深切しんせつ)” の例文
わたくしは因縁こそ実にとうとくそれを飽迄あくまでも大切にすべきものだと信じてります。其処そこに優しい深切しんせつな愛情が当然おこるのであります。
でも、あなたの御深切しんせつが、今ではもう、妾には忘れ難いものになって了った。あなたのおでなさらぬ夜が淋しく感ぜられさえする。
一人二役 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あなたが京子に逢ってこのはなしをする間には僕はもうこの世の人ではないでしょう。くれぐれもあなたの深切しんせつを嬉しいと思います。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この法印の、一心の深切しんせつ、やっとのことで通じたか、浪路は、いくらかわれに帰った風で、相手の抱きしめから自由になろうとする。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それから足下おぬし深切しんせつがあるなら、門番もんばんにさううて、スーザンとネルをはひらせてくりゃ。(奧に向つて)……アントニー! ポトパン!
時々、痛いんで眼がさめる、宿の娘は深切しんせつに附きっ切りで、氷河からかいて来たろう、氷を手拭に包んで、頭を冷やしてくれる。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
やく御出立なさるが宜しからん入らざることゝおぼめしも有べけれどもまづ/\御用心なさるゝが大丈夫と深切しんせつはなし居るをりから近來ちかごろ此邊を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
なほ桂月様私の新体詩まがひのものを、つたなし/\、柄になきことすなと御深切しんせつにおしかり下され候ことかたじけなく思ひ候。
ひらきぶみ (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
それでもどうにか春どんが深切しんせつに洗つて呉れたり、貝殻の白い薬をつけて呉れたりして、其の夜は誰にも覚られずに済んだ。
やぶ入の前夜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
河上徹太郎かわかみてつたろう氏、小林秀雄こばやしひでお氏たちに深切しんせつな批評を貰いました。曲りなりにも血の気の多い作品を書きたいと思っていたのです。
文学的自叙伝 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
知らずや、子供は家にありて早くその習慣を成すものなるを。知らずや、父母の教えは学校教師の教えよりも深切しんせつなるを。
教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
まへせい一ぱいつて御覽ごらん——だけど、わたし深切しんせつにしてやつてよ。でなければ、屹度きつとあしふことをかないわ!屹度きつとさうよ。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
ひとばかりにはかぎらない。靜岡しづをかでも、三島みしまでも、赤帽君あかばうくんのそれぞれは、みなものやさしく深切しんせつであつた。——おれいまをす。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
という調子で、丁寧に手をついてお礼をいうのと、深切しんせつな焼きかたなので一人では手が廻りきれないほど売れだした。
ハワード〔一七二六—一七九〇年、英国の監獄改良家〕は彼自身のやり方においてうたがいもなく非常に深切しんせつで立派な人間であり、またその報いをえた。
この闇きに、提灯ちょうちんなきは危し。提灯つけて送らせんといふ。田舎にうれしきは、人の深切しんせつ也。それには及ばずと断りて、なほ闇をさぐり、筑波町に達して宿りぬ。
秋の筑波山 (新字新仮名) / 大町桂月(著)
「お宅が、旅人に深切しんせつにしてくれるということを聞いて尋ねてきました、今晩どうか泊めてください」
蕎麦餅 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
老婆などはわざわざ立かえりて、「お前さんそこにそうよっかかって居ては危のうございますよ、危ないことをするものではありませんよ」と諄々じゅんじゅんさとさるる深切しんせつ
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
彼に心を寄せしやからは皆彼が夜深よふけ帰途かへりの程を気遣きづかひて、我ねがはくは何処いづくまでも送らんと、したたおもひに念ひけれど、彼等の深切しんせつは無用にも、宮の帰る時一人の男附添ひたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
農村のうそんにびんぼうなお百姓ひやくせうがありました。びんぼうでしたが深切しんせつなかい、家族かぞくでした。そこの鴨居かもゐにことしもつばめをつくつてそして四五ひなをそだててゐました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
追っ附け娘たちが麓から登って来るからそしたら直ぐ行って問合せましょう、まア旦那はそれまで其処らに御参詣をなさっていたらいいだろうという思いがけない深切しんせつな話である。
青年僧と叡山の老爺 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
はげまして慰めた。それでも主人はなんとなく気が進まぬらしかった。しかし妻の深切しんせつを無にすまいと思うてか、重々しげに猪口を取って更に飲み始めた。けれども以前のように浮き立たない。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
なお岸本が周囲の人のようにはこの人を考えていなかったというのは、全く彼が少年の時に受けた温い深切しんせつの為で——丁度、それが一点のかすかな燈火ともしびのように彼の心の奥に燃えていたからであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
深切しんせつなる、しかし冷刻なる友よ!
