逆立さかだ)” の例文
それが、舌を動かすたびに、風に吹かれた草むらの感じで、サーッと波打って逆立さかだつのだ。決して人類の舌ではない。猫属の舌だ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お梶は、身体中の毛髪がことごと逆立さかだつような恐ろしさと、身体中の血潮が悉くき立つような情熱とで、男の近寄るのを待っていた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
少年しょうねんは、綱渡つなわたりをしたり、さおのうえ逆立さかだちをしたり、いろいろの軽業かるわざをするようになるまでは、どれほど、つらいめをみたかしれません。
サーカスの少年 (新字新仮名) / 小川未明(著)
湖も立ちめた雲煙うんえんの中に、ややともするとまぎれそうであった。ただ、稲妻のひらめく度に、波の逆立さかだった水面が、一瞬間遠くまで見渡された。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すわとばかりに正行まさつら正朝まさとも親房ちかふさの面々きっ御輿みこしまもって賊軍をにらんだ、その目は血走り憤怒ふんぬ歯噛はがみ、毛髪ことごとく逆立さかだって見える。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
『えい、殘念ざんねんだ/\、此樣こんとき本艦ほんかん水兵すいへいうらやましい。』とさけんだまゝ、空拳くうけんつて本艦々頭ほんかんかんとう仁王立にわうだち轟大尉とゞろきたいゐ虎髯こぜん逆立さかだまなじりけて
それがどうかして時おり移動したくなるとひょいと逆立さかだちをして麻痺まひした腰とあと足を空中高くさし上げてそうして前足で自由に歩いて行く。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
するともなくそこへ、一じょうにもあまろうという大きな赤鬼あかおにが、かみ逆立さかだてて、おさらのような目をぎょろぎょろさせながらました。
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
森久保氏の芸当といふと、精々せい/″\逆立さかだちか、馬の鼻面をめる位が、手一杯だらうと思ふ人があるかも知れないが、なかなか其麽物そんなものでない——。
すっかり逆立さかだって、半ば砂の上にひろげられた金の翼とを見た時に立てた叫びと悲鳴と来ては、本当に、聞いていて身の毛がよだつほどでした。
聯合軍に噛まれて天狗犬は尾を捲き、獅子毛を逆立さかだてゝ、甲州街道の方に敗走するのを、白の主人は心地よげに見送みおくった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
犬はやがてしずかに身を起こしたが、なおまっすぐに立ったままで、総身そうみの毛を逆立さかだたせながら、やはりあらあらしい眼をして私をじっと見つめていた。
博士の顔は、赤鬼のようになって輝き、頭髪は一本一本、針山のように逆立さかだち、博士の全身の筋肉は、蛇のむれのようにひくひくと痙攣けいれんしているのだった。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
つまり、器用の奴のやるのは、天上に舞いのぼるが、無器用の糸目をつけた凧は、逆立さかだちをして地上をかける。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
着てるのは腰っきりのぼろ、顔も手足もまっ黒に陽やけして、あかだらけで、髪の毛はぼうぼうと逆立さかだったままだし、もちろんはだしで、繩の帯をしめていた。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……その変り果てた自分の姿を、吸い付けられたような気持で凝視しているうちに、私は何故ともなく髪の毛がザワザワザワザワと逆立さかだって来るのを感じた。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
(彼が帽子のへりへ手をかけるたびごとに)ピラムが、毛を逆立さかだて、尻尾しっぽをぴんとさせて、立ち止まるのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
つめの一枚一枚までが肉に吸い寄せられて、毛という毛が強直きょうちょくして逆立さかだつような薄気味わるさが総身そうみに伝わって、思わず声を立てようとしながら、声は出ずに
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのとみである。男爵は、ぶるっと悪感を覚えた。髪が逆立さかだつとまでは言えないが、けれども、なにか、異様にからだがしびれた。たしかに畏怖の感情である。
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と次郎はうしろへよろけて、その足元を踏み直すや否、奮然、獅子の子のようにかみ逆立さかだててまいりました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うすら冷たい灰が足の裏にふかりと觸れたとき、おきみは、髮の毛がワーツと逆立さかだつやうな思ひがした。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
さすが無学の黒もこのくらいの理窟りくつはわかると見えてすこぶるおこった容子ようすで背中の毛を逆立さかだてている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
玉藻は毒薬を飲んだように身をふるわせているのであった。彼女の長い髪は幾千匹のくちなわが怒ったように逆立さかだって乱れ狂っていた。忠通もおどろいて声をかけた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
喬之助妻園絵と交換にそれを承諾しょうだくしていたが、これを立ち聞きしたのが、造酒の妻とも妾ともつかない芸妓上げいしゃあがりの市松お六で、思わず柳眉りゅうび逆立さかだてているところへ
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
通り一丁目のさわ屋三郎兵衛の娘のお琴が、今日と言う日の真昼に、逆立さかだちをして日本橋を渡ると言うので、高札場こうさつばの前から、蔵屋敷の前へ湧き立つような騒ぎですよ
その看板のうしろから、さっきからのいい音が起っていたのだ。看板の中には、さっきキスを投げた子が、二ひきの馬に片っ方ずつ手をついて、逆立さかだちしてるところもある。
