“趣(おもむき)” の例文
感情稍薄きに似たれども尚其の人に対し其の声を聴くの趣(おもむき)を存して尋常文章の人を動すに優れり、余は元来言文一致を唱うる者なり
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
彼(か)の八(や)ツ山(やま)の沖(おき)に並(なら)んで泛(うか)ぶ此(これ)も無用なる御台場(おだいば)と相俟(あひま)つて、いかにも過去(すぎさ)つた時代の遺物らしく放棄された悲しい趣(おもむき)を示してゐる。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
おじいさんの家(うち)は町(まち)の端(はし)になっていまして、その辺(へん)は圃(はたけ)や、庭(にわ)が広(ひろ)うございまして、なんとなく田舎(いなか)へいったような趣(おもむき)がありました。
おじいさんの家 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と此(こ)の趣(おもむき)が京山(きやうざん)の(蜘蛛(くも)の絲卷(いとまき))に見(み)える。……諸葛武侯(しよかつぶこう)、淮陰侯(わいいんこう)にあらざるものの、流言(りうげん)の智慧(ちゑ)は、いつも此(こ)のくらゐの處(ところ)らしい。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
夜(よ)に入(い)って向側に点ぜられる灯火のきらめきも、ただ眼に少しばかりの趣(おもむき)を添えるだけで、涼味という感じにはまるでならなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この草が群をなして密生(みっせい)している所では、草の表面にその白花が緑色の葉を背景に点々とたくさんに咲いていて、すこぶる趣(おもむき)がある。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
庚申川に沿うた紅葉は、さほど盛りを過ぎてもいなかった。谷川の趣(おもむき)も捨てたものではない。十二時銀山平、午後一時二十分原向。
皇海山紀行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その白煙の隙から後ろの山の翠色(すいしょく)を仰ぐのも又風情がある。後ろの山もまた整うたたたずまいである。盛装した女王の衣冠(いかん)の趣(おもむき)がある。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
これによりてこれを見れば一人前あるいは一人分(ぶん)と称するは、統計学者が平均人と称するものとはだいぶ趣(おもむき)を異にしているように思う。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
これ豈(あ)に勧化の好手段は、反響の来るまで、絶叫するにありてふ(ちょう)、オコンネルの言と、その意を同じうし、その趣(おもむき)さらに深きにあらずや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
吹上のお茶屋の近くにあるのが作兵衛滝、船見山の森林を水源とする三筋滝、もうひとつは寛政滝(かんせいだき)、それは華厳(けごん)の趣(おもむき)があるとのことです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孔子が子路に物いう時には、半ばはなだめるような、半ばはからかうような態度を取るのであるが、この時の言葉にもその趣(おもむき)が感ぜられる。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
こうして急流は変じて深潭(しんたん)となり、山峡の湖水となり、岩はその根を没して重畳(ちょうじょう)奇峭(きしょう)の趣(おもむき)を少(すくな)からず減じてしまったと聞いた。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
屋敷跡の様子は、俳句に素人のわたくしにもこの俳句の趣(おもむき)に似た哀愁と共に、ひょこんとした感じを与えるものがありました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
襞(ひだ)と云ふ襞(ひだ)を白く曵(ひ)いたアルプス連山の姿は予(かね)て想像して居た様な雄大な趣(おもむき)で無く、白い盛装をした欧洲婦人の群(むれ)を望む様に優美であつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
彼若(も)し実(まこと)に人を懼るると為(せ)ば、彼の人を懼るる所以(ゆゑん)と、我より彼の人を懼るる所以と為(な)す者とは、或(あるひ)は稍(やや)趣(おもむき)を異(こと)にせざらんや。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
すなわち人生の働(はたらき)の一ヵ条たる喫煙も、その力よく発達すれば、わずかに数日の間に苦楽の趣(おもむき)を異(こと)にするの事実を見るべし。
