ほのお)” の例文
さかんにえていた、西にしうみほのおが、いつしかなみあらわれて、うすくなったとおもうと、まどからえるそらも、くらくなりかけていました。
雲と子守歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
やがて身のたけ二丈ばかりの鬼が現れて、口からほのおを吹きながら夫婦を苦しめるかと思うと、気高けだかい老僧が出て来て鬼を追い拂った。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は努めて驚きを隠し、はるかに△△を励したりした。が、△△は傾いたまま、ほのおや煙の立ちのぼる中にただうなり声を立てるだけだった。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小原は校長の方へ向きなおっていった、そのまっ黒な顔に燃ゆるごときほのおがひらめいた、広い肩と太い首が波のごとくふるえている。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
あえて意識いしきしない共和きょうわと、たがいの援護えんごがそこに生まれた。すそをあおるほのお熱風ねっぷうよりは、もっと、もっと、つよい愛を渾力こんりきで投げあった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひめは、はじめ、うちじゅうに火が燃え広がって、どんどんほのおをあげているときにお生まれになった方を火照命ほてりのみことというお名まえになさいました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
加藤主税はほのおを吐くような呼吸といかずちのような気合で、力に任せて鍔押しに押して来ると、島田虎之助はゆるゆると左へ廻る。
レエヌさんが、ほのお色の、放図ほうずもなくすそのひろがった翼裾ウイング・スカーフのソワレを着て、孔雀くじゃくが燃えあがったようになってはいって来た。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その文句を見た瞬間しゅんかん、次郎は、眼のまえにほのお渦巻うずまくような気がして、しばらくはつぎの文字を見ることができなかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あわてて松葉まつばまきをくべると、ひどいけむりの中からほのおがまいたって、土間の自転車の金具が炎で赤く光った。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ガスのほのおの上の、まるいガラスビンの中には、血のような液体が、フツフツとあわだっているのです。
超人ニコラ (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その峠も、いまは何物をも燃やさずにはおかないような夏の光線を全身に浴びながら、何んだかほのおのようにゆらめいているような感じで、私たちにせまっていた。……
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それが土台石どだいいしの下で、いまだにきていて、よるひるもにらみってたたかっている。へびかえるがおこっていきほのおになって、そらまでちのぼると、こんどはてんみだれる。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
と、同時に囲炉裏には火がめろめろとえ出した。勘太郎は天井の穴に目をつけて下をのぞき始めた。めろめろとした赤いほのおは、炉端にすわっている四ひきの鬼の顔をらした。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
天に二つの日を掛けたるがごとし、ならべるつのするどにして、冬枯れの森のこずえに異ならず、くろがねの牙上下にちごふて、紅の舌ほのおを吐くかと怪しまる、もし尋常よのつねの人これを見ば、目もくれ魂消えて
無論むろんわたくしほのおの中の方が熱いと思います」とひとりの紳士しんしがいいました。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
わらべらの願いはこれらの獲物えものを燃やさんことなり。赤きほのおは彼らの狂喜なり。走りてこれをおどり越えんことは互いの誇りなり。されば彼らこのたびは砂山のかなたより、枯草のたぐいを集めきたりぬ。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
また一人ひとりは、あかいとにごったみずなかながして、ほのおのごとく、へびのように、ちらちらするのをおもしろがってていました。
台風の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これだけいって、こし般若丸はんにゃまるをひきいたが、その刀身とうしんは、いきなりまっにひかって見えた。うしろのほのおはもう高い火柱ひばしらとなっていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瓦斯煖炉ガスだんろほのおも赤あかとその木の幹を照らしているらしい。きょうはお目出たいクリスマスである。「世界中のお祝するお誕生日」である。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
がかれは爛々らんらんたるほのおの鏡に射られて目がくらんだ、五色の虹霓こうげいがかっと脳を刺したかと思うとその光の中に画然かくぜんとひとりの男の顔があらわれた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
尾でもって鐘をたたくと、ほのおが燃え上る——寺の坊さんたちは頭をかかえて逃げ出したが、程経ほどへて帰って見ると、鐘はもとのままだが、蛇はいない
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
光といっては、ただそのほのおばかりなのです。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すでに、葛西かさいやついちめんは、冷たいような猛火みょうかだった。極熱のほのおが燃えきわまると、逆に、しいんと冷寂な「」の世界が降りて来る——。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、このすさまじいあらしにも、たけくるほのおにも、無関心むかんしんでいられるほし世界せかいが、あまりにも、ふしぎにみえたのです。
戦争はぼくをおとなにした (新字新仮名) / 小川未明(著)
火事は室町屋から出たので、今しも台所を吹きいて、二階の廊下を焼き抜いて、真紅まっかほのおがメラメラとのぼる。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あの流れるほのおのように情熱のこもった歌ですね。妙子は大きい椰子やしの葉の下にじっと耳を傾けている。そのうちにだんだん達雄に対する彼女の愛を感じはじめる。
