やせ)” の例文
空想の別世界にも住んでいるが、現実の常識生活にも一点の批を打たれないようにしようというのが自分のその頃のやせ我慢であった。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「云いました。たといやせ浪人の母として、世を細々としのごうとも、お許のごとき悪逆の手先にわが子を仕えさすことはなりませぬ」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
トシオの持った竹の枝に追われて、足の弱った年寄りばったや、羽根のやせた赤とんぼが、よちよち、ふらふら、逃げまどいました。
トシオの見たもの (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
……をんなは、薄色縮緬うすいろちりめん紋着もんつき單羽織ひとへばおりを、ほつそり、やせぎすな撫肩なでがたにすらりとた、ひぢけて、桔梗色ききやういろ風呂敷包ふろしきづつみひとつた。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
やせまつろうふたた春重はるしげかおもどったとき春重はるしげはおもむろに、ふところから何物なにものかを取出とりだしてまつろうはなさきにひけらかした。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
それは傍らから故小山内薫氏が説明した。直木氏は、僕はその下駄の音に惱まされてやせるといつた。その時も赤くなつてゐた。
三十五氏 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
その荒れた城跡に草の茫々ぼうぼうと生えた中で、夕暮方の空を眺めて一人のやせた乞食が胡弓こきゅうを鳴らして、悲しい歌を歌っていました。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
まつうめせいくらべるとたけせいはずっとやせぎすで、なにやらすこ貧相ひんそうらしくえましたが、しかし性質せいしつはこれが一ばん穏和おとなしいようでございました。
しかし、やせ蛙に負けるなと云った一茶の様な、ねじけた心持でなかった事けは判然はっきり云える。澤田正二郎が、蛙をマークとした意味とも全く違う。
解説 趣味を通じての先生 (新字新仮名) / 額田六福(著)
それでもやせ我慢に、歌ばかりは日本固有の語にて作らんと決心したる人あらば、そは御勝手次第ながら、それを以て他人を律するは無用の事に候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
月代さかやきみののやうにのびつらは狐のやうにやせたり、幽灵とて立さわぎしものちは笑となりて、両親はさら也人々もよろこび
一人は赤ら顔のずんぐりした男だったが、一人は、どこかまだ子供っぽい顔をした、すらりとしたやせがたの青年だった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
うすら明りがおやせになったお顔の上にさしていて、わたくしはあれほど静かな人さまの顔を見たことがございません。
あじゃり (新字新仮名) / 室生犀星(著)
関白忠通卿はいつもの優しい笑顔を見せて、今ここへはいって来たひと癖ありそうな小作こづくりのやせ法師を迎えた。法師は少納言通憲みちのり入道信西しんぜいであった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おもてが一斉に眼を開けた。邯鄲かんたん男、やせ男、泥眼、不動、弱法師よろぼうし、岩壁に懸けられて夢見ていた、二百の面が彼女を見た。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
民子はただただ少しも元気がなく、やせ衰えてふさいで許り居るだろうとのみ思われてならない。可哀相な民さんという観念ばかり高まってきたのである。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
やせたりや/\、病気揚句あげくを恋にせめられ、かなしみに絞られて、此身細々と心引立ひきたたず、浮藻うきも足をからむ泥沼どろぬま深水ふかみにはまり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そうして雞はやせぎすであり、また引締まっているのだから、ころころしているからエノコロだと思うのは当らない。
日本橋辺にいたことのあるおかなは、やせぎすながらちいさい女であったが、東京では立行かなくなって、T——町へ来てからは、体も芸も一層すさんでいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
丁度同じ学校に、一つ二つ年上でやせぎすの、背の高い、お勝という女生徒がいた。それが己を憎んで、ややもすればこう云う境地に己を置いたのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一人ひとり張飛ちやうひやせよわくなつたやうな中老ちゆうらう人物じんぶつ一人ひとり關羽くわんう鬚髯ひげおとして退隱たいゝんしたやうな中老ちゆうらう以上いじやう人物じんぶつ
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
せざりし者と泣々なく/\たのもらひ乳の足ぬがちなる養育やういくつなぐ我が子の玉のほそくも五たいやせながら蟲氣むしけも有ぬすこやかさえん有ればこそ親子と成何知らぬ兒に此憂苦いうく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
友木ともきはいらいらして立上った。彼のやせこけて骨張った顔は変に歪んで、苦痛の表情がアリアリと浮んでいた。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
突如だしぬけうしろから肩を叩くものがある。びツくりして振返ると、夜目だから、わからぬが、脊の高いやせツこけた白髮の老人が、のツそりと立ツてゐるのであツた。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
やせッこけた手足、緑がかった青い皮膚、額から鼻のあたりまで酷い傷痕きずあとがあって、両眼がつぶれている。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
伴「そのお嬢様が振袖ふりそでを着て髪を島田に結上ゆいあげ、ごく人柄のいゝ女中が丁寧ていねいに、おれのような者に両手をついて、やせッこけたなんだか淋しい顔で、伴藏さんあなた……」
