なが)” の例文
野中教師ゆっくり教壇から降り、下手しもてのガラス戸に寄り添って外をながめる。菊代は学童の机の上に腰をかける。華美な和服の着流し。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「ぢや、ねいさんは何方どちらすきだとおつしやるの」と、妹は姉の手を引ツ張りながら、かほしかめてうながすを、姉は空の彼方あなた此方こなたながめやりつゝ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
好きな巻煙草まきたばこをもそこへ取出して、火鉢の灰の中にある紅々あかあかとおこった炭のほのおを無心にながめながら、二三本つづけざまにふかして見た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
部屋のすみにころがされて、泣き叫ぶ赤児の声も耳にはいらないのか、一日じゅう寝そべったまま、天床てんじょうか壁をぼんやりとながめていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なじみの芸者を無人島の松の木の下に立たしてながめていれば世話はない。それを野だが油絵にでもかいて展覧会へ出したらよかろう。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(———そして、この妹も上の妹も、まだ二人ながら「とうちゃん」でいる有様を、両親達は草葉の蔭からどのようにながめておいでか)
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
で、仕様事なしに山の頂から、ズツと東の方をながめて居ますと、はるか向ふから蜒々うねうねとした細い川をいかだの流れて来るのが見えました。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
お幸は強い性質の子でした。丘の三本松はい形であるとながめることはあつても、感情的な弱い涙をそれに注がうとはしませんでした。
月夜 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
いつも森のなかのように静かで、たえず空の方をながめては、また何か考えあぐんだように、間もなく沼の底ふかくながめ込むのでした。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ぼくはそのかおながめた時、おもわず「ずいぶんやせましたね」といった。この言葉ことばはもちろん滝田くん不快ふかいあたえたのにちがいなかった。
滝田哲太郎君 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとひととのあひだすこしでも隙間すきま出来できるとるとあるいてゐるものがすぐ其跡そのあと割込わりこんで河水かはみづながれと、それにうつ灯影ほかげながめるのである。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
部屋には薄暗いランプがともされて、女主の後から三男の繁三しげぞうが黒い顔に目ばかりグリグリさせて、田舎から来た子供の方をながめていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
若僧は最前より妙信のものいえるを顧みざるがごとく、下手の方をながめたりしが、この時蹌踉そうろうとしてたましいうつけたる姿に歩み出づ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
私は、むさぼるように、十八枚からなるその設計図を、いくどもくりかえしてながめ入った。じつに、巧妙をきわめた設計図である。
人造人間の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昼過ぎ、昭青年は姫に生飯を持って行って食べさせたあと、二人は川へ向いた苫を少し掻き分けて、対岸の景色をながめていました。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ヘンデルは空っぽのホールをながめて、「この方がおれの音楽がかえって立派に聴える」と負け惜しみを言わなければならなかった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
『おまへ亞尼アンニーとかつたねえ、なんようかね。』とわたくししづかにふた。老女らうぢよむしのやうなこゑで『賓人まれびとよ。』と暫時しばしわたくしかほながめてつたが
そして処々に一かたまりの五月さつき躑躅つつじが、真っ白、真っ赤な花をつけて、林を越して向うには、広々と群青ぐんじょう色の海の面がながめられます。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
そういう雨の日を、たかちゃんも遊びに来ず、私はよく一人で硝子戸ガラスどに顔をくっつけて、つまらなそうに雲のたたずまいをながめていた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼はささやき声になって、ソッと天井をながめた。この男もやっぱり、人間ひょうがまだどこかにひそんでいるかもしれないと考えたのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
明治十二年めいじじゆうにねんふね横濱よこはまきまして、そのころ出來できてゐました汽車きしや東京とうきよう途中とちゆう汽車きしやまどからそこらへん風景ふうけいながめてをりました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
長庵は横目よこめでジロリとなが空嘯そらうそふけば十兵衞は何れ歸村きそんを致せし上御禮の仕樣もありぬべしとちかしき中にも禮義れいぎを知る弟が心ぞしほらしき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
というわけはその晩方、化学を習った一年生の、生徒が、自分の前に来ていかにも不思議そうにして、豚のからだをながめて居た。
フランドン農学校の豚 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それから彼は、晩になるとよく星をながめました。ことに、屋根の上にあがって、林檎りんごやなんかをかじりながら、星を見るのが愉快でした。
彗星の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ちょうどいま、小人は長持の中から縫取ぬいとりのしてある胸着むなぎを取りだして、感心した顔つきでその古風こふうなつくりかたをながめています。
