しぶ)” の例文
旧字:
丁度山々では紅葉もみじが赤らむのでね、善光寺詣りの団体くずれが、大群をなして温泉めぐりをやり、しぶからこの上林へとくり上って来る。
通して捺塗なぞって見て下さい。その幻の消えないうちに。色が白いか何ぞのように、胡粉ごふんとはいいませんから、墨ででも、しぶででも。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くわをかついでいる百姓ひゃくしょう親爺おやじさんといったほうが適当であり、講義の調子も、その風貌にふさわしく、訥々とつとつとしてしぶりがちだった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「それもそうじゃな」と、頼長はしぶしぶうなずいた。彼も差しあたってはそれを言い破るほどの理屈をもっていないらしかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
店と聞いていたが、暖簾のれんも看板も懸けてはない。しぶで塗った三間の出格子に、戸前とまえの土蔵がつづき、その他は高塀で取りめぐらしてある。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
スルと先方も中々しぶとい。再三再四やって来て、とう/\仕舞しまいには屋敷を半折して半分ずつ持とうとうから、れも不承知。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その女にね(栗原さんは一寸云いしぶって、頭をかくのです)実は私はれていたのですよ。しかもそれが、恥しながら片思いという訳なんです。
モノグラム (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「浦島」三幕五景まで来たがしぶってしまった、何だか変な調子になった。秋声の「かび」を読んだ。佳い。明日は東京へ行く。
話の仕掛が大袈裟なので、道益は、ことによったら風摩の一味かと仰天したが、間もなく思いあたることがあったので、むむとしぶり笑いをした。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
など云うたぐいかえで銀杏いちょうは、深く浅く鮮やかにまたしぶく、紅、黄、かちあかね、紫さま/″\の色に出で、気の重い常緑木ときわぎや気軽な裸木はだかぎの間をいろどる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「小説を余り載せるものですから、つい買ひしぶつてしまふのです。あれだけはやめるわけかないものでせうか?」
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もうひと月もすればうれるのに、しぶくはないということで八津はそれを食べたのである。いっしょに食べた子もあるのに、八津だけが命をうばわれた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
何が気に入らないのか、だまりこくってむっつりしている。いてもいってはれないで、しぶい顔をするばかり。
良人教育十四種 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は全身にしぶに似たかきに似た茶に似た色の法衣ころもまとっていた。足も手も見えなかった。ただくびから上が見えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
足弱の遠藤君が脚に自信がないからと言ってそれに決め、皆もそのつもりでしぶ温泉に行き、そこで一泊した。
八ガ岳に追いかえされる (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
金助の言葉が、さいぜんの得意にひきかえて、肝腎かんじんのところへ来てしぶるので、お銀様もかんにこたえたと見え
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
またその使いを頼まれた人間がその使いを行きしぶったりするときのことを考えると、実際それは吉田にとって泰山を動かすような空想になってしまうのだった。
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
水がじめじめしてその表面にはあちこち赤い鉄のしぶきあがり見るからどろどろで気味も悪いのでした。
土神ときつね (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しぶしぶながらに鏡を手放した私の態度を、博士はじっと見ていたらしかった。それから博士はその鏡に自分の息を吹きかけて、それを私の眼の前へ持って来た。
こんな風に別れる度に、手切金だの慰藉料だのいふ名目で、結局しぶりながら正文の手もとから金が出た。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
番頭ばんとう幸兵衛こうべえは、かべ荒塗あらぬりのように汚泥はねがっているまつろうすねを、しぶかおをしてじっと見守みまもった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ハイ/\これ猪口ちよくかい、大分だいぶ大きな物だね、アヽ工合ぐあひについたね。グーツと一くちむかまんうち旅僧たびそうしぶい顔して、僧「アツ……御亭主ごていしゆついで愚僧ぐそうしばつておれ。 ...
