おきな)” の例文
帝劇の屋根の上におきなの像が突っ立っていたのも同様であった。(震災前)はじめは何だか突飛とっぴな感じがしたがしかし直ぐ眼に馴れた。
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そのかたわらに馬立てたる白髪のおきな角扣紐つのボタンどめにせし緑の猟人服かりゅうどふくに、うすきかちいろの帽をいただけるのみなれど、何となくよしありげに見ゆ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
米友さんや、わたくしは一昨晩——胆吹山へ参詣をいたしましたのです、その時に、あの一本松のところで、山住みのおきなに逢いました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
したとき、……おきなあかがほは、のまゝけさうに俯向うつむいて、をしばたゝいた、とると、くちびるがぶる/\とふるへたのである。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
もっとも、それは現存の人ではなく、深い足跡をのこして行った故人で、しかもかなりの老年まで生きた一人のおきなではあったが。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
文化三年の春、全く孤独になつた七十三のおきな、上田秋成は京都南禅寺内の元の庵居あんきょの跡に間に合せの小庵を作つて、老残の身を投げ込んだ。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
鴫打ちの一行には、この二人のおきなの外にも、まだ若々しさの失せないトルストイ夫人や、犬をつれた子供たちが加はつてゐた。
山鴫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こゝにわが身に近くたゞひとりのおきなゐたるをみたり、その姿は厚きうやまひを起さしむ、子の父に負ふ敬といふともこの上にはいでじ 三一—三三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
(竹取翁は姿も声も全く第二幕と同じ讃岐さぬき造麻呂みやつこまろであるが、おきなの「面」をつけている。話し振りは非常にゆっくりと穏かに)
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
おきな——それは別人ならぬ果心居士かしんこじだ。龍太郎の顔を見ると、ふいと、かたわらのあかざつえをにぎりとって、立ちあがるが早いか
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
学びし人とも覚えずしかるをなおよくかくの如く一吐一言いっといちげん文をなして爲永ためながおきなを走らせ式亭しきていおじをあざむく此の好稗史こうはいし
怪談牡丹灯籠:01 序 (新字新仮名) / 坪内逍遥(著)
という歌をいて、涙がこぼれたことも私にはあった。或いは白髪のおきな囲炉裏いろりの脇で、ひざの子の小さい手をおさえながら
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「あのときおまえがへんなことを云った」と兄は七十郎に云った、「父上はいつまでも御壮健すぎる、とうてい八十に近いおきなとは思われない」
陶器師すえものつくりおきなは笑いながら見返った。彼は手づくりのつぼをすこし片寄せながら、狭い仕事場の入口に千枝太郎を招き入れた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それがだん/\つのつて、七月しちがつ十五夜じゆうごやなどにはいてばかりゐました。おきなたちが心配しんぱいして、つきることをめるようにとさとしましたけれども
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
思い思いのことを主張する弁論を女院は興味深く思召おぼしめして、まず日本最初の小説である竹取のおきな空穂うつぼ俊蔭としかげの巻を左右にして論評をお聞きになった。
源氏物語:17 絵合 (新字新仮名) / 紫式部(著)
綽名あだなを沙漠の老人と云って幾個いくつかの伝説と幾個かの予言と幾個かの迷信とに養われている魔法使いのようなおきなです。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
○さてまた芭蕉が行状小伝ぎやうぢやうせうでん諸書しよしよ散見さんけんしてあまねく人の知る所なり、しかれどもおきな容㒵かほかたち挙世きよせい知る人あるべからず。
そのころ私は毎晩母のふところいだかれて、竹取のおきなが見つけた小さいお姫様や、継母ままははにいじめられる可哀かわいそうな落窪おちくぼのお話を他人事ひとごととは思わずに身にしみて
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
それはその花がんで実になると、それが茎頂けいちょうに集合し白く蓬々ほうほうとしていて、あたかもおきな白頭はくとうに似ているから、それでオキナグサとそう呼ぶのである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
すべて此の里のふるき人は兵乱ひやうらんの初めに逃失にげうせて、今住居する人は大かたほかより移り来たる人なり。只一人ひとりおきなの侍るが、一三四所にひさしき人と見え給ふ。
わが父はつれづれのおきなうづらひひめもす飽かず、鶉籠とさし寄せ、行き通へよくつがへとぞ、いすわると、膝に肘張り、眼を凝らし、ただにおはせり。
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
おなじような片歌かたうたはなしが、やまとたけるのみことにもあります。このみこと東國とうごく平定へいていとき甲斐かひくに酒折さかをりみや宿やどられて、もやしてゐたおきなに、いひかけられました。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
おきな布団ふとんはねのけ、つとちあがりて、紀州よ我子よと呼びし時、くらみてそのまま布団の上に倒れつ、千尋ちひろの底に落入りて波わが頭上に砕けしように覚えぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
古き江にさざなみさえ死して、風吹く事を知らぬ顔に平かである。舟は今緑りむる陰を離れて中流にづる。かいあやつるはただ一人、白き髪の白きひげおきなと見ゆ。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
続いて田あるじのおきなが怪しげな着物にひもも結ばず、破れた大笠をさし足駄あしだをはいて悠然として練って行く。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
