北条民雄
1914.09.22 〜 1937.12.05
著者としての作品一覧
青い焔(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
霧の深い夜が毎晩のやうに続いた。黒々と打ち続いた雑木林の繁みの間から流れ出して来るかのやうに、それは月光を浴びて乳色に白みながら、音もなく菜園の上に拡がりわたつた。梨畑が朦朧と煙つ …
読書目安時間:約11分
霧の深い夜が毎晩のやうに続いた。黒々と打ち続いた雑木林の繁みの間から流れ出して来るかのやうに、それは月光を浴びて乳色に白みながら、音もなく菜園の上に拡がりわたつた。梨畑が朦朧と煙つ …
赤い斑紋(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
都美は、このごろ、夕暮になると、その少年に逢ひに行くのが、癖になつて、少年に逢はない日は、ホツケスに逢ふのも、嫌になつてしまつた。もともとホツケスが嫌ひではないのだが、西と東の感情 …
読書目安時間:約3分
都美は、このごろ、夕暮になると、その少年に逢ひに行くのが、癖になつて、少年に逢はない日は、ホツケスに逢ふのも、嫌になつてしまつた。もともとホツケスが嫌ひではないのだが、西と東の感情 …
朝(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
急に高まつて来た室内のざわめきに、さつきから、睡るでもなく睡らぬでもない状態でうつらうつらとしてゐた鶏三は、眼を開いた。やうやく深まつた秋の陽が、ずつと南空に傾きながら硝子越しに布 …
読書目安時間:約1分
急に高まつて来た室内のざわめきに、さつきから、睡るでもなく睡らぬでもない状態でうつらうつらとしてゐた鶏三は、眼を開いた。やうやく深まつた秋の陽が、ずつと南空に傾きながら硝子越しに布 …
いのちの初夜(新字新仮名)
読書目安時間:約48分
駅を出て二十分ほども雑木林の中を歩くともう病院の生垣が見え始めるが、それでもその間には谷のように低まった処や、小高い山のだらだら坂などがあって人家らしいものは一軒も見当たらなかった …
読書目安時間:約48分
駅を出て二十分ほども雑木林の中を歩くともう病院の生垣が見え始めるが、それでもその間には谷のように低まった処や、小高い山のだらだら坂などがあって人家らしいものは一軒も見当たらなかった …
井の中の正月の感想(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
諸君は井戸の中の蛙だと、癩者に向つて断定した男が近頃現れた。勿論このやうな言葉は取り上げるに足るまい。かやうな言葉を吐き得る頭脳といふものがあまり上等なものでないといふことはも早や …
読書目安時間:約3分
諸君は井戸の中の蛙だと、癩者に向つて断定した男が近頃現れた。勿論このやうな言葉は取り上げるに足るまい。かやうな言葉を吐き得る頭脳といふものがあまり上等なものでないといふことはも早や …
盂蘭盆(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
一号室ではまた盆踊りの練習が始まつた。 「またも出ました三角野郎が、四角四面の櫓の上で、音頭とるとはおーそれながら——。」 さつきまで日支戦争の噂話で夢中になつてゐたのだが、それが …
読書目安時間:約7分
一号室ではまた盆踊りの練習が始まつた。 「またも出ました三角野郎が、四角四面の櫓の上で、音頭とるとはおーそれながら——。」 さつきまで日支戦争の噂話で夢中になつてゐたのだが、それが …
大阪の一夜(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
十日ほども降り続いた梅雨があけると、おそろしくむし暑い日が続いて、街は、腐敗したどぶ川の悪臭が染み込んでぶくぶくと泡立つてゐるやうに感ぜられた。赤茶けた媒煙に煙つた陰鬱な低い空の下 …
読書目安時間:約2分
十日ほども降り続いた梅雨があけると、おそろしくむし暑い日が続いて、街は、腐敗したどぶ川の悪臭が染み込んでぶくぶくと泡立つてゐるやうに感ぜられた。赤茶けた媒煙に煙つた陰鬱な低い空の下 …
覚え書(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
癩文学といふものがあるかないか私は知らぬが、しかしよしんば癩文学といふものがあるものとしても、私はそのやうなものは書きたいとは思はない。私にとつて文学はただ一つしかないものである。 …