詩好の王様と棒縛の旅人 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
それがまだ固くしぶい時分に枝からいで、なるべく風のあたらないところへ、はこかごに入れておく。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二十七八のしぶを塗って陽へ干したような、そのくせ何処か小意気なところのある若い衆です。
どういうわけか、ストリーの部分に入ろうとすると、筆がしぶってしまう。今回はそこでそうした渋滞じゅうたいを防ぐべく、当時の日記を抜き書きして、それに注を書き加える形で、筋の進展を
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
このひまにメエルハイムはイイダひめの傍に居寄いよりて、なに事をかこひ求むれど、しぶりてうけひかざりしに、伯爵夫人も言葉を添へ玉ふと見えしが、姫つと立ちて「ピヤノ」にむかひぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
明日あしたも持って来とくなはれや」そんな時柳吉が背にのせて行くと、「ねえちゃんは……?」ええ奥さんを持ってはると褒められるのを、ひと事のように聴き流して、柳吉はしぶい顔であった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
さて愈々いよ/\東京を出発しようといふ事になると、肝腎の満谷氏がしぶくり出した。
と、例のしぶい声で元気に笑いながら、新助と並んで帰っていった伊兵衛棟梁。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
『吹くのが面白いものだから、自分でわざと火を消しては、やたらに吹いた』と、夫人が追想談で話しているが、おそらくそういう場合、ヘルンの筆が行きしぶり、感興が中断した時であったろう。
みんなはになつてすわつて、自分の籠の中から、なるべく大きいのをり出して、その皮を前歯でむくと、中のしぶ拇指おやゆびつめや、前歯でとつて、とてもいゝ音をさせて、カリ/\と食べだしました。
栗ひろひ週間 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
春雨はるさめ格子戸こうしどしぶじゃひらきかける様子といい、長火鉢の向うに長煙管取り上げる手付きといい、物思う夕まぐれえりうずめるおとがいといい、さてはただ風に吹かれる鬢の毛の一筋、そらけの帯のはしにさえ
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白旗氏はしぶい顔して詰問きつもんするように私にきいた。
食ふかきまたくふ柿も皆しぶ
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と、しぶい目をこすりながら、柴折しおりを開けて中へはいると、そこには、きのう途中で帰した川長のお米が、ひとりで、ぽつねんと待っていた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時に、宮奴みやつこよそおいした白丁はくちょうの下男が一人、露店の飴屋あめやが張りさうな、しぶ大傘おおからかさたたんで肩にかついだのが、法壇の根にあらわれた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
殊にそれが玉藻の意見であるので、忠通もしぶしぶながら納得したので、彼女はほっとしたような顔をしてそこをった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
象の下ッ腹に、この通り桐油とうゆを五枚梳張すきばりにして、その上を念入にしぶでとめてある。象の腹で金魚を飼いやしまいし、こんな手の込んだことをする馬鹿はない。
自分は「そんなにあの女が気になるなら、じかに行って、会って慰めてやれば好いじゃないか」とまで云った。彼は「うん、実は行きたいのだが……」としぶっていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おやお従者ともさん誠に御苦労様ごくらうさまいますしでもげますから少し待つてゝ下さいよ、ちよいとまア旦那だんな貴方あなた今日けふのおめしいこと、結城ゆふきでせう、ナニ節糸織ふしいとおりしぶい事ねうも
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
が、彼の妹は時々赤児をあやしながら、愛想あいそい応対をするだけだった。僕は番茶のしぶのついた五郎八茶碗ごろはちぢゃわんを手にしたまま、勝手口の外をふさいだ煉瓦塀れんがべいこけを眺めていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
崖から下りて来て、珍らしく金魚池を見物していた小造りでせた色の黒い真佐子の父の鼎造ていぞうはそう云った。しぶ市楽いちらくの着物の着流しで袂に胃腸の持薬をしじゅう入れているといった五十男だった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
みると、この間、歯を洗って隅においてあった、高足駄が見えないし、壁に吊るしてある雨傘のうちで、一番新しいしぶじゃがそこに見えない。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふ。其処そこしぶりながら備中守びつちうのかみ差出さしだうでを、片手かたて握添にぎりそへて、大根だいこんおろしにズイとしごく。とえゝ、くすぐつたいどころさはぎか。それだけでしびれるばかり。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わたしうちて、さけを一ぱいせといふゆゑ、一がふけてしますると、湯呑ゆのみで半分もまないうちに、しぶつらをして、これまでにんなしぶさけんだ事がないといひましたから
詩好の王様と棒縛の旅人 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
そうして懸命の憎悪ぞうおひとみうちあつめて、しぶいや、こんなものと云いながら、手に持った柿を、喜いちゃんにほうりつけた。柿は喜いちゃんの頭を通り越して裏の物置に当った。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僕の為に感激していはく、「君もシエリングの如く除名処分を受けしか」と! シエリングもまた僕の如く三十円の金を出ししぶりしや否や、僕はいま寡聞くわぶんにしてこれを知らざるを遺憾ゐかんとするものなり。
その頃の赤門生活 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
娘の色の白妙しろたえに、折敷おしきの餅はしぶながら、五ツ、茶の花のように咲いた。が、私はやっぱり腹が痛んだ。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御新造様のお好みは、おしぶいうちにも、やはりちと派手気味が御意ぎょいに召すようでございますな。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隙間すきまなくしぶれた劈痕焼ひびやきに、二筋三筋あいを流す波をえがいて、真白ましろな桜を気ままに散らした、薩摩さつま急須きゅうすの中には、緑りを細くり込んだ宇治うじの葉が、ひるの湯にやけたまま
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)