『どうも無造作すぎるな』とわたしは、思わずき上がる嫌悪けんおの情をもって彼女のぶざまな様子をじろじろながめながら、心の中で考えた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
周囲には厳重なさくがめぐらされ、私はその間から、ちょうどお仕置を見物する昔の人のような恰好かっこうながめなければならなかった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ある日のこと、祇園精舎ぎおんしょうじゃの門前に、彼はひとりでションボリと立っていました。それをながめられた釈尊は、静かに彼のもとへ足を運ばれて
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
『おまへかみらなくッては』帽子屋ばうしやしばらくのあひださもめづらしさうにあいちやんをながめてましたが、やがしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
もとより拾い上げた幾多の作物をながめて、その中に昔とは劣る色々な性質を気附くことが出来る。中で一番著しいのは、模様の喪失である。
地方の民芸 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それから、くる/\といてポケツトにさし込んで來たしう雜誌ざつしをひろげて、この春に來る外國えい畫のスチルをながめはじめた。
坂道 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
目まぐるしい坂下の町をしばらくながめていると天から地から満ちあふれた日光の中を影法師のような一隊が横町から現われて坂を上って来た。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
わずかに五銭六厘をふところにせる奴は驚きかつ惜しみて、有意的こころありげに御者のおもてながめたり。好意を無にせられたる世話人は腹立ちて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
人生のこと、恋愛のこと、お天気のこと、文学のこと、女は何でもとり混ぜて喋り、それからじっと遠方をながめる顔つきをする。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
景色けしきおほきいが變化へんくわとぼしいからはじめてのひとならかく自分じぶんすで幾度いくたび此海このうみこの棧道さんだうれてるからしひながめたくもない。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
ただ『大和物語』などに書いてあるのは、その晩はちょうど好い月夜つきよで、じっと山をながめていると悲しくなった。それで男は
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ただ、赤いユニホォムを着た、でぶのじいさんが、米国一流のハムマア投げ、と、きかされ、ものめずらしく、ながめていたのだけ記憶きおくにあります。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
待合まちあいにしてある次の間には幾ら病人がまっていても、翁は小さい煙管きせるで雲井を吹かしながら、ゆっくり盆栽をながめていた。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
犬のふざけがすんでしまうと、私は例の紙をながめたが、実を言えば友の描いたものを見て少なからず面くらったのであった。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
本郷三丁目でとまると、下車する人々のために長い間手間てまどつた。私は人に押され押され、車掌台に立つて往来をながめてゐた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
僕はいつものように海岸通りを、海をながめたり船を眺めたりしながらつまらなくいえに帰りました。そして葡萄をおいしく喰べてしまいました。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして、ばたばた近寄ちかよつて夏繪なつゑ敏樹としきしづかにさせながら、二人ふたり兩方りやうはうからいだきよせたままはち動作どうさながめつゞけてゐた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
彼女はうぶな田舎娘のような仕種しぐさで長い袂を八つ口に挾み、また拍手をうけた。茂緒はそれを、何か芝居でもみるような気もちでながめていた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
彼はちょっと泣声をやめて、動き出した蜘蛛くもながめた。それからまた泣きだしたが、前ほど本気ではなかった。自分の泣声に耳を澄していた。
すわって居て行路の人をながむるのは、断片だんぺんの芝居を見る様に面白い。時々はみどり油箪ゆたんや振りのくれないを遠目に見せて嫁入りが通る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そして、毎日従兄いとこと一緒に、浜へつれて行つてもらつて、漁夫れふしたちの網をひくのを見たり、沖の方に、一ぱいにうかぶ帆舟をながめたりしました。
さがしもの (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
ずいぶん辺鄙へんぴな処なんだなあと思いながら、人気の無いのを幸い、今まで眼深にかぶっていた帽子をずり上げて、木立を透かして遠くをながめた。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
それとともに新しく連れて来られた自分の周囲をしみじみとながめまわして見る心の落着きをも彼は取りもどしたのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
私はくさの中へこしを降ろすと煙草たばこを取り出した。つまも私のよこすわつて落ちついたらしく、くれて行く空のいろながめてゐた。——
美しい家 (新字旧仮名) / 横光利一(著)
但馬守たじまのかみなつかしさうにつて、築山つきやま彼方かなたに、すこしばかりあらはれてゐるひがしそらながめた。こつな身體からだがぞく/\するほどあづまそらしたはしくおもつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)