いた)” の例文
そのそばにえている青木あおきくろずんで、やはり霜柱しもばしらのためにいたんではだらりとれて、ちからなくしたいているのでありました。
小さな草と太陽 (新字新仮名) / 小川未明(著)
副馬そえうまには、いつも、浅月あさずきを曳いて参るが、いつぞや、馬場で少し脚をいためたらしい故、他の馬に、鞍の用意をいたして置くように』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すべてこれらの者のなかにてかのさちなき女、主よわがためにわが子の仇を報いたまへ、彼死にてわが心いたくいたむといひ 八二—八四
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
こうした父と兄との間に挟まって、たゞ一人、心をいためるのは瑠璃子だった。彼女は、父に隠れて兄の行方をそれとなく探って見た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
普通なみのものが其様な発狂者を見たつて、それほど深い同情は起らないね。起らないはずさ、別に是方こちらに心をいためることが無いのだもの。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
十年前、私はる出来事のために私の神経の一部分の破綻はたんを招いたことがありました。私の神経がそのために随分いたんでしまいました。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「待ってろな。……いつぞやのように、釘なぞはいっていたら、また口をいためるだろが。……ほらほら、もう、すぐぞ、もう、すぐぞ」
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
阿蘇あそ活動かつどうみぎほか一般いつぱん火山灰かざんばひばし、これが酸性さんせいびてゐるので、農作物のうさくぶつがいし、これをしよくする牛馬ぎゆうばをもいためることがある。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
きに病氣びやうきとばかりおもひぬれば、よしらうかぎりもなくいたましくて、醫者いしやにかゝれの、くすりめのと悋氣りんきわすれて此事このことこゝろつくしぬ。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
貞時はあまりに筒井が頭をつかいすぎはしないか、暇もなくはたらいては手をいためるようなことがないかと、それが気懸きがかりだった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
芭蕉の心がいたんだものは、大宇宙の中に生存して孤独に弱々しくふるえながら、あしのように生活している人間の果敢はかなさと悲しさだった。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
ちょうど生きた人魂ひとだまだね。て門を這入ってみると北風ほくふう枯梢こしょう悲断ひだんして寒庭かんていなげうち、柱傾き瓦落ちて流熒りゅうけいいたむという、散々な有様だ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
竹村たけむらは一ねんたつかたゝないうちに、大久保おほくぼかへつてたのに失望しつばうしたが、大久保おほくぼ帰朝きてうさびしかつたことも、すくなからずかれいたましめた。
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
けれども、さして心をいためた趣のあるにもあらず、茅花つばな々々土筆つくつくし、摘草に草臥くたびれて、日南ひなたに憩っているものと、おおいなる違はない。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
罪悪を犯ししときにきたる内心の苦悩は他人の上に被らせし害悪をいたむのではない。自己の人格の欠陥と矛盾とを嘆くのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
どんなところでも、夜のとばりの裾のはいり込まないところはない。そしていばらに引掛っては破れ、寒さに会っては裂け、泥によごれてはいたむ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
寒菊は先ず無難であったが、梅は小枝の折れたのもあるばかりか、花も蕾もかなりにいためられて、梶原源太が箙の梅という形になっていた。
十番雑記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ただ我が老いたる親ならび菴室あんしつに在り。我を待つこと日を過さば、自ら心をいたむる恨あらむ。我を望みて時にたがはば、必ずめいうしななみだを致さむ。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
私とても、世の人のめでくつがへるが儘に、多少驕慢の心をも生じ居たる事とて、思ひ切られぬ君を思ひ切りて、獨り胸をのみいため候ひぬ。
雨は相変らず強く降っている、どこかといいたんでいる処があるのだろう、裏手のほうでざあざあとあふれ落ちる水音が聞えた。
金五十両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私はこの刑罰の裁量が妥当であるかどうかを知らない。とにかくこうして某工学士一家のいたましい悲劇は一段落が附こうとしているのである。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
しかしまもなくいたましい事件が老売卜者の身の上に起こった。筆法を変えて描写しよう。冴えた腕だ! 背後袈裟うしろげさに切った!
