しげ)” の例文
その愈々いよいよ婚礼の晩という日の午後三時頃でもあろうか。村の小川、海に流れ出る最近まぢかの川柳しげれる小陰に釣をたるる二人の人がある。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
客と家の者とがしげく出入して、夜もさわがしかった。武は七郎と小さなへやへ寝たが、三人の下男はその寝台の下へ来てわらを敷いて寝た。
田七郎 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
しげるがまゝの秋草ですが、それでも氣をつけて見ると、人間の通つたらしい跡が、ほんの少しばかり草がみつけられてをります。
眞中まんなかには庭園ていえんがあり、噴水ふんすいえずみづし、あたりには青々あを/\しげつた庭木にはきゑてあり、あつなつでもすゞしいかんじをあた
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
大きい古いけやきの樹と松の樹とが蔽い冠さって、左のすみ珊瑚樹さんごじゅの大きいのがしげっていた。処々の常夜燈はそろそろ光を放ち始めた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
呑牛は考へてゐたが、細君のおしげさんに命じて、衣物か何かを質屋へ持つて行かせたらしい。云つてゐただけの金を義雄の前に出した。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
一令は一令よりしげく下れり、天下の民は、雷鳴を聞くのみならず、閃々せんせんたる電光を見たり。閃電を見るのみならず、落雷に撃たれたり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
生花の日は花や実をつけた灌木かんぼくの枝で家の中がしげった。縫台の上の竹筒に挿した枝にむかい、それをり落す木鋏きばさみの鳴る音が一日していた。
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そこは大阪にはちょっとめずらしい樹木のしげった場所であって琴女の墓はその斜面の中腹を平らにしたささやかな空地あきちに建っていた。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こうぞしげれば、和紙の産地である。麻が畑に見えれば、麻布を予期していい。同じ土焼どやきの破片が数あれば、それでかまが見出せたともいえる。
地方の民芸 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
今はどうか知らぬが、昔は中国のある地方では、それが荊棘いばらのようにしげっていて、原住民はこれを伐採ばっさいし燃料にしたと書物に書いてある。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
私は月に二度もしくは三度ずつ必ず先生のうちへ行くようになった。私の足が段々しげくなった時のある日、先生は突然私に向かって聞いた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
腐りかけた門のあたりは、二、三本しげったきりの枝葉が暗かったが、門内には鋪石しきいしなどかって、建物は往来からはかなり奥の方にあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「おしげさんも、この頃のように、ああ無駄目むだめが見えるようになっては長くあるまい。」……とは、私の母がいった言葉である。
夜の喜び (新字新仮名) / 小川未明(著)
中川辺を通って行くと、小さいながら庭木のしげりようなどのおもしろく見える家で、よい音のする琴を和琴わごんに合わせて派手はでく音がした。
源氏物語:11 花散里 (新字新仮名) / 紫式部(著)
で、そましか通わなかった道に、湯治客の草鞋のあとしげく、今は、阿弥陀沢村の一戸にまあたらしい白木の看板が掲がって——御湯宿、藤屋。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その時和作は妙に胸に響くなつかしさに打たれた。この懐しさはいつまでも消えなかつた。そして段々しげく加納の家に出入りするやうになつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
旅亭やどや禿頭はげあたまをしへられたやうに、人馬じんば徃來ゆきゝしげ街道かいだう西にしへ/\とおよそ四五ちやうある十字街よつかどひだりまがつて、三軒目げんめ立派りつぱ煉瓦造れんぐわづくりの一構ひとかまへ
大杉の家もヤヤ人出入ひとでいりしげく取込んでるらしく想像されたが、安成もそれぎり見えないので、不安を感じながら身辺の雑事に紛れていると
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
勤め先からの帰りと覚しい人通りがにわかにしげくなって、その中にはちょっとした風采みなりの紳士もある。馬に乗った軍人もある。人力車じんりきしゃも通る。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「あんた一人で東京までようおきやすか。」と母親おふくろはもう涙を一杯眼に浮べて「しげ可憫かはいさうに、おつれちつとも出来でけよらんのかいなあ。」
水鶏くいなが好んで集まる、粘土ねばつちあしが一面に生いしげったところをじくじく流れる、ほとんど目につかないような小川で、本土から隔てられている。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
そして泳ぐような手つきでしげりあった秋草をかきわけ、しろじろとみえる頸筋くびすじや手くびのあたりにいなごみたいに飛びつく夜露
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
藪は随分しげつてゐるが、雨はどしどし漏つて来る。八は絆纏はんてんのぴつたりはだ引附ひつついた上を雨にたたかれて、いやな心持がする。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
白樺しらかばの若木を自分で植えつけて、それがやがて青々としげって、風に揺られているのを見ると、僕の胸は思わずふくらむのだ。