読書目安時間:約4分
癩文学といふものがあるかないか私は知らぬが、しかしよしんば癩文学といふものがあるものとしても、私はそのやうなものは書きたいとは思はない。私にとつて文学はただ一つしかないものである。 …
邂逅(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
高等科二年の多吉は、ある夕方、校門を出るとただ一人きりで家路に向つた。学友たちは幾つかのかたまりになつてそれぞれの方向へ別れ、何か大声で議論し合つてゐるのもあれば、また軍歌を合唱し …
読書目安時間:約3分
高等科二年の多吉は、ある夕方、校門を出るとただ一人きりで家路に向つた。学友たちは幾つかのかたまりになつてそれぞれの方向へ別れ、何か大声で議論し合つてゐるのもあれば、また軍歌を合唱し …
書けない原稿(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
今日は二月の二十七日だ。夕方から雨が降り出して、夜になるとますます激しくなつて、机の前に坐つてゐると、びしよびしよと雨だれが聴えて来る。時々風が吹いて、どこか遠くの方で潮鳴りでもし …
読書目安時間:約4分
今日は二月の二十七日だ。夕方から雨が降り出して、夜になるとますます激しくなつて、机の前に坐つてゐると、びしよびしよと雨だれが聴えて来る。時々風が吹いて、どこか遠くの方で潮鳴りでもし …
可愛いポール(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
ミコちゃんの小犬は、ほんとうに可愛いものです。丸々と太った体には、綿のように柔かい毛がふかふかと生えています。 名前はポールと言います。これはミコちゃんが、三日も考えてつけたのでし …
読書目安時間:約5分
ミコちゃんの小犬は、ほんとうに可愛いものです。丸々と太った体には、綿のように柔かい毛がふかふかと生えています。 名前はポールと言います。これはミコちゃんが、三日も考えてつけたのでし …
眼帯記(新字新仮名)
読書目安時間:約17分
ある朝、眼をさましてみると、何が重たいものが眼玉の上に載せられているような感じがして、球を左右に動かせると、瞼の中でひどい鈍痛がする。私は思いあたることがあったので、はっとして眼を …
読書目安時間:約17分
ある朝、眼をさましてみると、何が重たいものが眼玉の上に載せられているような感じがして、球を左右に動かせると、瞼の中でひどい鈍痛がする。私は思いあたることがあったので、はっとして眼を …
戯画(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
彼女は非常に秀れた頭脳を持つてゐたのだと僕は思ふよ、これといふ理由はないのだけれど。僕はなんとなく、神秘的なものを感じてならないんだ。 その少女のことを語り始めようとする時、多田君 …
読書目安時間:約10分
彼女は非常に秀れた頭脳を持つてゐたのだと僕は思ふよ、これといふ理由はないのだけれど。僕はなんとなく、神秘的なものを感じてならないんだ。 その少女のことを語り始めようとする時、多田君 …
鬼神(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
あれからもう三年経つた。考へて見ると、今更のやうに月日の速さに驚かされる。しかしあれはなんといふ奇怪な事件だつたことだらう。あれがあつてからまだ日の経たない時は、どうしたのか私はそ …
読書目安時間:約13分
あれからもう三年経つた。考へて見ると、今更のやうに月日の速さに驚かされる。しかしあれはなんといふ奇怪な事件だつたことだらう。あれがあつてからまだ日の経たない時は、どうしたのか私はそ …
キリスト者の告白(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
何とて我は胎より死にて出でざりしや、 何とて胎より出でし時に気息たえざりしや、 如何なれば膝ありてわれをうけしや、 如何なれば乳房ありてわれを養ひしや、 ——ヨブ記—— 詩話会は夜 …
読書目安時間:約6分
何とて我は胎より死にて出でざりしや、 何とて胎より出でし時に気息たえざりしや、 如何なれば膝ありてわれをうけしや、 如何なれば乳房ありてわれを養ひしや、 ——ヨブ記—— 詩話会は夜 …
頃日雑記(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