或恋愛小説 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
先祖の親房ちかふさという人はじつにりっぱな顔でした、ぼくのようにチビではありませんよ、尊氏たかうじのほうをきっとにらんだ顔は体中忠義のほのおが燃えあがっています。ぼくだって忠臣になれます。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
しん一は、おとうと背後うしろからのぞくと、なるほど、星晴ほしばれのしたそらしたくろ起伏きふくする屋根やねして、がるほのおました。
火事 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いやその前には、すでに急を知って飛んで来た蒋門神しょうもんしんが仁王立ちとなり、武松をにらまえて眉に憤怒のほのおを立てていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
石燈籠は柱を残したまま、おのずからほのおになって燃え上ってしまう。炎の下火したびになったのち、そこに開き始める菊の花が一輪。菊の花は石燈籠の笠よりも大きい。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あとは寂然ひっそりとして百匁蝋燭のほのおがのんのんと立ちのぼる。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
太陽たいようは、あかく、がたになるとうみのかなたにしずみました。そのとき、ほのおのようにえるくも地平線ちへいせん渦巻うずまいていました。
明るき世界へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
ほのおにも熱くなっていたまぶたを、いたましそうに、父の顔へ上げると、おたまの涙は赤く光って、膝の先にこぼれた。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
こちら側のシグナルの柱の下には鉄道工夫こうふが二三人、小さい焚火たきびかこんでいた。黄いろいほのおをあげた焚火は光も煙も放たなかった。それだけにいかにも寒そうだった。
寒さ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、マッチをすって、それへをつけると、えるかえぬかすかな青白あおじろほのおが、ひものうえからえはじめました。
真昼のお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、うずたかくれ草をつんで、ぱッと火をはなった。みるまに、うずまく煙は楼門をつつみ、紅蓮ぐれんほのおは、百千の火龍かりゅうとなって、メラメラともえあがった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「私は悪魔ではないのです。御覧なさい、この玉やこの剣を。地獄じごくほのおに焼かれた物なら、こんなに清浄ではいない筈です。さあ、もう呪文じゅもんなぞを唱えるのはおやめなさい。」
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ただ、けると太陽たいようひがしほうからがりました。また、日暮ひぐがたになると、かなたの地平線ちへいせんほのおのようにえて、太陽たいよううみしずみました。
木と鳥になった姉妹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
淀君の生活は、彼女とは反対に、それからにわか爛熟らんじゅくを迎えた花のように咲けるだけ狂い咲きに咲いて、そして、元和げんな元年の夏の陣に、大坂落城のほのおに散った。
日本名婦伝:太閤夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敏子は伏眼ふしめになったなり、あふれて来る涙をおさえようとするのか、じっと薄い下唇したくちびるを噛んだ。見れば蒼白いほおの底にも、眼に見えないほのおのような、切迫した何物かが燃え立っている。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あるときはガスのが、青白あおじろがるところへせられて、からだにそのほのおびていることもありました。
人間と湯沸かし (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、長可は、日夜、無念のまなじりをあげ、傷の痛みよりは、心のいたみに、五体をほのおにしているのだった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自土即浄土じどそくじょうどと観じさえすれば、大歓喜だいかんぎの笑い声も、火山からほのおほどばしるように、自然といて来なければならぬ。おれはどこまでも自力じりきの信者じゃ。——おお、まだ一つ忘れていた。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人形にんぎょうあたらしいものとはおもわれないほどにふるびていましたけれど、ひたいぎわをられてながれたのや、またあおかおをして、くちからあかほのおいているおんなや、また
空色の着物をきた子供 (新字新仮名) / 小川未明(著)
具足はつけているがかぶとはいただいていない。鉢巻から逆立つ乱髪は一炬いっきょほのおのように赤ッぽく見え、その大きな双眸そうぼうの光と共に、いかにも万夫不当ばんぷふとうのさむらいらしく見えた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのまた棺の前の机には造花のはすの花のほのめいたり、蝋燭ろうそくほのおなびいたりする中に勲章の箱なども飾ってある。校長は棺に一礼したのち、左の手にたずさえていた大奉書おおぼうしょ弔辞ちょうじを繰りひろげた。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かれは、高原こうげん一人ひとりとおるのもそんなにさびしいとはおもわなかったのです。夕日ゆうひは、やましずみかかって、ほんのりとあまりのほのおゆきうえらしていました。
おおかみと人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「……あっ。師の房様が、くるまをッ、輦を焼かっしゃる」牛飼の者は、彼方の小さい火が、やがて、真っ赤な一団のほのおとなったのを見て、草庵の中へ向って、大声でわめいていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこは線路の二三町先にあの踏切りの見える場所だった。踏切りの両側の人だかりもあらかた今は散じたらしかった。ただ、シグナルの柱の下には鉄道工夫の焚火たきびが一点、黄いろいほのおを動かしていた。
寒さ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)