一径いっけいたがい紆直うちょくし、茅棘ぼうきょくまたすでしげし、という句がありまするから、曲がりくねった細径ほそみちかやいばらを分けて、むぐり込むのです。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それは古い沼で、川尻かわじりからつづいてあおくどんよりとしていた上に、あしやよしがところどころに暗いまでにしげっていました。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
妻の姉妹は三人もあって、銘々東京で家庭を持っているのですが、彼等の共通の祖母が、私の家へばかり足しげく来るものですからおしまいには
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
山門の所からはすぎ森は暗いほどにしげり、おくへ行くにしたがってはだがひやりとするような寒い風が流れるようにいて来た。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
さて、つまみ、ちがへ、そろへ、たばねと、大根だいこのうろきのつゆ次第しだいしげきにつけて、朝寒あさざむ夕寒ゆふざむ、やゝさむ肌寒はだざむ夜寒よさむとなる。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
陽は山にさえぎられて、山は木が真っ暗にしげって、その下をつづら折りに登って行くのですから、涼風はおもてを打って、暑いことは少しもありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
さすがに今は貫一が見るたびいかりも弱りて、待つとにはあらねど、その定りて来る文のしげきに、おのづから他の悔い悲める宮在るを忘るるあたはずなりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一般には、とかく悪い意味に用うるも、文字より考えれば必ずしも悪い意味のみでなく、びひろがりしげる意味である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
すぐにそこから小径こみちがつづいて、あたりいちめんにしげっているすすきの穂の先を、あるかないかの風が、しずかな波をつくり乍ら渡っていった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
或る部分は分厚に葉が重り合つてまるくかたまつてしげつて居るところもあつた。或る箇所は全く中断されて居るのである。
額のあたり少し禿げ、両鬢りょうびん霜ようやくしげからんとす。体量は二十二貫、アラビアだね逸物いちもつも将軍の座下に汗すという。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
住むに家なく、口にするかてもない難民は大路小路にあふれております。物とり強盗は日ましにしげくなって参ります。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
昼は九九しみらに打して、よひ々ごとにはつかのもとにまうでて見れば、小草はやくもしげりて、虫のこゑすずろに悲し。
しかし現今も飛鳥あすか雷岳いかずちのおかあたり、飛鳥川沿岸に小竹林があるが、そのころも小竹林はしげって立派であったに相違ない。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
広いアスファルトの道路をへだてて、戦災をのがれた向う方には大きな建物が並び、街路樹も青々としげっている。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
夏の暮れ方、蝙蝠こうもりの出盛るころになると新道は急に人足がしげくなって、顔を真っ白に塗った若い女たちが射的屋の赤提灯あかぢょうちんの下などにちらちら動いていた。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
そして亭々とした華奢きゃしゃな幹の先の思いがけない葉のしげみを、女の額のり前髪のように振りさばいて、その影の部分だけの海の色を涼しいものにしている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼問ひ此答ふるしげき詞の中にも、幸にして人の我詩卷を問ふ者なく、我も亦もだありければ、ダヰツトの詩篇の事は終に復た一人の口に上ることなかりき。
で、夢見心地でこの広々とした原っぱを通り過ぎると、間もなく物凄いすすきの大波が蓬々ほうほうしげった真に芝居の難所めいた古寺のある荒野に踏み入る筈だ。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
畏怖も嫌忌も恐らくは我々以上であって、従って必要のない時にはたいていしげみ隠れなどから注意深く平地人の行動を、窺っていたのであろうと想像する。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
傘からはしたたりがことさらしげく落ちて、単衣ひとえをぬけて葉子のはだににじみ通った。葉子は、熱病患者が冷たいものに触れた時のような不快な悪寒おかんを感じた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
上総かずさは春が早い。人の見る所にも見ない所にも梅は盛りである。菜の花も咲きかけ、麦の青みもしげりかけてきた、この頃の天気続き、毎日長閑のどか日和ひよりである。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
空は暗くくもって、囂々ごうごうと風がいていた。水の上には菱波ひしなみが立っていた。いつもは、もやの立ちこめているようなあししげみも、からりとかわいて風に吹きれていた。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
教育博物館の方はなかなか整頓せいとんしていて、植物などはいろいろな珍しいものがあつめてあったが、或る方面は草茫々ぼうぼうとして樹木しげり、蚊の多いことは無類で、全く
万葉集の巻ノ七に、伊勢の海のあまの志摩津しまづ鮑玉あわびだま、取りてのちもが恋のしげけんという和歌がございます。
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)