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
私の深切しんせつ一顧いっこをも与えず、邪魔だからどいて居れと叱った所のその人を、私は今でも数人の臨検者の中から見付け出すことが出来る。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
種彦は遠くもあらぬ堀田原ほったわらの住居まで、是非にもお供せねばという門人たちの深切しんせつをも無理に断り、夜涼やりょうの茶屋々々にぎわう並木の大通おおどおり横断よこぎって
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ロミオ はて、それは深切しんせつ爲過しすごし。いっそ迷惑めいわく。おのが心痛しんつうばかりでも心臟しんざういたうなるのに、足下きみまでがいてくりゃると、一だんむねせまる。
と問わぬことまで深切しんせつに話します。それでよく仔細しさいわかってたしかになりはなったけれども、現に一人踏迷ふみまよった者がある。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あいちやんは立所たちどころ屹度きつとうさぎ扇子せんすしろ山羊仔皮キツド手套てぶくろとをさがしてるにちがひないとおもつて、深切しんせつにもれをたづねてやりましたが、何處どこにもえませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
其方共儀長八むすめ身受みうけ相談さうだんの儀は公儀かみに於ても孝心を御賞し有るにつき利欲りよくかゝはらず深切しんせつ懸合かけあひとげ遣はすべし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
天下の人皆ざいむさぼるその中に居て独り寡慾かよくなるが如き、詐偽さぎの行わるる社会に独り正直なるが如き、軽薄無情の浮世に独り深切しんせつなるが如き、いずれも皆抜群のたしなみにして
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
見て通りかゝりし學校教員らしき人御代田みよだへは斯う參られよと深切しんせつなり御代田とは小田井が改名せしなり一禮して其の如くに行く此ほとりの林の中に櫻咲き野にはシドメの色を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
けてさむからうと、深切しんせつたにちがひないが、未練みれんらしいあきらめろ、と愛想尽あいさうつかしをれたやうで、くわつかほあつくなる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
其方儀先代せんだい嘉川平助におんも有之り候由にて藤五郎藤三郎建部たてべ郷右衞門ばんすけ十郎右四人かくまひ候だん深切しんせつ致方いたしかたに候得共えども身分不相應さうおうなる儀につき以後法外之なき樣心掛べし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
乳母 さいな、あのかたはッしゃるには、行儀ぎゃうぎもよければ深切しんせつでもあり、男振をとこぶりはよし、器量人きりゃうじんでもあり、流石さすが身分みぶんのある殿方とのがたらしう……おかゝさまは何處どこにぢゃ?
月日たつにつれ自然出家しゅっけの念願起りきたり、十七歳の春剃髪ていはつ致し、宗学修業しゅぎょう専念に心懸こころがけあいだ、寮主雲石殿も末頼母たのもしき者に思召おぼしめされ、ことほか深切しんせつに御指南なし下され候処
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
余輩これを保証することあたわず。前夜の酒宴、深更に及びて、今朝の眠り、八時を過ぎ、床の内より子供を呼び起こして学校に行くを促すも、子供はその深切しんせつに感ずることなかるべし。
教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
隨分無骨ぶこつなる調子にて始はフト吹出すやうなれど嶮しき山坂峠をば上り下りに唄ふものなればだみたるふしも無理ならず其文句に至りては率直にして深切しんせつありのまゝにして興あり始の歌木曾の山のさぶき
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
ことあつてのちにして、前兆ぜんてうかたるのは、六日むいか菖蒲あやめだけれども、そこに、あきらめがあり、一種いつしゆのなつかしみがあり、深切しんせつがある。あはれさ、はかなさのじやうふくむ。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
以上十九箇条の結論、論じ去て深切しんせつなりと言う可し。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その男に対する取廻しの優しさ、へだてなさ、深切しんせつさに、人事ひとごとながらうれしくて、思わず涙が流れたのじゃ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まへまあちつやすんでと、深切しんせつにほだされて、なつかしさうに民子たみこがいふのを、いゝえ、さうしてはられませぬ、お荷物にもつ此處こゝへ、もし御遠慮ごゑんりよはござりませぬ、あし投出なげだして
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
切符きつぷ三枚さんまいたのむと、つれをさがしてきよろついた樣子やうすあんじて、赤帽君あかばうくん深切しんせつであつた。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「いや、深切しんせつ難有ありがたいが、いま来たばかりのものに、いつ出程たつかは少しひどかろう。」
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やすくて深切しんせつなタクシイをばして、硝子窓がらすまどふきつける雨模樣あまもやうも、おもしろく、うまつたり駕籠かごつたり、松並木まつなみきつたり、やまつたり、うそのないところ、溪河たにがはながれたりで
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
けれども言出いひだしたことは、いきほひだけに誰一人たれいちにん深切しんせつづくにもあへめやうとするものはく、……同勢どうぜいで、ぞろ/\と温泉宿をんせんやどかへ途中とちゆうなはて片傍かたわき引込ひつこんだ、もりなかの、とあるほこら
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
先年西牟婁むろ郡安都ヶ峯下より坂泰ばんたいみねえ日高丹生川にて時を過ごしすぎられたのを、案じて安堵の山小屋より深切しんせつに多人数で捜しに来た、人数の中に提灯唯一つ灯したのが同氏の目には
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さし図どころか自分で深切しんせつに手を添えてくれた時、皆で抱まわしに、隣の墓から、先生の墓所の前へ廻し込んで、一段、段石だんいしを上げるのに、石碑が欠けちゃあ不可いけない、と言うと、素早い石屋が
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どこぞで白桃しろももの花が流れるのをご覧になったら、私の体が谷川に沈んで、ちぎれちぎれになったことと思え、といってしおれながら、なお深切しんせつに、道はただこの谷川の流れに沿うて行きさえすれば
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)