乳房ちぶさ)” の例文
これに反して鰐博士は、むしろ子宮や乳房ちぶさの自然退化を促進する方を捷径しょうけいと見て、既に三十年をその研究についやして来た権威者である。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
あるひは炬燵こたつにうづくまりて絵本読みふけりたる、あるひは帯しどけなき襦袢じゅばんえりを開きてまろ乳房ちぶさを見せたるはだえ伽羅きゃらきしめたる
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と言って、めいは幾人もの子供を生んだことのある乳房ちぶさを小さなものにふくませながら話した。そんなにこの人は気の置けない道づれだ。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
與吉よきちはおつぎにかれるときいつもくおつぎの乳房ちぶさいぢるのであつた。五月蠅うるさがつて邪險じやけんしかつてても與吉よきちあまえてわらつてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
おとめはひもをといて、おきさきさまの背中せなかから小さな男の子をおろしました。そして、お妃さまの乳房ちぶさにあてがって、おちちをのませました。
あらわにはだかった胸で、線のゆるんだ、大きな双の乳房ちぶさが、重たげに揺れ、ぽかんとあいた厚い唇の端から、よだれがたれていた。
そうして、反絵の動かぬ一つの眼には、彼女の乳房ちぶさの高まりが、反耶の銅のつるぎに戯れるはとの頭のように微動するのが映っていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
この時到らば教壇に立つ人、面皮めんぴ厚きフィレンツェの女等の、乳房ちぶさと腰をあらはしつゝそとに出るをいましむべし 一〇〇—一〇二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
竹童ちくどうは、こごえていた嬰児あかごが、母のあたたかな乳房ちぶさへすがりついた時のように、ひしと、ひしと、その人のむねにかじりついて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、——しかしその乳房ちぶさの下から、——張り切った母の乳房の下から、汪然おうぜんと湧いて来る得意の情は、どうする事も出来なかったのである。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今後、女性の身体の構造にいかなる変化が来たるとするも、男子に乳房ちぶさが加わる時の来ないあいだは、母たるの役目はいつまでも女子に属する。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
見ると、そのトナカイの乳房ちぶさは、大きくふくらんでいて、ちょうどいま、子供たちに暖かいお乳を飲ませて、その口にキスをしてやっていました。
さうたま乳房ちぶさにも、糸一条いとひとすぢあやのこさず、小脇こわきいだくや、彫刻家てうこくか半身はんしんは、かすみのまゝに山椿やまつばきほのほ𤏋ぱつからんだ風情ふぜい
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
つておでよとあまへるこゑへびくふ雉子きゞすおそろしくなりぬ、さりとも胎内たいないつきおなことして、はゝ乳房ちぶさにすがりしころ手打てうち/\あわゝの可愛かわいげに
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
不可也いや/\二人とまりなば両親おやたちあんじ給はん、われはかへるべしなど、はなしのうちなく乳房ちぶさくゝませつゝうちつれて道をいそぎ美佐嶋みさしまといふ原中にいたりし時
横浜は、水夫ら、火夫らの乳房ちぶさであった。それを待ちあぐむ船員の心は、放免の前日における囚人の心にも似ていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
もうどんどんと冷えて行く着物の裏に、心臓のはげしい鼓動につれて、乳房ちぶさが冷たく触れたり離れたりするのが、なやましい気分を誘い出したりした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しどろもどろのくさむらは雫のつゆをぶるぶる振り払いつつ張って来た乳房ちぶさのような俵形にこんもり形を盛り直している。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いつもあかちゃんがきさえすれば、やさしいおかあさんはそばについていて、やわらかな、しろいあたたかな乳房ちぶさあかちゃんのくちびるへもっていったからであります。
はてしなき世界 (新字新仮名) / 小川未明(著)
奈落の暗闇くらやみで、男に抱きつかれたといったら、も一度此処ここでも、きもを冷されるほどしかられるにきまっているから、弟子でし娘は乳房ちぶさかかえて、息を殺している。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
子供に乳房ちぶさをくわえられてる荒々しい眼つきのマドンナ、妻にもほしいような美しいリアなどを、彼はこの巨匠の愛と同じき純潔粗野な愛をもって愛した。
カビ博士は、下方かほうに見える乳房ちぶさの形にこんもりもりあがった白い丘陵きゅうりょうへ向け、かじをとった。艇はゆるやかに曲線の道をとって、水中を降下していった。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まだ乳房ちぶさにすがってる赤子あかごを「きょうよりは手放して以後親子の縁はなきものにせい」という厳敷きびしき掛合かけあいがあって涙ながらにお請をなさってからは今の通り
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
乳房ちぶさは乳に満ち心は苦しみに満ちていた。飢えたまっさおな小児はその乳房を見ながら、もだえ泣き叫んだ。
未産婦で乳癌になるひとはめずらしいと、医者も不思議がっていた。入院して乳房ちぶさを切り取ってもらった。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
アグリパイナには乳房ちぶさが無い、と宮廷につど伊達だて男たちがささやき合った。美女ではなかった。