朝、起き上るたびに私は一種不可解な気持をもつてあたりを見廻さずにはゐられない。夜が明けるたびに起き上つてはごそごそと動き始める日々といふものを、もう二十年あまりも続けてゐるのである …
読書目安時間:約7分
朝、起き上るたびに私は一種不可解な気持をもつてあたりを見廻さずにはゐられない。夜が明けるたびに起き上つてはごそごそと動き始める日々といふものを、もう二十年あまりも続けてゐるのである …
孤独のことなど(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
——美しいものは一番危つかしい。一番こはれやすい。その上一番終末的でさへあります。だから美しいゆゑに切ないものは、一番毅然とせねばならない。一歩どちらかへぐらつけばそれは忽ち甘くな …
読書目安時間:約3分
——美しいものは一番危つかしい。一番こはれやすい。その上一番終末的でさへあります。だから美しいゆゑに切ないものは、一番毅然とせねばならない。一歩どちらかへぐらつけばそれは忽ち甘くな …
重病室日誌(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
×月×日。 右腕の神経痛で七号病室へ入室した。空は陰気に曇つて今にも降り出しさうな夕暮である。室内は悪臭激しく、へどを吐きたくなる。送つて来てくれた舎の連中が帰つてしまふと、だんだ …
読書目安時間:約14分
×月×日。 右腕の神経痛で七号病室へ入室した。空は陰気に曇つて今にも降り出しさうな夕暮である。室内は悪臭激しく、へどを吐きたくなる。送つて来てくれた舎の連中が帰つてしまふと、だんだ …
すみれ(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
昼でも暗いような深い山奥で、音吉じいさんは暮して居りました。三年ばかり前に、おばあさんが亡くなったので、じいさんはたった一人ぼっちでした。じいさんには今年二十になる息子が、一人あり …
読書目安時間:約5分
昼でも暗いような深い山奥で、音吉じいさんは暮して居りました。三年ばかり前に、おばあさんが亡くなったので、じいさんはたった一人ぼっちでした。じいさんには今年二十になる息子が、一人あり …
青春の天刑病者達(新字旧仮名)
読書目安時間:約21分
黒ぐろとうちつづいた雑木林の間から流れ出る夜霧が、月光を浴びて乳色に白みながら見るまに濃度を加へて視野遠く広がつた農園の上を音もなく這ひ寄つて来る。梨畑が朦朧と煙つた白色の中に薄れ …
読書目安時間:約21分
黒ぐろとうちつづいた雑木林の間から流れ出る夜霧が、月光を浴びて乳色に白みながら見るまに濃度を加へて視野遠く広がつた農園の上を音もなく這ひ寄つて来る。梨畑が朦朧と煙つた白色の中に薄れ …
精神のへど:――手帳より――(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
「兄弟よ。汝は軽蔑といふ言葉を知つてゐるか?汝を軽蔑する者に対しても公正であれといふ、公正さの苦悩を知つてゐるか?」 諸君よ、諸君にこのニイチェの苦悩が判るか? 過去幾千年の屈辱の …
読書目安時間:約6分
「兄弟よ。汝は軽蔑といふ言葉を知つてゐるか?汝を軽蔑する者に対しても公正であれといふ、公正さの苦悩を知つてゐるか?」 諸君よ、諸君にこのニイチェの苦悩が判るか? 過去幾千年の屈辱の …
青年(新字旧仮名)
読書目安時間:約15分
朝のうちに神戸港を出帆した汽船浪花丸がひどくたどたどしい足どりで四国のこの小さな港町に着いたのは、もうその日の夕暮であつた。まだ船がかなりの沖合に動いてゐる時分から、ばたばたと慌し …
読書目安時間:約15分
朝のうちに神戸港を出帆した汽船浪花丸がひどくたどたどしい足どりで四国のこの小さな港町に着いたのは、もうその日の夕暮であつた。まだ船がかなりの沖合に動いてゐる時分から、ばたばたと慌し …
一九三六年回顧(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
ここ十日ばかりといふもの、何もせずにぼんやりと机の前に坐つて暮してゐる。一年の疲れが出て来たのかといふと、さうでもなく、ただなんとなくぼんやりしてゐる次第なのだ。今年の仕事がどうに …
読書目安時間:約3分
ここ十日ばかりといふもの、何もせずにぼんやりと机の前に坐つて暮してゐる。一年の疲れが出て来たのかといふと、さうでもなく、ただなんとなくぼんやりしてゐる次第なのだ。今年の仕事がどうに …