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
中島は水田をやっているうちに、北海道じゃ水がひやっこいから、実のりが遅くって霜にいためられるとそこに気がついたのだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
鼓瑟ことのてしばしとだえ鏗爾こうじとしてしつさしおきてち、対えて曰く、三子者さんししゃよきに異なり。子曰く、何ぞいたまん、またおのおのその志をいうなり。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
余はいたわって「今に私が此の室から連れ出して上げるから、ヨ、辛くても少しの間、辛抱して居るのだよ」と言い聞かせた。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
自分はわが目に映じたる荒廃の風景とわが心をいたむる感激の情とをってここに何物かを創作せんと企てた。これが小説『すみだ川』である。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「本年は陽気のせいか、例年より少し早目で、四五日ぜんがちょうど観頃みごろでございましたが、一昨日いっさくじつの風で、だいぶいためられまして、もう……」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日本でも風土によっては、十インチアルバムならば立てておいても大してレコードはいたまない。左右からぴっしりと押えておけば一層安全である。
旅で病むのは何と心細かったことだろう。それに私は貧しいかぎりであった。島村抱月先生のいたましい訃報ふほうを新聞で知ったのもその時であった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
東路あずまじの道の果てなる常陸帯ひたちおびをたぐりつくして、さてこれより北は胡沙こさ吹くところ、瘴癘しょうれいの気あって人をいたましめるが故に来るなかれの標示を見て
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人格の尊厳そんげんを第一位に置く霊活不覊れいかつふきなる先生の心をいたむるのは知れ切った事まで先生にしいられたのは、あまりと云えば無惨むざんではありますまいか。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
に彼は熱海の梅園にて膩汗あぶらあせしぼられし次手ついで悪さを思合せて、憂き目を重ねし宮が不幸を、不愍ふびんとも、いぢらしとも、今更に親心をいたむるなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
最近米国に、ある鉄道事故から右脚をいためた男があつた。撞木杖しゆもくつゑをついて町へ出ると、ばつたり友達の一人に出会つた。
時は文政十年七月末で、壽阿彌はをひの家の板の間から落ちた。そして兩腕をいためた。「骨は不碎候くだけずさふらへ共、兩腕共強く痛め候故」云々しか/″\と云つてある。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
心のいためる人の前にて歌を歌うことなかれという事もあるが、それはどうでもよいとして、きょうは何か一つごくごく珍しいものを食べてみたい。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
明け暮れ双紙そうしなどを集めて見ていたが、或る時乳人に両親の名を尋ねると、お歎きになることをいたわしく思い今日まで隠しておりましたけれども
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
聞くにもつらしいふもうし、まして筆もてしるさむは、いといたましきわざなれど、のちに忍ばんたよりとも、思ふ心に水茎みづぐきの、あとにくこそのこすなれ
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
風雨にさらされて、見かけはかなりいたんでいたけれど、小屋のなかはまだ新しくて、思ったより住み心地がよかった。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
左の手は、まだそんなに腫れていなかったけれども、とにかくいたましく、見ている事が出来なくて、私は眼をそらし、床の間の花籠はなかごをにらんでいた。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
毎年今頃になるといつも野分が吹いて来て、この萩はもとより多くの草花を地にすりつけていためてしまうのであるが、今年はまだその野分も来ない。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この小さな巴里娘パリつこの衣裳のことに對する熱心な本然の願ひには、いたましいと同時にいさゝか滑稽けいなものがあつた。
彼は蒼ざめた幽霊のようにやつれ果てて、自分の失策しくじりのために彼女がどんなに苦しみ悩んでいるかと心をいため尽くして、所所方方をさまよい歩いていた。
ただ、そこに閃いていたものは、例の如く何ものかを、常に哀願しているような、いたましいなざしだけであった。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
女帝はかかるいたましい道鏡の顔を見たことはなかった。女帝の胸は苦痛にしびれた。一時に怒りがこみあげてきた。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
私がここに書こうとする小伝の主一葉いちよう女史も、病葉わくらばが、霜のいたみにたえぬように散った、世に惜まれるひとである。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そなえたる少年、とし二十に余ることわずかなれば、新しき剃髪ていはつすがたいたましく、いまだ古びざる僧衣をまとい、珠数じゅずを下げ、草鞋わらじ穿うがちたり。奥の方を望みつつ
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
これには蝮を南総で女性に見立て姫まむしというので、全く越後で蕨の茎葉を山だち姫というのと違う。熊楠いう、茅の芽は鋭くて人の足に立ちいためる。
先づ饅頭笠にて汚水をいだし、さら新鮮しんせんなる温泉をたたゆ、温たかき為め冷水を調合てうごうするに又かさもちゆ、笠為にいたむものおほし、抑此日や探検たんけんの初日にして
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
なにさし捨てられては仇は討てず、亦これから先は長い旅、水もかわり気候も違うから、詰らん物を食して腹をいためぬ様にしなさい、左様そうじゃアないか
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼はまだ、例の談判にやって来た時の上等な広幅羅紗の一着を着ていたが、それは、泥土でよごれたり、森の鋭い茨で裂けたりして、ひどくいたんでいた。