“転(ころ)” の例文
旧字:轉
少年(しょうねん)は気(き)の毒(どく)に思(おも)って、坂(さか)を上(のぼ)るときに、その車(くるま)の後(あと)を押(お)してやりました。すると車(くるま)の上(うえ)から、小(ちい)さな石(いし)ころが一つ転(ころ)げ落(お)ちました。
石をのせた車 (新字新仮名) / 小川未明(著)
やつと彼の帰つた後、僕はベツドの上に転(ころ)がつたまま、「暗夜行路」を読みはじめた。主人公の精神的闘争は一々僕には痛切だつた。
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
土間へ転(ころ)げ落ちたまま動かなくなった、宿の者がすぐに医者を呼んだところ、もう絶息していたし、脳卒中という診断だったそうです
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
十五町歩の林檎園に、撰屑(よりくず)の林檎の可惜(あたら)転(ころ)がるのを見た。種々の林檎を味わうた。夜はY君の友にして村の重立たる人々にも会うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
道路の真中に煉瓦(れんが)の欠けらが転(ころ)がっていた。そこへ重い荷物を積んだ自動荷車が来かかって、その一つの車輪をこの煉瓦に乗り上げた。
鑢屑 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これを聞いてピューは方向を間違えていたのに気がつき、きゃっと叫んで向を変え、溝の方へまっすぐに走って、その中へ転(ころ)げ込んだ。
とうとう怺(こら)えきれなくなったらしい。女は、ふきだして、竹婦人(かごまくら)を残して、茶の間の内緒暖簾(ないしょのれん)の蔭へ転(ころ)げこむように、隠れてしまった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし一方彼はまたそこに他の疑念をも抱(いだ)かざるを得なかった。なぜあれほどまでの残虐を忍んでも宗門を転(ころ)んではならないのか。
一昨昨日捕えたつくつく法師の死骸であった。すっかり乾いていて、羽は片方もげていた。私の掌の上で転(ころ)がすと、がさがさと鳴った。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ある時、一本歯の九里丸は躓(つまず)いて彼は倒れた。金らんの帽子はそのはずみで飛んでしまい、つるつるの禿頭が私の前へ転(ころ)がったものだ。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「それなれア気楽なもんだ。女一人くらい、どこへどう転(ころ)がったって、まさか日干(ひぼ)しになるようなことはありゃしませんからね。」
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
カピはそのときまですみっこに静(しず)かに考えこんで転(ころ)がっていたが、はね上がって後足で立ちながら、わたしたちの間に割(わ)りこんで来た。
その世界では煙硝(えんしょう)の臭(にお)いの中で、人が働いている。そうして赤いものに滑(すべ)って、むやみに転(ころ)ぶ。空では大きな音がどどんどどんと云う。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのとき、彼は、ふと自分の足許に転(ころ)がっている紙包に気がついた。それは、監獄を出るとき、看守から渡されたものであった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして器械的に種々な駅の名を読んで、自分がたつた今転(ころ)ばうとした梯子段を、可笑しがつて見てゐる人のやうな顔をしてゐた。
駆落 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
以前は王子傅育(ふいく)官を務めて、今も嬢の頭の中を転(ころ)がっている、フィリップ殿下の御幼少時代は、この人が御養育したのだという。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
グラチアは我慢しかねて彼をきびしくしかった。すると彼は泣き叫びじだんだ踏み転(ころ)がり回った。そして神経の発作を起こした。
そして自ら嘲(あざけ)るように笑って、終(しまい)にはもう腹を抱(かか)えて転(ころ)げるほど笑ったかと思うと、悲しげな涙がその後からさめざめと流れた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すると、梯子段を上りきった僕の足もとに、異様な品物が——その刹那は、本当にそう思ったのです——転(ころ)がっているのです。
島原心中 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お軒下(のきした)を少々(せう/\)拝借(はいしやく)致(いた)します……就(つ)きまして私(わたくし)は新入(しんまい)の乞食(こじき)でございまして唯今(たゞいま)其処(そこ)で転(ころ)びましてな、足を摺破(すりこは)しまして血が出て困りますが
蹴倒されたお浜は、むっくりと起き直るや、前に用意して明けておいたと見える表の戸から外の闇へ転(ころ)げ出してしまいました。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
波がそれをごろごろ転(ころ)がすように押して来て、とうとう、ハーキュリーズの立っているすぐ近くの岸に、その底がつきました。
心得ましたと先刻(さき)より僕人部屋(おとこべや)に転(ころ)がりいし寺僕(おとこ)ら立ちかかり引き出さんとする、土間に坐り込んで出(いだ)されじとする十兵衛。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その大きな体はみごとにとんぼがえりを打って、なんのことはない大きな毬(まり)のように、ころころと線路の上に転(ころ)がり落ちた。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
わたしは少しく朝寝をしたので、発車まぎわに駈けつけて、転(ころ)げるように車内へ飛び込むと、乗客はかなりに混雑している。
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
矢頃(やごろ)あまりに近かりしかば、銃をすてて熊に抱(かか)えつき雪の上を転(ころ)びて、谷へ下る。連(つれ)の男これを救わんと思えども力及ばず。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