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
花前は、耳で合点がてんしたともいうべきふうをして仕事しごとにかかる。片手かたてにしぼりバケツと腰掛こしかけとを持ち、片手かたて乳房ちぶさあらうべきをくんで、じきにしぼりにかかる。花前もここでは
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
鼻のたかい、色白の、上脊うわぜいのあるその青年は、例の電球二つを女の乳房ちぶさのようにつけた仏蘭西製フランスせいのスタンドの、憂鬱な色をしたシェドのかげに、うつむき加減に腰かけていたものだったが
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大岡越前守殿おほをかゑちぜんのかみどの是をきかれコリヤ九郎兵衞云願書のおもむきにてはさぞかし無念むねんに有ん如何にも不便のことなり女房ふかも一人の子息しそくを殺され老行おいゆく夫婦の路頭ろとうまよふは後世の杖をうばは嬰兒えいじ乳房ちぶさ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
色白な夫人が胸をひろげて泣く子に乳などをくくめていた。子供も色の白い美しい子であるが、出そうでない乳房ちぶさを与えて母君は慰めようとつとめているのである。大将もそのそばへ来て
源氏物語:37 横笛 (新字新仮名) / 紫式部(著)
縮緬ちりめんのすらりとしたひざのあたりから、華奢きゃしゃな藤色のすそ白足袋しろたびをつまだてた三枚襲さんまいがさね雪駄せった、ことに色の白い襟首えりくびから、あのむっちりと胸が高くなっているあたりが美しい乳房ちぶさだと思うと
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
弟の俊三しゅんぞうはまだ生まれて三年たらずではあったが、末っ子で、はじめから母の乳房ちぶさで育ったためか、誰に対しても無遠慮な振舞いがあり、次郎の眼には、彼こそ第一の強敵のように映った。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
しかしそれから数時間の後に行って見ると、だれかが押し入れの中にオルガンの腰掛けを横にして作ってやった穴ぼこの中に三毛が横に長くねそべって、その乳房ちぶさにこの子猫が食いついていた。
子猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
之を用ゐしは男子だんしならん。そは此所にべたる如き面貌の土偶は乳房ちぶさの部の膨れ方はなはだすくなきを以てさつすべし。光線反射の眼に害有る男女なんによに從つて差有るのし。女子は如何いかにして眼を保護ほごせしや。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
お照は乳房ちぶさをもぎ放して榮子を下に置いた。また泣いて居たのを
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
丁度ちやうど母猿が射殺うちころされた時、其の乳房ちぶさに縋つてゐた時のやうに。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
乳房ちぶさを出した女があかぼう鼻汁はなじるを啜りながら私をしかった。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
たらちねの母の乳房ちぶさにすがりゐる富子とみこをみれば心はぎぬ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
かなしみを乳房ちぶさのようにまさぐり
貧しき信徒 (新字新仮名) / 八木重吉(著)
ひよれる子に肌脱はだぬぎの乳房ちぶさあり
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
年老いた女の乳房ちぶさのやうに
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
地の胸の乳房ちぶさのかをり
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
日ごとにあか乳房ちぶさ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのとき、だれかがお妃をだきおこして、右の乳房ちぶさからのしずくを三てきすいとって、それをはきださなけりゃ、お妃は死んでしまうんだ。
お民は片肘かたひじまくらに、和助に乳房ちぶさをくわえさせ、子供がさし入れるふところの中の小さな手をいじりながら、隣室からもれて来る話し声に耳を澄ました。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それでもときにおしなのしたやうにふところけて乳房ちぶさふくませててもちひさな乳房ちぶさ間違まちがつてもはなかつた。砂糖さたうけててもあざむけなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
今やわがことばは(わが想起おもひいづることにつきてさへ)、まだ乳房ちぶさにて舌を濡らす嬰兒をさなごことばよりもなほらじ 一〇六—一〇八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
主人は近所の工場こうじょうか何かへつとめに行った留守るすだったと見え、造作ぞうさくの悪い家の中には赤児あかご乳房ちぶさを含ませた細君、——彼の妹のほかに人かげはなかった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一人は乳房ちぶさを揺り立てて笑ひ、もう一人はこれ見よがしに子宮部を突き出して哄笑こうしょうした。と、さつと身をひるがへして、再び風のやうに走り去つた。……
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
フランドルの美術よ、なんじこそはよく淫婦いんぷを知りたれ。よくかの乳房ちぶさ赤く肉たくましき淫婦を愛したれ。フランドルの美術の傑作はいづれかそのしるしならざる。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)