黄いろのトマト (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
今度こんどねずみ全身ぜんしん逆立さかだつてたので、あいちやんは屹度きつとねずみひどおこつたにちがひないとおもひました。『そんなにおまへきらひなら、もうたまちやんのことははなさないわ!』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
粗々あら/\しい逆立さかだつた頭髮等は巧みに人相を變へてはゐたが、私にはロチスター氏であることが分つた。
窓を切った松の樹の横枝へ、お君の顔と正面に、山を背負しょって、むずとつかまった、大きな鳥のつばさがあった。たぬきのごときまなこの光、灰色の胸毛の逆立さかだったのさえ数えられる。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いいえ、」といって、おかあさんはきると、かみほのおのように逆立さかだてながら、「世界せかいしずんでくようながする。かるくなるかどうだか、あたしもましょう。」
顏差しのぞきて猫撫聲ねこなでごゑ、『や、や』とびるが如くゑみを含みて袖を引けば、今までいらへえもせずうつむき居たりし横笛は、引かれし袖を切るが如く打ち拂ひ、忽ち柳眉りうび逆立さかだて、言葉ことばするど
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
体内の血が逆に流れ、総身の毛筋が逆立さかだつような内部の苦しい抗争であるのだから。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
云から待てゐよ必ず忘るゝ事なかれと憤怒ふんぬ目眥まなじり逆立さかだつてはつたと白眼にらみ兩の手をひし/\とにぎりつめくひしばりし恐怖おそろしさに忠兵衞夫婦は白洲しらすをも打忘うちわすれアツと云樣立上りにげんとするを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
婦はそうなれば働き者の爺を引合いに出して、気力の弱って来た夫の気をいよいよ逆立さかだてる。先達はますますいきり立って婦に悪たれをつき、さては忠良な元三さえ逆怨さかうらむようになった。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
逆立さかだった女の髪のような、大竹藪の裾を巡り、頼春はソロソロと歩いて行った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
少しも肉感を逆立さかだてない、品のいゝ肌質のこまかい滋味が、かの女の舌の偏執の扉を開いた。川海苔のりを細かく忍ばしてある。生醤油きじょうゆの焦げた匂ひもびて凜々りりしかつた。くしの生竹も匂つた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
しかし小説は逆立さかだちをしても書けまい。文筆の才は絶無だ。中学時代には宿題の作文を僕が書いてやった。それが大分点数の補いになっている。その代り僕は数学の宿題を手伝って貰った。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
とまだ少年しょうねん角兵ヱかくべえこたえました。これは越後えちごから角兵ヱ獅子かくべえじしで、昨日きのうまでは、家々いえいえしきいそとで、逆立さかだちしたり、とんぼがえりをうったりして、一もんもんぜにもらっていたのでありました。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
逆立さかだちして両足で金のまり手玉てだまに取ったり、鼻の上に長い棒を立ててその上で皿廻さらまわしをしたり、飛び上がりながらくるくるととんぼ返りをしたり、その他いろいろなおもしろい芸をしましたので
手品師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
川島の妹婿たる佐々木照山も蒙古から帰りたての蛮骨稜々として北京に傲睨していた大元気から小説家二葉亭が学堂提調に任ぜられたと聞いていた激昂げっこうし、虎髯こぜん逆立さかだって川島公館に怒鳴り込んだ。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
梅子の柳眉りうび逆立さかだてり「軍人の思想は其程それほどに卑劣なものですか」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そなたのこづゑは波のやうに逆立さかだ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
黒虻くろあぶしりの黄色が逆立さかだちぬ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
瑠璃子が、急いで応接室にけ込んだとき、父はそこに、昂然こうぜんと立っていた。半白の髪が、逆立さかだっているようにさえ見えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
白は急に背中の毛が逆立さかだつように感じました。まっ黒! そんなはずはありません。白はまだ子犬の時から、牛乳ぎゅうにゅうのように白かったのですから。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
身長みのたけしやくちかく、灰色はいいろはりごと逆立さかだち、するどつめあらはして、スツと屹立つゝたつた有樣ありさまは、幾百十年いくひやくじふねん星霜せいさうこの深林しんりん棲暮すみくらしたものやらわからぬ。
まつは、あたま逆立さかだて、いまにもいわからはなれて、おきほうんでゆきそうな、いらだたしげなようすをしながら
海の踊り (新字新仮名) / 小川未明(著)
百姓ひゃくしょうはふしぎにおもって、そっとそばにってみますと、それは奇妙きみょうかおをして、かみ逆立さかだった、からだな、子供こどものようなかたちのものでした。
雷のさずけもの (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
窪んだ眼にまさに没せんとする日が落ちて、頬冠りした手拭の破れから出た一束の白髪がこがらし逆立さかだって見える。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
老婆も私とさし向いに坐ったが、瘠せ枯れた白い手で襟元を直して、蓬々ほうほう逆立さかだった髪毛かみを撫で上げた。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)