)” の例文
そのほの暗い車室の中に、私達二人丈けを取り残して、全世界が、あらゆる生き物が、跡方あとかたもなく消えせてしまった感じであった。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
平次の言葉を静かに聴き入っているうちに、お町の眼の色が次第に力がせて顔には死の色がサッとかれているではありませんか。
ゴンゴラ総指揮官が真赤まっかになって金博士の方に振返った時には、既に博士の姿は卓上の酒壜と共に、かき消すように消えせていた。
「大事の前の小事、そんな者に当り散らしているひまに、離れの奴が蜂須賀家のさむらいと知ったら、風を食らって逃げせぬとも限らぬ」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼方かなた山背やまかげからぞろ/\とあらはれてたが、鐵車てつしやるやいな非常ひじやう驚愕おどろいて、奇聲きせいはなつて、むかふの深林しんりんなかへとせた。
いかに多くの輝かしい眼がくもり、いかに多くの柔かい頬に血の気がせ、いかに多くの美しい姿が墓の中に消えていったことか。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
「ばかばかしい。はやんでせろ。いくらでもおまえがたのわりはまれてくるわ。」と、みきからだふるわしておこったのであります。
葉と幹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それからは、一言ひとことも話さなかったような気がします。ふたりは、まもなくその広間を出て行きました。夕暮ゆうぐれ薄明うすあかりが消えせました。
士族気質かたぎのマダせない大多数の語学校学生は突然の廃校命令に不平を勃発ぼっぱつして、何の丁稚でっち学校がという勢いで商業学校側を睥睨へいげいした。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
前の仁王門におうもん大提灯おおじょうちん。大提灯は次第に上へあがり、前のように仲店なかみせを見渡すようになる。ただし大提灯の下部だけは消えせない。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私の書架は貧しくて何も目ぼしいものはなく、辛うじてその真淵書入の『古今集』ぐらいが最上等のものであったのに、それもせた。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
生活の連鎖や、過去の悲しみや、未来の懸念や、彼らの心中に積もってきたあらしなど、すべて他のことは、消えせてしまっていた。
ロレ さうした過激くわげき歡樂くわんらくは、とかく過激くわげきをはりぐる。煙硝えんせうとが抱合だきあへばたちま爆發ばくはつするがやうに、勝誇かちほこ最中さなかにでもほろせる。
天下に何一つ消えするものは無うして、ただその瞬間、その瞬く者にのみ消え失すると知らば、我等が世にあることをあやしむまい。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくし自身じしん持参じさんしたのはただはは形見かたみ守刀まもりがたなだけで、いざ出発しゅっぱつきまった瞬間しゅんかんに、いままでんで小屋こやも、器具類きぐるいもすうっと
いずれはさりともと思うてまた河を廻りて西に着くほどに、河の中にて力きて空しく流れせぬ、心多き物は今生後生ともに叶わぬなり
竜騎兵中尉も消えせたようにいなくなった。いつも盛んな事ばかりして、人に評判せられたものが、今はどこにいるか、誰も知らない。
『何だ。この餓鬼がきめ。人をばかにしやがるな。トマト二つで、この大入の中へおまえたちをんでやってたまるか。せやがれ、畜生ちくしょう。』
黄いろのトマト (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
語りやんだHさんはさも誇らしげな目つきで、じろじろ千恵の顔を観察してゐました。もちろん千恵の唇には血の気がせてゐたでせう。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
この最後の一首は、磯辺いそべ病院でせられたまくらもとの、手帳に書きのこされてあったというが、末の句をなさずかれたのだった。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
隅田川の風景によって偶然にもわが記憶の中によみがえきたった遠い過去の人物のまさに消えせんとするその面影おもかげとらえたに過ぎない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
むなく帰省して見れば、両親は交々こもごも身の老衰を打ちかこち、家事を監督する気力もせたれば何とぞ家居かきょして万事を処理しくれよという。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ナオミがじいッと視線を据えて、顔面の筋肉は微動だもさせずに、血の気のせた唇をしっかり結んで立っている邪悪の化身けしんのような姿。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
焼けせた函館の人もこの卑い根性を真似ていた。札幌の人はあたりの大陸的な風物の静けさに圧せられて、やはり静かにゆったりと歩く。
初めて見たる小樽 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
碧瑠璃へきるりの大空にひとみほどな黒き点をはたと打たれたような心持ちである。消えてせるか、溶けて流れるか、武庫山むこやまおろしにならぬとも限らぬ。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あのなみだいけおよいでからはなにかはつたやうで、硝子ガラス洋卓テーブルちひさなのあつた大廣間おほびろままつた何處どこへかせてしまひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
