におほはれて
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
瓶は滅茶々々にこはされましたが、瓶の口をおほつた澁紙は眞新らしいまゝで、それを縛つた紐まで、そつくり、そのまゝになつてゐるのです。
又上におほふ所ありてその下には雪のつもらざるを知り土穴をほりこもるもあり。しかれどもこゝにも雪三五尺は吹積ふきつもる也。熊の穴ある所の雪にはかならず細孔ほそきあなありてくだのごとし。
旅館を出でしは祝射しゆくしや眞盛まさかりなりき。玄關よりも窓よりも、小銃拳銃などの空射をなせり。こは精進日の終を告ぐるなり。寺々の壁畫をおほへる黒布をば、此聲とゝもにりて落すなり。
試みに同じ作者が藤原鎌足の妻になる時鎌足に贈った歌、「玉くしげおほふをやすみ明けて行かば君が名はあれど吾が名し惜しも」(巻二・九三)の方はやや気軽に作っている点に差別がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
高くつるした青銅の洋燈ランプの外には灯はまだけてはなかつたけれど。別に暖かみのある光が廣間とかしの階段の下の方の段をおほつてゐた。このべにを帶びた輝きは大食堂から洩れて來るのであつた。
おほはん爲三次へ頼みて淺草中田圃なかたんぼにて殺害に及ばせ又神田三河町二丁目家持いへもち五兵衞召使めしつかひ千太郎より五十兩の金子を騙り取候而已成のみならず同人を打擲ちやうちやくに及びあまつさへ惡事の證人忠兵衞夫婦へ無實むじつ難題なんだい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
俵屋におほかぶさつた暗い雲は、一夜にして取拂はれましたが、その代償だいしやう大袈裟おほげさなのに、誰も彼もがきもをつぶしたことです。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
暴風ばうふう四方の雪を吹ちらして白日をおほひ、咫尺しせきべんぜず。
思ひの外粗末な身扮みなりも痛々しく、紅や白粉とは縁の無ささうな頭は、娘らしい可愛らしさを押し潰してゐ乍らも、生れつきの美しさはおほふべくもありません。
銭形平次捕物控:282 密室 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
膝行ゐざり寄つて線香をあげて、死骸をおほつたきれを取りのけて、物馴れたガラツ八も思はず聲を立てました。
お絹よりはほつそりして居ますが、蒼味を帶びた眞珠色の皮膚、凝脂が銀のやうに光つて、その上を血潮の網の目でおほつた痛々しさは何にたとへるものもありません。
今度の事件——佐渡屋におほひ冠さるのろひの手は、あまりにも殘酷で、執拗しつえうで、加減も容赦もないのを見せつけられると、八五郎はもう姿を見せぬ曲者と四つに組んで
昨日と同じやうに、繩が一本はりから下がつて、その下には取りおろしたばかりの番頭勘三郎の死骸が、おほふところもなく、むき出しの怖ろしい形相をさらしてゐるのでした。
平次は膝行ゐざり寄つて、死顏に近々と首を垂れると、靜かにそれをおほつた白いきれを取りました。