続重病室日誌(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
九月二十四日。 お天気は良いのだが、腹工合はどうも悪い。もう三ヶ月あまり続いてゐる下痢がどうしてもとまらぬのだ。 午後女医のN先生が来診。明日九号病室へ入室なさい、と。これで重病室 …
読書目安時間:約14分
九月二十四日。 お天気は良いのだが、腹工合はどうも悪い。もう三ヶ月あまり続いてゐる下痢がどうしてもとまらぬのだ。 午後女医のN先生が来診。明日九号病室へ入室なさい、と。これで重病室 …
続癩院記録(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
十個の重病室があり、各室五名づつの附添夫が重病人の世話をしてゐることはさきに記したが、これらの附添夫も勿論病人であり、何時どのやうな病勢の変化があるか解らない。そこでこれらの附添夫 …
読書目安時間:約23分
十個の重病室があり、各室五名づつの附添夫が重病人の世話をしてゐることはさきに記したが、これらの附添夫も勿論病人であり、何時どのやうな病勢の変化があるか解らない。そこでこれらの附添夫 …
外に出た友(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
「二三年、娑婆の風にあたつて来るよ。」 退院するY——を見送つて行くと、門口のところで彼はさう言つて私の手を握つた。 「うん、体、大切にしろ、な。」 と言つて、私はYの手を握りかへ …
読書目安時間:約7分
「二三年、娑婆の風にあたつて来るよ。」 退院するY——を見送つて行くと、門口のところで彼はさう言つて私の手を握つた。 「うん、体、大切にしろ、な。」 と言つて、私はYの手を握りかへ …
断想(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
自殺を覚悟するとみな一種の狂人か、放心状態に陥る。これが僕には不快なんだ。ただただ不快なんだ。さういふ状態になつて自殺するのは決して自殺とは言へないんだ。それは殺されたのだ。病気に …
読書目安時間:約4分
自殺を覚悟するとみな一種の狂人か、放心状態に陥る。これが僕には不快なんだ。ただただ不快なんだ。さういふ状態になつて自殺するのは決して自殺とは言へないんだ。それは殺されたのだ。病気に …
月日(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
一歩一歩注意深く足を踏みしめて、野村は歩いた。もう二年間も埃芥にまみれて下駄箱の底に埋もれてゐた靴であつたが、街路を踏みつける度に立てる音は、以前と変りのないものであつた。電車、自 …
読書目安時間:約8分
一歩一歩注意深く足を踏みしめて、野村は歩いた。もう二年間も埃芥にまみれて下駄箱の底に埋もれてゐた靴であつたが、街路を踏みつける度に立てる音は、以前と変りのないものであつた。電車、自 …
道化芝居(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間32分
どんよりと曇つた夕暮である。 省線の駅を出ると、みつ子はすぐ向ひの市場へ這入つて今夜のおかずを買つた。それを右手に抱いて、細い路地を幾つも曲つて、大きな工場と工場とに挟まれた谷間の …
読書目安時間:約1時間32分
どんよりと曇つた夕暮である。 省線の駅を出ると、みつ子はすぐ向ひの市場へ這入つて今夜のおかずを買つた。それを右手に抱いて、細い路地を幾つも曲つて、大きな工場と工場とに挟まれた谷間の …
童貞記(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
はかなくうら悲しい日が続く。万象を浮せる一切の光線は湿つて仄暗い。夕闇のやうに沈んだ少年の眼は空間にゆらぐ幽かな光線を視つめる。空気に映つた光線は静かに一つの映像を刻んで行く。光線 …
読書目安時間:約3分
はかなくうら悲しい日が続く。万象を浮せる一切の光線は湿つて仄暗い。夕闇のやうに沈んだ少年の眼は空間にゆらぐ幽かな光線を視つめる。空気に映つた光線は静かに一つの映像を刻んで行く。光線 …
独語:――癩文学といふこと――(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