二人は底知れぬ谷にせたり。千秋万古せんしゅうばんこ、ついにこの二人がゆくえを知るものなく、まして一人の旅客たびびとが情けの光をや。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
すでに、そういう占う男の言葉によらなくとも、何か気負うた生絹の眉や眼の奥にも、難波なにわの土の匂いはとうにせていた。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
仰向あおむい蒼空あおぞらには、余残なごりの色も何時しか消えせて、今は一面の青海原、星さえ所斑ところまだらきらめでてんと交睫まばたきをするような真似まねをしている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
あなたのお顔には何か肝心なもの——なんといったらいいかしら——まあ命の水気——光といったようなものがすっかりせてしまったわね。
姿は見えなくなっても私の眼の前から、今の二人の姿だけは消えせないのです。なんという、人魚のような婀娜あでやかさだろうと思いました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
あとはもう言うべきことのすべてがせて姉妹のように手をとり合わぬばかり、泣いて泣いて、泣きつくせぬ両人であった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その子のせし後、彼は再び唯継の子をば生まじ、と固く心に誓ひしなり。二年ふたとせのち三年みとせの後、四年よとせの後まであやしくも宮はこの誓を全うせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これも小僧に見させたるに門のそとにて見えずなりしかば、驚きて和尚に語り、よく見ればまた茶は畳の間にこぼしてあり、老人はその日せたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
夏のの快さが、たちまち消えせて、灰色の、物悲しい景色になった。夜の明方になって、急に秋が来て、美しい幻の影を破ってしまったのである。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
尾津のさきの一つ松のもとに到りまししに、先に、御食みをしせし時、其地そこに忘らしたりし御刀みはかしせずてなほありけり。ここに御歌よみしたまひしく
さてはわたしの狐であつたのかと、旅人は合点して、小判を火にあてましたところ、めらめらと焼けせてしまひました。
狐の渡 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
われわれが馬の介抱に気をとられて、夢中になって騒いでいるうちに、彼女かれは何処へか消えせてしまったらしい。
水鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
昔、伊勢の国のある山寺の小僧、ふとせて見えなくなり、一両日を過ぎて堂の上におるを見つけ、これを引きおろして見るに、全く正気を失いいたり。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
黙祷もくとうや合掌こそしないが、どうみても抱えであった時分からの気習がせず、子供たちの騒々しさや晴れやかさの中で、どこかちんまりした物静かさで
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あの人は芝居というものを信用しないで、いつもわたしの夢を嘲笑ちょうしょうしてばかりいた。それでわたしも、だんだん信念がせて、気落ちがしてしまったの。
消滅する事物の塗抹とまつのうちにも、消えする事物の縮小のうちにも、哲学はすべてを認知する。ぼろを再び緋衣ひいとなし、化粧品の破片を再び婦人となす。
「まァようがす。とっととえてせろッてんなら、あんまりたたみのあったまらねえうちに、いい加減かげん引揚ひきあげやしょう。——どうもお邪間じゃまいたしやした」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
私は5+5を羽左衛門うざえもんがやると100となったり、延若えんじゃくがやると55となったり、天勝てんかつがやると消えせたりするような事をおおいに面白がる性分しょうぶんなのである。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
そこへ下男の佐吉もみのかさとで田圃たんぼの見回りから帰って来て、中津川の大橋が流れせたとのうわさを伝えた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
竿も二けんばかりしかなくて、誰かのアガリ竿を貰いか何ぞしたのであろうか、穂先が穂先になってない、けだし頭が三、四寸折れてせてしまったものである。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし側面から眺めると、この原始の肉体はたちまち消えせて植物性の柔軟な姿に変ってしまう。胸が平板で稍々やや猫背であるため体躯たいくが柔い感じを帯びてくる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
梶は高田とよく会うたびに栖方のことをたずねても、家が焼け棲家すみかのなくなった高田は、栖方についてはもう興味のせた答えをするだけで、何も知らなかった。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
漁夫二 (俊寛を突きやり)せろ、流人め。二度とこんなまねをしやがったら、生かしてはおかないぞ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
暴食のくせなどもほとんせたせいか、健康もずっと増し、二十貫目かんめ近い体に米琉よねりゅう昼丹前ひるたんぜん無造作むぞうさに着て