教育の目的 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
十六と言はれると、いかにもとうなづかれる初々しさですが、それにしても、この娘の新鮮さは、全く非凡の趣(おもむき)があります。
たとい如何ほどの重病たりとも、当日の導師の務めは拙僧かならず相勤め申す。この趣(おもむき)、殿下へよろしくお取次ぎを……
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ちょっと」と呼びだし、照れ臭(くさ)いのを我慢(がまん)して、あなたの一件を尋(たず)ねますと、KOボオイの標準型で立派な青年紳士の趣(おもむき)のある彼はかるく笑い
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
恐らく巻向山の一峰である由槻が岳に、雲が立ち雨も降っていると見える、というので、既に由槻が岳に雲霧の去来しているのが見える趣(おもむき)である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
委細承知の趣(おもむき)を申上げて、それ/″\手配りを致しました。此方(こなた)文治は其の夜から湯を沸かさして身体を浄め、ゆる/\十四日を待って居ります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
素(もと)より今日のごとき国交際(こくこうさい)の関係(かんけい)あるに非ざれば、大抵(たいてい)のことは出先(でさ)きの公使に一任し、本国政府においてはただ報告(ほうこく)を聞くに止(とど)まりたるその趣(おもむき)は
江東梅園も臥龍梅(ぐわりゆうばい)と一しよに滅びてしまつてゐるであらう。水田(すゐでん)や榛(はん)の木のあつた亀井戸(かめゐど)はかう云ふ梅の名所だつた為に南画(なんぐわ)らしい趣(おもむき)を具へてゐた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
これからのそなたの生活(せいかつ)は、現世(げんせ)のそれとはすっかり趣(おもむき)が変(かわ)るから一時(じ)も早(はや)くそのつもりになってもらわねばならぬ。
お言いつけの原稿用紙五百枚、御入手の趣(おもむき)、小生も安心いたしました。毎度の御引立、あり難く御礼申しあげます。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
... 眞面目(まじめ)な事實(じゝつ)は流行(りうかう)の小説(せうせつ)とは少(すこ)し趣(おもむき)を異(こと)にしますから』と兒玉(こだま)は微笑(びせう)を洩(も)らして『小説(せうせつ)も面白(おもしろ)う御座(ござ)います。けれ共(ども)事實(じゝつ)は更(さら)に面白(おもしろ)う御座(ござ)います。』
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
照彦(てるひこ)様は町人の学校へおはいりになりました。私はご指導主事として反対の趣(おもむき)をお殿様へも申し上げたのですが、大勢(たいせい)はなんともいたし方ありません。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
此処から見ると、一層魁偉(くわいゐ)の趣(おもむき)を呈して居るので、その雲煙の変化が少なからず、自分の心を動かしたのであつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
残怨日高(ざんえんひだか)の夜嵐(よあらし)といったような趣(おもむき)を、夜の滄海(そうかい)の上で、不意に見せられた時には、獰猛(どうもう)なる海女(あま)といえども、怖れをなして逃げ去るのは当然でしょう。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その他(ほか)フランスの洞穴(ほらあな)には、これとよく似(に)た繪(え)や、少(すこ)し趣(おもむき)を異(こと)にする繪(え)が、無數(むすう)にありますが、一風(いつぷう)變(かは)つた描(か)き方(かた)で舊石器時代(きゆうせつきじだい)の繪(え)と認(みと)められるものは
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
松田はいたく感動して、御依頼の趣(おもむき)慥(たし)かに承知いたしたと答え、大膳と二人で最後の盃を交していると、その隙を窺って郎党共が三人一緒に腹を切った。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ちぢれ毛の人が束髪に結びしを善き事と思ひて、束髪にゆふ人はわざわざ毛をちぢらしたらんが如き趣(おもむき)有之候。ここの処よくよく闊眼(かつがん)を開いて御判別可有(あるべく)候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ビフステーキの御馳走(ごちそう)済みければ代って出(い)ずる魚の料理、皿と盛方(もりかた)は西洋風なれども味は一種特別の趣(おもむき)あり。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