菊江は無意識にうしろ揮返ふりかえった。そこにはすこし離れて歩いて来る者があった。菊江ははっと思って立ちどまった。背の高いやせぎすな男の姿が朦朧もうろうとしてあらわれた。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いやかネ、ナニ厭なものを無理に頼んで周旋しようと云うんじゃ無いから、そりゃどうとも君の随意サ、ダガシカシ……やせ我慢なら大抵にして置く方が宜かろうぜ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
はげしい西風にしかぜえぬおほきなかたまりをごうつとちつけてはまたごうつとちつけてみなやせこけた落葉木らくえふぼくはやしを一にちいぢとほした。えだ時々とき/″\ひう/\と悲痛ひつうひゞきてゝいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
近くにはやつぱり似たやうななりの紳士たちがめいめい眼鏡めがねを外したり時計を見たりしてゐました。どの人も大へん立派でしたがまん中の人にくらべては少しやせてゐました。
氷河鼠の毛皮 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「逢いましたよ、まるで殿様にお目通り仰せつけられるようで、縁側から奥を覗いて立てっ続けにお辞儀をさせられただけのことですが、五十七、八のやせぎすの青白い年寄で」
一六遍参へんざんの僧今夜ばかりの宿をかり奉らんとてここに人を待ちしに、おもひきやかくあやしめられんとは。一七やせ法師の強盗などなすべきにもあらぬを、なあやしみ給ひそといふ。
ハテなと思い眼をすえて熟視よくみると、三十くらいで細面ほそおもてやせた年増が、赤児に乳房をふくませ、悄然しょうぜんとして、乳をのませていたのである、この客平常つね威張屋いばりやだが余程臆病だと見え
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
だが、操一氏は咄嗟に守の言葉を思い出して、少しも疑念を抱かなかった。守はやせっぽちのお爺さんだと云っていたが、成程人物は見かけによらぬものだと感じたばかりであった。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
我が居るよりは向ひのがはをやせぎすの子供が薬瓶くすりびんもちて行く後姿、三之助よりはたけも高く余り痩せたる子と思へど、様子の似たるにつかつかと駆け寄りて顔をのぞけば、やあねえさん
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかし私は一生に一度でもいいから、股摺れの味があじわいたいと思う事がある、そんな身分であれば、さぞ心ゆったりとする事かと思う、私のようにやせた人間はいつも股と股との間は四
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
色のとほるばかりに白き、難を求めなば、髪は濃くて瑩沢つややかに、かしらも重げにつかねられたれど、髪際はへぎはすこしく打乱れたると、立てるかたちこそ風にもふまじく繊弱なよやかなれど、おもてやせの過ぎたる為に
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「うふふふ、役目はいわいでもわかっておる。捨て扶持ぶちをもらって幕府のために刺客を勤むるやせ浪人であろう! 拙者はいかにも篁守人、それと知ったらなぜ斬ってかからぬ? 来い!」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「西郷丈けは真正ほんとうえらかったようだね。第一太っている。やせっこけた奴は何処にか不足があるもんだから策を弄して仕様がない。或程度から上の人物は貫目で量ると大した間違はないよ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
雪庇の出来工合、岩山のやせ尾根で、雪が風で吹きとばされ岩肌の露出した様子、山ひだの細かい姿など、手にとるように分るので、文明の利器というものは、実に便利なものだと感心した。
大雪山二題 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「今さらやせ我慢を出してみたところで仕方のないことですから、思いきって好意に甘えてみるのもよくはないかと考えているところです。しかし、お母さんがおいやなら、むろん止します。」
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「まあお這入はいりよ、お前から」と云った母は、兄の首や胸の所をながめて、「大変好い血色におなりだね。それに少し肉が付いたようじゃないか」とめていた。兄は性来しょうらいやせっぽちであった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一人はそれとは正反対に、背の低い、色の浅黒いやせこけた体格で、其顔にはく単純な思想があらはれて居るばかり、低頭勝うつむきがちなる眼には如何いかなる空想の影をも宿して居るやうには受取れなかつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ちやうど娘たちが橇を取りに駈け去つたのと同じ時刻に、やせつぽの教父クームが、いやに取り乱した、不機嫌な顔をして酒場から出て来た。酒場の女主人が頑として彼に貸売を承知しなかつたためだ。
オーバーのポケットへ深々と両手を突込んだまま人々の話に聞き入っていた頬骨の突出たやせギスの駅長が、被害者は、W駅の東方約三十マイルのH駅機関庫に新しく這入った機関助手である事は判るが
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
やせたる土壌をかなしむなく
待っていた一つの風景 (新字新仮名) / 今野大力(著)
からさけ空也くうややせかんうち
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「あれや、主義でなくつて、趣味だよ。だから、やせ我慢も張らない代り、理窟で行つても駄目なんだ。あの年で、月々生計に追はれてゐるのは気の毒だが、また、なかなか考へてもゐるらしいね。下の男の子は、二人とも官費の学校へ入れちまつたよ。師範と幼年校だ」
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
人品ひとがらくって、やせっこけて、心配のありそうな、身分のある人が落魄おちぶれたらしい、こういう顔色かおつきの男には、得て奇妙な履歴があるものです。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は微力を測らずして一躍男子の圧抑からのがれようとするやせ我慢を恥じねばならなかった。私は瞭然はっきりと女性の蒼白そうはくな裸体を見ることが出来た。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)