“ころ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:コロ
語句割合
29.1%
27.7%
21.6%
8.7%
6.2%
時分0.7%
0.7%
0.3%
0.3%
0.3%
0.3%
転倒0.3%
胡盧0.2%
0.2%
屠殺0.2%
時代0.2%
枯髏0.2%
転子0.2%
葫芦0.1%
轉倒0.1%
年間0.1%
0.1%
0.1%
呉絽0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
時刻0.1%
暗殺0.1%
0.1%
0.1%
殺害0.1%
0.1%
0.1%
胡蘆0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
やつと彼の帰つた後、僕はベツドの上にがつたまま、「暗夜行路」を読みはじめた。主人公の精神的闘争は一々僕には痛切だつた。
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もうこのじゃ、門附けは流行らんでな。ことしあもうめよかと思うだ。五、六年前まであ、東京へ行った連中も旅費のに小金を
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
けれど、都の人びとは、巨男がおそろしい魔女息子だということを知っていましたので、とおまわしに巨男そうと考えました。
巨男の話 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
お年のなり御様子なり、てっきり貴方に違いないと、直ぐこちらへ飛んで参り、向うのあの荒物屋で聞いてお尋ね申しました。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
驚いて飛付いた、力任せに引くと、部屋の中にげ込んだのはなんとあの青磁色の洋装——幽里子の息もたえだえの姿だったのです。
今日はまだお言いでないが、こういう雨の降ってしい時なぞは、その時分のことをいつでもいってお聞かせだ。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と思うたら、自動車のタイヤに鼻づらをかれたのであろう、ひょろ/\と二度ばかりんだ。自動車は見かえりもせず東京の方に奔って往って了うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かしき昔の父、おもかげに今し立ち、しわが父やげに、昭和八年一月元旦、父の子は我は、ばえて涙しながる。
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
まあ君を見給へ。そら、復浪が來た。馬がぶぞ。そうら、……處が輾ばないんだ。矢張平氣で以て進んで來る。僕は今急に函館が好になつたよ。
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
と是れから無理やりに權六の手をって、泥だらけの足のまゝ畳の上へ上げ、段々お千代母子にも詫びまして、百両(此のだから大したもので)取り出して台に載せ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
天之を生みて、天之をす、一に天にさんのみ、吾れ何ぞ畏れん。吾が性は即ち天なり、躯殼は則ち天をむるの室なり。精氣の物と爲るや、天此の室にす。遊魂を爲すや、天此の室をる。
は火のごとく血走りながら、厚い唇は泥のごとくなくんで、ニタニタと笑いながら、足許ふらふらと虚空をんで、夜具包み背負って、ト転倒がる女を踏跨
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けだし、最初の人は、霊感うちに湧いてこの曲を作り、第二の人は、曲そのものを学んでその霊感に触れ、第三の人は、曲そのもののようになりて胡盧を描く。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
R村のピエル・フオンの城主を夏の間に訪問する約束だつたが、貧しい生活にのみ囚はれてゐる私は、決してそれだけの余暇を見出す事が出来ずにゐる間に、世は晩秋の薄ら寂しいであつた。
ピエル・フオン訪問記 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
あなたはなぜ私たち二人を、一思いに屠殺して下さらないのですか…………。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その時代は又、村に相応な旅籠屋も三四軒あり、俥も十輛近くあつた。荷馬車と駄馬は家毎の様に置かれ、畑仕事は女の内職の様に閑却されて、旅人対手の渡世だけに収入も多く人気も立つてゐた。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
潔味私が口に適候而悦申候。いれもの重箱やきもの提燈御かへし申候。みそとくしこ入候はとゞめおき申候。早々。十二月七日。太中。辞安様。枯髏三字急に出不申候。出候はば可申上候。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
は口の両側にある、大きな木片で出来た、妙な装置である。何等かの目的で、馬の外臀部にあてがってある繩には、磨傷をふせぐ為に、木の転子がいくつかついている。