畑土並に流水の定量分析を出願致度旨にて、現品分量問合の趣(おもむき)領承。然るに右分析の義は、当所に於て依頼に応じ難く候間、右様承知有之度、此段及通知候也。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
自分も子供の頃は「瓜(うり)や茄子(なすび)の花ざかり」とか、「おまんかわいや布さらす」とかいう歌の趣(おもむき)をよく知っていた。その頃は小学校の新築の流行する時代であった。
峠に関する二、三の考察 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
三個の連環湖であることが趣(おもむき)を添え、四面(しめん)蒼翠(そうすい)に囲まれ、諏訪神社の古びた祠(ほこら)が松林(しょうりん)中にあり、池には貸ボートや釣魚(ちょうぎょ)の設備があって、更に一段と手を加えれば
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
きょうはその意地の悪い詞が出ないので、女は感謝しなくてはならないように思った。きょうの男の優しさには、和睦(わぼく)するような、恩恵を施すような趣(おもむき)があった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
灰色の靄(もや)の底に鴨川の水が白く流れてゐるのも捨て難い趣(おもむき)であつた。文麟はそれを指ざしながら言つた。
六月半ば、梅雨晴(つゆば)れの午前の光りを浴びてゐる椎(しひ)の若葉の趣(おもむき)を、ありがたくしみ/″\と眺(なが)めやつた。
椎の若葉 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
株立ちの矮(ひく)い桜は落葉し尽して、からんとした中に、山門(さんもん)の黄が勝った丹塗(にぬり)と、八分の紅を染めた楓(もみじ)とが、何とも云えぬ趣(おもむき)をなして居る。余は御室が大好きである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
いや一人はいる。宗純(そうじゅん)和尚(一休)がそれだ。あの人の風狂には、何か胸にわだかまっているものが迸出(ほうしゅつ)を求めて身悶(みもだ)えしているといった趣(おもむき)がある。気の毒な老人だ。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
右手には大きな筒眼鏡を持って、閑興清遊(かんきょうせいゆう)の趣(おもむき)でのんびりとあちらこちらの景色を眺めてござる。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
性情と境遇の變化は「寂寥」の一篇によく現はれてはゐるが、この篇を賦するに當て島崎氏は「若菜集」の諸篇と全然趣(おもむき)を異にする詩の三眛境(さんまいきやう)を認められたやうである。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
その周囲(まわり)の水の上は真黒な魚の頭で埋まって見えた。それは公園や社寺の池に麩(ふ)を投げたときに集まってくる鯉(こい)の趣(おもむき)に似ているが、その多さは比べものにならなかった。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
後草に九月十三夜の題(だい)にて「去年今夜侍(ジシキ)二清涼ニ一 秋思ノ詩篇独リ断ツレ膓(ハラワタヲ) 恩賜ノ御衣今在レ此コヽニアリ 捧持(サヽゲモチテ)毎日拝ス二余香ヲ一」此御作に注(ちゆう)あり、その趣(おもむき)は
唯琴の音(ね)がするばかりだ。稽古琴だから騒々しいばかりで趣(おもむき)は無いけれど、それでも琴は何処か床しい。雪江さんは近頃大分上手になったけれど、雪江さんではないようだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
隠居の身を以ってお政治向に口入(くにゅう)、よろず我儘(わがまま)のふるまいなきに非ざる趣(おもむき)、上聞を達し、屹度(きっと)、おとがめもあるべきところ、永年御懇旨の思召しもあり、駿河守の役儀召上げ
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
扨(さて)、小僧ますをとりて酒を入れ候に、酒は事(こと)もなく入り、遂(つい)に正味(しょうみ)一斗と相成(あいな)り候。山男大(おおい)に笑(わら)いて二十五文を置(お)き、瓢箪をさげて立ち去(さ)り候趣(おもむき)、材木町総代(そうだい)より御届(おとど)け有之(これあり)候。
紫紺染について (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
申上ければ吉宗公上意(じやうい)に忠右衞門は政事(せいじ)に私(わたくし)なく天晴(あつぱれ)器量(きりやう)ある者なり早々(さう/\)呼出すべしとの事故に台命(たいめい)の趣(おもむき)を御老中に申達(たつ)しける是に依て御月番(おつきばん)より御召出(おめしいだし)の御奉書(ごほうしよ)勢州山田へ飛脚(ひきやく)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)