昨日MTLで「療養所文芸の発展策その他」について書いた諸氏のものも拝見し、また原田嘉悦氏の雑記をも読んでみた。 原田氏は僕の言葉を引用してあるのだが、まあそのやうなことはどうでもよ …
読書目安時間:約10分
昨日MTLで「療養所文芸の発展策その他」について書いた諸氏のものも拝見し、また原田嘉悦氏の雑記をも読んでみた。 原田氏は僕の言葉を引用してあるのだが、まあそのやうなことはどうでもよ …
人間再建:――ある病青年の告白――(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
私は彼の告白記を紹介する前に、一応私と彼との関係や、間柄を記して置きたいと思ふ。別段深い理由はないのだが、なんとなくさうして置きたいのだ。ついでに言つておくが、私は時々彼を不快な男 …
読書目安時間:約2分
私は彼の告白記を紹介する前に、一応私と彼との関係や、間柄を記して置きたいと思ふ。別段深い理由はないのだが、なんとなくさうして置きたいのだ。ついでに言つておくが、私は時々彼を不快な男 …
年頭雑感(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
思へばここ数年来、年あらたまる毎に私の生活は苦痛を増すばかりであつた。十七の春、小林多喜二氏の「不在地主」を読んで初めて現実への夢を破られた私は、それ以来愚劣な人生と醜悪な現実を友 …
読書目安時間:約2分
思へばここ数年来、年あらたまる毎に私の生活は苦痛を増すばかりであつた。十七の春、小林多喜二氏の「不在地主」を読んで初めて現実への夢を破られた私は、それ以来愚劣な人生と醜悪な現実を友 …
白痴(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
親父は大酒飲みで、ろくすつぽ仕事もせず毎日酔つぱらつては大道に寝転び、村長でも誰でも口から出まかせに悪口雑言を吐き散らすのが無上の趣味で、母親は毎日めそめそ泣いて、困るんでござりま …
読書目安時間:約4分
親父は大酒飲みで、ろくすつぽ仕事もせず毎日酔つぱらつては大道に寝転び、村長でも誰でも口から出まかせに悪口雑言を吐き散らすのが無上の趣味で、母親は毎日めそめそ泣いて、困るんでござりま …
発病(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
いつたいに慢性病はどの病気でも春先から梅雨期へかけて最も悪化する傾向がある。結核などはその著しい例であらうと思ふが、癩もやはりさうで、この頃になるとそれまで抜けなかつた頭髪が急に抜 …
読書目安時間:約10分
いつたいに慢性病はどの病気でも春先から梅雨期へかけて最も悪化する傾向がある。結核などはその著しい例であらうと思ふが、癩もやはりさうで、この頃になるとそれまで抜けなかつた頭髪が急に抜 …
発病した頃(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
胸までつかる深い湯の中で腕を組んで、私は長い間陶然としてゐた。ひどく良い気持だつた。外は凩が吹いて寒い夜だつたが、私は温かい湯に全身を包まれてゐるので、のびのびとした心持であつた。 …
読書目安時間:約3分
胸までつかる深い湯の中で腕を組んで、私は長い間陶然としてゐた。ひどく良い気持だつた。外は凩が吹いて寒い夜だつたが、私は温かい湯に全身を包まれてゐるので、のびのびとした心持であつた。 …
柊の垣のうちから(新字旧仮名)
読書目安時間:約21分
心の中に色々な苦しいことや悩しいことが生じた場合、人は誰でもその苦しみや懊悩を他人に打明け、理解されたいといふ激しい慾望を覚えるのではないだらうか?そして内心の苦しみが激しければ激 …
読書目安時間:約21分
心の中に色々な苦しいことや悩しいことが生じた場合、人は誰でもその苦しみや懊悩を他人に打明け、理解されたいといふ激しい慾望を覚えるのではないだらうか?そして内心の苦しみが激しければ激 …
牧場の音楽師(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
夕方になると、私はなんとなくじつとしてゐられないので、定つて散歩に出る。ぐるりとこの病院内を一巡りするのであるが、一体もう幾度同じ所を同じやうに巡つたことだらう。気分の重い時や、腹 …
読書目安時間:約3分
夕方になると、私はなんとなくじつとしてゐられないので、定つて散歩に出る。ぐるりとこの病院内を一巡りするのであるが、一体もう幾度同じ所を同じやうに巡つたことだらう。気分の重い時や、腹 …