蜀軍が葫芦天嶮に、久しい間、土木を起していたのは、不落の大基地を構築するためであったに違いない。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしておのおの黒衣素足、手に牙剣をひっさげ旗を捧げ、腰には葫芦をかけて内に硫黄煙硝をつめこみ、山陰にかくれていて、郭淮の部下がわが王平軍を追いちらし
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
抱起して「これ、俯向轉倒ばしゃったな? 一段怜悧者にならッしゃると、仰向轉倒ばっしゃらう、なァ、?」とふとな
仰向轉倒ばっしゃらう、なァ、」とふと、阿呆どのが啼止って、「」ぢゃといの。(笑ふ)
右の字鏡ありて二十年をて、源の順朝臣の作りたる和名類聚抄ありき、是も字書也。元和の年間那波道円先生て板本とせられたり。
新撰字鏡といふ字書は、本朝の昌住といひし人、今より九百四十年あまりのむかし寛平昌泰年間作りたる文字の吟味をしたる也。むかしより世の学匠たちして重宝せられき。
狼藉を御心のまゝにし給ひしが、七月八日高野山へ上り給ふて、うきめを見給ひけり、同十五日北野にて盲者をし給ひしが、其刀にて介錯せられし也、に昔は因果の程をつゝしめよ
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
善吉は今にも吉里が障子を開けて、そこに顔を出すような気がして、火鉢に手を翳していることも出来ず、横にころりとんで、屏風の端から一尺ばかり見える障子を眼を細くしながら見つめていた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
八朔の宵から豪雨になって亥刻(十時)近い頃は漸く小止みになりましたが、店から届けてくれた呉絽の雨合羽は内側に汗を掻いて着重りのするような鬱陶しさ——。
両手は括られてしまつて、身体は木ののやうに投付けられ、僅か一坪半の平面だけが彼の足の踏処となつて居るに過ぎない。
逆徒 (新字旧仮名) / 平出修(著)
大岡殿に向ひ昌次郎夫婦をせし者傳吉の外には御座なく其故は昌次郎女房は元傳吉が妻にて傳吉は今の妻專と密通仕つり母諸共梅は離別せられ道路餓死仕るべき有樣なるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さてはお側近く勤むる侍と奥を勤めるお女中と密通をいたしてるのではないかと存じましたから、退って息をして、と見て居りますと、の女は四辺をきょろ/\見廻しまして声を潜め
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
このは、松永弾正久秀という者で、もはやよい年でござるが、生涯、人にはできないことを三つなしとげておる。——第一は、足利公方光源院殿をした。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いはゆる骨肉相疑ひ、同族相した、仇と味方のおくつき所——何某の墓、何某の墓としるした立札が、そちこちの途の邊に見えた。
滑川畔にて (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
その内儀さんの話によると、もう星の白い宵の時刻、旅人の影も途絶え、並木の風ばかりが淋しい道を、おいおいと泣き声あげながら、向う見ずに素ッ飛んでゆく小僧がある。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この頃北京は物騒であった。政府の高官顕職が頻々として暗殺された。そして犯人はただの一度も捕縛されたことがないのであった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……勿論、を、いや、蚊帳して飲むほどのものが、歩行くに日よけをするわけはない。蚊帳の方は、まだしかし人ぎきもるが、洋傘の方は大威張で持たずに済んだ。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ブハワバール市を侵しおよそ四百人をし、住民逃げ散じて市ために数年間空虚となったとクルックの『西北印度諸州篇
し如何にも差迫りたる體に見せければ兩人とも流石伯父のことゆゑ兩親とも此叔父殺害されしとは夢にも知らず特に母が病氣ときゝ姉妹二人にて心一出來合力に及びければ強慾非道の長庵は能き事に思ひ毎日々々の樣に無心に行ける程には丁山小夜衣も持餘してりを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
哭きつつぎしかば、すなはち見得て、その木をきて、取り出で活して、その子に告りて言はく、「汝ここにあらば、遂に八十神にさえなむ」
あ、! さう強くくから毎々球がげ出すのだ。風早の球はいから癇癪玉と謂ふのだし、遊佐のは馬鹿にいから蒟蒻玉。それで、二人の撞くところは電公蚊帳捫択してゐるやうなものだ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
殊に又之を殺せば日頃憎しと思う藻西は死し老人の身代は我愛する美人倉子の持参金と為りて我が掌底がり込む訳なれば承知したるも無理ならず。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
賭博場げ歩き、芸妓屋の情夫さんになったり、鳥料理の板前になったり、俥宿の帳附けになったり、の家に厄介になったり、遊女を女房にしたりしているうちに
それより以前にも、垂仁紀を見ると、八十七年、丹波の国の甕襲と云う人の犬が、貉をしたら、腹の中に八尺瓊曲玉があったと書いてある。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)