この三派みつまた片岸かたぎし、濱町——大川の浦には、五六十年後の寶暦十年には、國學者縣居あがたゐおきな賀茂眞淵かものまぶちが居た。
花火と大川端 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
「牛を追うおきな」「みかん」「いこいつつ水の流れをながめおれば、せきれい鳴いて日暮れんとす」など
亮の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その時足をくじかれて、霎時しばしは歩行もならざりしが。これさへ朱目あかめおきなが薬に、かく以前もとの身になりにしぞ
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
二三日立つと飾箱の前へ大きなおきなが出て来た。どこやら公爵に似た顔付である。さて自分の所有の美術品を見ると、非常な狼藉がしてあるので、勃然としていかつた。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
おきなにドメニカ、ドメニカと呼ばれて、荒𣑥あらたへ汗衫はだぎひとつ着たるおうなでぬ。手足をばことごとくあらはして髮をばふり亂したり。媼は我を抱き寄せて、あまたゝび接吻す。
この時に若い愛らしい婦人が、群衆を押し分けて、リツプの側へ近寄りました。この白髯しろひげおきなの貌に驚いてか、抱いて居た頬のふくれた子は、声を放つて泣出しました。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
小紅亭の定連は多く拉甸区の書生画工にして時には落魄らくはくせる老詩人かとも思はるる白髪のおきなを見る。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
若しジユリエツトが来て、ブラウン夫婦がダウウトのおきな氈店かもみせに往つたのを知らせなかつたら、僕はいつまでもその男を見詰めてゐただらう。氈店で僕は夫婦に逢つた。
不可説 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
七十ばかりなあるじおきなは若き男女のために、自分がこの地を銃猟禁制地に許可を得し事柄や、池の歴史、さては鴨猟の事など話し聞かせた。その中には面白き話もあった。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
うらむらくは其の叙するところ、けだいまだ十の三四をおわるに及ばずして、筆硯ひっけん空しく曲亭の浄几じょうきのこりて、主人既にきて白玉楼はくぎょくろうとなり、鹿鳴草舎はぎのやおきなこれをげるも
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
赤松が四五本川辺かわべりへ枝を垂れ、其処に塚がって、おきなの詠んだ「夏来ても只一つ葉の一つかな」という碑があります、此の大泉小泉の掘割から堅科川かたしながわという利根の水上みなかみ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「これをこそ藪医者となんいうめれさ。竹取たけとりおきな舎弟しゃていの子孫で竹内直太郎という人だろう?」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
能面のおきなのような雅致がちのある顔つきの老人が、おだやかな口調でボツボツと話し合っている。
茸訪問については屡々私は一人の案内者を伴うことがある。案内者の名を仮に粂吉と呼ぶ。幾春秋山中の日にかれた彼の顔は赤銅色を呈している。おきなめんのようにも見える。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
定明の北のやかたは庭をよぎり、松とかしわとにかこまれていて、夜は仕えの者も遠ざかって、ただ一人の唖のおきながやかたの外部屋に寝泊りしているだけで、誰も往き来はしない。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「君公庁おおやけに召され給うと聞きしより、かねてあわれをかけつる隣のおきなをかたらい、とみに野らなる宿やどのさまをこしらえ、我をとらんずときに鳴神なるかみ響かせしは、まろやが計較たばかりつるなり」
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
見れば雜踏こみあひの中を飄然として行く後ろつき菊五郎おとはやに似たる通仕立つうじたておきなあり誰ぞと見れば幸堂得知かうだうとくち氏なりさては我々の行を送らんとしてこゝに來て逢はぬに本意ほいなく歸るならん送る人を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
大先達某勧之などとしたため、朱印をベタ押しにしたのを着込んで、その上に白たすきをあや取り、白の手甲に、渋塗しぶぬりの素足をあらわにだした山羊やぎひげのおきななど、日本アルプスや
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
わたしの爲に祈つてくれ、おきなびた水松いちゐの木よ、憐愍あはれみ深き木、わたしの悲しい心のよろこび
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
竜宮城へいって乙姫おとひめ様に歓待されるまま、そこで何日かを遊び暮して元の浜へ帰って来た時には、白髪しらがおきなになっていたといいますが、今の私の場合にも、何かそんな気がしてならないのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
その他能楽の始めにおきなを演ずるにならひて芝居にても幕初めに三番叟さんばそうを演ずるが如き、あるいは能楽を多少変改して芝居に演ずるが如き、あるいは芝居の術語の多く能の術語より出でたるが如き
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そのなつかしい名を刻んだ苔蒸こけむす石は依然として、寂寞せきばくたるところに立ッているが、その下にねぶるかの人の声は、またこの世では聞かれない,しかしかくいう白頭のおきなが同じく石の下に眠るのも
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
おきなとてわびやは居らむ草も木も榮ゆる時に出でて舞ひてむ 尾張濱主
愛国百人一首評釈 (旧字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
続いて天保三年の春、師家へ入門の手続をして直ぐに秘曲「おきな」の相伝を受けた。時に利春十六歳と伝えられているが、これはその時代の事であるから直接上京して入門した訳ではないようである。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)