渋沢は、眼球を剥出(むきだ)して、顔中を痙攣(けいれん)させながら、膝(ひざ)を突いて、土方へ倒れかかった。土方が避けたので、打伏しに転(ころ)がると、動かなくなった。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
春もいくらか深くなって、そこの紅梅がむせるように匂う頃、寺の上の明るい雑木山に転(ころ)がって居ると、鳥がチチと暗き、日は燦々(さんさん)とふりそそぐ。
鰯 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
万斛(ばんこく)の玉を転(ころ)ばすような音をさせて流れている谷川に沿うて登る小道を、温泉宿の方から数人の人が登って来るらしい。
杯 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
追々に飲むに従って熱くなって吼(ほ)ゆる事獅子に同じ。飲んで飲みまくった揚句(あげく)は、ついに泥中に転(ころ)げ廻ってその穢を知らず、宛然(さながら)猪の所作をする。
街燈一つないその路(みち)は曲りくねっているので、一歩あやまれば転(ころ)がって尻端折(しりはしょり)にしている単衣(ひとえもの)を赭土(あかつち)だらけにするか
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
常住湿(しめ)り気の乾ききらないような黒土と混って、大小の丸石が歩む人の足を妨げるようにおびただしく転(ころ)がっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
何(ど)うかしたか、お浦(うら)。はてな、今(いま)転(ころ)んだつて、下(した)へは落(おと)さん、怪我(けが)も過失(あやまち)も為(し)さうぢやない。何(なん)だか正体(しやうたい)がないやうだ。矢張(やつぱ)り一時(いちじ)に疲労(つかれ)が出(で)たのか。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
傍から、忠一も顔を出し、暫くそれを見ていたと思うと、彼はいきなりくるりとでんぐり返りを打って、とろとろ、ころころ砂の斜面を転(ころ)がり落ちた。
明るい海浜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
遺骸の供をして来た女房たちはまして夢の中に彷徨(ほうこう)しているような気持ちになっていて、車から転(ころ)び落ちそうに見えるのを従者たちは扱いかねていた。
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
周章(あわ)てて急坂を駈下(かけお)りて転(ころ)がるように停車場に飛込みざま切符を買った処へ、終列車が地響き打って突進して来た。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
夕方、家へ帰ってくると、私は窓をすっかり開けて、その窓の近くに負傷をした小さな獣のように転(ころ)がっていた。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
すると、兄貴のフェリックスとにんじんとが、しまいには地べたの上を転(ころ)がりまわる。彼らはそんなにはしゃぐ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
かれは頭上高き球をジャンプしてとった、左側に打たれた難球を転(ころ)んでつかんだ、つかむやいなや二塁に送った。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「人(ひと)の転(ころ)ぶことなんぞ、遠慮(えんりょ)してたまるもんかい。速(はや)く行(い)って触(さわ)らねえことにゃ、おせんちゃんは帰(かえ)ッちまわァ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そこは農家の離れを次兄が借りたのだったが、私と妹とは避難先からつい皆と一緒に転(ころ)がり込んだ形であった。牛小屋の蠅(はえ)は遠慮なく部屋中に群れて来た。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
「なあに、人はドッとしなくっても、俺はちょいとこう、目の縁を赤くして端唄(はうた)でも転(ころ)がすようなのが好きだ」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
おかみさんはきいきい言(い)って、火箸(ひばし)でぶとうとするし、子供達(こどもたち)もわいわい燥(はしゃ)いで、捕(つかま)えようとするはずみにお互(たが)いにぶつかって転(ころ)んだりしてしまいました。
小芝居の楽屋へ転(ころ)がり込んだという、前身が贔屓(ひいき)筋ではあるし、今も守住(もりずみ)さんで通っている亭主だったのだ。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
というのは二つ割りにしたために木の形が蒲鉾型(かまぼこがた)になったから、崖(がけ)から下へ転(ころ)がり落とせなくなったのです。
門の戸は重い音を立てゝ開(あ)けられた。瑞木を車夫が下へ降(おろ)すのと一緒に鏡子は転(ころ)ぶやうにして門をくゞつた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
巌角(いわ)の突出(つきい)で巌石(がんせき)の砕けて一面に転(ころ)ばっている坂道は、草鞋(わらじ)の底を破って足の裏の痛きこと夥(おびただ)しく、折から雲霧は山腹を包んで、雨はザアザア降って来れば
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
皆の話を聞いていると、金がそのままゴロゴロ転(ころ)がっているようなカムサツカや北樺太など、この辺一帯を、行く行くはどうしても日本のものにするそうだ。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
感心したように訊(き)いたのは、家主の半九郎だ。バタバタバタ、廊下を転(ころ)げ去って行く侍女の跫音(あしおと)がしていた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
わが切尖(きつさき)にかゝりて板の間へ落ち転(ころ)めけば、和尚悪獣の如き悲鳴を揚げ、方丈の方(かた)へ逃げ行かむとするに、彼(か)の若衆、隔ての障子を物蔭より詰めやしたりけむ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)