間木老人(新字旧仮名)
読書目安時間:約37分
この病院に入院してから三ヶ月程過ぎたある日、宇津は、この病院が実験用に飼育してゐる動物達の番人になつてはくれまいかと頼まれた。病院とはいへ、千五百名に近い患者を収容し、彼等同志の結 …
読書目安時間:約37分
この病院に入院してから三ヶ月程過ぎたある日、宇津は、この病院が実験用に飼育してゐる動物達の番人になつてはくれまいかと頼まれた。病院とはいへ、千五百名に近い患者を収容し、彼等同志の結 …
無題Ⅰ(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
太陽はもう山の向うに落ちてしまつたが、まだあたりは明るかつた。 さつきから余念もなくざぶざぶと除草器を押してゐた仁作は、東手の畦につくと、ほつと一息ついて立停つた。さすがに、体はも …
読書目安時間:約4分
太陽はもう山の向うに落ちてしまつたが、まだあたりは明るかつた。 さつきから余念もなくざぶざぶと除草器を押してゐた仁作は、東手の畦につくと、ほつと一息ついて立停つた。さすがに、体はも …
無題Ⅱ(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
この部屋には東と北とに窓がある。しかしそれはずつと天上に近い上の方にあるので、太陽の光線は朝の間にほんのちよつと流れ込んで来るだけで、あとは一日中陰気な、物淋しい、薄暗い部屋だ。お …
読書目安時間:約3分
この部屋には東と北とに窓がある。しかしそれはずつと天上に近い上の方にあるので、太陽の光線は朝の間にほんのちよつと流れ込んで来るだけで、あとは一日中陰気な、物淋しい、薄暗い部屋だ。お …
癩院記録(新字旧仮名)
読書目安時間:約21分
入院すると、子供を除いて他は誰でも一週間乃至二週間ぐらゐを収容病室で暮さなければならない。そこで病歴が調べられたり、余病の有無などを検査されたりした後、初めて普通の病舎に移り住むの …
読書目安時間:約21分
入院すると、子供を除いて他は誰でも一週間乃至二週間ぐらゐを収容病室で暮さなければならない。そこで病歴が調べられたり、余病の有無などを検査されたりした後、初めて普通の病舎に移り住むの …
癩者(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
それを見たとたん、秋津栄三はがつくりと膝を折つてそのまま地べたへつき坐つてしまひさうになつた。ここまで彼の体を支へて来た足は、俄に力が抜けて関節が外れてしまつたやうであつた。 車道 …
読書目安時間:約1分
それを見たとたん、秋津栄三はがつくりと膝を折つてそのまま地べたへつき坐つてしまひさうになつた。ここまで彼の体を支へて来た足は、俄に力が抜けて関節が外れてしまつたやうであつた。 車道 …
癩を病む青年達(新字旧仮名)
読書目安時間:約32分
他の慢性病もやはりさうであらうが、癩といへども、罹つたが最後全治不可能とはいへ、忽ちのうちに病み重るといふことはなく、波のやうに一進一退の長い月日を過しつつ、しかし満ちて来る潮のや …
読書目安時間:約32分
他の慢性病もやはりさうであらうが、癩といへども、罹つたが最後全治不可能とはいへ、忽ちのうちに病み重るといふことはなく、波のやうに一進一退の長い月日を過しつつ、しかし満ちて来る潮のや …
烙印をおされて(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
右腕の神経痛が始まつたので、私はここ数日床の中で朝夕を送り迎へてゐる。神経痛といつても私のはごく軽微なものであるが、それでも夜間など、一睡も出来ないまま夜を明かすこともある。これは …
読書目安時間:約3分
右腕の神経痛が始まつたので、私はここ数日床の中で朝夕を送り迎へてゐる。神経痛といつても私のはごく軽微なものであるが、それでも夜間など、一睡も出来ないまま夜を明かすこともある。これは …
“北条民雄”について
北条 民雄(ほうじょう たみお、旧字体:北條 民雄、1914年(大正3年)9月22日 - 1937年(昭和12年)12月5日)は、徳島県出身の小説家。ハンセン病となり隔離生活を余儀なくされながら、自身の体験に基づく作品「いのちの初夜」などを遺した。本名:七條 晃司(しちじょう てるじ)。
(出典:Wikipedia)
(出典:Wikipedia)
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